第47話 新年初登城 新たなノガゥア家一団と、いつもの人と。
戯れにノックしてみたら扉が開いたのでギョッとした。
「おお、これはシューッヘ様。新年はいかがお過ごしですかな?」
「うわぁっ?! ヒ、ヒューさん、いたんですかっ」
「ええ。昨晩の夜闇に乗じて城内へと入り、つい先ほどまで、陛下への御報告書をまとめておりました。シューッヘ様は、初めての貴族振る舞いは、如何でしたか」
「あー、何だか化け物みたいにデカい樽酒を、18樽も振る舞ったのが昨日。うーん、我ながら信じられない濃密な1日でした」
「おや? フェリクシア殿。何か良き事でもあったかの?」
「!!」
ズッと後ずさりしたフェリクシアの足音に気付き、振り返ってそちらに目を向けた。
その顔は既に赤く、目線は床に逃げ、口元を手で隠している様が……如何にも「なにかありました」と言っている。うーん。
「そのー、色々ありまして、実はフェリクシアを俺の第二夫人に迎える事にしたんです」
「おお! 左様でございましたか。それは誠に喜ばしい事でございますな」
「ただまだ、結婚の儀式的な部分とかは全然考えてなくて。昨日の話だったので」
「つまり、昨晩ベッドを共にされた、と。そういう訳でございますな?」
うぐ。まさにそう、まさにそう過ぎて、二の句が継げない。俺もまたつい口元を手で覆ってしまう。
「ほっほっ。共々に同じような格好をなさる辺り、相性も宜しいのでしょう。誠に、めでたきことです」
「そ、その……ただその、フェリクシアについては、結婚後もメイドを続けてもらう方向で考えているので、あまり外観上は変化が無いと思います、夫婦になっても」
「結婚後も、メイドを? それはまたどうして? 別のメイドを雇うくらいの金銭はあろうかと思いますが」
「本人の希望なんです。俺の元いた世界では『アイデンティティー』なんて言い方をしましたけど、メイドである事がそのまま、フェリクシアであること。そんな意識を持っているので、フェリクシアは」
「ほう、勤労ですな。まぁわたしとしては、アリアを第一夫人として大切にしてくれさえすれば、続く夫人のあり方をとやかく申す事はありませんが」
「そこは養親としてブレないんですね、ヒューさんは」
「ええ。我が娘が一番可愛いのは、養親であろうと肉親であろうと、変わりある事ではございません」
ときに、と一息置いて、ヒューさんは続けた。
「シューッヘ様は今から御前に? 宜しければ私も同道申し上げても構いませんか?」
「宜しければというより、ヒューさんの報告の方が、中身は知りませんが大切なんじゃないですか? 2ヶ月も国を空けての出張なんて」
「まぁそこは、老骨に鞭打つ手厳しい宰相閣下のご指示ですので。なかなか楽しゅうございましたが」
「となると、まずヒューさんが報告をするのを……聞いてて良いんですか? 控えの部屋で待ちましょうか?」
「いえ、英雄閣下の今後にも関わってくる話にございますので、是非ご一緒にと思うております」
なる、ほど? よく分からないが、ヒューさんの出張は俺の英雄の話と関わるらしい。
それこそヒューさんだったら、魔族領の奥地まで行ってきましたー、とか言ってもそれ程驚かない。
「じゃ、いつもながらでアレなんですが、謁見の間まで連れてってもらっても良いですか?」
「ええ。ただ今日の通路はわたしも知りませんので、衛兵に聞きながら進みます」
ほう。今日の通路。毎回違う変な通り方してるとは思っていたが、日によって通路が違うらしい。
魔導水晶持って押し入った時は、何も気にせずランダムに、という感じで、前後を槍隊に囲まれたもんな。さすが王座への道のり。
「して、ご夫人方もご一緒されますか? 今のお立場であれば、フェリクシア殿も、いや失礼、フェリクシア様も支障なくご謁見にあずれるかと思いますが」
「俺としては一緒に行きたいですし、フェリクシアとの婚姻についても王様にご報告をしたいので、出来れば一緒に、と」
「では決まりですな。一同で参りましょう。しばしお待ち下さい、報告書を持ちませんと、わたしは仕事をしていない事になってしまいます」
と、ヒューさんは部屋へと戻っていった。
「ご、ご主人様。私も陛下の御前に出るのか? 私などでは、何か不敬をやらかすのではと不安に思うのだが」
「あー、王様って結構その、何て言うかなぁ、優しい? それから、砕けた調子を好まれる? そんな御方だから、余程の事で無ければ不敬は無いと思うよ」
「そ、そうなのか? 何かあってからでは遅いが……」
「フェリクシアは、今の陛下に会うのは初めて?」
俺が言うと、細かく首を横に振った。
「アルファ着任の際、他のグレーディッドと共に拝謁を賜っている」
「それだと、王様も思いっきり堅い顔してる時だろうね。気さくな方だから、堅苦しい程嫌がられるよ?」
「そう、か。ではまぁ、私はなるたけ出張らない様に気をつけつつ、拝謁の栄にあずかろう」
「その考え方が既に堅い気がするけど……ま、百聞はなんちゃらってね、会ってみれば分かると思うよ」
「ひゃくぶん?」
さすがに日本語の格言は通じなかった様で首をかしげているが、気にせずヒューさんの部屋のドアを向く。
音が近づいていたので、出てくるだろうと。思っていたら、ドアが開いた。
「お待たせしました、参りましょう」
「ってヒューさん……この世界の報告書って、書籍にするものなんですか?」
小脇に抱えた、ちょっとした大辞典。A4くらいの縦横幅の上製本。
「いえ、仕上げを少し凝っておりましたら、こうなってしまいました」
「さすが一回本出してる人、とでも言うべきなんでしょうかねこれは」
俺もちょっとその『少し凝って』があまりに行き過ぎてて引き気味だが、王様ドン引きしないかこれ。
「では参りましょう。あまり広がって歩くと警戒魔法が誤発動しますので、一列にて進みます」
と言う事で……俺も衛兵さんに聞きながら進めば何とかなるか、と思っていたら、ヒューさんがいた。
ヒューさんに任せておけば、城のセキュリティー関連はクリア出来るので、丁度ラッキーである。
実際普段と違い、廊下の分岐に立っている衛兵さんにヒューさんが声を掛け、右へ左へ。今日はいつもより少しややこしいルートに感じる。
ただ程なく、いつもの『2回回ってるのに辿り着かない廊下』を経由して、階段に辿り着いた。ここを上がれば、謁見の間だ。
「そう言えばヒューさん、予約なしの俺が言うのも何ですが、王様との謁見って、ヒューさん話通してあります?」
「いえ本日に限って言えば、ございません。本日陛下は、年始の挨拶を受けられる為、一日中謁見の間におられます」
「……あの何も無い部屋にずっとですか。王様も王様で、自由気ままって訳にはいかないんですねぇ」
「陛下ほど自由の利かぬ御身のお立場というのもなかなかございませんでしょう。庶民基準で言えば、キツい仕事にございます」
と、謁見の間の扉が勝手に開いた。中から馴染みの顔が出てくる。ワントガルド宰相閣下だ。
「謁見の間の前でゴチャゴチャと言ってるのがおると思ったらお前らか。相変わらずのお気楽仲良しグループだな」
「はっはっ、仲良き事は良き事かと思いますぞ? 宰相閣下ご指示の仕事をして参りましたので、わたしはその報告にございます。シューッヘ様は?」
「えっ俺? 俺はそんな機密な話でも無くて、新年のご挨拶兼々オーフェンでのお話しが出来れば良いかなぁなんて思っていますが」
「どちらも人払いをせにゃならん案件だな。そっちの控え室で少し待っていろ、今長っ尻になってる貴族を追い出すから」
ヒューさんがふふっと笑いながら頭を下げ、扉を通り越して進む。俺達も付いていく。
控え室、は俺が結婚の時に着替えた部屋だった。
「さて、お水もご用意出来ず、シューッヘ様には申し訳ありません」
「えっ? いやいやヒューさん、今日のメインはヒューさんじゃないですか。どっちかって言うと、俺が用意する側では?」
「さてさて、どうなのでしょうな。此度の出張はワントガルド宰相閣下からのご命にて、陛下はご存じないやも知れません」
「それは無いと思うけどなぁ。宰相閣下と陛下って、かなり『近しい』じゃないですか。話は全部ツーツーだと思いますけど」
「ツーツー、それはつまり、全部共有されている、という表現ですかな?」
「あ、そうです。女神様翻訳もなかなか万全じゃ無いな」
「いえ、何となく意味が分かりますので、女神様の御力は間違いなく働いていると思いますぞ?」
と、ドアが荒っぽくダンダン、とノックされる。ドワーフの力だとノックはぶっ叩きになるのか?
「ご用意が出来た様でございます、参りましょう」
「ご主人様、本当に私も御前に上がって大丈夫なのか? 黙って隅にいれば、問題は無いか?」
「いやー……寧ろ大使館の戦いの陣頭指揮者だから、隅じゃなくて前じゃない?」
ちょっと仰け反るフェリクシア。
「わ、私が何か失言をすれば、ノガゥア家の家名に、き、傷が……」
「いやいや、ホントに王様そんなタイプじゃないから大丈夫だよ。怒ると超怖いけど」
俺も思わず苦笑いになりつつ、ヒューさんに続いて控え室を出た。
そう言えばアリアは終止黙ったままだが……もう少し構ってあげた方が良かったかな。




