第36話 戦いの後は ~戦況報告、そして~
「なるほど、最終的には大使館の防衛戦になりかけたところを、英雄閣下が」
大使館の大きなテーブルに、それぞれ座っている。
俺とアリアさん、戦闘服がメイドな人たち、ローリスの偉い人たち。
主な報告は、イオタさんから為された。
口調は若干緩いんだが、敵の攻撃がどうあったか、味方はどう対処したか、的確に報告をしている。さすが、ああ見えて軍人さんだな。
「ん? そこの無粋な英雄さぁ~ん、あたしの骨骨兵団に加わりたい~?」
「え゛、すいません遠慮します……」
視線からバレたのか、口元でも動いていたのか分からないが、下から睨め上げる様な瞳で言われた。怖い。
「そうすると、結局戦闘の幕引きは全て英雄閣下の御力で、それまでは遠距離でのやり合いだった、という事ですね?」
「うんそー。そこのじっちゃんの武器がさ、あの距離届くのよ。とんでもないわよね、一体何って感じ」
「銃は、弾が切れればそこまでだ。まだ弾を余らせた状態のまま幕引きになって良かったわい」
「んでさ、戦闘の大部分の指揮はアルファ……今はフェリクシアか、それが取ってたんだけど、ちょっと後手に回っててね」
「うむ……イオタに言われると、思い当たる所は大いにある。女神様からも先手を取るよう言われていたのだが、攻めあぐねた」
「敵からの反撃らしい反撃は、魔族に類する虫を放ってきたのと、闇火炎の放射を受けたくらい」
「虫、ですか?」
スバルさんの顔が、少し困ったような、困惑したような表情になる。
「そう、虫。飛んでる所を視認した訳じゃないから断定は出来ないけど、多分アレは虫魔族類の屍死蜂じゃないかなー」
「死屍蜂、ですか? 魔族辞典で見たことがあります、寄生魔族を媒介し、刺された者をアンデッド魔族化するとか」
「そう、その死屍蜂。蜂って言うけど飛ぶ速度は遅いし知恵も無いから狙って刺させる事も出来ないポンコツなんだけど、相当な数がこっち向かってきてた。
大使館の敷地内にまで入ってきてて、あたしも気付かなかったんだけど、誰も刺される前にイフリートの結界で全部焼却処分されたわ」
「イフリート……いや、私はイフリート様と申し上げるべきかも知れませんが、大精霊様が御加護を下さって蜂の災厄は免れた、と」
「そうそう」
聞いてる限り、虫が攻めて来たり闇属性の火炎魔法を喰らったりと、あの遠距離からも敵は攻め手を持っていたようだ。
「こっちの防衛担当は、デルタとイフリートね。イフリートの結界で虫退治して、デルタの土魔法の壁で闇火炎の魔法は防いだ」
「あのぉ~、イオタさんから『西側の壁は3倍の厚さ』って言われて、そうしましたけど、1枚でも火炎魔法には耐えますよ? 砂ベースの土壁ですから」
「あぁ? 普通の火炎魔法なら、間違ってねえよ。闇火炎は、他の魔法をむしばむんだ。だから厚さが無いと、幾らお前の壁が強固でも、穴空けられるんだよ」
デルタさんの壁。現在では既に取り払われたが、土魔法の砂っぽい土は消えない様で、大使館の庭先は全て砂地になってしまった。
あの砂の下にあった、バーベキューにもってこいの芝生は、枯れるな。
「失礼します!!」
うぉっ、突然のデカい声。その主は門の前にいた。後ろに馬も見える。
「戦闘現場の検分が終了致しました! これより国王陛下にご報告致しますが、ローリス側から何かございますかっ!」
入ってくれば良いようなものの、入ってはこない。
敢えて門の向こうなのは、ここが大使館という、治外法権の場所だからだろうか?
「オアシス大使、何か伝えておくべき事はありますか?」
「一応、内側の事前情報はあったとは言え、平時にオーフェン軍から攻撃を受けたのです。厳重抗議くらいは致しましょう」
と、オアシス大使は立ち上がり、そのまま門の方に向かっていった。
「とまぁ、英雄くんも今回の戦いの全容は分かったかい? ……あたしら総力を挙げても、最後の攻め手に欠けた。あんたの一撃には感謝している」
突然、イオタさんがしおらしい事を言う。俺はちょっと驚いた。
「あん? 何だよその顔。一応あたしらも役には立ったんだぜ?」
「あ、うんそこは、もちろん。たまたまあのタイミングで辿り着けたけど、遅れる可能性は幾らでもあった。感謝してるよ」
「ま、色ボケのあんたは、お妃様さえ守られれば良いんだろうけどさ」
言い捨てる様に言うイオタさん。ちょっと意図が読めない。
ふと、手が握られる。アリアさん。俺がそちらを見ると、アリアさんの頬が赤い。
……お妃様、なんて言われたのが、恥ずかしかったのか嬉しかったのか。この乙女心は分からん。
俺もきゅっと握り返し、視線は門へと向けた。門の前では、オアシス大使が鎧兵とやり取りしている。
厳重抗議、と言っただけあってか、鎧兵がペコペコと頭を下げている。まぁ、この国の兵士だから格好だけかも知れないけれど。
「ともかく、今回の大使館防衛戦は、みんなのお陰で無事に成功した。ありがとう。そして、お疲れ様!」
俺はアリアさんの手を取ったまま、みんなに視線を一巡させて、頭を下げた。
***
「えぇ?! また登城すんの?!」
大使館の門の前。
俺とフェリクシアさんで対応に出たら、そこには儀礼用に見える甲冑を着込んだ兵が為す行列と、馬車が2台あった。
「国王陛下から、命令ではなく、『お願い』という形で承っております。陛下が外国要人に『お願い』をされるなど、前代未聞なんですが……」
「仮に登城するとして、俺だけじゃ無さそうだよね、馬車も2台だし」
「陛下からは、大使館での戦いに関わった全ての方にお越し頂ける様に、と仰せつかっております」
「うーん、フェリクシアさんどう思う? 罠の可能性とか」
登城を要請に来た兵の前で罠の可能性を指摘するのは失礼極まりないが、どうにもオーフェンは信用出来ないところがある。
「仮に戦力全員で出張れば、攻防共に勝てない相手はいない。勿論、ご主人様のお力も含めて、だ」
「じゃ、逆に全員で行けるのはメリットか。でも何か、あの王の言いなりになるのはなんか嫌だなぁ」
「英雄閣下のお疑いはごもっともです。ですが、此度は陛下への謁見ではなく、国体を為す組織の面々全てを招集しております」
「国体を為す組織? すいません、俺オーフェンの政治体系に詳しくないので、具体的に言ってもらえますか?」
「はい。まずは陛下。そして、宰相始め全大臣、国家魔法院の院長始め上位5名、国議会議長始め議員上位15名、大公様始め30名の上位貴族。更に、大臣配下の事務次官も全て出席します」
「50人以上、ですか? オーフェンの国家的な話し合いなら、オーフェンだけでやって欲しいところですが」
「いえ、陛下は英雄閣下のご尽力を殊の外仰っており、英雄閣下がおられなければ今回の集まりは始まりません」
なんだか無駄に規模がでかいな。大臣と官僚、議会と貴族、ってここまで言ったら、国の上位層全部じゃん。
ただ取りあえず、俺としては陛下に恨まれた筋は無いだろうし、全員で乗り込めるのであれば安全でもある。
「……ドレスコードはありますか?」
「はっ? 今なんと?」
「ああ失礼、服装の規定はありますか?」
「いえ、身一つで来て頂いても、または重武装で来て頂いても、一向に構わないとの陛下からのお達しにございます」
自由に警戒しろって事か。まぁ俺は腰の短剣一本で十分だし、メイドさん達は魔導師だし。
アリアさんの首飾りだけは念のため付けてもらって……ヌメルス将軍の武器はデカすぎるから無しで。
「分かりました。今すぐですか?」
「可能であれば。既に白亜の広間に、先ほど申しました全ての人員は着席しており、英雄閣下の到着待ちです」
何だかんだ言って、俺が来る前提の話か。まぁ別に良いけど、危険性さえ無い話であれば。
「じゃ、今みんなを呼んできます」
俺とフェリクシアさんは、駆けて大使館の中へと戻った。
***
「ローリス国英雄閣下、お着きにございます。総員起立を」
随分大きな扉がゆっくり開ききると、中からよく響く声で、起立を求める声がした。
登城を求めた兵からは、会場は白亜の広間ですと聞いていたが、確かに白い。
壁が、外の壁と同じ真っ白な石壁で、天井から日の光が差し込んで一層白く見える。
全員が立っている中を、俺達は進んだ。全ての人が頭を下げており、誰一人として目が合わない。
さっき呼び出しの兵士が言っていただけの人数は、いやもっと、いそうだ。広間の左右にずらりと椅子がある。
そして、真っ直ぐの所に立派な椅子が、扇状に5客、扇の要の位置にも1客。
イフリートも立役者なんだが、身体が赤い火の大精霊を連れてくると、サキュバスとの色カブリで魔族と誤解される恐れがあるので控えた。
要の位置の椅子の正面、数段高くなった所に、こちら向きの椅子。外壁材と同じかな、白い石の、人間の背丈の倍くらい高い背もたれが付いた椅子、当然王座だろう。
そしてその王座には、頭の毛が微量しかないオーフェン王が、そのハゲ頭をこちらに下げて座っている。
俺たちの横を案内する兵士とかもいないが、どうやらあの扇状配置の椅子だという事は分かるので、俺達は歩を進めた。
椅子まで辿り着いて、俺はアリアさんと手を離し、前に出張った椅子へと進んだ。残りのメンバーも随時腰掛けたようだ。
と、ラッパの様な音が鳴る。メロディーラインは、普通ラッパは勇ましいものと思っていたが、何処かもの悲しい。
そのラッパが鳴り終わるのを合図に、全員が俺の後ろ側になる参加者達は着席したようで、ガサガサと衣擦れの音がした。
そして、何段か上にいる国王もまた、ゆっくりと頭を上げた。横から白いローブの者が駆け寄り、王冠を手渡す。
王冠をそのハゲ頭に戴いたオーフェン国王は、俺に視線を向けてきた。ただその視線からは、あまり感情が読めない。
間違っても怒ってはいなさそうだ。敢えて言うなら、哀しそう? 王が何故そんな視線で俺を見てるのか、俺には分からなかった。




