第35話 戦いと、魔族と。 ~英雄は如何にあるべきか悩む~
アッサス将軍を撃退した後、女神様は
『身の振り方を決めなさいねー』
と一言残して、気配を消して行かれた。
戦場の跡地にぽつんと一人残った俺は、肉塊となったアッサス将軍を眺めた。
大使の話を聞くに、カリスマのある人だった。それが今では、人間かどうか判別も出来ない。戦いは残酷だ。
後ろを見ると、首無し死体に囲まれている。この現状に、何だかふと、現実感の無さを感じた。
ともかく歩いて、大使館に戻る。途中にはイオタさんが生み出したであろう骸骨剣士・騎馬の骨が、バラバラになって散乱している。
歩くんだが……結構距離がある。女神様に身体をお預けした際には、ものの10秒程度で辿り着いた距離だが、遠い。
遠く大使館の門の外に、メイド服2人とアリアさんの服が見える。顔が見える距離じゃ無いが。
待ってくれてる。ちょっと魔力ダッシュで行こうか。
俺は足に再び高圧ガスがプシューと入り込む様を強くイメージする。さっきは気付かなかったが、足が熱を持つ。
そして、大地を蹴った。
ポーンと角度30度くらいのとんでもない角度でジャンプをかましてしまい、肝が冷えた。靴のお陰もあってか、何とか着地は出来たが。
今の一歩で、大使館の手前500メートル位までは飛べた。敵陣からここまでの距離は知らないが、飛べた距離がとんでもないのは、振り返ってよく分かった。
「シューッヘ君! 怪我してない?! 大丈夫ー?!」
アリアさんが、かなり心配そうに声を張って、聞いてきてくれた。
「大丈夫だよー、足も痛くないし、服も汚れてすらいないっぽいー」
何だか俺だけ、現実の外にいる様な、変な感覚がある。
俺の到着まで、もっと言えば女神様の『攻撃開始』まで、戦況は膠着していたと思われる。
フェリクシアさん、デルタさん、イオタさんにヌメルス将軍。4人の猛者達と、イフリートも。
それだけの、下手すれば国でも落とせるんじゃ無いかってレベルの戦力があってなお、簡単に撃破出来てはいない。
もっとも、戦場が大使館内ではなく、そこからうんと離れた所に展開されていたのは、ヌメルス将軍の銃があってこそだろう。
今のところ想像でしか無いが、あのスナイパーライフルで敵の急所を狙ったとか。後は重機関銃で前衛を撃破? 後で聞いてみよう。
もし銃が無ければ、戦闘の剣士たちとの直接戦闘。女神様すらとんでもない魔力を籠めて剣を振るった魔導師隊がそのすぐ後ろに構えていたら、剣と魔法のダブル攻撃で殲滅されていたのはこちらの陣営かも知れない。
歩いていくと、ようやく大使館の外壁まで辿り着いた。アリアさんの心配そうな顔も、フェリクシアさんの目を見張った表情も分かる。
「シューッヘ君! お帰り!」
「うん、ただいま。女神様の独壇場かと思ったら、アッサス将軍の相手は俺がすることになったよ」
「ご主人様、やはりアッサス将軍は魔導師だったのか?」
フェリクシアさんが眉をひそめて聞いてくる。
「女神様のあの場での御言葉から、魔導師のボスがアッサス将軍、って部分は確定だよ。他の魔導師は、女神様が一閃で薙いじゃったから詳細不明だけど」
「残存する敵兵はいるか? 虫型魔族を操る者がもし生きていると、都市の方にも被害が出かねない」
「魔導師は全部首飛ばしたけど……アッサス将軍、首無しでも言葉出してたからなぁ、完全に死んでるかどうかはちょっと分からない」
「分かった。イフリートとイオタと共に、調査をしてくる。イオタ、行けるか?」
「あーい、たいちょー。骸骨剣士が土に還り始めたからあたしの魔力も戻ってきてるよー」
フェリクシアさんは相変わらず仕事熱心である。戦いが終わっても、事後処理に余念が無い。
いや、戦いが『完全に』終わったかどうかが確定していないのか。イフリートもいるし、大丈夫かな。
「アリアさん、俺、戦い方が少し分かった気がする。まさか俺があんな肉弾戦系の戦士とは思ってもみなかったけど」
「そうね、大使館のドア、木っ端微塵よ? あ、でも普段はいつもの、優しい力加減にも出来るのよね……?」
「うん、そこは大丈夫。魔力を籠める、ってのが必要条件だから、魔力さえ籠めなければ変にパワーアップはしないから」
「良かった……もう抱きしめてもらえないのかなって、ちょっとだけ心配になっちゃったんだ、あたし」
「あ、う、うん、大丈夫だよ。優しく、抱きしめてあげられるから」
ちょっと頬を赤くしうつむき加減に言うアリアさんが可愛い。
「取りあえず、ヌメルス将軍にも挨拶したいな、ヌメルス将軍ー!」
「おうよ! 見てたぜ、凄い蹴りだったな! 外したのも当たったのも!」
そうだった、ヌメルス将軍にはスコープがあるから丸見えだわ。
「外したのはご愛嬌という事でお願いします、一度戦闘のまとめをしたいのでホールに降りてきてくれますかー?」
「分かった。銃器は一応、次の敵が襲来したらすぐ即応出来る様にこのままにしておくぜ」
「はい、お願いします! ……じゃアリアさん、中入ろ?」
「うん」
そうして俺の戦いも、アリアさん始め皆の戦いも、終幕を迎えた。
***
「えぇぇ、じゃ2.5クーレムの敵に、いきなり先制攻撃ですか? 敵兵、銃を知らないと気付けないでしょうそれ」
思ったこと。ヌメルス将軍が随分と好戦的と言うか、攻撃的な人物だったと言う事。
魔道具店を、のほほんと営んでる雰囲気、というイメージを持っていたが、服装からして怪しいとは思ったが世紀末的戦い方でしかない。
「おうよ。ただ、先にイフリートが大使館武官として接触して、肩口からバッサリ斬られたから、敵であることはちゃんと確認したぞ?」
「は、はぁ。確かに敵でも無い軍人にいきなり発砲したら、どえらい問題になりますからね……」
「ただ私からすりゃ、どうにも敵兵の規模が小さい。そりゃ大使館を落とすだけであれば、街路の幅等からあの程度にはなるかも知れんが」
「……そう言えばそうですね。軍の半分近く? が離反していた、という話にしては、数が少ない。残りはどうしたんでしょう」
「発言、宜しいですか?」
と、オアシス大使がちょこっと手を上げる。大きく頷いて、発言を促す。
「離反兵の根城は、エルクレア方面に森の中を進んだ砦だと言われています。数が数なので、幾つかの砦に分散しているか、エルクレアとの中間地点辺りの大規模砦、ルーカロット砦に集結しているかも知れません」
「エルク……あっ! 肝心なこと伝えるの忘れてました!」
俺はエルクレアの名を聞いて、サキュバス・サリアクシュナが言った言葉を思い出した。
「何でしょう、英雄閣下」
「エルクレアは既に魔族の手に落ちています。王を籠絡したサキュバスからの情報なので、多分間違いは無いかと」
「なっ!! エルクレアが、魔族の手に、ですか?! 天然の要塞、過剰武装国とさえ言われる、攻防最強のエルクレア王都が墜ちるとは……」
「俺はエルクレアを知らないので何とも言えませんが、情報からすると、既に魔族領になっていて、今は魔族との交戦を『装っている』と言っていました」
「だとしたら、次に攻められるのはオーフェンですね……いや、ルーカロット砦に集結させたとしたら、まさか……」
そうだよな。中間地点とは言え、そのルーカロット砦は、魔族の国になってしまったエルクレアに近い。
オーフェンの兵はエルクレア=魔族領、というのは知らないだろう。人の姿をした魔族となれば、援軍として迎えているかも知れない。
人を魔族化させる魔法があるのかどうかは知らないが、もしあるとすれば、操り人形にしてオーフェンを攻める可能性は十分にある。
「魔族がそこまで覇権を取り戻す行動に……」
オアシス大使は少しショックが大きかったのか、呟くように言ったきり難しい顔をして俯いてしまった。
「アリアさん、これどうしようかね。女神様にも言われた話だけど、英雄の本義って魔族の『殺戮』なんだよね。俺、全部討伐とかするべき?」
「うーん。どうだろう。エルクレアは割と孤高の国家だからあんまり他国に影響しないけど、オーフェンが墜ちたら食糧事情にしろ貿易品にしろ、ローリスは干上がるかも知れないって思う」
「そっか……ローリスを守る為にも、エルクレア奪還、または更に魔族領に進撃して、これ以上の侵略行為を止めさせないとダメかなぁ……」
「具体的にはどうするの? 魔族領、強い魔物が一杯いて、凄く危ないって話だよ?」
「単に殲滅するだけなら、そこまで難しくは無いんだ。戦闘員・非戦闘員全部無差別に殺戮、で良いなら。そこなんだよね、問題は……」
「そう言えばヒューさんからも聞いてるけど、シューッヘ君の『光』魔法って、どういう攻撃なの? 普通光魔法が攻撃に使えるって聞かないから、よく分かんなくて」
「じゃ、ちょっと安全な範囲でやってみせようか」
俺はテーブルの中心の、50cm浮いた辺りに視線を集めた。
「[女神様の光 可視光線全範囲 光量抑えめで]」
パッと白い光の玉がまぶしく輝く。抑えめでこれだからな、女神様直々の御力は強いわ。
「じゃこれを変化させるよ。[光線スペクトラム変化 青色から赤色までゆっくりスペクトルシフト]」
と、真っ白い光の玉が、真っ青な色に変わり、そこから徐々に赤い光へと変わった。
珍しい物を見る顔をしたアリアさんであったが、
「これで、敵を倒せるの?」
と、ごもっともな質問をしてくれた。
「今俺がやったのは、光の性質を変えたんだよね。青い光から、赤い光へ。実は光って、もっとうんと危ない性質の光もあって、その危ないのを集中的に使う事で、生物を死滅させられるんだ」
「その光って、ちょっと当たると死ぬの? それともたっぷり浴びると死ぬの?」
「浴びると、だね。光の強度は変えられるから、一瞬でも浴びれば死ぬ様には出来る。当たると死ぬ銃みたいな光、ってのもあるはあるんだけど、仕組みがよく分からないから実験もしてない」
コンコン、とドアをノックする音がした。1枚しか無くなったドアを、フェリクシアさんがノックしている。
「良いか?」
「うん、どうかした?」
「詳しい報告は後ほどするが、街とこの区域を仕切る門を自主的に警備していたローリスの兵団が、この戦闘の結果を見たいそうだ。既に危険は無い状態だが、許可するか?」
「あー、危険が無い状態なら、良いんじゃない? 見ても道に付いた銃痕とか木っ端微塵のアッサス将軍とか、理解出来るとは思えないけど」
「そうだな。イフリートにガイドでもさせるか。大精霊だけあって、ご主人様の戦いを全て把握していて、私も聞いた。一発目の蹴りが空を切った話もな」
「みんなして俺を辱めないで……」
あの大空振りの蹴りは、今思い出すと恥ずかしすぎる代物だ。勿論「慣れてないから!」とは言えるんだが。
「軍務省のスバル殿も来たいそうだ。戦闘の全体報告は、スバル殿を交えて行った方が、本国への報告が楽だろう」
なるほど、報告か。今回は最後を受け持った俺と持久戦を戦ったメンバーがズレてるから、それを統合して報告する必要もあるだろう。
スバルさんであれば、軍務省の偉い人だし、個体戦闘力の高いメンバーの戦いも、陛下に支障なく報告出来るだろう。
「じゃ、スバルさんを呼んで、ここで振り返りをしようか。陛下にはスバルさんから報告してもらう事にして」
「それは名案だな。それぞれの戦闘員が個別に報告していては、混乱の元だ。まとめ役になってもらおう」
フェリクシアさんの顔は、少し前までの硬い表情から、幾らか柔和に戻っていた。
きびすを返したフェリクシアさんが、ドアの半分ない玄関からスタスタと出て行った。




