第3章外伝 第1話 時は流れて
大晦日特別編! 外伝、前半3話投稿します!
あれから――オーフェンでの騒々しい日々から――ひと月ほどが経った。
今オーフェンは、オーフェン王の下で新たに軍を編成し直して、対魔族での戦力を整えようとしている。
我らがローリスも、軍事同盟の一角として、兵を出している。本気でと言うよりは、一部上層部をレンタルしてる様な感じだ。
あの後すぐ、ローリス側の、交渉団の人たちから、「間もなく魔族に攻められる危険地帯には居られない」という声が上がり、即時撤収が決議された。
俺はお飾りの団長で権限なんて無いし、言ってはなんだが俺にしか出来ない事は8割方やりきったとも思っていたので、その話に乗っかる事にした。
ただやはり、多少は気持ちの引っかかりはあった。あーこのあとオーフェン王が仕切るボロボロの軍と、自国の反乱軍とがぶつかるのかー、凄惨な話だ、とは思った。
けれど、俺の所属国であるローリスの偉い役人の人々は皆、即時撤収を言っているのに、俺だけ残るとも、俺と共に残れとも、到底言えなかった、と言うのもある。
多少後ろ髪を引かれる思いでオーフェンを発った。事前の「宿場町計画」を完全に破棄した1泊だけの強行プランでもって、帰国した。
帰国してからも、実に色々あった。
その辺りは、何処ぞか分からない出張からヒューさんが帰ってきたら、ヒューさんに面白おかしく脚色して話そう、と思って温めている。
俺達が出発した、その翌日の夜中にローリスを発ったと聞いたので、よほど隠密の任務とかなのかも知れない。……ヒューさんの無事を祈りたい。
因みに、そんな風にダッシュで帰ってきたが、未だにオーフェン襲撃の報は届かない。
すぐにでも砦で集結している反乱軍と魔族たちが攻めてくるかと思ったが、俺がアッサス将軍の部隊を粉砕したのが功を奏したか?
ま、いずれにしても今日はそういうゴチャゴチャした事は忘れよう。
何せ今日は――初めての年越し、大晦日なのだ。
初めてこの世界で迎える、大晦日。
そもそも大晦日って言葉自体含め、その辺りの言葉の変換は大丈夫かと心配したが、
「そう言えば、大晦日ってシューッヘ君の世界でも何かしたの?」
と、12月の半ば頃アリアさんの方から不意に言ってくれたので、お正月のおせちの話だとか初詣の話だとか、話せた。
日本の「竈を休める」ような意味は無いようだが、この世界でも、正月・元日は特別な日。
地球とあまり変わらないカウントダウンイベントを、若い庶民は特に楽しみにしているのだそうだ。
ただ、楽しみにする理由は、やはり地球のそれとはちょっと違う様に思えた。ま、お祝い感自体は変わりないらしいが。
違うのは……元日への切り替わりの瞬間を祝う、のはある。が、メインは酒。それも貴族が全部もてなすタダ酒。
ふるまいは貴族で様々違うらしく、ワインを際限なく出す貴族もいれば、レストラン貸切にして自由に飲食とかもあるらしい。
ただ年末になって初めてその話を聞いたので、俺は完全に準備不足。
「ねぇねぇアリアさん、大晦日のふるまいって、どの程度の規模でやればいいものなの? 俺、貴族一年生だからよく分からなくて」
「えぇー? 私も、貴族夫人一年生だからあんまりよく分からないけど……男爵よりは子爵、子爵よりは、公爵様や伯爵様の方が気前は良かったかなぁ」
「うーん、やっぱり爵位によって出すべき量とか額とかあるのか、不文律分かんないなぁ……フェリクシアさん、何か知ってる?」
キッチンの中で、俺が伝えた曖昧な、雰囲気だけの情報から、おせちを作ろうと奮戦してくれている。
「大晦日・元日のふるまいは、あまり出さないとケチ扱いされて、家名に汚点を付ける事になる。
当家では、最低限の準備として、ワイン30樽に蒸留酒を10樽は確保しておいた。もうすぐ届く頃だろう。
後は、新参の貴族として、しかも飛び級に近い子爵として、どう個性を出されるか、または敢えて出されないか、と言ったところだ」
「ワイン、30、樽?! そんな規模が『ふつう』なの?!」
「30樽など、飲む連中が狙いを付けてきたら程なくなくなる量だぞ? 相手はとにかく今日は飲むぞと決めて来る連中だ、倍あっても余りはしないだろう」
「どんだけ飲むのみんな……じゃ今日明日は、街中酔っ払いだらけ?」
「ああ。一年で一番陽気な夜中を迎える。私も以前はあちら側だったから、30樽の心許なさは何となく理解出来る。
蒸留酒を10樽組み込んだのは、量ばかり飲めるザルと称される連中を、一気に潰す為だ。戦略が無いと、早々に酒が切れて大変宜しくない」
なるほど。地球じゃハタチ前だったから、酒絡みの色々はほとんど知らないと言って良い状態。
異世界に来たから辛うじて少し飲んではいるが、知らない人のいる飲み会の作法とか、俺はまだ全く知らない。
でも、30もの樽が1日で飲まれるだけの勢いで来るのであれば、それなりに準備はせねば。
「フェリクシアさん、飲む人がつまむ物は、何か考えてる?」
「おっ、ご主人様も乗り気になってくれたか。今のところ、塩辛い菓子で気軽につまめる物を、確保出来るだけ確保してくれとは、問屋に言ってある。沢山入れば良いんだがな」
「うーむ、ライバルは多い、と言う訳だよね。そしたら、戦いは夜明けまでと考えて、中盤の2時3時あたり、絶対温かくて腹に溜まる物が欲しくなるから、その時にお雑煮を餅入りで出せば良い」
「餅という食べ物は、当家にしかないオンリーワンだからな。それでその餅は、先日つきあげた物を随時カットし、少し炙って入れて、柔らかくなる程度に火に掛ければ良いか?」
「うん、もう完璧っ。さすがフェリクシアさん、我が家の一流料理人!」
「うむ。言われて悪い気はしないな。それよりも、お雑煮は、出陣で迎えるか? こちらも籠城で?」
「そうだなぁ、飲んだは良いが空腹で冷えてきてって人が、2時頃になれば出てくると思うから、籠城で迎える。まだ出陣型のスタイルが上手く浮かばないんだ」
つい先日聞いたワード、出陣と籠城。
貴族含めもてなし部隊が街に繰り出すのが出陣。貴族邸で待ち構えるのが籠城、なのだとか。
「ある程度宣伝が必要になりそうだな。厨房を一時的に奥様にお任せするタイミングが生まれるかも知れない」
「分かったわ。火加減と、餅の追加ね? 因みにシューッヘ君、この『餅』って食べ物、2日前に作ったけど、傷まないの?」
こうなるのが分かっていたら、つきたての餅を用意したんだがな。断然柔らかさとか違うし。
「餅は、気をつけないとカビるけど、そこさえ何とかすれば。そこはフェリクシア大先生にお任せしました!」
「だっ、大先生?! そこまで持ち上げても何も出ないぞ……餅、だけに」
ピキーンと一瞬空気が凍り付く。俺は即咳払いをして、場の硬直を乱す。
「冗談はさておき」
滑ったジョークは放っておくのが一番。
「22時頃開始とかかな? 他の貴族さん達の出てくるタイミングって」
「んん……それがなかなか、どの貴族も趣向を凝らしていてなぁ。ずっと出てこず、大分、人気が引いたところで出て、グラスに金貨1枚入れて配るとかな。あれは驚いた」
「うおう金貨。そりゃインパクトあるね。俺、1年目だからあんまり凝りすぎると、なんか叩かれそうな予感がするから、出来るだけ王道なもてなしで行きたい」
「ならば、遅くて23時、ご主人様の言われる22時でも良いだろう。早くに出ると、それだけ『飲まれる』から、後半戦は心配にはなる」
「う、そうか……酒が切れたら当日補充は無理、だもんね……うん、でも今年は、新顔が顔見せるのも含めてだから、早めの22時で」
「かしこまった。今日まで考えていた案としては、開始時刻になったら、屋敷の前にワイン樽を積み上げる。その下に、魔導照明器具を置いて、下から照らす」
「照明の熱って大丈夫? ワイン生ぬるく熱されちゃったら、飲めたもんじゃ無い」
「む、そこは確認していなかったな。確かに私が考えていた照明は、30分もすれば触れない程に熱を持ってしまう」
「じゃそこは、こう、30分おきに俺が[エンライト]を打って目立つ様にする、とかでも良いし。俺の[エンライト]なら、高台のここはある程度見えるよね?」
「おお、ご主人様自ら。この場所は、王城同様ほぼ全ての場所から見える。ご主人様のエンライトであれば、その強大さも含めて興味本位で来る連中もいるだろう」
「じゃそれで。ワイン樽積み上げるとして、門の中?」
「警護を考えると、門前に出したいとは思う」
「じゃ門の前に、3かけ3のを左右2基か、4かけ4……だと足りないか、たて4横3で高さを出して積むか、かな。まぁすぐその山は下ろす事にはなるんだろうけど」
「出来るだけ最初の見栄えは整えたい所なので、敢えて3かけ3として低くして、庭からグラスをトレーかワゴンに乗せて持っていく。バックヤードに12樽あれば、最初の2時間程度は安心だろう」
12樽が2時間しかもたない。うーん、飲む人らの、それに掛ける力は凄いな。
「そうなると、夜になると忙しくなるから、今年のお疲れ様って事で、今回出すワインで乾杯でもしようか」
「あら素敵」
「ありがたい事だ。が、肝心のワイン問屋が、なぁ。そろそろ来るはずなんだが」
と、噂をすれば来るってのは、世界を超えた法則なのか、ドアがコンコンっと2度ノックされた。
「どちら様であるか」
「フェリクシア様、酒屋にございます」
「ああ、丁度良いところだ、噂をしていたんだ。今行く」
フェリクシアさんがドアに掛けていく。
「いやぁーしかし、貴族って気楽、とか思ってたけど、こういうイベントの時には逆に忙しいもんなんだね。知らなかった」
「そうね、あんまり貴族が庶民と関わる事って、ローリスじゃそうないんだけど、年越しだけは例外ね。貴族がいなかったらお酒が足りないわ」
と、庭先の方から「なんだこれは!」という大きな声がした。
酒屋さんとフェリクシアさんがトラブルか? とにかく行ってみよう。
俺が出てみて、俺も思った。なんだこれは。
「フェリクシア様、樽でのご注文で合っておりますよね?」
「樽は樽だが……この樽の巨大さはなんだ?! 私が考えていたのは、この、こういうサイズの樽なのだが!」
「あぁ、フェリクシア様は小売店サイズの樽をご希望でしたか……それは当店の説明不足があったかも知れません」
フェリクシアさんが手幅で指し示した樽と、この樽……何倍違うんだ?
全くのお化け樽である。いや、醸造所とかの樽そのまま持ってきたのと同じようなサイズ感だな。
「当店は卸の中でも大卸に当たりますので、樽、と言われればこのサイズになります。説明不足があったようで、申し訳ございません。ただ大変勝手を申しまして恐れ入りますが、当店と致しましても、受け取って頂いてお代を……」
「ご主人様! 今回の戦いは、勝てるぞ! これだけあれば、ザルが100人来ても全く余裕だっ!!」
うおぅ。これ全部、返品無しの買い付けか、凄いな。
「お代は、金貨ですか?」
「いや、大金貨がある。これだとさぞ高いだろう、大金貨で何枚だ?」
「大金貨ですと120枚になりますが、大変ご無礼な事とは存じた上でお伺い致しますが、お支払いの方は大丈夫ですか? なんでしたら、分割払い、年の単位でも組めますが……」
「ほう、新進気鋭の貴族などろくに金も無いだろう、という読みか?」
大金貨で120枚?
と、大金貨1枚がたしか、大体25万円程度だから、それが120…………3,000万円?!
さ、酒に、しかもふるまう方に、さ、三千万……払えるけどさぁ、ちょっとこれはフェリクシアさんやり過ぎ……
「いえいえ、いらっしゃるんですよ。年末のご奉仕に力を入れすぎて、後の生活でお困りになって、私どもの金貸しを利用なさる方が……」
「ふむ。当家はその金貸しとは永遠にご縁が無さそうだ。ちょっとだけ待っていろ、面白い物をみせてやろう」
シュッと超高速でキッチン手前のフェリクシアさんの部屋へ入っていって……すぐ戻ってきた。
だろうなとは思ったが、持ってきた。金貨1,000枚のパッケージ、ローリス国章の付いたケース入り。
1,000枚ごとに分けた時、ヒューさんが「入れ物に入れましょう」と言って持ってきたのが、このケースだ。
フェリクシアさんは俺の一歩前まで進み、大卸の酒屋の店主? にそのケースを見せつける様にぐっと押し示した。
「これは陛下から賜った大金貨だ。大金貨1,000枚程度、そちらの商売はどれだけでも扱うだろうが、なかなかこういう縁起の良さそうな物は珍しいだろう」
「おっ、仰る通りで……中に、1,000枚が?」
「30枚ほど使ったがな、それも含めて、まぁ見てみるが良い。大金貨特有の黄金の輝きを」
そう言うと、フェリクシアさんはゆっくりケースを開いた。
あのケース、内側にも国章が描かれてるんだよな。
ケースだけでも欲しい、みたいな王室ファンなら絶対高値で買うだろう。
「お、恐れ入りました。お金が足らないだろうなどと浅薄な事を申しまして、誠に申し訳ありません」
「どうする? ご主人様」
へっ?
いやいや、行き違いはあったものの、寧ろ俺達に有利な結果なんだから、多少の無礼はそりゃ、貴族として俺が新米だもん仕方ない。
という内容を、視線に載せた。
フェリクシアさんは、ふっと息を吹いて、ニヤリと笑って、ケースを小脇に抱えた。
「さぁ支払いだ。受け取れ」
ガサッとケースの半分くらいの所に手を差し込み、その手をケースの端まで走らせた。
その当然の結果として、ケースの中の半分ほどの大金貨が、勢いよく、かつ割と広範囲にばら撒かれる事になった。
「あわわ、おお、おお?」
「今落ちた分はそちらの取り分だ。拾い忘れは損失になるぞ? 来年も頼むかも知れないから、その時はまた都合を付けてくれ」
バタンっ! と強く音を立ててケースを閉じた。
すごっ。これが貴族の支払いなのか……
「では全ての樽は基本庭の中へ。入りきらない分は、今日ばかりはご近所には目をつむってもらうとして外の壁沿いに、左右均等に配置しておいてくれ。邪魔してしまう宅には後で私から挨拶をしておく」
と、フェリクシアさんは中へ一度入り、ダイニングテーブルに金貨入りケースを置くと、食卓の椅子を持ってまたこちらへ来た。
「さぁ作業は早くしてくれ。英雄閣下はいつもお忙しいのだ」
「英雄? ……えっ! こちらがあの、英雄閣下の御邸宅で?! ナ、ナント言うか……絶妙にユニークでらっしゃる」
まぁ、総金属張りの家は、ユニークくらいしか褒めてる感は出しづらい。
「テイスティング用の、その位は持ってきているよな?」
「は、はい! フェリクシア様。今、店の物に用意させます。先頭の樽からで宜しいですか?」
言葉はハッキリしているが、金貨拾いの本人は動きたくないらしい。まだ這いつくばって大金貨を拾い続けている。
「お、おい! こちらの上客のお方々に、テイスティングのグラスを! 1番樽だ! 早くしろ!」
その声に、門の向こうで待っていたんだろう店員がささっと来て、最初に庭に入っていた樽の上に、身軽に登った。
そして、上でなにやらして、樽に何かの器具を差し込む。すると、中のワインがちょうどグラス1杯分程度、引き上げられた。
それが3回繰り返されて、別の店員さんの手を介して、俺達3人の手に渡る。
「ノガゥア子爵様始めご家族様、ご使用人様。皆様のますますのご繁栄を願います」
俺は、一瞬手を止めた商人さんの言葉を軽く会釈で受け、アリアさんに、そしてフェリクシアさんに、視線を向けた。
「今年は、俺にとって初めての事ばかりの1年だった。年を越してもどうにもすっきりしない事も残っている。
飲んで、忘れられれば、楽なんだけどね。そうも行かないから。また2人の力をたくさん借りる。よろしくね」
「シューッヘ君、あたしももっと頑張って、少しはシューッヘ君の手助けが出来るようになる!」
「うん。その頑張ってくれる気持ちだけでも、十分に嬉しいよ。無理しないでね」
「シューッヘ君もね!」
「ご主人様。私にとっても今年は、今までの人生で一番充実した、希有な一年だった。こうも満ち満ちた年は、もう無かろうと思うほどだ。
これからご主人様には、国事も含めて様々なお役目が回ってくる。私が出来るのはせいぜい料理と警護だが、改めてシューッヘ・ノガゥア卿に忠誠を誓う」
「うん、今年だもんね、フェリクシアさんが俺と出会ったのって。もう凄い前の話にすら思えちゃうよ。ふぅー」
ちょっと俺はそこで一息ついた。
そして改めて、グラスをしっかり持った。
「来年も、このメンバーで、わいわい楽しくやっていこうね! 乾杯!」
「カンパイ!」「乾杯」
3人でグラスを当てる。年の瀬を締めくくる、綺麗なガラスの音がした。




