第42話 人間という生き物 魔族から見たその評価
「人間は野蛮だ、って思ってたけど、それ以上に猛烈にバカなのね。魔導水晶の終末粉体を、誰が集めて、誰が圧縮加工してるの」
「集めているのは、比較的才能に恵まれなかった魔導師や、魔法に縁の無い身体能力の高い者たちだと聞く。圧縮加工は、都市の南端に工場があるが、その内実までは知らない」
城塞都市の南端って事は、比較的貧困が深刻な地域だ。
実際に見た事がある訳じゃ無いが、どうもスラムに近いらしい。
「ふーん……じゃ粉体の収集をしてる人間達の平均寿命は何歳? 圧縮加工工場の従業員は?」
「平均寿命……か? 恐らくだが、いずれの職に於いても、調査はしていないと思うが……」
更に戸惑いの様子が明らかなフェリクシアさん。少し不安そうな顔にすら見える。
「お嬢ちゃん、その辺りにしておきな。後は私が引き継いでやるよ」
唐突に、ヌメルス将軍が差し挟んできた。
「あんたは?」
「私は元職の軍人さ。魔導武器系統の研究者でもあった。魔導水晶についての知見も、一般人よりは持っている」
「そう。じゃ同じ事聞くわ。収集人と加工者、平均寿命どうなってんの?」
「寿命なんて、あって無いようなもんさ。収集人なら、やり始めて2年からもって4年。加工所に至っては勤め始めて1年。そこで皆、人生終わりさ」
えっ?! 何その……
危険な仕事とかってレベルじゃ無い、死にに行く様なもんじゃないか。
「なっ! あんたたち人間って、完全な同族ですら使い捨てにしてるの?!」
サリアクシュナさんが、驚きと蔑みの混じった様なトーンの大声を上げた。
ヌメルス将軍は、目を閉じ眉を上げ、なんてことはない、という様な顔付きだ。
「ああ。国家の重要な任務だとか何とか言いくるめてな。後は、死んじまったら遺族に上乗せに乗せた恩給を支払って、それで終わりだ」
「……心底呆れた。危険性が分かってて、その危険性をどうにかする方向じゃ無くて、扱う人間を次々使い捨てる方に振るんだ、人間って……」
バスタオル姿のサリアクシュナさんが、檻の上に座る。
その顔は、言葉通り呆れているんだろうな。呆然というか、あり得ないものを見る目をしている。
「そうさ。ただ、機密のレベルじゃ、粉体水晶が遅効性の毒性の様なものがあるのは分かってる。だが正体が掴めんのだ。知ってるなら教えて欲しいくらいさ」
「そんなの常識じゃ……ない、のね、人間側は。毒性の正体は、粉体から出てる放射線っていう目に見えない有害な光。それが本当にヤバいのよ」
なっ?! 放射線?!
魔導水晶って、放射性物質だったの?!
「放射線と言うのか。先ほど嬢ちゃんは、魔導水晶の安定結晶体と言ったな、それは、ある程度の大きさがある魔導水晶、という認識で構わないか?」
「まぁ、ちょっとザックリだけど、間違いじゃないわ。魔力を水晶から取り出した時、終末粉体が生じない程度の結晶、って言えば伝わるかしら」
「ふむ。ではその、粉体から発せられる放射線というものは、どういうふるまいをする? 何故光でありながら有毒なんだ?」
「放射線は、波長にもよるけど、とにかく色んな物を貫通するわ。それも、貫通したところを壊しながらね。それは生き物の細胞も例外じゃ無いわ」
「細胞を破壊する、見えない貫通光線か。粉体を加工して作った加工魔導水晶から生じる粉体も、やはり同様の毒性があるのか?」
「そんな加工水晶、魔族領じゃ使わないから推測にしかならないけど……同じか、より酷い毒性があるんじゃないかしら」
サリアクシュナさんの言葉に、ここまでは飄々とした様子でいたヌメルス将軍が、初めて深く嘆息した。
「破滅的な事実だな……これが明らかにされたならば、ローリスの経済も、国家体制も破滅する。使える魔道具の幅も、制限が必要だ。人間の文化も生活も、千年単位の巻き戻しだろう」
「そういう事実をぶちまける危険性があるあたしは口封じ? ローリスの軍人ならやりかねないし、やるでしょ」
「私はもう引退した身さ、しかも煙たがられてな。魔導水晶の扱い方に不備があったのは、人間側の失策だ。たとえ嬢ちゃんの首をはねても、それで毒性が消える訳でも無い」
「あら、ローリスにも多少は理性のある人間もいるのね。そこの英雄みたいに、いきなり他者の足首から先を切り離しておいて、良い事したみたいな顔したりする馬鹿ばっかりかと思った」
うぐ。
「さ、サリアクシュナさん。いや、でも! 俺あの時、あなたの赤い目を見た瞬間、意識飛んだよ?! 何かしたよね?!」
「あれは、サキュバスが生来持ってる魅了の力よ。才能あるサキュバスだと、もっと自然に、気付かれずに、相手を魅了できるんだけど、あたしには無理」
「俺、意識がよく分からない状態になった時に、繰り返しオーフェンに住む様にって声を聞いた。アレはサリアクシュナさんが言ったの?」
「うん。魅了が効き過ぎてる状態って催眠状態に近いから、この際英雄をあたし達の側に引き込んじゃおうと思って。失敗したけど」
つまらなそうに、檻に腰掛けたまま足を伸ばしてそれをパタパタと上下に動かしている。
「ねぇ神ー。あたしが特使の話を受けたとして、結局最終的な結末はどうしたい訳?」
女神様を「ねぇ神」で呼ぶその言葉には、ちょっと俺的にはアレルギー反応があるな。頭ひっぱたきたくなる。
『最終形態みたいなものは、あまり考えていないわ。なるようにしかならない。どうなるかは、人と魔族、それぞれ次第よ』
「ほんと、神って余計なちょっかいしか掛けないわよね。でも良いわ、やるわよ。あたしの陛下が世界で最初に魔族領と交易した王になれるなら、あたし頑張れるから」
『受けてくれるのね。自発的にその気になってくれて嬉しいわ。じゃそこの、あなたのワイルドブーフーも起こしてあげないとね』
女神様がスッとその胸の前辺りに手を差し出されると、それまで何の反応も無かったオーフェン王が、うぅ、と唸った。
「陛下!」
「う、うぅ……儂は檻を開けられたのか?」
どうも倒れる直前の記憶が曖昧な様だ。
王は横たわったまま冠を払いのけ、その生の頭をさすりながら、眉間にしわを深く寄せている。
「陛下! 私はここにいます! 出して頂きました!」
サリアクシュナさんが、横倒れになっている王の肩を持ち上げて起こす。
相当重そうなんだが、難なく持ち上がっている。サキュバスって力強いのかな。
「お、おおサリアクシュナ。儂のサリアクシュナ。儂の意識の無い間に、酷い事はされていないか?」
「はいっ、私は大丈夫です、見て下さい陛下! そこの神が、あたしの足を治してくれました!」
「何っ?! お、おおぉ……サリアクシュナの本当の足の姿は今初めて見たが、さすが儂が愛妾と見込んだ者、美しい足をしておる」
「やだ陛下ったら。陛下も顔色が少し戻られて……」
「そうか、女神様がお前の足を治して下さったのか。美しい爪の色だ。人間よりも爪は厚そうだな。よりその綺麗な白さが際立っておる」
ん? のろけ始まるの?
いや……そうでも無さそうだ。王はその身体を重たげに動かし、床に両膝立ちというか、ハイハイの姿勢になり、女神様の方に向いた。
「女神サンタ=ペルナ様。このような姿勢しか今は取れず大変無礼とは思うが、お許し願いたい。儂のサリアクシュナの怪我を治して下さり、深く感謝申し上げる」
そう言うと、そのまま頭を床に押しつける様に頭を下げた。
『オーフェン王、頭を上げなさい。姿勢もそのままで構わないわ。王に問いたいんだけど、魔族領との交易、あなたならどう始める? 何から手を付ける?』
問われた王が頭を上げた時には、その目が今までと違って見えた。
塔の部屋で見た、人を嘲る様な目でも無く、さっきまでの女神様に怯えた目でも無い。
「文化差違が、小さく存在するところから手を付けます。例えば、人と同じ様な物を食べる魔族がある程度いるならば、人間世界の美食を輸出します」
『その理由は?』
「差違が全く無い分野では、既存品に押され話題にすらなりません。差違が大き過ぎれば、警戒されて売れません。人間で言えば、ちょうど『異国の食事は珍しく、食べてみたい』と感じる者も多い。その程度の差違がある分野を狙い撃ちにします」
『今思いつく範囲で、食以外には何かありそう?』
「衣服、と行きたいところですが、衣服を着る習慣のある魔族は、ここにいるサキュバスも含め恐らく多くいるのでしょうが、サイズや形状が不明です。前段階として、まずは絨毯などの織物を出します」
『絨毯ね。因みにその狙いは?』
「織物の類は、その文様、色付け、装飾などで、文化の姿を端的に目で見る事が出来ます。敷物ですから、相手魔族のサイズも問いません。生活に余裕がある魔族が多ければですが、珍しさの後押しもあり、必ず売れるでしょう」
そうか、あの目は商人の目なのか。
鋭く真っ直ぐ、まるで人や物を見通す様な、そんな力強い目だ。
『私は商売や貿易の神じゃないから、その試みがどれだけ絶対的に評価できるかは分からないわ。けれどオーフェン王、あなたの言葉を聞く限りでは、上手く行きそうね』
「私はこれまで幾つもの商売を潰してきました。冒険をし過ぎるきらいがあります。ですが今回は、たとえ細々でも成功する道を選びました。恐らく上手く行くはずです」
『うん、それだけハッキリした自覚が出来ているのなら、きっと成功するでしょう。あなたの活躍に期待します』
「ははっ!」
オーフェン王がその頭を深く下げた。




