第37話 大演説
「ローリス国英雄、シューッヘ・ノガゥア卿。及びローリス国大使、オアシス・アラスター卿。此度は我が国の騒乱に貴国を巻き込んでしまい、詫びのしようも無い。
ローリスへの賠償は、近いうちに我が国より特使を派遣し、ローリス国内にて話し合いの場を持ってもらえれば幸いと、切に願うところである」
ローリスへの賠償。大使館無事だったけどな。まぁ、治外法権の大使館に攻撃した事自体、賠償問題か。
「順序は逆になったが、英雄閣下。我が愛妾が魔族であった事、それに気付かず愛妾として4年に渡り連れ歩いた。
魔族の奸計に見事にはまり、シューッヘ・ノガゥア卿を不完全な英雄召喚の魔法にて召喚し、その人生を乱した事、本当に申し訳なく、深く詫びたい」
ん? 詫びる、のは分かるんだが、召喚して人生を乱した? んん? イマイチよく分からないな。
直接聞いてみた方が早いか。
「オーフェン国王、エンポロス・ド・オーフェン1世陛下。謹んでお伺いしますが、俺の人生を乱したとは?」
「英雄召喚の儀式をまだ何とか見える目で見たい、と言う者がいた。それがサリアクシュナだった。
儂は魔法院に緊急研究として命じ、召喚が出来るだけの魔法要素を見つけさせた。
それで行われたのが、かの日の召喚だった。だがその召喚術実行自体が、魔族の狙いそのものだったのだ」
どういうことだ? つまり、魔族側の意図が裏にあって、召喚が為された、という事か?
「召喚術は、一度行うと最低百年は、行うことが出来ない。形だけ行っても何も召喚されないと聞く。
貴殿がこの世界に召喚された時の貧相なステータスは今でも覚えておる。何という半端者を召喚してしまったか、と。
それこそが魔族の狙いで、使えない英雄を召喚する事で百年の猶予を作り、そのうちに人類を滅ぼすのだそうだ」
「それは、サキュバスのサリアクシュナが言った事ですか?」
一応確認の為に問う。答えは分かりきっているんだが。
「そうだ。儂が常に横に置き、その声に耳を傾けていた、サキュバスのサリアクシュナの言だ。衛兵」
王が舞台の向かって左手に、顔を向けて指示する。
直ちに、ガラガラガラと不安定な車輪の音がして、鉄格子が運び込まれてくる。
中にいるのは、裸に剥かれたサキュバスの……サリアクシュナだ。
俺が一刀のもとに切断した足先は、白い包帯がしっかり巻かれている。
あの時は何も感じなかったが、今こうして冷静に見ると、魔族とは言え、かなり痛々しい。
……いっそ一息に殺してやった方が良かったか?
「この者、いや、この化け物が全て白状した。全ては人間の覇権を終わらせるため、我に取り入った事も。
今ではようやく目も醒めたが、儂はこの者を溺愛しておった。何か見たいと言えば全て見せ、食べたいと言えば全て食べさせた。
だがその真実はこれだ。儂は見事に魔物の奸計に嵌まり、全人類に途方もない迷惑を掛け、そして英雄本人にもまた、謝罪のしようも無い愚行をしてしまった」
んー……国王の言いたい事は分かる。テンションだだ下がりな上にサキュバス憎しになってるのも、愛情の裏って感じで理解は出来る。
けど俺、別に不幸になってないぞ? 数値で見るステータスは7,000年前基準、今に直すと相当なものらしいし、第一女神様の御力・御業と、英雄一位の力がある。
このまま英雄として、魔族殲滅の旗頭……というか単騎で突っ込んでって全滅させる位は、たやすいと思うしなぁ。
「陛下。英雄召喚のタイミングが魔族主導になってしまったのは、何というか、俺自身が関与する所ではないので何とも言いがたいですが。
召喚された俺自身は、別段何の不便も受けていませんし、一応英雄の本義である『魔族の殺戮』も、しようと思えば出来ますが」
俺がそう言うと、ただでさえ国王しか口を開いていないその場が、更に空気が凍った様な、張り詰めた雰囲気になった。
「……真に正しくない時間軸で召喚された英雄は、事実貴殿の様に、強くない。魔族はひたすら強い。貴殿では太刀打ち出来ない」
王は、静かにだが、言い切った。
「無礼を承知で反論しますが、大使館に襲撃を掛けた反逆者アッサス将軍を、一発の蹴りだけで細々しい肉片に変えたのは俺です」
さすがにこの一言に、周囲も黙っていられなかった様だ。いきなりざわついて、まさかあのアッサス将軍が、だとか、肉片にだと、だったり、色々。
どんな様子かなと後ろの方を見渡そうと思った瞬間、
「軍務大臣!!」
王のデカい声に驚かされてケツが浮いた。心臓に悪い。
「報告せよ。賊軍大将アッサスはどうなった。このえい……英雄閣下の仰る言葉は真か?」
左側から、ザッと席を立つ音がする。
そちらを見ると、緑色の生地をした貴族服の上等なのっぽいのを着た人物が手元の書類に目を落としている。
「はっ。現場検分によると、アッサスが直接率いたと見られる魔導師隊は全員斬首されており、アッサスと思われる……遺体、これについては断片のみ発見出来ました。衣服に将軍徽章を有しておりましたので、本人に間違いありません」
「ど……どういうことだ、英雄。アッサスの張る結界を破れる者は我が国にいない、またその身も、並では無い身体強化により如何なる刃物も通さぬと、生きていた当時豪語していたものだ。それが、肉片だと?」
「はい。端的に言えば、一撃で木っ端微塵です。結界は、女神様が御力を貸して下さり、これも一発で打ち砕きました」
「女神様だと? ローリスの神は、光の女神、サンタ=イリアと言ったな。戦闘系の加護は皆無で、国家繁栄の神と聞くが……」
「俺の女神様はイリア様じゃないです。光の女神様ですけど、暁の女神とも言われる『サンタ=ペルナ』様です」
と、これにも場内がざわついた。誰? それ誰? みたいな言葉がそこかしこから、石造りの広間なのでよく響いて聞こえる。
「一同黙れ」
おっと。王の一声でまた静寂が帰ってくる。
「儂から聞こう。その『サンタ=ペルナ』なる神は、如何なる神か」
「んー、可愛らしい神様ですよ? お姉さん、って感じの雰囲気で、明るいんですがたまに」
「儂が聞きたいのはそういう話では、いや待て、ちょっと待て。お前、い、いや、英雄閣下。閣下は女神様と話をした事でもあるのか? まるでそんな口ぶりだが」
王の焦りが手に取るように分かる。うん、今の空気は俺が握れてる。このまま行こう。
「はい陛下。色々困った時には、ペルナ様には相談に乗って頂きました。あ、あとお酒がお好きですね、ペルナ様は。お供えすると、とても喜んで飲んでくれます。
因みにさっきの戦闘の時は、身体を一時お預けして戦いました。魔導師隊前に張ってあったガラスみたいな結界を壊して全員の首を切り飛ばしたところまでが、女神様がされた事です」
俺が敢えて笑顔でもってべらべら話すと、どんどん青くなっていく王の顔色が少し楽しい。椅子に両手を突いて、腰も浮いている。
いやいや、英雄なんだからそんないじめみたいな事してちゃいかんのだが、散々さっきやられたしな。
「儂は……英雄召喚を失敗だと判断したが、見抜き損ねたか……」
浮いてる腰がドサッと椅子に落ちた。誰か何か言うかなー、と思ったんだが、誰も言葉は発しない。
王は、椅子で肘を支えた手を頭にやり、半分魂抜けたような顔のまま固まっている。
少し気になって後ろの方を……怖っ、みんな目が怖いっ。王を責める様な、睨み付ける目つきだ。
これ……このまますぐクーデターとか起きて、オーフェン王斬首で民主制移行とかなんじゃね? 危ないな。
愚王なのかも知れないが、ローリスの市場が潤ってるのもオーフェンあっての事と聞いている。政情は安定が一番だ。
俺はただ一言、陛下、と言って、少しそのまま間を置いた。
呼ばれた方の陛下は少し反応が遅れたが、また元のように威厳を正して真っ直ぐ座り直した。
「陛下。俺としては、陛下に深く感謝をしています。この世界に来て、すぐに妻も出来ました。かけがえのない仲間もいます。
陛下のお言葉を伺うに、4年前からそこの、檻の中のサキュバスは、この国を籠絡するために動いてたんですよね?
魔族がそこまで時間を掛けて計略を仕掛けてくるのを予測するのは、どう考えても無理でしょう。
まして、オーフェン王に差し向けられた先鋒は、性の悪魔とも呼ばれるサキュバス、これは男性にとっては致命的です。
今回の大使館襲撃についても、アッサス将軍自体が魔族、または魔族と通じていたかは定かではありませんが……
戦闘中に分かった事ですが、この戦い自体には、魔族が関わっていました。もし殲滅出来なかったら、オーフェン自体陥落していたでしょう」
俺はここはもう思い切って、オーフェン王無罪論に振り切る事にした。
だって、美味しい物食べたいじゃん。美味いワインとワイルドボア、セットで楽しみたいじゃん。
砂漠メインのローリスじゃ草食のワイルドボアなんて獲れないし、ワインも然り。故に、オーフェンは守る。以上!
「……相手は魔族です。しかも、4年前からの密かな先制攻撃。それがこの程度のいざこざで済んだのは、寧ろ幸運だったのでは?
しかも、サンタ=ペルナ様の御加護を頂いている俺がもし本気で挑めば、魔族の殲滅は難しくはないです。
何しろ俺は、昔ローリスを魔族の手から取り戻したイスヴァガルナ様と同じ、光の殺戮術が使えますから」
俺の『演説』が功を奏したかどうかは分からない。もう一押しかな。
俺は椅子から立ち上がり、一歩前へ進んで翻った。これで全出席者の顔が見える。
「魔族を単独で相手していたエルクレアが墜ちた、というのが事実であるならば、次はオーフェンです。または、アッサス反乱兵団との戦いが先にあるかも知れません。
どちらにせよ、このまま行くと魔族との戦いは避けられない。失礼ですがオーフェンに、魔族討伐に特化した力を持った方はおられますか?
魔族が、歴史書にあったように、場当たり的な力押しの攻撃ばかり繰り返してくる、単純な頭の者だけだった時代は、終わったようです。すると逆に、和平交渉の可能性もあり得ます。
ただいずれにしても、一度こちらの、人間側の力を示した後で無ければ、魔族が交渉のテーブルに着く事はあり得ないでしょう。その時交渉に応ずるのが、オーフェン王のお役目かと存じます。
ローリスは孤立的で他国の干渉も積極的交流も嫌いますし、例えば交渉をしても金銀にしろ宝物にしろ交渉の材料がありません。交渉術の異才、オーフェン王の他を置いて、魔族との交渉が出来る方はいないでしょう」
俺は再度翻って、王の方を向き、跪いた。
「ここは、陛下にとってもオーフェンにとっても、また人類にとっても、一番の踏ん張りどころかと存じます。
御自身の事だけをお考えになれば、ご退位されるなどもあるかと存じますが、まだ早い。魔族との交渉は、オーフェン陛下以外ではまず失敗するでしょう。
オーフェン国民が一丸となるには課題も多いでしょうし、軍部の再編など大仕事もございましょう。ですが、魔族が交渉のテーブルに着くと、いつ言い出すか。
恐らくそれは、突然の事でしょう。その時既に引退の身の者が出張っても、魔族は鼻にも掛けない。故に、オーフェン王の王権は、陛下に維持されるべきかと」
言って一度頭を下げて立ち上がる。
「他国の内政に口を出すのは御法度とは存じておりますが、国を超えた英雄という者でございますので、どうぞお許し下さい」
再度深く頭を下げてから、下がって着席。
俺か出来る事はやった。いやこの自爆的な流れ、魔族殲滅を、規模はともかく1回はやらんといかんぞこれ、あぁぁ俺やらかした……。
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