第48話 王様とのやりとり 新年ムードはほぼゼロである。
「おう、ヒューにシューッヘ。相変わらずいつもの組み合わせだな。それに後ろは、ワシが結婚の宣誓を取り持ったアリアか。元グレーディッドのアルファは、何故扉の横で止まっておる、もっとこっちへ来い」
おや、何か陛下が饒舌だ。振り向いてみると、確かにフェリクシアは扉の横にペタッと貼り付く様に固まっている。
「フェリクシア、こっちこっち。アリアの横か後ろに並んで? さすがにそこはおかしいって。すぐ動いて」
陛下は忙しい方なので、変に遠慮して動かない、はNGだ。強めに言って、移動してもらう。
陛下の横には、いつも通りワントガルド宰相閣下がこっち向いて厳しい顔……いやそういう顔か元々。
と、ヒューさんが陛下の真正面、玉座への段差の少し手前まで進んで、恭しく頭を下げ、その小脇の本を前に差し出した。
「国王陛下に於かれまして、新年のお祝いを申し上げ奉りまする。ワントガルド宰相より指示のあった偵察任務の報告書にございます」
「ヒューも分かっていて言ってるのだろうが、そこの英雄殿に分かる様に少し補足しておくか。ワントガルド」
「はっ! 此度ヒューが出向いた先は、エルクレア国。陛下の御指示にて、現状偵察を、若干期間を掛けて行うようにとの密命あり、オーフェン特使派遣の陰で出立をさせた。
ローリスからエルクレアまで、大砂漠を横断するルートは常人では取り得ないが、ヒューは人の枠外であるから問題無いとの判断で、ローリス北西部砂漠を斜めに突っ切りエルクレアに進路を取るよう命じた」
と、言い終わると段上から降りてきたワントガルド宰相閣下がヒューさんの手から、報告書本を持っていった。
「報告書が厚くなるのは分かるが、わざわざ装丁までせんでも良かろうに。まぁヒューの趣味だからどうにもしようがない話だが……陛下」
「うむ。読みながら聞かせてもらうぞヒュー。エルクレアはどうだった? オーフェン行きの連中から途中、エルクレアは既に魔族の手に落ちている旨伝令があり、急ぎ片道通信を送ったが、それは受け取れたか?」
「はい。陛下のお心には誠に感謝に堪えませぬ。事前にエルクレア陥落を知れておりましたので、国家中枢への接触は控え、外縁部からどうなっているか、初手を変えて対応致しました」
ヒューさん、エルクレアに行っていたのか。俺が聞いてた話だと、魔族の支配下になってしまったという、対魔族の砦国家・エルクレア。
戦いを「している風を装って」、虎視眈々と攻め込む機会を窺っているみたいな印象だったが、どうだったんだろう。
「ヒュー。一言で言って、エルクレアは破棄すべき国か? または、ローリス本軍を用いて奪還、または接収すべきか?」
「畏れながら、そのいずれの対処も当たらないと存じます」
「それはどういう事だ? なるたけ簡潔にしてくれよ?」
「はっ! エルクレアでございますが、魔族の手に落ちていたのは間違いございません。既に都市内に魔族が多くおり、執行部にも恐らく魔族がいるかと存じます。
ただ特筆すべきは、エルクレアの人民は一切の迫害を受けておらず、それもあってか魔族による統治をエルクレアの人民自体が受け入れている様子でございました」
「あぁ?! 魔族が統治をする、しかも平和的にか?!」
おっ。王様にとってもこれはちょっと驚きらしい。
俺はオーフェンで直接魔族の文化性に触れているのでそれ程驚きはしないが、3,000年の遺恨を持つローリスはやはり、魔族には手厳しい。
「はい。わたしもにわかには信じがたかったのですが、エルクレア城下街の外縁部に新しい村が幾つも出来ておりました。
そこでは都市生活に馴染めない者たちが魔族と共に農作業や狩りなどを行い、中央都市で換金し生活品を買う、という生活が、既に確立されておりました。
魔族が平和的統治をする事だけでも既に想定外でございましたが、それに加え、エルクレア国民の多くが、垣根無く魔族と生活を共にしておりました。大変に驚きました」
陛下の顔に、いつもと違う感じの厳しさがある。
困惑、なんだろうか。怒気のようなものは無く、眉間にくっきりとシワが浮いている。
「2ヶ月の滞在では、残念ながら現エルクレアの執行部層へは至れませんでしたが、区分地域の長程度の話は聞けました。
報告書に詳細は委ねますが、複数名の地域長はこぞって、以前のエルクレアより良くなった、と感じている様でした。
あまりに意見が揃うので統制魔法の系統も疑いまして、それらも見越した形での聴取も幾つか試みましたが、人心を操る系統の魔法は一切使われておりませんでした。
一方で、軍事的な動きとしては、魔族軍との『定期演習』という形で、民衆には周知がされております。ただ実際演習地に潜み観察をしますと、兵達が集まり、飲んで騒いでおるだけです。
既に友好的な軍事関係が築かれている様子で、人間が何か芸をすれば、今度は魔族が呼応して芸をする。そんな、平和時の軍人の野戦飲みの様子がそこにはありました。
この状態を如何に処すかは陛下のお心次第でございますが、現在の魔族は過去のそれとは性質が異なり、対話の可能性もあり得るものかと、謹んで進言申し上げます」
ヒューさんが膝付から更に頭をグッと下げた。
それに陛下は、深い溜息を一つ吐いて応えた。
「するとヒューよ。お前としては、今後ローリスを含め人類は、魔族との協調を考えるべきだと。その様に言いたい訳だな?」
ヒューさんは動かず、頭を下げたまま言う。
「わたしが申し上げまするのは、あくまで現状の報告までにございます。ご英断に否を言うつもりも、また妨げになる事を申し上げるつもりもございません」
「つまり、見聞きしてきた材料は渡したから、後はワシに勝手にやってくれ、責任は取らんと。まぁヒューらしいと言えばそうだが、なぁ英雄。どう思う?」
「へっ?!」
かなり重々しい空気を感じていた中での突然の指名に、俺の口から変な音が出てしまった。
「どう思う、と、言われて……言いたい事自体は、あるんですが……」
「言いたい事があるならハッキリ言ってみてくれ。想定外の状況に置かれた場合、どんな意見であれ何かしらの意義があり得るからな」
「そ、それでは……まず王様のお顔を拝見する機会が、オーフェン外遊以降ありませんでしたので、魔族討伐の旗頭になるべき『英雄』としての意見を述べます」
「うむ。オーフェンの事柄は事務方からも既に聞いている。魔法書記の出来る書記官が同行していたから、書記の範囲ではあるが、全ての事態を把握している。
故に、事前の説明やら何がどうなってという部分は分かっている、という前提で話してくれ。ワシはお前が考える核心部が知りたい」
陛下が少し乗り出す様に玉座を座り直した。目は見開き、俺をじっと見ている。
「はい。俺の見立てでは、過去の魔族はともかく現在の魔族は、この世界の人間よりも文化的に進んでいます。核心部と仰せでしたので、敢えて言葉を濁さず言います。
魔族との立ち位置、立場関係、その辺りですが、極論『人間による魔族征服』よりも、『魔族による人間の統治と自治権の獲得』を目指した方が、寧ろ人間の側にも利があるのではと思います」
「なっ?! 英雄貴様」
「よい。英雄……続けよ」
ワントガルド宰相閣下がグッと前に出たが、それを陛下が制した。
が、その顔は既に……一番向けられたくない、あの怖い表情だ。
地雷、踏んだなこりゃ。
せっかくフェリクシアを第二夫人にと決めたのに、爵位を失って国外追放、かなぁ。
まぁそうしたら、オーフェン王に売った恩でもって少し暮らして、それからまた何処かで……アリアとフェリクシアと一緒に、暮らしていけばそれで良いか。
俺はそんな事を考えながら、王様からの視線を切るように頭を下げた。
「……あくまで『魔族による統治』、というのは極論の部類です。ただそれがふさわしいと思える程の文化の成熟度の差を、オーフェンで味わいました。
個々人の人間がどうこう、という枠内の話ではなく、国家体制、国民・市民の権利への姿勢、為政者が有する権利擁護の意識の高さ。
どの点を取っても、少なくとも俺が知る二国、ローリスとオーフェンは、魔族領で常識とされている考え方から測って、遙かに、劣ります」
「今代の英雄は、魔族の肩を持つ、という訳か。もはやそれは、英雄と呼んで良いのか分からぬ存在だな、シューッヘ」
陛下の声に、感情が乗っていない。権力者の棒読みって怖いのな。
怒ってすらいない。呆れているのか、それとも処刑確定の意識なのか……
何にしても……俺は俺が思った事を答えるしか、今、出来る事は無い。
「はい。英雄は『容赦ない殺戮者』として、魔族を屠る事が本職である、という事は心得ています。
ローリスが、また陛下が、俺の英雄という地位の剥奪なりをお望みになるのであれば……
これまで受けたご恩の分はしっかりお返ししますが、それ以降は他国へ移り住む事も、少し考えています。
実を言うと、オーフェンに入ってから幾度か、女神様からローリスに居着く必要が無い旨言われ、またリタイアも強く勧められました。
今の今そうしたい訳でもありませんが、ローリスが、陛下が、俺を疎ましいとお思いになるのであれば、ローリスから出て行きます」
「……ふむ。まぁ、お前さんの覚悟の程はよく分かった。だがローリスとして英雄を手放すつもりは無い。まして移り住むと言われてそれを『はいそうですか』と許す事も出来かねる。
無論、お前さんが敵将アッサスを討ち取った、英雄一位の力を使えば、今この瞬間ですらワシの命だろうが城そのものだろうが、潰す事すら容易なんだろう。英雄レベル1と思ったら第一位とはな」
「は、はぁ……」
「ローリスが今後、魔族と協調路線を取るかどうかは、今決めるにはまだ早すぎる。オーフェン賊軍の残党達の動きも無い事だ。
それに、ヒューの長期観察に基づく報告ともなれば、まさにこの本の様に情報量も多い。ワシとて軽々に決められる事でも無い。
仮に英雄、お前さんの言う様な『人間自治区』として隷属化するにしても、降伏状態で組み込まれるのはいささか分が悪すぎる。
その意味でも、英雄はあくまで現役戦力として、必要だ」
「……魔族側への、抑止力、ですか?」
「そうだな。交渉のテーブルにお前さんが直接着くかどうかはともかく、ローリスには魔族殲滅の切り札がある、というのが背中にあるかないかで、交渉の駆け引きも変わる。
まるで後ろ盾の無い国が交渉をするのと、英雄という最大火力を後ろ盾に交渉をするのとでは、妥結点も違ってくるだろう。まぁ、そもそも交渉が成り立つ相手であればだが」
すぐにでも首を飛ばされそうな空気感は、いつの間にか消えていた。王様の言葉にも、トゲは無い。
顔を上げてみると……ワントガルド宰相閣下は、真っ赤っかだな。火が付いた様に赤い。さっきも飛び出し掛けてたし。
陛下はと見ると、口の端を上げて目線は斜め上。
顎先に手を当て、また眉間に深いしわを寄せている。
「あの王様」
「……ん? なんだ?」
考え込んでいた様で、陛下の反応は一拍遅れた。
「王様。出過ぎた話ですが……ヒューさんと俺の仲間と、魔族領に直接行ってきましょうか? 親書とかそういう物を持って」




