第3章 外伝の2 第1話 いつになくぎこちないフェリクシア。まぁ当然か。
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いしますm(__)m
「シューッヘさん。その、私はこれから、どうすれば良い?」
まだ頬に赤みの残るフェリクシアさ……フェリクシア。
そうだ、俺の方も意識して変えていかないと。フェリクシアも、頑張ってる感じありありなんだから。
「ん、んー。フェリクシア、どうするって、何をだい?」
俺は努めて冷静を装いつつ聞いた。
とは言え、さっきのさっき、熱い思いを受け止めたばかりだ。冷静で居られる訳も無い。
フェリクシアもまた、姿勢こそ正していつも通り、ではあるが、瞳が潤んだままだ。
「二人が、一つになる、その時の……ことだ。私は疎いので、何をして差し上げれば良いのか、分からない」
しっかりと俺の目を見据えて、ごく真面目に。
そんな感じで俺に問うてくる。俺も椅子を横座りに座り直して、首こそ横向きだが真っ直ぐに視線を向けて話す。
「いや疎いとかの問題じゃ無いなそれは。初めてなんだから、色々分からなくて当然だよ。怖かったり、緊張したりする?」
「怖さ、か。言われれば、不思議な怖さは感じる」
「不思議な?」
「ああ。軍にいた当時、四方を敵に囲まれた時があってな。その時は間違いなく、負ければ敵兵に犯され殺される、というのは理解出来た。
その時の恐怖感とは随分違うんだが、恐怖感の強さで言えばどちらも似通った強さだ。何に恐怖しているのか、私自身が理解出来ない」
心をもたげている恐怖の正体を探している顔、なんだろう。
難しそうに眉間にしわ寄せて、腕組みして。それでいて顔はまだ赤みが強い。
フェリクシアにとっての恐怖は、その行為をあまり知らないからか?
「俺の事自体は、怖いと思う? 遠慮せずに言って、フェリクシア」
「フェリ……呼び捨てとなると、こうも感触が違うものなのか。きっかけがきっかけだったから尚更、か。
ご主じ……ではなくっ、シューッヘさんの事を怖いとは感じていない。この恐怖はもっと漠然としていて、まさに捉えどころが無い」
「ねぇアリア。俺、初めての女の子の気持ちってよく分からないんだけれど、やっぱり怖いものなのかな」
アリアさん……じゃない、こっちも今日から呼び捨てだ。
アリアの方に、視線を向ける。少し奥に目を遣っただけだが。
「あたしはー、あなたの言う処女童貞信仰にそぐわない女だったから? あなたとの初めても緊張はしても恐怖は無かったわ」
「アリアごめん、俺処女じゃなきゃ嫌とかそんな訳じゃないから。俺も童貞じゃなかったし。処女童貞信仰は、昔の世界の名残だと思って」
奥の椅子のアリアに手を合わせ、頭を下げる。
「ふーん。ま、いいわ。フェリクが『初めて』に困惑するのは無理ないとあたしは思うわ。今まで男性に触れる事さえ無かったのに、いきなり男性のソレが中に入ってくるって事だもん。
きっと、本能的なものかしらね。あたしも初めては怖かったわよ。怖いことが怖い、みたいにループもするし」
「そういうものなんだ、女性って」
「どうかしら? あたしの経験はあくまであたしのだからね、人と比べられるかって言われたら、正直分かんないわ」
アリアの視線が、とても白けている。
今この瞬間は、誰がどう考えても、フェリクシアのターン。
それをアリアも分かっているからこそ、面白くないのだろう。
「それで? 二人が結ばれるのはいつ? これから? それとも明日に持ち越し?」
「そ、それは……」
つまらなそうな顔をしたアリアの問に、俺はちょっと飲まれた様になってしまう。
けれど、ここは俺が俺の気持ちでもって、フェリクシアを先導しないと進まない。
「……スケジュールに支障が無ければ、この後で」
「そ。じゃ、フェリクもシューッヘもせめてシャワー浴びないと。それともシューッヘはそのままの方が好きかしら」
「わ、私は今日随分動いて汗臭いぞ。自分でもハッキリ分かる程にだ。そのままという事は……」
「あら、ウブな第二夫人に教えてあげるわ。世の中には『汗臭い方が好み』って男性もいるのよ。シューッヘがそれかは別にして」
「そ、そういうものなのか? 良い香りがする方が常に好ましいものと思っていたが……」
「ねぇシューッヘ、あなたはどっちが良いの? 石けんの香りの生娘? それとも、汗ばんだ香りの生娘?」
「アリア、あんまり俺の事もフェリクシアの事もいじめないでくれ。生娘がどうこうじゃないから。俺も汗相当かいたから、シャワー浴びるし、フェリクシアにも浴びてもらいたいし」
「そ。つまんないの。あたしは部屋へ戻るわ」
「奥様、何か飲み物などお持ちす」
「要らないっ。勝手に二人でイチャイチャすれば良いじゃん。一年の初めの日なのに、ふんっ!」
アリアは足早に、俺達に背を向けてホールから出て行った。そのまま大きな足音を立てながら2階へと行ってしまった。
「あー……」
そうか、一年の最初の日が『姫始め』ならともかく、第二夫人に一番最初を奪われる、となると、平静では居られない訳か。
一人の女性、アリアだけでも色々考えないといけなかったのに、妻が二人になった。いきなり簡単じゃ無い状況だ。
だがそれも、これからずっと、続いていく。地球ではあり得なかった、大っぴらな関係の、女性を2人。
地球から考えれば既にハーレムかも知れないが、一人ですら満足に関係が築けなかった俺に、2人は正直荷が重い。
これから上手くやっていけるだろうか……いや、もうそれを悩むのは辞めよう。考えても、現実に『そう』なのだから、進むだけだ。
「フェリクシア、酔いを醒ます薬って、あの常備薬の中にある?」
俺は自分がまだ酔いが醒めきっていない事が気になった。
酒に押されて色々言ったが……初めての人に対して、酒の勢いでってのは、あまりにもダメだ。
「酔いを? 悪酔いでもなされたか、シュ、シューッヘ、さん」
俺の言葉が何か意外だったようで、目をくりんと見開いた。
「いや。酔いも大分醒めてるとは思うけど、酒の勢いでー、みたいなのが、俺、嫌でさ」
「そ、そうか。ご主人様は私が思うより余程真面目でいらっしゃるようだ」
とご主人様呼びしたフェリクシアが席を立ち、キッチンへと向かう。
俺はその隙に、という訳でも無いが、丁度良いきっかけだったので、フェリクシアの横の、さっきまでアリアが座っていた席に着いた。
目の前には、タブレット。地球だったら何処ででも見かけた様な端末だが、この世界では異質でしかない。
ちょっと見てみるか……うわ酷い。俺の、闇の中での告白が全部ダダ漏れになっている。
女神様は……恐らくわざとそうなさったな。フェリクシアとの事を推し進めて下さったのはありがたいが、安心・結界の中の密室のはずが、とんでもなかった。
「ご主、ではなく、その……シューッヘ、さん」
キッチン前の壁に空けた窓スペースに寄ったフェリクシアが聞いてくる。
どうにも『シューッヘさん』呼びがまだ慣れないらしく、言い終わって手の甲を口に押し当て視線はあらぬ方を向いている。
「フェリクシア。酔い覚ましみたいなのはあった?」
「酔いを醒ます専用では無いが、万能毒消しならば酒酔いも無くなるはずだ。それで良いか?」
「ああ。酒の勢いさえ消せれば、何でも良いよ」
「では今用意する、少し待ってくれ」
と、窓から離れて作業台の方に戻っていった。
ふう……フェリクシアが動く姿が、ここからでもよく見える。
いつもの普段使いのグラスを、一度わざわざ布で磨いて。
それからヒューさんがくれた薬箱から1瓶を取り出して、慎重そうに1滴、そのグラスに落とした。
そこへピッチャーにあった水を流し込んで、グラスの上に手をかざした。
かざした手から氷が生まれ、更にそれがひとりでにカットされる。立方体2つはグラスへ、それ以外は作業台に落ちる。
そこへ、棚から持ち出した木のトレーを寄せ、ちょっと考える様にあごを触りつつ腕を交差させ、改めてトレーから緑の小さな葉を取り出してグラスに添えた。
「ねぇフェリクシア。そのハーブは何?」
「ん? これはミントの葉だ。特に薬効はないが、清涼感がある。薬が少し匂いがあったのでな、打ち消せればと思ったのだが」
俺は椅子の背を胸に抱えて、じっくりフェリクシアの様子を見る。
俺の視線が固定しているのに気付いたのか、フェリクシアは手を止め、俺の方を見た。
「どうかされたか? シューッヘ、さん」
「俺の名前、そんなに呼びづらい? あんまり苦労するようだったら、別に自由に呼んでくれて良いんだよ?」
毎回つっかえているので、少し気になった。
「いや、奥さ……んん、アリアも良い機会だと言っていたし、立場も関係性も変えようと言うのだから、呼び名も変えねばなるまい」
「んー、フェリクシアも真面目組だからなぁ。じゃ、夫として最初の命令ね。今後俺の事は、呼び捨てにするように」
「は、はい。では……シューッ……ヘ。」
どうにもどこかでつっかえるなぁ。まぁ、こればかりは慣れかもな。
「シューッ、ヘ。先に一口飲んでみても良いか? 毒消しだからまさか毒ではなかろうが、味も心配でな」
「毒味役? 確かにフェリクシアが先に飲んでくれると、俺はその味、あらかじめ覚悟は出来るけど……」
「では、先に一口」
と、フェリクシアが毒消し入りの水のグラスに口を付けた。
「うむ……苦みがあるが、それだけだな。うっすら苦いが、飲みづらいという程でも無い」
「そっか、やっぱり薬は苦い物、なのかな、どこの世界も。じゃ、くれるかい?」
「今お持ちする」
と言ってシンク側にあったトレーを取り、グラスを乗せ、その口元を布でキュッと拭き直した。
「あれ、折角の間接キスが」
わざと言ってみた。
反応は……ちょっといじわるだったか、見る間に耳が赤くなって、トレーを持ったままうつむいてしまった。
「ごめんごめん、そこまで意識されるとは思ってなくて」
「……シューッヘは優しい、という話はどこへ行ったんだ。私をからかっても、何も出はしないぞ?」
「んー、赤くなってるのが可愛い、って言うのもダメ?」
俺が言うと更に赤みは増した。
ただすぐに動き出して、俺の座る椅子の前、リビングテーブルの上にグラスをそっと置いて、トレーを胸に両手で抱えた。
「ご主人様はいじわるだ……私をからかって、楽しんでらっしゃる」
と、不満そうに口を尖らせる。
俺にはその姿がとても新鮮だった。確かにポーカーフェイスがすぐ崩れるフェリクシアだが、ここまですねた様な表情は初めて見る。
「からかってる訳じゃないさ。俺が、可愛いなぁ、って思ったから、可愛いって言っただけ。分かる?」
「わ、私がそんな可愛いだなどと」
「可愛いよ、とっても」
俺が視線をロックオンして言うと、チラッと俺と視線が交わり、また床に目線が落ちた。顔は真っ赤だ。
「俺は、フェリクシアが自分自身の事をどう思おうが、フェリクシアは可愛いって思う。ちょっと近づいてくれる?」
俺の注文に、フェリクシアは素直に、俺に近づいた。もう少し。
「あと一歩、寄ってくれる?」
言うと更に寄る。座っている俺の、真横だ。
「しゃがんで?」
意外だったんだろうな、少しびっくりした表情だけれど、そのまま膝を曲げてしゃがんでくれた。
「はいよく出来ました、いい子いい子」
俺はフェリクシアの頭を優しく髪の流れに沿って撫で、それから頭のてっぺんにポフポフと手を当てた。
ツヤのある黒髪は、実際触れてみても引っかかる所が無い。肩より少し長いその髪は、見るだに綺麗だ。
しゃがんだまま硬直してしまったゆでだこさんをよそに、俺は毒消し入りの水を一気に飲んだ。確かに苦いやこれ。
「さ、俺の部屋へ行こうか、フェリクシア。まだ怖い感じはある?」
立ち上がって言うと、少し迷ったのかまぶたをパチパチとさせて、しゃがんだままでゆっくり一度、首を縦に振った。
「じゃ無理せずに、進めるところまでにしよう。いつでも止めてって言ってくれて良いし、嫌だって思ったら俺の事死なない程度に突き飛ばしても良い」
「い、いや。なるたけその……私の中の勢いがある今の、この感じを大切にしたい。今日進めなかったら、ずっと進めない気がして、それも別の意味で怖いんだ」
と、フェリクシアは立ち上がり、俺の手に向けてそっと手を伸ばしてきた。勿論俺はその手をゆっくり、優しく握る。
「そっか。じゃ少しだけ、ほんの少しだけ、強引にリードしていくからね。でも我慢はダメだよ」
「は、はい」
応えたその声音は、緊張した乙女のそれであった。




