第3章外伝 第3話 スタート1時間前
―――― 時間は14時 ――――
ほぼ、整った。決行は1時間後。
15時オープンは早い部類だが、さすがにご近所から文句が来た。
そりゃそうだ、ここが庶民の住宅街であればまだしも、両隣は貴族。その横も貴族。
みんな今回の「ふるまい側」で、自宅前にあんな化け物樽を置かれては誤解される、とひんしゅくを買った。
それで仕方ないので、急遽土木工事だ。転移魔法陣で地下と庭の隅をつなげて、一樽ずつ地下に入れた。
地下室は4階層あるので、30+10の40樽も何とか入った。
いやホント、もう5樽多かったら詰め詰めにしてもアウトだった。
樽をしまう方は、フェリクシアさんの身体強化で樽を押して並べて完成。
問題は、これを地上に出す方。前にも聞いていた事だったが、転移先に物があったりすると、それを重なる形で転移がされる。
つまり、酔っ払いがいる所に出すと、突然酔っ払いは樽の中に入ってしまうか、場合によっては樽の板部分に重なれば、その身体を引き裂かれる。
安全策を打たないといけないので、樽を出す転移魔法陣の出口は、邸内のリビングテーブル上に設置した。
テーブル分の高さが出るので、樽下部のコック式蛇口から中身を出すのも楽だ。
あのバルトリア工房作の貴族邸リビングのテーブルなので、フル満タンのお化け樽を乗せてもまるで大丈夫だった。
そう言えば、このテーブルに70本の酒類を並べた事があったな。樽酒見て思い出したが。
女神様公認の酒も売れ行きは順調だと言っていたな。良い事だ。サンタ=ペルナ様の知名度も増して欲しい。
酒は地下に格納した。近所からのクレームも止まった。ひと樽は既にテーブルに乗っていて、臨戦態勢。ここまでは良い。
問題は、替えの樽を地下から運び出せるのが、フェリクシアさんしかいない、という事だ。
地下の樽は、各階フロアの中心に、魔法陣を今回の為だけに描き、その魔法陣から放射状になるように樽は並べた。
樽を扱うフェリクシアさんにとっては、樽を魔法陣に向けて真っ直ぐ押すだけで良い。いやいや、「だけ」なんて言える労力ではないが。
俺も樽押しが出来れば良いのだが、まだ魔力のソフトな調整が出来ない。魔力を込めて樽自体を突き破ってはいけない。
フェリクシアさん一人に任せるのはとても忍びないのだけれど、出来ない事を無理してやって、余計迷惑をばらまくのはもっと避けたい。
なので樽が空になる頃合いが、一番忙しくなるかも知れない。
まぁもっとも、それだけ人が来れば、の話だが。
なにせこの貴族邸宅街は、このローリスでも北の端に近い所にある。一番北に当たるのは王宮だ。
もちろん、比較的近い所に中央市場があったりするのは、北の端に王宮があったり貴族邸宅街があったりするからだ。庶民より偉い人たちの為の利便性、なんだろう。
今回の「年越し」は、ローリスの中全てが宴会場になる。出陣組が多ければ城塞内で分散するが、逆だとあっちこっちに塊が出来る事になる。
俺は、出陣組としてこの少人数で立ち回る方法が思い浮かばないのと、明らかにグラスとか足りない準備不足もあって、籠城で通す事にした。
つまり、塊の一つを作れれば、まぁふるまいとしては成功、と言ったところ。こんな北の端まで人が来るのか? とは思っている。
中央市場の各ブースとか、そこから少し離れた所にある飲食店街辺りもきっと、貴族が貸し切ってふるまいをやってるだろう。
そこいら辺でザルの人たちも引っかかるだろうから、さすがに坂を登ったここまでは、そんなに来ないだろう。そう思っている。
***
「フェリクシアさん、これ、片側に寄せたらもう一樽乗せられるかな」
「さすがに片側に寄せると、テーブルが見事にひっくり返りそうだな」
うーん。そう簡単には行かないか。樽が2つあれば、フェリクシアさんのいない時間でもサービングが出来ると思ったんだが。
そうすると……取りあえず具体的な流れを頭の中で整理しておこう。
樽が空になったら、それをまずどけて、地下に走って。
地下に設置した、このテーブル上への転移魔法陣に樽を乗せて転移させ、また帰ってくる、と。
やはりどう考えても、フェリクシアさんのいない空白時間が長くなってしまう。
過重労働なのは今日だけはちょっと我慢してもらうにしても……
「俺に出来る事、何か無いかなぁ。中身の無い樽をどける位は出来る気がする。他にも俺に出来る事とか、何か問題とかがあったら、今のうちに教えて?」
「そうだな……樽が空になったタイミングで私が地下に駆け込んで、樽を押して魔法陣の上に乗せて転移魔法を使う。その都度私は毎回、最下層まで行かないと地上に出られないのはネックだ」
「あっ、それなら俺でもやれそう。各階に、人用の転移魔法陣を作るよ。出口は1箇所にまとめても大丈夫?」
「そうだな。貨物用と人用の2回線あると、移動時間の短縮になる。地下も樽で混み合ってるからな」
「じゃ各階の転移した所から、左手側の壁真っ直ぐの角に、四角で描いておくね。早速作ってくるよ、出口は何処にすれば良い?」
「出口は、安全を考えてホール左側のトイレ寄りの使っていない部屋の、端にしてくれ。そこなら酔いどれが入り込む事も無かろう」
「……あれ? そう言えば、地下4階の戻り路って、庭の端だったよね?」
「それは極めてまずいな、書き変えが必要だ。酔いどれの存在と重なる様に転移したら、その酔いどれは確実に死ぬ」
地下4階にしかない出口が、今回人が入る庭先。
危なかった。気付けて良かった、動き始めて事故起こしてから気付いては遅い。
「じゃ、いっそ今回から、各階に出口付けて、それを全部トイレ寄りの部屋の角々にする?」
「それは良い工事かも知れないな。特に余計な手間という話でも無い。やってしまおう」
「じゃそれは俺が」
「いや、一度樽の位置も全て確認したいので、私が行く。ご主人様は奥様の手伝いをなさってくれ」
二の句を継げる間もなくフェリクシアさんはくるりと後ろを向いて左手の通路に消えていった。
転移魔法陣は、先に転移先を設定しないといけない。その後で地下か……まぁ今はまだ時間に少しは余裕もあるから大丈夫、かな?
転移魔法陣に、酔客が近づくと厄介だが、さすがに玄関通ってホールも通って、この左手の通路に入ってくる輩はさすがにおるまい。
俺は庭に出た。
「アリアさん、どう? 順調?」
「あっ、シューッヘ君。お菓子の配合、こんな感じで良いかしら」
アリアさんがスープ皿で、お菓子とナッツを混ぜている。
「この配合だと、ちょっとナッツが多いかな。もっとナッツは少なくていい」
「ふーん、意外とちょっとだけなのね。じゃこれは陶器のボウルに空けて……」
言いながらスープ皿を、樽の上に乗った陶器のボウルに注ぎ込んだ。しゃららら、みたいな軽やかな音がして何だか気持ち良い。
「あっ、アリアさん。接着の方は上手く行った?」
「うん。ガッチガチにくっついてるから、絶対剥がれないよ」
「樽も相当重しを入れてるから、これで『ボウルが落っこちる』のも、『樽ごと倒れる』のも、無いね。良かった」
「そうね。樽の位置、本当にここで良いの? 玄関から出入りしづらいけど……」
と、アリアさんが俺にキョトンとした視線を投げてくる。
「玄関が開くギリギリの位置で、更に玄関の幅に置いてるんだ、これ。人一人が、正確に真っ直ぐなら、通れる。サービスワゴンもぴったり通る」
「正確に真っ直ぐなら? どういう意味?」
「酔っ払いがフラフラして中に入ろうとすると、多分これにぶつかって止まると思うんだ。それを狙ってる。
それに、内側は狭いけど客がいる側から手を伸ばす分には問題無いから、良いかなって」
「うーん、人が集まっちゃうと、中から出る時ちょっと心配かな。でも何とかなるかっ」
アリアさんが、ふんと鼻を鳴らして両腰に手を当てた。
既に気合い十分って感じだな。さすがに30樽は余るだろうから、お疲れ様会も出来るだろう。
というか寧ろ、余った樽酒をどうするかの方が問題か。地下に収納しておけば、問題は先送りは出来るが……。
「良かったらシューッヘ君、一番良い混合比をちょっと作ってみてくれる? 見れば覚えられるから」
「分かった、やってみるよ」
今はまだ準備段階なので、キッチンでフェリクシアさんが使っている背の無い椅子が庭に出てて、その上に木箱が乗っている。
そこに進んで、包みの開いているお菓子袋を取り出す。ナッツは後で入れて混ぜれば良い。
「まずざっくりお菓子入れちゃうね」
袋を傾けて、ざーっとお菓子を流し込む。深めのスープ皿なので意外と入る。
「で、ナッツは……」
「はい、これ」
アリアさんが持ってきてくれた。受け取って、これもスープ皿に流し込む。但し、少しずつ。
「うーん……もうちょっと……この位かな?」
ナッツが地球の柿の種製品より大ぶり。更に気をつけて量を控えた。
スープ皿なので、手先をちょっと差し入れて、くるくるとかき混ぜる。
「えっ! こんなちょっとで良いの? ほとんどお菓子ばっかりじゃない」
「うん、これで良いんだ。メインはお菓子。つまんでもらって、口が飽きたらナッツ。そんな感じに食べてもらいたいってところかな」
「もしナッツ好きの人が来て、ナッツばっかり食べてたらどうする? 注意する?」
「うーん、ナッツの量も限りがあるからなぁ。でも喜んで食べてくれてるのに水差すのも何だから、その人がいなくなったのを見計らってナッツは補充しよう」
「ナッツが終わっちゃったら、お菓子だけで良いのよね? ナッツ、1袋半しか無いし」
「そうだね、それはどうにも仕方ない。今から中央市場まで行って買ってくる余裕は無いし」
「じゃ、玄関前の2つと、あっちの2つ、仕上げちゃうね。シューッヘ君はフェリクに指示出しとかしてあげて」
「それが終わったから来たんだけど……まぁ俺がやるのはパフォーマンスだから、本番でも随時必要そうな所に手伝いに入るね」
そうしてまた再び、屋敷の中に戻った。




