第3章 外伝の2 第2話 俺の部屋で、ふたりの時間。
俺の部屋、俺のベッドの上。今は俺だけ。
ベッドサイドテーブルには、昨晩飲んだままのグラスとピッチャーがある。
部屋へ入るやそれを交換しようと動いたフェリクシアを制し、今はシャワーを浴びてもらっている。
幸いと言って良いのか分からないが、アリアのシャンプーが置いてあるので、洗う事には問題は無いはずだ。
シャワー室へはガラス扉で仕切られているなので、俺はまず先にシャワーの湯をバーっと出して湯気を立て、ガラスを曇らせた。
この部屋のシャワー室は広く、余程シャワーヘッドを下手くそに扱わなければ、中で脱ぎ着が出来るだけの濡れないスペースがある。
湯気で曇ったガラスの向こうで、人影から一枚一枚服が剥がれていく様は、見ていてちょっとずつ盛り上がりを感じる。
そのシャワー室もまた、日頃のフェリクシアの掃除でもって、常に綺麗になっている。自分の部屋ながら、自分で掃除したことは無い。
ついでに言えばこのベッドも、シーツも、布団も全て、フェリクシアが洗い、魔法で乾燥させて、ベッドメイクもしてくれている。
メイドさんとしてこの部屋に入れば、すぐ「使いっぱなしのピッチャーとグラス」に目が行き動きたくなるのは分かる。
だが今日は、目的が違う。今日目的にしてもらいたいのは、部屋を整える事ではなく、俺とベッドを共にする事。
メイドさんとご主人様、という関係から、夫と妻、という新しい関係に変わる。ある意味通過儀礼的なものでもある。
ただ正直、自信がある訳でも無い。つい酒の勢いを消してしまったが、少し後悔もしている。酔ったままの方が、もう少し気楽に考えられた。
酒っ気が抜けたしらふの頭でいると、アリアが隣の部屋でどんな顔しているんだろう、と余計な事が頭を占めてくる。
泣いてたり、しないかなぁ……さっきは凄く強がっていたけれど、意外と脆いところがあるからな、アリアには。
この後のケアをどうすれば良いのかなんて、今の時点ではちょっと考えつかない。アリアの動き次第ってところでもある。
まぁ……今はその心配はさて置こう。アリアの部屋の前を通った限りでは、静かだった。
寝てる、訳でも無いんだろうが、邪魔しに来たりはしないだろうし。
「シューッヘ、私はバスタオルを巻いて出ても良いのか? それとも、は、裸で出るべきなのか?」
シャワー室からリバーブの効いたフェリクシアの声が届く。
「バスタオルを巻いて出てくれれば良いよ。あと、衣服は中にあると湿気るから、こっちに出した方が良いと思う」
「そうか。換気がしっかり効いているから湿気ないかと思ったが、そうでも無いのか」
今のところ、フェリクシアの声は冷静だ。裸、という単語に若干の戸惑いがある様に感じられたが、それだけだ。
と、シャワー室の扉が開く。バスタオルを胸から下に巻いたフェリクシアが、衣服を小脇に抱え、戸惑いの無い足取りで出て来た。
「じゃ俺もシャワー使うね。照明落として良いからね、それと、ベッドもソファーも自由に使って」
「了解した」
俺は心の中で苦笑いをした。了解した、って、なんだか軍の作戦行動中とかの想定なのだろうか。色恋感は無い。
まぁそんな性質も含めてフェリクシアなんだし、俺はそういうフェリクシアも面白いから好きだけれど、これこの後どうなるのかは疑問だ。
初めてさんだから、いわゆるマグロ状態になるのは間違いない。それを俺が、上手くリード出来るか。これがまず第一。
それと、フェリクシアが『触られる事』に今日の今日で慣れられるか、という点もある。俺も初めての時はかなり緊張したし、慣れなかった。
シャワー室に入り、扉を閉じる。因みにリラックス時の館内移動はスリッパに進化した。
結局あの革工房くらいしか、良い感じのスリッパの扱いが無かった。雑な物なら中央市場にあるらしいが、やはりこだわりたい。
革のスリッパでも色が革本来の色だからか、重役室みたいな雰囲気にはならず、普通に履ける。
しかし……
初めてをもらう、という事に俺は、何となく憧れと言うか、地球時代の引きずりでもって、特別な思いはあった。
けれど実際その場面に今出くわしているが、なるほど女神様が仰るように色々『ぎこちなく』なりそうだ。
衣服を脱いで、シャワーを浴びる。俺専用のシャンプーは、相変わらず地球製より泡立たない。そこはかとなく不満。
とは言え臭いや汗・脂はしっかり落ちて清潔にはなるので、その辺りは問題無い。しっかり洗い、シャワーで流す。
アリアの時は、このシャワー室でイチャイチャした流れの、その勢いのままベッドになだれ込んだんだよな。
ある意味、勢いでいけた。多分アリアが上手くリードしてくれた、ってところも大きいと思う。俺自身は流されるままだった。
けれど今回は、その流れなりを作るのは俺だ。女神様には「不思議な力で」云々と言ったが、その不思議を俺が作らないといけない。
洗う場所はしっかり洗う。結局バスタブはまだ買っていない。日本のユニットバスとは違い、給排水がスムースに行かないのだ。
もちろん、シャワーを引っ張ってきて水を張り、魔法で温め、使い終わったら栓を抜いて流せば良い。そういう意味では、置けなくは無い。
追い焚きだって魔法でやれる。俺がそれをやると沸騰しがちだが、フェリクシアなら大丈夫だ。
ただ毎回風呂に入る度にフェリクシアを呼び出す事になるのは、ちょっと抵抗があった。遠慮、かな。
フェリクシアはきっと文句も言わずにやってくれるとは思うのだが……それでも遠慮の方が勝ってしまう。
フェリクシアが俺の妻になるのだから、今後はそういう遠慮も、あまり必要ないのかも知れない。
裸の状態で、追い焚きしてー、って言っても、夫婦間であれば問題は無いだろう。あくまで想像だが。
シャワーの湯もずっと浴びてると少しのぼせてくる。そろそろ俺も覚悟を決めて、フェリクシアと向き合う時だ。
俺はバスタオルを使い拭き上げ、それを腰にぐるっと回して止めた。この世界のバスタオルは少し大判なので、1周半くらいはする。
「フェリクシア、シャワー使い終わったけど、そっちに行っても良い?」
これも腰抜けなのかなぁ。俺としてはフェリクシアを気遣っているつもりなんだが、アリアに言わせたらきっと、腰抜けになりそうだ。
「こちらは問題無い」
しっかりした回答が返ってくる。いつもの自然な声の調子だ。存外リラックス出来ていたりするのかな?
俺は自分の衣服をまとめて抱え、シャワー室の扉を開けた。
「む、荷物を持たせてしまった、すまない」
と、フェリクシアがベッドの向こうの広いスペースから言ってきた。俺がシャワーの間、ずっとそこにいたのかな。
駆け寄ってきて、俺から衣服を持っていく。最近入ったばかりのソファーの隅にそれを置く。
「フェリクシア、今はメイドと主人の時じゃないから、そんなに動かなくて良いんだよ」
「頭では理解しているつもりなのだが、身体の方が動いてしまうんだ。寧ろそれが自然な程に、な」
んー。アイデンティティーがメイドさん、なんだから仕方ないと言えばそうか。
ただこれ、夫婦となるとどう扱っていくのかって部分で、問題になる。
「ねぇフェリクシア。ちょっと俺の横に座ってくれる?」
俺はベッドの端の真ん中に座り、左手をポンポンやって、座る場所を伝える。
フェリクシアは何気ない感じでスタスタと来て、座る。俺が示した場所より、腕半分、遠い。
手を伸ばして、ギリギリ届くかなって位の、この距離感。これは全く、メイドの距離感だよなぁ……
「フェリクシア、もう少しこっち。それだけ離れられちゃうと、触れる事も、キスすらも出来ない」
俺が言うとちょっと目を開いて、それからススッと距離を寄せる。
がそれでも、真横という程の距離感でなく、他人とベンチに座る位の距離だ。
うーん、スムースには行かない。どうしたものか……
「シューッヘ、そ、その、私が出来るのはここまでだ。知識も無いのでここから先どうすれば良いのかまるで分からない。
全ての段取りを委ねてしまう事になるが、ここから先はシューッヘのその、思うままにしてくれないか? 私は言われれば従うから」
フェリクシアが言う。少し頬に赤みが差す。
「じゃ、ともかく照明を落とそうか。真っ暗にしても良いんだけど、俺もフェリクシアの事見たいし、薄暗い程度にしたい」
「わ、分かった。私の裸など、見て楽しいものでも無かろうとは思うが……」
と、フェリクシアはベッドから立ち壁に手を当てる。壁全てがスイッチなので、楽ではある。
スーッと照明が暗くなる。丁度俺が思っていたくらいの、薄暗いけれど相手の肌色も分かる程度の明るさは残った。
「この位で良いか?」
「ああ、抜群のコントロールだよ。そのままこっち、俺の正面に来て。場所はここ、目の前ね」
床を指差し、促す。
フェリクシアは少しの躊躇も無い様子で俺が差している所に立ってくれた。
「はい、よく出来ました」
と、俺はベッドから立ち上がる。まさにぶつかるわずか手前。そのまま両手を広げ、抱きしめる。
「ふぁい?!」
「まずはお互いの体温を感じるところからだね。俺のぬくもり、感じられる?」
フェリクシアの口から変な音が出た。いつものあのフェリクシアからは考えられない、素っ頓狂な声だ。
今フェリクシアがどんな顔してるのか気になるが、俺はともかくぎゅっと抱きしめたまま静止する。
フェリクシアの肌から直接伝わる体温。それだけでなく、メイド服の中が想像以上に豊満である事実に、俺の方もドキドキしてくる。
温かい、とても柔らかい……俺は抱き寄せる事でそれを感じているが、フェリクシアは何を感じているのだろう。
フェリクシアの柔らかな肌からは、さっきまでの表情からは考えられないほどに心臓が走ってるのが分かった。
「緊張してる? してて全然良いからね、緊張して当たり前だから。怖くは無い?」
「少し、怖い……が、大丈夫だ。その……ご主人様の香りが、何だか落ち着く。不思議だ」
俺の香り? ついさっきしっかり洗ったはずなんだがな。
まぁ日本でも女子のシャンプーの香りに興奮する男子高校生は普通にいたから、これも普通と言えば普通なのか。
「無理はしないでね。これから何がどうなるかは、さすがに分かるよね」
「ど、動物の交尾の様なものを想像してはいるが、人間のそれがどう違うのかはよく分かっていない」
マジか。ウブを通り越して完全に無知か。
そりゃ怖いのも当然だ、自分が今から何されるのか分かってないのは、恐らく一番怖い。
「それじゃ、俺がこのまま、フェリクシアを抱きしめたままで、今から何をどうするか、言葉でざっと説明するね」
耳元でささやく様に。耳に息が掛かるのがこそばゆいのか、言葉を発する度に少しだけビクッとなる。
説明が佳境に入ると、フェリクシアの心臓が更に高まってくるのが肌を通して感じられた。
「……と、そんなところかな。初めての人は痛いって聞くし、無理に俺が終わるのを待たずにストップ掛けてくれて良いから」
「その、ご、ご主人様の快楽というのは、さ、最後の一瞬に集約されるものなのか……?」
「そう、だね。気持ちが満たされるとかそういう部分は、今もう始まってるけど、快楽については、そうだよ」
「ならば私も、ご主人様が達せられるまでは、何とか出来る様に努める」
と、今まで棒立ちだったフェリクシアが腕を動かそうとするので、ちょっと抱きしめている力を緩める。
フェリクシアは、手をふるふると震えさせながら、俺の背中に手を回して、俺がしたように、ぎゅっと抱きしめてくれた。
俺もその抱きしめに呼応する様に、もう一度しっかりと抱きしめ直す。
ご主人様呼びに戻ってしまっているが、それはそれで俺的には良いな。自分でも意外だ。
メイド服着てないバスタオル姿だから、メイドさんってイメージは無いんだが、普段の姿を重ねると……うん、良い。
これは俺の性癖なのか……? あまり変な性癖は無いつもりでいたが、メイドさん属性があったのか俺。
まあ考え方次第か……メイドさん属性が全く無かったら、フェリクシアを抱くのにも逆に足を引っ張るかも知れない。
属性があるからこそ、色々したい事も浮かんでくる。それが良い事かは知らない。俺の気持ちなだけだ。
いずれにせよ、動物の交尾の様なものしか浮かばなかったのであれば、今からの時間は驚きの連続だろう。
正常位、なんて言葉では言うけれど、女性の股関節はどうなってるんだって体勢だからな、アレは。
と……つまりその姿勢もまた、俺が指導して習得させる事になるのか。何だかんだ、初めてさんは大変だな。
「フェリクシア。ベッドに上がろう」
言うと抱き締められていた力がスッと抜ける。自然降りてきた手をつかまえて、ベッドへと導いた。




