第3章 外伝の2 第4話 妻同士の赤裸々トークに居場所ない俺。
「性癖、と言うのは一体どういう感覚なんだ? 男であれば、女の裸の姿が一番興奮するのでは無いのか?」
ほぼ一般論的にはごもっともな事を、本当に分からない、といった調子で言うフェリクシア。
俺が、どう答えれば良いか迷っていると、アリアがその口を開いた。
「男ってさあ、意外と面白い生き物なのよ。例えば、よ? 全身丸裸で仁王立ちされるより、パンツ一枚履いてる方が良いとか。これは基本ね。
もっと細かくなってくると、上下着けたままの方が良いとか、スカートでチラッとパンツが見えるくらいが良いとか。人それぞれ、ほんと色々。
その中でシューッヘは、かなり偏ったタイプよね、メイド服が良いんだってさ。あたし確定で負けじゃん」
アリアの表情が、イマイチ読めない。すねてるのか、呆れてるのか、不機嫌そうなのは分かるんだが。
「では、私がこの部屋に入る時には、ローブでもかぶる様にすれば良いのでは無いか? メイド服が見えなければ問題無いのなら」
「そうじゃないのよねぇ……メイド服を着てる、って意識自体がもうソレで、上に何か着てたら引っ剥がされるわよ」
「お、おいおい、俺そんな野獣じゃ」
「良いのよあなたは野獣で。だって、あたし達の旦那様なんだもの。旦那様の好みの女性になりたいって思うのは不自然? そんなこと無いわよね?」
「ならばアリアもメイド服を新調してはどうだ? せめてこう、寝室用にだけでも」
「んーそれも多分違うんじゃ無いかなぁって思う。単にメイド服着てるだけなのと、動きの全てがメイドなのとって、違うからなぁ……シューッヘとしてはどうなの?」
「と、言われてもなぁ……アリアのメイド服姿は想像した事も無かったし、逆にフェリクシアの裸もまた想像した事無かった。俺にもまだよく分からん。
ただ分からない中でも言えるのは、アリアをメイドとして働かせたいとは思わないって事くらいかなぁ。メイドは、フェリクシア。そこは堅い」
「あーんやっぱり負け確定じゃーん! まさかシューッヘの性癖であたしの立ち位置が危なくなるなんてー!」
「い、いや二人とも少し待ってくれ。さっきも言ったが、私はそこまで抱かれる事に固執はしていない。少なくとも、今のところは。
ならばこのまま、もう二度と抱かれなければ端的に決着が付き、アリアの立場や地位も危うくならない。違うか?」
「……ってフェリクは言ってるけどー。ねぇ。正直に答えて。もう一度抱きたい? もう抱きたくない?」
目が据わってる。ウソが突き通せる空気でも無いし、その二択で俺くらい若い男が後者を取る事はないだろう。
「抱きたい」
「ほらっ。あぁーあたしの時代終わった。終わっちゃった。あーん」
アリアが上を向いて口をポカンと空けている。あーんとか言ってる割に泣き出しそうな声と言う事はない。
「お、俺としては……」
「……としては?」
上向きのままのアリアが言った。
「俺のその、ワガママが通るならだけど……その時の気分によって、どっちをって選べたら、最高なんだけど……」
「あたしにもそのチャンスあるのぉ? もうその『どっち』がずっとメイド服に負ける気しかしないんですけどー」
「そんな事はないよ、その……フェリクシアには、どこまで行っても攻めないといけないし……」
「あっ! そこ?! あたしが攻め側に回れば、まだチャンスはあるんだ!」
「いっ、その、そんなに目をギラギラされても困るんだけど……」
こっち向いたアリアの顔というか目つきがちょっと怖い。喰われそう。
「攻めるとか攻め側とか、どういう意味なんだそれは」
と、ウブさんが疑問を呈してきた。
「つまり、リードするのがどっちか、ってことかな」
「もっと言っちゃうとね、気持ち良くさせてあげる側がどっちかって、そういう事ね」
俺が濁した言葉を、純度100%に変換されて伝えられた。恥ずかしい……
「なるほど。私はそもそも何も知らないから、ご主人様の手を煩わせる事しかない。その点アリアは、経験豊富なのか?」
「豊富って程でもないけど、年相応かしらね。大人の付き合いともなれば、身体の関係はあって当たり前だし」
「そういう物か」
女子同士、いや妻同士の話で、何となく納得感があったようで、互いに頷いている。分からん。
とりあえずの事実、アリアの顔付きから少し険が取れた感じはするので、事実何かに納得はしているのだろう。
「しかし、気持ち良く、か……そういうものなのか? その……男女の交わりというものは」
「あら、シューッヘはフェリクを感じさせてあげられなかったの? それじゃ喘ぎ声が聞こえなかったのも納得ね」
また聞き耳っ。しかもかなり核心部!
「俺、そんな夜の帝王じゃないんだから、初めての人にはせめて痛くなく、行為が嫌いにならない様にって、その辺りが精一杯だったよ」
「ねぇフェリク、全然気持ち良くなかったの? 少しは感じたの?」
「全然、と言う訳ではないんだろうな。性的快感というもの自体知らなかったが、背筋を脳天まで貫く突然の、電撃の様な、震える感覚には、正直どう対応すれば良いのか戸惑った」
「ちょっ、あたしより全然感度良いんじゃない?! それともあたしとシューッヘの身体の相性より、フェリクの方が相性、良いの、かしら……」
ガールズトークに巻き込まれるかと思ったら、アリアが失速して目が真面目に悩む目になった。
どうフォローするのが正解かは分からないが、声も掛けないのは良くないだろう。
「アリア。アリアを十分に気持ち良くさせてあげられないのは、俺の力不足。フェリクシアのは、快感自体が初めてだから、過剰反応だったんじゃないかな?」
「そ、そっか。ああいう気持ちよさに突然、予告もなく晒されたら、気持ちよさはそうだけど、戸惑うだろうしね、そっか……」
なんとか丸め込んだ。このまま押し込もう。
「アリア、少し眠そうだよ? さっきまでは、その……気を張ってた部分もあったと思うけど、もう心配も無いんじゃない? まだ気持ちに引っかかる事、ある?」
「無いと言えば無いかなぁ。フェリクがあたしと同じ、あなたの妻、って部分は、段々でも慣れていこうと思うし……」
「もうすぐ夜中の3時だよ。徹夜するなら付き合うけど、一度寝てさ、気持ちをリフレッシュした方が良いんじゃない?」
「そうね……寝るわ。シューッヘは? 今晩はフェリクと一緒に寝るの?」
「一緒に寝るかどうかは……それより俺、少しフェリクシアと話がしたいんだよね。まだフェリクシアも元気そうだし」
「そう。じゃあたしは寝るわね。その……盗聴魔法もそうだけど、嫉妬深くてごめんなさい。あたしの悪い所って、分かってるんだけど……」
「いいよそれはもう。気になる気持ちは、よく分かるし。これからはやめてくれれば、それで良いから」
「ありがと。じゃ寝るわね。おやすみ、シューッヘ」
「おやすみ、アリア。良い初夢を」
「初夢? あー、一年で最初の夢ってことね。とびきり楽しい夢が見たいわねぇ」
と、立ち上がりあくびをしながら部屋を出て行った。
バタン、と扉が閉じるのを俺もフェリクシアも目で追っていた。
扉が閉じると、そのフェリクシアの視線が、俺に来た。
「……それでご主人様、私と話がしたいとは? 何かベッドで失礼があったか?」
「いやごめん、なんか含み持たせちゃった様な言い方になっちゃったけど、普通の話。年明け後の決まり事ってある?」
「そちらの方面か。ならばメイドとして答えれば良いな」
「んー、俺としては、フェリクシアはもう、メイドだけど俺の妻なんだから、メイドとして、妻として、って切り替えずに話して欲しいって思う」
「ふむ。ではともかく、新年の一般的な貴族のスケジュールを説明しておこう。例外は多々ある、という前提で聞いてくれ」
そこからフェリクシアが流暢に説明してくれた。
貴族の多くは、年末の振る舞いを終えると領地に戻る。領地では新年の振る舞いをするそうだ。貴族大変だなホントに。
また少数だが、官僚貴族などには、陛下に新年の挨拶に出向く者もいる、と。ただ陛下御自身があまり望まれていない、とも言っていた。
「俺の場合、どうすべきかなぁ。陛下には、結局オーフェンに出向く前にお会いした後から、会えてないんだよなぁ」
「陛下もまず事務方の案件を優先なさりたかった様だから無理も無い。ただオーフェン王との会談もあったのに御声が掛からなかったのは、少し不自然だな」
「そうなんだよね。事前には、あれだけ『自慢してこい』って仰ってたのに、その自慢の結果も聞かないって……俺、王様、怒らせた?」
「それは無いと思うが……英雄『一位』の話など、同時に待避したオアシス大使から報告が上がっているだろうから、寧ろ対応に困っておられるやも知れぬ」
「あの王様が、困るねぇ。なんだか考えづらいな……そう言えばヒューさんは、まだ帰国してないんだよね」
「もし帰国も隠密にとなれば、昨晩の内に国内に入っているかも知れない。街が全て宴会場だから、門兵も含め誰も出入りを気にしない」
「なるほど。ヒューさんなら城塞の壁でも普通に飛び越えそうな気もするけどな」
ヒューさんの、極秘任務らしい出立の話は聞いたが、帰国予定も帰国したって話も聞かない。
帰国したなら陛下に報告に上がるだろうから、俺と顔合わせるのはさすがにその後かな。
「どうしようかな……今回の『宴会』も結構目立つことしちゃったし、王様に一度顔出しておいた方が良いかなぁ。どう思う?」
「私が意見するのか? そうだな……陛下はお忙しく、かつ取り入りたい官僚貴族が集中するのは今日1日が主だ。もし謁見を希望するなら、一般論としては明日の方が良いかとは思う」
「一般論としては? その含みは何?」
「いや、陛下が実際どうなさるか分からぬので何とも言えないのだが……英雄が謁見に来るとなれば、他の貴族共を追い払ってしまわれるかもな、と思ったのだ」
「つまり?」
「陛下としてみれば、退屈極まりない儀礼的な挨拶を蹴散らして、中身の詰まった英雄の話や処遇について議論が出来る。実務派の陛下ならありそうだと、そう思うまでだ」
「なるほど……官僚貴族からは反感買いそうだけど、まぁそこはそこ、そもそもあんまり関わりも無いし。日が明けたら王宮に出向く事にしようかな」
「ならば今晩の内に、内々にその旨を王宮に伝えておこう。突然尋ねるのは、失礼には当たらないかも知れないが混乱の元になる」
「伝える……って、フェリクシアが?」
「ああ。メイドというのはそういう役目もするものだ」
「残念だな、一緒に寝ようと思ってたんだけど」
俺が言うと、一拍置いて頬が真っ赤になった。
「そ、その、ま、また、その……抱かれる、のか?」
「え?! あ、いや。そうは考えてなくて、添い寝的な? そんな感じ」
「そ、そうか。なら急ぎ王宮に行き、すぐ帰ってくる。10分もあれば戻る」
「えっ、あっ」
言うやほぼ駆け足で俺の部屋から出て行ってしまった。
そして本当に丁度10分後に、俺の部屋へと戻ってきた。
「お、お疲れ様。ホントに10分だったね。凄いね、そこそこ坂もあるのに」
「まぁ行軍を考えれば、体力を使う内に入らない。その、そ、添い寝は……メイド服のままの方が好ましいか?」
「あ。ごめん考えてなかった。さすがにメイド服じゃ疲れも取れないだろうから、寝間着に着替えておいで」
「ご主人様の、お好みに合わなくなってしまうが……」
「だーっ、俺も幾ら何でも、いつも下半身盛ってる訳じゃないんだから、ゆっくり寝る時は寝るよ」
「そ、そうなのか。では、ちょっと着替えてくる。ついでに、ベッドサイドの水も替えてこよう」
そう言って、サイドテーブルのトレーを持って、俺の部屋から静かに出て行った。
外伝扱い、本日で終了です。
明日からは通常更新になります。これからもよろしくお願いします。




