第39話 サキュバスの思い 俺の気持ち
「そうじゃなくて……なによ」
ペルナ様の問いかけに、サリアクシュナは声音を変えた。いや、変えたと言うより自然変わってしまった雰囲気だ。
俺の頭では、ここら辺りが限界だな。何が起こってるのかよく分からない。聞くに徹して、考えるのはちょっと控えよう。
『分かってるくせに。そろそろ言わないと、あなたの心を覗くわよ?』
「やめてよ神のくせに、精神の秘密の保持をしないとか、魔族社会にももとるわよ」
『ええ。出来れば私にそうさせないでちょうだい? 私はあなたの口から、直接聞きたいの。あなたの、【思い】を』
沈黙。サリアクシュナは迷うように檻の中で身体を少し動かし、目線を床の方でうろうろさせている。
「分かったわよ……どうせ神が力を使ってくれば、あたしの心を全部そこらの人間に共有させることだってできるんだし」
『あら、神の力についてよく知っているわね。魔族文明は滅びを経験していないだけあるわね』
「……知らないわよ、そんなこと。言えば良いんでしょ、もう……言うわよ、その代わり、一回しか言わないからね」
『ええ。しっかり聞いているわ。ここにいる人間達も全て、このサキュバスの言う事をただ聞きなさい。あなたたちの愚かさを知る良い機会よ』
愚かさ?
「あたしは……自分でも認めたくないんだけど、そこの不細工でぶくぶく太ってて、ハゲてて脂臭い王のこと、好きなんだと思う。趣味悪いでしょ?」
えっ?
「あたしが魔族領から使命を持ってオーフェンに着いた時ね。門の外にいた、人間擬態の素材にした人物が、優しそうで、その上かなり気弱そうな見かけだった。
けど、この姿のままじゃ街には入れないし、選んでる余裕も無かったからその人間を模して自分の人間姿を形成したわ。魔王様の変化魔法は、一度きり。再形成は出来ない。
それでその新しい姿で街に入ったら、いきなり野蛮な人間の男たちに囲まれてさ。目に液体をぶっかけられたの。すっごく、すっごーく痛かった。そのまま誘拐されたわ。
目の方は、数日は真っ暗だった。しばらくしてようやく見えるようにはなってきたんだけど、もうその時には寧ろ自分で自分の目を潰したかったわ。
だって、見えるのは檻と粗末な麻袋の切れ端の布団、そして、あいつらのアレばっかり。毎日毎日犯されたわ、そりゃあたしサキュバスだもん、気持ち良かったんでしょうね。
ただ、人間の食べ物からだと何分の一かしか吸収出来ないのがサキュバスの身体。あいつらが与えてきた、パンの切れ端とうっすいスープじゃ、死んじゃう。
だから、嫌な相手だったけど甘んじて犯させたの。サキュバスだって誰彼構わず精を吸いたい訳じゃ無いもの、嫌な相手は嫌。それは当たり前のこと。
擬態した人間の身体で、サキュバスの状態と同じようにしっかり精を糧に出来る様になるのに、しばらく掛かった。それまでの間は、本当に地獄だった。
勿論、あたしが本来の力で精を吸える様になったから、すぐあいつらは干物にしてやったわ。
人間の男って本当に単純。してあげる、させてあげるって言えば、それだけでズボン下げるもん。バカよね。相手はサキュバスなのに。
それで、牢からも出られてその幽閉場所からも出た時に、初めて自分の目が光に耐えきれない事が分かったの。凄く痛いのよ、陽光星の光が。
でも、使命はある。オーフェン王を籠絡し、殺害する事。でも、白亜の城は近付くだけでまぶしいし、さすがに正面から乗り込む馬鹿も出来ないし。
それで、王が市中視察をするって話を飲み屋で聞いて、まずは視察偵察、と思って王を出迎える市民の列に加わったの。結構人がいたから、紛れるのは簡単だった。
ただ、目は殆ど開けていられない。歓声も道の両側から上がってて、音で探るのも難しい。だから王が前を通る時まで目をつむって待ってる事にしたの。
そしたらね、あたし気付かないうちに行列の先頭より前に出ちゃってたのよ。王の隊列が多分近付いたとかで、他の人間は下がって、あたしだけぽつん、って感じかな?
でもその時はそれに気付いてなくて、兵士に詰め寄られたの。鎧と剣の当たる音で兵士だって分かった。けどすぐ、それより太くてどっしりした声で、ちょっと待て、って。
やっちゃったー、って思ったら、誰か前に来て。『お前は目を閉じたまま立っているが、何かの抗議か?』って言われて。偉い兵士とかかなー、終わったかなー、って思った。
もうしょうがないから殺してくる相手の顔だけでも拝んでおこうと思って、痛いの覚悟で薄目を開けたの。そしたら、そこにいたのが、その人。
さすがに見れば、装束も格が違うしすぐ王が目の前にいるんだって分かった。けど、そこまで出来すぎた接近、予想もしていなくて。
あたし、目を痛めてしまって目が開けられないんです、ご無礼がありましたらどのようにでも、って言った。たしか。
そしたら、王は心配そうな声で、『その目は治らぬのか? 聖魔法の治癒所に行けるだけの金が無いのか?』と聞いてきた。いやいや聖魔法なんてムリムリやめてって感じだけど。
ちょっとどう答えて良いか分からなかったし、王との対面も済ませられたから、痛くて仕方ない目は閉じて。頭少し下げて。なるようにしかならないなーって。
でね、そしたら王は『その目では不自由であろう。偶然とは言えこれだけ儂に寄ったのだ、これも何かあるのだろう。お前さえ良ければだが、お前をそばに置こう。どうだ』と。
すっごくびっくりした。だって、あたし、サキュバスでも、そこの神が言うように下級だから、マトモに魅了が使えないのよ。それこそ言えば、脱ぐしか技が無い。
だから魅了みたいな事出来てないはずなのに、いきなりのお誘いよ? もうこれ乗っかるしかない! って、それで愛妾の地位を手に入れたの。
でも、やっぱり目は治らない。勿論擬態を解除すれば痛む目も含めて全部剥がれるから良いんだけど、愛妾にまでなれたのに、サキュバスに戻る訳にはいかなかった。
それで、すぐ殺そうと思ってて、でもまぁともかく1回は普通に抱かれてみるか、と思ったの。好奇心かな、興味かも。それが間違いだったのよねぇ、今思えば。
その王がさ。まるでワイルドブーフーみたいな身体した、あそこだって大した事無い王がよ? すっごく優しいの。こんな生物、魔族域にも、世界何処探してもいないってくらい。
あたしの目の事を気遣ってくれて、真っ暗な部屋で。目の他にも悪い所は無いか? 辛くないか? そこから始まる紳士的な夜……それでいて、上手いのよ。それも凄く。
サキュバスのあたしが、食事の域を超えて感じるなんてそうそう無いはずだし、現に今まで一度も無かった。けど、その夜は、もう……うん。そういうこと。
だから、もうあたし、人間の基準で言えば、魔王様に殺されてもおかしくないんだよね。任務受けて4年も経ってるし、魔族軍もしびれ切らしてか、もう直接入ってきてるみたいだし。
あたしが失敗したって『思った』、なんてほど、魔王様の情報網は甘くないから。あたしが逆惚れしちゃって落ちちゃったのなんて、絶対分かってる。でも、刺客とか来ないのよね。
だって、魔族憲章に定められた生命の権利は、魔王様でも絶対守るもん。生きている者を正当な理由無くして殺傷してはならない。魔族全員、知ってる条文よ。
任務の失敗ですら、その『正当な理由』にはならない。それだけ、生きる権利が守られてる。けれど、人間は違う。あたしたちを殺す事しか考えていない。
魔族って色々いるじゃない? 人型に近いのもいるし、虫型まんま、ってのも同族よ、広い括りで行けば。
それら全てが、生きる権利が与えられている。与えられてるって言うか、元々あるから守ろう、みたいな感覚。
だから、虫型魔族で砂を好む一族がいれば、砂地の生成や造成に魔王様は奔走なさるし、サキュバスみたいなのには相応に、精のたくましいのを美味しく頂ける様にもして下さってる。
人間で、ソレ出来る?
人と亜人、なんて程度の多様性じゃないわ、次元の違う多様さよ? それこそ人間と昆虫と、同じ権利を持ちましょうって感じ? 出来ないでしょ、あんたらじゃ。
だから人間は野蛮で、場合によってはその侵攻を未然に防ぐために、少なくない人間を殺しに魔族が動くことがある。まぁたまには、人間領に間違って入っちゃってトラブるのもいるけど。
オーフェン王も、当初の観測では、とにかく金を集める事だけに執着していて、放置しておくと魔族領の資源なんかを奪いに来かねない人間、取りあえずマーク。
でもそれだったら、より厄介者国家のローリスを巻き込めれば最上じゃない? って感じで、話が進んだらしいわ。あたしなんかが全貌なんて知らないけど。
オーフェンの経済が停滞、もしくは破滅すれば、砂漠ベースで食料依存度の高いローリスは自然と兵糧攻めに出来る。
逆に言うと、オーフェンが健全であると、魔導師系の人材がとにかく多いローリスは金も簡単に稼げるから、オーフェン『商店』から何でも買えるから潰せない。
だから、ちょっと迂遠だけどオーフェンを潰して、その余波でローリスを潰そうって、そんな話だったわけ。
さー、あたしが話す事はこんなもんよ。ローリス潰しを企てた罪のあるあたし始め魔族に、ローリスの神はどういう鉄槌で応ずるの? まずあたしの首晒し? 死体送りつけ?」
……まさに、独壇場。ていうか、魔族憲章って何? そんなの、ローリスのあれだけデカい図書館で本読んでも、1回も見た事ないぞ?
多様性? 人と虫が同じ権利を持つ? 人権、じゃなくて、生物権みたいな? その世界って、害虫も叩き潰せないのか? 分からん、枠を超えすぎてて理解出来ん。
『あなたの【思い】、確かに聞き届けたわ。最期に言い残す事はある?』
「そうねぇ……」
目線が女神様から外れ、遠く広間の向こうの方に向く。
諦観の表情ではあるのだが、ふと、微笑みの様な、ほんの少しだけれど、何か懐かしむ様な、そんな表情を浮かべた。
「もう一度、もしも戻れるものならば、あの最初の夜をもう一度、味わいたかったなぁ……うん。そんだけ。もういいわよ、好きにしなさいよ」
そう言い捨てる様に言ったサリアクシュナは……いや、サリアクシュナさんは、檻の中の足をこちら側に向けて伸ばして、手を後ろに回して付き、天を仰いだ。
何だか、可哀想に思えてしまうな……諦めきったその最期の姿の『視界』もまた、檻の天面が板になっていて遮られてる。
つくづく目に運の無い人……いやサキュバス、か……
……
…………
いや。
サキュバスだから、
なんだってんだ。
通常ペース(隔日)に加え、クリスマスイブ・クリスマスの両日とも投稿します。




