第3章外伝 第2話 人が集まるということ
年の瀬、締めくくって無かった。いやむしろ今が一年で一番忙しいんですけど!
次から次へ人が、人の波が、立て続けに来る。波状攻撃とはまさにこれか。
樽の上からは遠くがよく見える。
この人並みが、中央市場の大テントの中からずっと続いている事が。
一体これから、どうなるんだ……?
酒は、恐らく足りる。幸いこの貴族邸宅街の貴族以外からのクレームは、まだ無い。
つまみの補充は、アリアさんが必死にやってくれている。そこは何とかなっている。
グラスを扱っているフェリクシアさんは、回収しては洗い、すぐにまた出す、をずっと繰り返している。
俺は俺でアピール係と言う事で、5分に1回、今がまさにそうだが、[エンライト]を門の前の樽に登って輝かせている。
今はまだ15時半。年明けまでこれ続くのか。やべぇ、魔族相手に戦ってた方が絶対楽だった!
無理矢理でもオーフェンに留まって、正月越すべきだったか。判断を誤ったかもしれん……!!
とにかく、5分に1度のアピールタイムも終えたので、俺もグラス洗いの手伝いだ。
本来は貴族当主は来客に声でも掛ける立場らしいんだが(フェリクシアさんはそうしろと言うが)、キッチンが!
フェリクシアさん1人で、魔法まで使って臨時の洗い場を作って、ほぼ自動洗浄的にやってても尚、手が足りない。
俺はともかくキッチンに駆け込んだ。
―――― 数刻前 ――――
グラスを鳴らして優雅にワインを頂いて、俺とアリアさんは屋敷の中へと戻った。
フェリクシアさんが椅子にどっかり座って、その樽はそちらへ、2段なら積めるかなど色々と現場指揮をしていた。
そうこうしている内に、いわゆる乾き物の問屋からも品物が届いた。
この世界、段ボールの様な使い捨て前提の便利な箱は無いようで、全て木箱。
それが、横12マス縦4マス、都合48マスある。リビングを占拠している。
木箱1つ1つも、結構な大きさである。俺の肩幅ほどの横幅で、縦は膝ほどある。
その箱に、大きな紙の包みに入った菓子がそれぞれ大袋で4つ入っている。
試しに1つ空けてみたら、丁度見た目は、日本にあった「柿の種」の様な感じだった。
1粒つまんで食べてみると、ピリッと唐辛子っぽい辛さがある。これワインよりエールだな。しょうゆが一般的ではないので、あくまで塩っぽい感じの簡素な味だ。
まぁ、最初の1杯には拘る人も、2杯3杯とグラスを重ねていくと、酒もつまみも乱雑で良くなってくるから、ワインに柿の種でも良いんだろう。
酒は、とんでもない量が届いたので、これは絶対大丈夫。むしろ他の貴族が買えなかったとかで反感買う未来しか見えない。
菓子類も、これだけの量があれば、さすがにセコいとかケチだとか言われる事は無い……と祈りたい。
正直、ローリスの正月は初めてで、実際の規模感が全然分からない。肌感覚って大事だと、つくづく思った。
フェリクシアさんやアリアさんが「あちら側」で経験しているが、この量はさすがに未経験の領域らしい。
足りるか足りないか、見当も付かない。アリアさんはボソッとそう呟いた。実に不安しか無い。
木箱が置かれたホール。貴族邸宅街の屋敷だけあって、ホールの天井はスッキリ高い。
シャンデリアとかは無く、何処の部屋とも共通の、間接照明の天井だ。
それだけの高さがあるから圧迫感はあまり感じないが……積まれた箱は、俺の背丈くらいはある。
それが横に12個も続いても置けるだけの広さ、というのは、リッチになったな、とかは思う。
けれどこれ、全部ふるまうんだよな。3人でさばけるのか?
いや、さばけるか考えるんじゃ無くて、さばく方法を考えよう。もう現実に「ある」んだから。酒も菓子も。
普通に配るっても、今回来たのは大袋だから、テキトーに取ってもらう様に大皿に空けるか。
違う箱の2つの包みを開けてみたが、どうも1種類の様だ。オンリー、柿の種。ナッツ混ぜた方が良いね、これ。
「アリアさん、キッチンの備蓄とかの場所、分かる?」
「フェリク程じゃ無いけど、一応把握はしてるわよ、何が欲しいの?」
「ナッツ類。このお菓子だけだと、多分ちょっと飽きると思うんだ。地球にも似たようなのがあってさ。そっちはナッツが入ってた」
「へぇー、ナッツを。良いかもね、合うかも。量あるかなぁ」
アリアさんがキッチンへと進むので俺も付いていく。
「たしか、この棚の……あ、あったあった、どう? これ。あと1袋、開いてないのもあるみたいだけど」
「ほう、朝のシリアルに入ってたあのナッツか。買いだめしといてくれたんだ、これなら美味いのは確実だから良いね!」
「どの位の割合で混ぜるの? 半々とか?」
「いや、それだとナッツの方がインパクトで勝っちゃうから、1対10か20くらいの割合で、少なめで。じゃないと足りないしね」
そうねー、とアリアさんも同意してくれる。
日本の「柿の種」をコピーするのが、きっと最強の解だと思うので、出来るだけ近づけたい。
ここのナッツの形状は、元祖柿の種よりもう少しぷっくりしている。真ん中で割れるところは同じ。
ピーナッツの半分よりは若干大きめなので、多分1対20程度でも良いと思う。あくまで脇役、名脇役で。
となると、この形状は皿には盛りづらいし取りづらいから、ボウル状の方が良いな。
食器は……デカくて豪華なサラダボウルが2つあるな。アレで良いか。いつの間に買ったんだろアレ。まだ食卓に上った事は無い。
よっこいしょっと。ずっしり重いな。装飾も綺麗だ。青を中心に様々な色で飾られていて、随所に金のワンポイントがある。
敷物が敷かれた所に置いてあったそのデカい陶器のボウルを、キッチン中央の作業台に乗せてみる。
ボウル状で陶器だと、引っかけて地面に落下して割れると困るな。それに、庭の中での置く場所も考えないといけない。
極論、お菓子の箱を裏返して乗せといても良いんだが、それにしても誰か酔っ払いが引っかけてがさー、ばりーん。確定だろう。
箱に、ノリ付けとか? 普通のノリ的な物すら見た事無いが、あるんだろうきっと。
けれど紙を貼り合わせる様なのでは、このボウルを留めるにはあまりに心許ない。
「アリアさん、このボウルをさ、あのお菓子の箱ひっくり返したのに乗せて庭に出そうって思うんだけど、何か貼り付けられる魔法って無い?」
「ん? 色々あるよ、接着魔法ってみんな呼ぶけど。素材同士の相性があって、それぞれ使う魔法が違うのよね」
なんか瞬間接着剤の「木と金属は×」みたいな、アレか?
うろ覚えでしか無いが、瞬間接着剤にも相性がある製品はあった気がする。
「この陶器のボウルと木箱だから木? の接着だけど、アリアさん、しっかり貼り付く魔法って使える?」
「使えるけど……ごめんあたし、貼り付ける方の魔法は出来るんだけど、その組み合わせだと、分離する魔法が使えないわ。くっついたっきりになっちゃう」
「う゛。それはちょっと困るか。じゃあ他に手段が無かった時にお願いするね。としたら、どうすれば良いかなぁ……」
「そのパーティー用のボウルを使うのか?」
と、フェリクシアさんがキッチンにやってきた。キッチンの親分登場だ。
「あ、フェリクシアさん。お菓子がさ、こう、この位の小さいのだから、お皿だと盛れないしつまみづらいだろうから、いっそ手を突っ込んで持ってってもらおうかなって」
「なかなか大胆な事を考えるものだ。よし、早速入れてみるか」
「いやちょっと待って。それがさ、これ、そのままじゃ、低いじゃん? それで木箱に乗せてと思ったんだけど、それだと誰か引っ張っちゃったり引っかけちゃったりして落ちるじゃん? 割れるじゃん。ダメじゃん、と」
「ほう、確かにこれから始まる大戦は、人混みが生じる可能性がある。相手は酔客ばかりになるから、人の家の物であろうが扱いは雑になるな」
「でしょ? そしたら、ボウルを木箱にくっつけて高さ上げて、その木箱は杭で地面に止めちゃうとかすれば良いかなーって思ったんだ。どうかな」
俺のプランをフェリクシアさんに説明すると、フェリクシアさんは「ふむふむ」って感じで頷いてはくれた。
だが、ボウルに目を遣り、次いで壁の開口部からリビングの箱の方を見て、言った。
「ボウル2つだけだと、密集して事故が起きる危険性がある。酔っ払い同士、肩が当たっただけで喧嘩が始まるからな」
「あぁ、そこまで密集するのか。それだともっと分散しないといけないね」
「そうだな……嵩上げするのであれば、それこそ普通サイズの樽が軒下にある。それに砂でも詰めれば、おもりにもなるぞ」
「樽なんてあったんだ」
「あぁ。ご主人様と奥様がしばしば晩酌をしておいでの酒の空き樽だ。瓶では場所を喰うし量も少ないので、樽で仕入れている」
「その樽のサイズは……って言うより見てきた方が早いか。庭のどっち側?」
「そこの通用口の横にある。扉のすぐの所だ」
言われて、通用口があったのを初めて知った俺だ。
ともかくその通用口から出てみると、あったあった、樽が。デカいのが2つ。俺の胸くらいの高さがある。
因みに通用口の上にはちゃんとひさしが出ている。これも知らなかったな。
元々雨は少ないローリスだが、これなら軽い雨であれば、樽も雨には濡れない。
「おー、この樽の高さにボウルなら、手をそのまま伸ばせばそのままお菓子取れるね」
とは言ったものの、思い出した。接着の問題があったんだった。
「あのさ、フェリクシアさん。これをどう接着する? アリアさんは、接着は出来るけどその後取れないって」
「剥離する魔法は少し難度が上だからな、私も使えない。だが、魔法で接着するのであれば、ご主人様が腰の短剣で反魔法を打てば良いだろう?」
はっ! そうか、万能の反魔法なら、接着ノリは剥がせなくても接着魔法を無効化出来る!
「凄いアイデア、ありがとう! 俺全然それは思いつかなかったよ!」
「まぁ、手近にあるもの程いざという時に忘れているものだ。このボウルは2つしか無いが、料理用のボウルでもう少し大きいのがある」
コンロの下の扉を開けて、金属ボウルの重なったのが出て来た。超デカい。肩幅の1.5倍くらい? 何かき混ぜるんだこのサイズ。
「どのサイズにするか選んでくれ。最終的には4箇所か5箇所に分散させないと、さばききれないかも知れない」
「マジですか。それ宴会とか飲み会とか言う次元じゃなくて、群衆とか……」
「まぁ、言ってもある種パーティーだ。血走って飲みに来る奴らがもし紳士的に優雅に来てくれるのであれば、だが」
ごくり……俺は想像して、唾を飲み込んだ。
どれだけ野獣化した様な人たちが俺の家の庭に集まるんだろう。ちょっと怖いな。
と、この時の俺はまだ、群衆の力というものをまだまだ甘く考えていた。




