第34話 女神出陣
『やっぱり来たわね、籠の鳥ちゃん』
俺が昨日した様に窓を祭壇に見立てて膝を折り語りかけると、お返事はすぐあった。
「予想してたんですか? と言うか、女神様は何処まで分かっておいでだったんです?」
『具体的な事は私にはあんまり分からない。運命の流れっていうか、こう、必然の連鎖みたいなのが見えるだけよ?』
「つまり、魔族がこの戦いや王に関わっている事は、ご存じなかった、と」
『ううん? 戦いの方は分かってたわ。ただ、サキュバスが表に出てくる必然は、筋に無かったわ。アレは意外だったわね』
……何となく。
いや、俺がこんなことを思っちゃいけない様な、強い禁忌感はあるんだが。
女神様のお気持ちが分からない。何を望んでおいでなのか、何をなさりたいのか。
『シューッヘちゃん、疲れてるわね。オーフェンの一件が済んだら、リタイアしたら?』
「り、リアイアですか? 俺まだハタチにもなってないですよ?」
『それこそ貴族子弟なんて、生まれた途端リタイアみたいなのもいるんだから、この世界じゃ違和感ないわよ?』
り、リタイアを進められた。
確かに今回の外交は、変な疲れが残るスッキリしないものだったけれど……
「女神様、あの、今の戦いから逃げ出す事には、賛成ですか、反対ですか」
アリアさんが言う。
女神様の、うーん、という声が聞こえる。
『私としては、どういう風でもいいの。ここで、オーフェンでも英雄とされる位の戦果を上げても良いし、撤退も良いわ。
必要であれば、私の出来る範囲であれば加護を加えて有利に展開する様にもしてあげられる。撤退は恥ずかしい事じゃないし』
「つまりそれって、俺が決めろ、という事ですよね」
『つまりそうね。英雄・シューッヘ・ノガゥアの思い一つ、ってトコよ』
俺の気持ち次第、か。
ある意味進展の無い結論に落ち着いちゃったな。
「俺としては、出来れば助けられる人は助けたい。けれど、そのせいでそばにいて欲しい人に危険を味合わっては欲しくないんです」
『なら、撤退する? オーフェンは、今交戦してる魔族の、わずか中隊程度に蹂躙されて、国家として崩壊するわ。勿論、国民の大部分は、奴隷として何処かへ行かされるか、食べられるか、単に殺されるか、ね』
「う……そりゃ、簡単に守れるのであれば、そういう人たちだって助けたい。本心からです。でも……」
『もし一番安全にって考えるのなら、外交団も破棄して今すぐ逃げた方が良いわ。大丈夫、最初は非難されるけど、すぐその声は収まるから』
「俺、そこまで卑怯者にはなりたくないです。仮にも英雄ですし……」
『あら、英雄の自覚があるの? 英雄の定義を分かって言ってる?』
英雄の定義。
随分前に、ヒューさんが言っていた。英雄に求められる事。それは……
「容赦ない殺戮者」
『そう。特に魔族に対しての、ね。だからあなたがもし、本気で英雄として立つのならば、今回の魔族も討ち滅ぼさないといけない。けれど、あなたの英雄位は階位1だから、向かないのよね、部隊殲滅戦には』
「やっぱり……レベル1じゃ魔族に勝てませんか……? 俺は、そんなに無力、ですか……?」
『えっ?……あんた、何か、ここまで酷いのもないって位に、酷い勘違いをしていない?』
「へっ?」
女神様のご様子が変だ。
俺が何か勘違いしてるだろう、って感じの圧が凄い。
『うーん、あー……正一位って言葉、あんた日本で聞いたこと無い?』
「正一位? ……神社さんとかで、見たような覚えが。秋葉山とかでしたっけ?」
『階位はそれと同じよ。一位が一番上。階位1が個人最強。あんた、単騎の戦闘力で横に出る者いない無双よ?』
「はぁっ?! 俺そんなに強くないですよ?!」
『強いんだって。じゃちょっと私がやってあげるから、身体のコントロール、預けてよ、私に』
俺は思わずアリアさんを見た。アリアさんも俺を見て、お互いフリーズしてしまう。
「アリアさん……もう、俺、乗っ取られて俺じゃ無くなっちゃうかも」
「シューッヘ君……どんなになっちゃっても、あたしはシューッヘ君の味方だから……」
『ちょっと。私、悪霊とかの類じゃ無いんですけど女神なんですけど』
「えっ、でも身体を貸すって」
『あーめんどいっ、借りるわよ!』
「えぇうぐっ!」
おわっ、あ、あれ? 視界が、俺の外? 俺また死んだの?!
「死んでないわよ。身体に2つの魂は入らないから自然出ちゃっただけ。身体が大丈夫なら、そのまま死ぬことも無いから安心して」
俺の声で、女性的な話し方をされると……なんともビミョーな気持ちになる。
「し、シューッヘ君?」
「あぁ、今中身は私、女神よ。ごめんね、口調まで真似てる暇はないから」
じゃ、いきますかー、と俺の身体は言いながら、ドアの方へと進んでいく。
俺もそこに……あぁ、付いていこうと思うまでも無く、身体となにかつながってるみたいに、それ程離れないらしい。
俺の身体の女神様は、ドアの前に立つといきなり、ドアを蹴り飛ばした。
蹴られたドアは蝶番から外れたらしく、そのまま大使館の門まで飛んでいって、バーンと音を立ててバラバラに砕けた。
「分かる? これが、あんたが魔力を込めた時の蹴りの威力」
……パねぇ。俺、こんなこと出来たの?
ちょっと後ろを振り返ってみると、アリアさんもフェリクシアさんも口ポカンとしている。
「じゃ、進撃しましょうか」
女神様が、一歩、足を進めた。
とそこは既に、骸骨剣士が空けたらしい穴の前だ。えっ?! 一歩だよね今の?!
大使館の入口から門までは、10メートルじゃ効かないスペースがある。それを、ひとっ飛びで?!
「驚くのはまだこれからよー、シューッヘちゃん」
たん、たん、たんと軽快に、風を切るようにして足を進める。敵が辛うじて見える程の遠い距離が一瞬で詰まり、骸骨剣士たちの最後尾に辿り着いた。とにかく早い!
そのまま飛び上がったと思ったら、何十メートルか列を成してる骸骨剣士も、その向こうの鎧たちも馬たちも飛び越えた。
「さて、結界を感じるから、これねー」
と、左腰からスラッと短剣を抜いて、魔力を……魔力を……ってどこまで籠めるおつもりで?!
とんでもない魔力のせいで、短剣が光の長剣みたいに光ってしまっている。
その光の剣を、結界でスモークガラスみたいになってる敵の所に向けて、袈裟斬りに斬り付けた。
ガシャーン、とガラスを叩き割った様な音が響き渡り、目の前に結界の残骸がバラバラ降ってくる。
物理的な何かを含む結界だったようで、破片が地面に落ちてバリンバリン音を立てて割れている。
結界残骸は尖っていて、上からじゃんじゃん振ってくる。頭に当たりそうなんだが、女神様は御自身の頭上に傘のように結界を張って、落下物を気にしていない。
結界の向こうには、魔導師らしいのが陣形を組んでいた。一様に表情が無い。攻め込まれて、焦っている様子も無い代わりに、戦闘している顔ですら無い、無表情。
奥に、重厚な赤のローブの大男が一人いる。その前方を丸く囲む様に、他の魔導師たち。
「じゃ、おしまいにしちゃいましょう!」
再び女神様が短剣に魔力を籠める、がこれが一瞬だった。さっきと同じ光り方になるまで、コンマ秒の世界。
その剣を、勢いよく横薙ぎに薙いだ。結界を張った者もいたが構わず、そこにいた全ての魔導師の首が、大量の血しぶきと共に飛び、地に落ちた。
「これで半妖共は全部始末したわ、後は親玉ね」
俺はふと後ろを見てみると、骸骨剣士たちの動きが止まっていた。イオタさん判断では、もう増援は不要ってところか。
見ると、さっきまで骸骨と戦っていたアンデッド兵士達は、全て地に伏していた。
今、その首を落とされた魔導師の中に、アンデッドを操作してるのがいたのか?
前を見直す、と、首なしで、倒れることも無く立っている魔導師がいた。赤いローブの、まさに親玉だ。
「きぃさぁぁぁぁまぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ」
やけに間延びした声が聞こえる。発話してるのは首なし。首が無いのに何故声が?
「魔力で再現してるのよそれ。さ、じゃサポートするから、アレ、やっちゃいましょ!」
と、突然俺の身体、俺の視点に戻った。うわぁ化け物の親玉といきなり鉢合わせ?!
『魔力を。何処にでも良いから集めて』
「じ、じゃあ足に」
俺は足に魔力を流すイメージをした。
『はいそこ。魔力は超高圧ガスの噴射の様に想像して』
「は、はい」
超高圧ガスが足に噴出して入ってくるみたいなイメージをする。
とそのイメージ通りに、猛烈な勢いで魔力が足に回る。
『はいそれじゃキーック!』
「えっ、あ、ど、どりゃー!」
一歩踏み込みながらのミドルキック。
のはずが。
相手の横を猛烈な速度で素っ飛びながらの蹴りになった。
当然、タイミングは外れて蹴ることが出来なかった。
『はいもう一回、今度はタイミング合わせて!』
「はいっ、ぬぬぬ、そりゃっ!」
当たった! うわ爆裂して弾け飛んだ?!
結構後方、戦いの役目を終えて崩れてる骸骨剣士達の後列の辺りに着地。跳び蹴りで飛ぶ距離が異常すぎて頭が追いつかない。
足は……取りあえず汚れてはいない。あの魔導師の身体は爆散した状態なのにな。魔力のおかげか?
ともかく、戦果を確認しにいく。今も足の魔力は凄まじいが、歩こうと思えば普通に歩ける。
さっきの、きぃぃぃぃさぁぁぁぁまぁぁぁぁ、の気持ち悪い奴は、やはり原型が無い。肉塊。いや、破片。うぇっ。
『分かったかしら? これが階位1の戦い方。接近して魔力撃で問答無用に叩き潰す。ちなみにその肉、アッサスって名前みたいね』
……あれ。
賊の討伐まで全部俺、やっちゃった?
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