第17話 アリアさんアリアさんアリアさんアリアさん
今日は馬車で、昨日行った生活者ギルドまで移動だ。
昨日は、ヒューさん曰く「この街の概要を見て頂きたく」とのことらしく、歩きだった。
けれど今日は、ピンポイントに生活者ギルドに用がある。
もっと絞って言えば、アリアさんに。
さっきの話の後、ヒューさんからこの国の物価や賃金の説明を受けた。
この国では、定期給金と、年末給金の2種類があるらしい。
冬のボーナスみたいな感じか。夏のボーナスは無いっぽい。
それと、チップ制度に近いものがあり、気に入ったサービスには少額上乗せして支払うのだとか。
そのチップのための小銭と少額紙幣も、ヒューさんからもらった。
手元のお金はチップ用。買い物はヒューさん任せ。何だか子供のお小遣いみたいな気分だが、買い物は全部、どんなものでも国庫払いだ。
多分もっとチップが必要になったら、言えば良い。ヒューさんがくれる。
うーん……どんどん堕落している様な気がする俺。大丈夫かなぁ……
今日の馬車は、比較的普通な感じの馬車だ。幌も無く、乗るだけの感じの。
けれど、その御者は、フライスさん。ヒューさん専属?
他の馬車がゴトゴト揺れながら動いているのに、フライスさんが手綱を握った俺たちの馬車は、相変わらず揺れない。
一切揺れない。動いてる?と思う程に。精霊魔法で何とかしてるらしい。俺もそういう実用的な魔法が使いたい。
「間もなく着きます」
フライスさんが言う。俺もちょっと緊張してきた。
馬車は生活者ギルドの前に止まった。オーフェンからの馬車と違い高くないので、ひょいと飛んで降りた。
ヒューさんも同じようにしている。元気な足腰だ、一見ご老体なのに。
「あっ、ヒューさんと……シューッヘ様……」
中に入ると、受付のレムさんがすぐ気付いてくれた。気付くや、中に駆けていった。
そして、受付近くのドアが開き、中から大柄な男性と、アリアさんが出てきた。
「ヒューさん。それに、貴人様。この度はうちのアリアが……」
男性が神妙な顔をしている。上司とかなのかな?
アリアさんはと目を向けると、両手を下げて重ねて、ぎゅっと身体に寄せている。
心の辛さがそのまま姿に現れている様で、見ているだけでこっちまで辛くなる。
「ルイス。今日はアリアに対するシューッヘ様からの処罰を仰せつかっておる」
「はい。貴人様は、シューッヘ様、と申されますか。アリアがとんだご無礼を……」
ルイスさんもアリアさんも、沈痛な面持ちで、うつむいている。
そこにヒューさんが、一歩前へ進み出ると、巻物の様なものを大仰に広げた。
「生活者ギルド所属の娘、アリア。貴様は英雄であらせられるシューッヘ・ノガゥア様の御身分をみだりに明るみに出し、シューッヘ・ノガゥア様の御不興を買った」
巻物にそう書いてあるのだろう。浪々と読み上げる様はまるで、時代劇か何かの様だ。
「従ってここに、貴族憲章第12条に従い、シューッヘ・ノガゥア様がアリアを罰する」
アリアさんの緊張はいよいよ最高潮に達したか、見える程足がガクガク震えている。
「アリア。貴様を、シューッヘ・ノガゥア様専属の魔法講師とする。尚、給金は適宜保証する、以上」
と、言い終えると巻物をくるくると丸め、それをアリアさんの手にポンと当てた。
「アリア。シューッヘ様のお慈悲だ。シューッヘ様によく仕えるように」
ヒューさんはそう言うと下がって、俺の腰をぐっと押してきた。前へ出ろ、という事だろう。
俺はアリアさんの前まで進んだ。アリアさんは、相変わらず足を震わせているが、さっきまでの
世界の終わりみたいな表情は無く、何が起こったのかよく分からないかのように、ぽけーっとしていた。
「アリアさん。俺からの『罰』です。気が進まなくても、魔法、教えてもらいますよっ」
俺はちょっとふざけるような声音で言った。
と、アリアさんは、その場に突然ぺたんと座り込んでしまった。
「あ、アリアさん?」
「シュー……え、英雄様?……えぇ、あたし、英雄様に、失礼を……」
「アリアさん?」
何か入り込んでしまっているようで、声が届いている様子が無い。
「英雄様に……あぁあたしもう死ぬんだ、遺書、急いで遺書書かないと……」
「アーリーアーさーん!」
「ひゃい!!」
大声で呼んだらやっと声が届いた。なんか変な声出してたけど。
「アリアさんの事を、俺が雇います。毎回ここに来るのも面倒なので、アリアさんと、もし問題なければ病気のお母さんも、王宮に引っ越しです。もちろんその費用も、俺が出しますから」
……まぁ俺じゃなくて、国家予算なんだけどね。
「そ、そんな……あたしそれだと、何も罰を受けてないどころか……」
アリアさんがうろたえていると、横の上司?のルイスさんが、
「そうですヒューさん。貴族様どころか英雄様ともなれば、斬首で当然。いくら何でもその罪では軽すぎどころか、罪ですらないのではないですか」
斬首、という言葉に、アリアさんが再びビクッと身体を震わせた。
「そうじゃの。通例であればそうなのだが、この英雄殿は大変頑固でな、このヒューが幾ら言うても、死罪に決して同意して下さらんのだ」
ヒューさんは少し前に出て、ルイスさんの近くにまで進んだ。
「わたしも説得に骨が折れてな。シューッヘ様に丸め込まれてしまったわい。そういうわけでな、アリア」
と、視線をアリアさんに向けた。
アリアさんはぺたんこ座りのまま、ヒューさんと目が合った。
「城門内のメイド宿舎に、アリアを迎える。いわば英雄様付の家庭教師の様なものだと思ってくれ」
ヒューさんが言うと、アリアさんは座ったまま首を何度も縦に振った。
「ご母堂と遠くなるのも良くないというシューッヘ様のご配慮で、ご母堂は王宮看護室にてお世話をする。シューッヘ様に篤く感謝せよ」
ヒューさんの言葉に、アリアさんの視線が俺に向く。
そして、アリアさんが言った。
「どうして……どうしてそこまでして下さるのですか、シューッヘ様……」
「えーと」
と、誤魔化そうかと思った。
が、やめた。
「お、俺がアリアさんのことを気に入ったからです。権力に物言わせてって言うのがちょっと卑怯だとは思いますけど……近くにいて欲しくて」
1
2
3秒。
沈黙の後、アリアさんが突然両頬を真っ赤に染めた。
それを見た俺も、自分が人生で初めて告白した事に今更気付いて、頬が燃えるように熱くなるのを感じた。
そこからは、何だかお祝いムードだった。主に騒いでいたのはルイスさんだったが。
***
「いやはや、シューッヘ様があそこまで踏み込んで仰るとは、この爺、予想もしておらなんだでございまするぞ!」
俺の部屋。
既にヒューさんは飲んでいる。と言うか、酒瓶片手に俺の部屋に来た。
「これでアリアはシューッヘ様のお近くに、いつもお手元に置く事が出来ますな、さぁさぁ、ご気分次第でいつでもお手をお付けなされ! 若い事は良き事!」
わっはっはと笑うこのじいさん。出来上がるとこういう酔っ払い方する人なのか。
「そんな、俺別に、あ、う……そりゃ、全然考えてないって言ったら、噓になりますけど、アリアさんを『手に入れたい』とか、そんな訳じゃなくて、その……」
アリアさんが、優しかった。
なんとなく、お姉さんっぽい感じの雰囲気が、好き。
って、俺好きなの認めちゃってるよ!
このじいさんの言ってることが正しいってことかよー!
「まぁ若い者には、色々と葛藤も、恥じらいもございますなー! わたしも若い頃は、色々とやんちゃをしたものです、わっはっは!」
……じいさん公務とかないんかい。まだ昼間だぞ?
「それでも、アリアがこちらへ来るのは2日後。少々もどかしゅうございますな、いっそアリアの家に通われますか? そうすれば、片時も一緒に」
「あーもー。ちょっとゆっくりしたいんでヒューさん出てって下さい」
「おぉっ、このヒュー、少し酒が過ぎましたかな? シューッヘ様に嫌われては行けませんので、お言葉通り退出致しますぞぉ」
と、またがっはがっは笑いながら、部屋から出て行った。
あー……思い出すだけで、頬が熱持つ。
部屋にいるとどうしても悶々と考えてしまう。
アリアさんは、別に男女の関係みたいなので来てくれる訳ではない、あくまで家庭教師みたいな。魔法専門の先生である。
先生に好意を持つのは鉄板だけれど、それでもアリアさんがそういう「区切り」に厳しい人だったら、いちゃラブ展開の可能性はゼロだ。
うーん……ちょっと気分を変えたいな、城内を散歩するか。
俺はドアを開けて外に出た。廊下自体はさすが王城、6人位が横並びに歩ける位の
かなり広めの作りだ。床の中央部分、3人並べる位の幅に赤い絨毯? が敷いてある。
そんな広い廊下なのだが、俺の部屋のドアの丁度目の前には、木の背付きのベンチがある。
まるで、この部屋の住人を待ち構えるのにあつらえた様な感じである。
と言うか、ヒューさんが座ってたなそう言えば。置いたのヒューさん?
別に不快感とかは無いが、こんなクッションも無い堅そうな木のベンチにヒューさんを座らせて待たせるのは申し訳ないな、とは思った。
若者でもだが、老人には冷えは大敵だ。神経痛とか出てしまう。今後は出来るだけ待たせることなく部屋の中に入ってもらうようにしよう。
こんなこと本人に言ったら、「わたしはまだ若いですぞ!」とか言いそうだ。はは。
木のベンチの向こう側は階段になっている。左を向くと壁までは大した距離は無い。
この場所は、城内でも端っこだ。階段の踊り場に明かり取りの大きめな窓があるので奥まった位置の壁の方も、薄暗くはない。
と言うか、このお城は上手く採光が取ってあって、どこも明るい印象がある。
こういう西洋式洋館って暗い、みたいなイメージがあったが、こと、このローリス王城に関しては、明るい王宮って感じだ。
階段の降り口はもう少し向こう、壁際ギリギリのところを曲がる感じだ。
この部屋付近がそうなのか、2階フロアがそうなのか分からないが、誰かが部屋の前を通る、という事があまり無い。
夜になると、夜警さんなのかたまに剣の鍔がカチャカチャ言っている人が、階段を上がって部屋の前を左から右へ。必ず一方通行で通っていくことはある。
ヒューさんからは、どこどこへは行ってはいけないとか言われてはいない。
少し城内を探検してみよう。
俺は、早速目の前の階段を降りてみることにした。
構造は、日本の学校にありそうな普通の階段なんだが、降りる面にも踊り場の歩く面にも廊下と同じ絨毯が敷かれている。
しかもその絨毯には汚れ一つなく、綺麗な赤の発色が保たれている。
うーん、やっぱりこの階段と俺の部屋って、あんまり人が通らないようにしてるのかな。
階段を降りきると、入口の方がひらけて見える。入口方面には広いホールの様な空間がある。天井もとても高い。
少し進んで、その天井の全景を見てみると、入口の正面部分の高い天井は、てっぺんにドームが付いている。もちろんここから見えるのはドームの内側だ。
「やや、何者!」
突然横から声が掛かった。入口付近からだ。見ると、槍を立てて構えた兵士さんがこちらへ早足で来た。
強い目力、というより険しい視線で睨まれて、ちょっとびっくりした。
「あ、えーと……お世話になっています、シューッヘです」
「シューッヘ?」
どうやら兵士の端々までは、俺の事が連絡されている訳ではないらしい。
「上のお部屋をお借りしてる者です。あの、あっちって行ってみても良いですか?」
「城内をうろつくとは……ん? 上の部屋を借りている?」
「あ、はい。あっちの階段上がってすぐの部屋です」
「しっ、失礼致しましたぁぁー!!」
突然の大声に、俺の方がびっくりした。
俺も二の句が継げずにちょっと固まっていたら、兵士さんの方から話してくれた。
「噂の英雄様でいらしたのですね、大変失礼致しました。
英雄様がこ2階の端のお部屋を使われている事は警備兵長から聞いていたのですが、初めてお顔を拝見しましたので、ご無礼を致しました。お許し下さい」
と、もう一度深く頭を下げる。
「いえあの、おつとめご苦労様です。お城の中を少し見て回ろうと思ったんですがその警備の偉い方から何か、ここ入っちゃダメだよーとか、何か聞いてますか?」
「兵長からは、『英雄様がお出ましになられたら、不敬無きように』とだけ言われております」
「そうなんですね……あの」
俺はちょっと考えた。この城、相当広い。俺だけで歩いたら、迷子になるかも知れない。
「お仕事の最中で恐縮なんですが、お城の中を案内してもらえませんか? とても広くて立派なお城なので、俺が歩き回ったら、なんだか迷いそうで」
「はっ! かしこまりました、では、通常任務を別の者に代わりますので、今しばらくこの場所付近でお待ちください! すぐ参ります!」
ピッっと様になる敬礼をして、兵士さんは早足で歩いて行った。
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