第32話 <side: フェリクシア> 敵の正体、イオタの出陣。
<side フェリクシア>
落ち着け、落ち着いて考えろ私。
相手兵士は、銃の弾を受けて頭が吹き飛ばされたり身体に大穴が空いたりして倒れた後、起き上がった。
兵士は、アンデッドである可能性が高い。闇魔法使いがいるのか。厄介だな……
「……将軍、改めて聞く、敵の総数はっ」
「重装歩兵30、騎兵15、魔導師隊は推定30の編成だ」
重装歩兵と騎兵には、重機関銃の弾が当たり、一度は全滅した。
魔導師隊は弾を弾く結界を張ったそうだが、初弾当たり位はあったかも知れない。被害が出たかどうかは不明だ。
どうする。
敵との距離がある内に、削り込める範囲で削り込まねば。
「将軍、敵の足だけを狙って撃てるか?」
「この距離だと、難しい注文だがねぇ。やってやれない事では無いな」
「私のタイミングで騎兵の、特に馬の脚を狙い撃ってくれ。一気になだれ込まれると厄介だ」
「そうだな。適切な指示だ、従おう」
「イオタ! 屋根に上がって、敵アンデッドの種類判別を!」
「あいよー」
庭先にいたイオタがぽーんと大使館の建物に向けて飛び上がる。
2階部分まで一歩で飛び、窓枠の細いところに足を引っかけて更に飛ぶ。イオタの身軽さは天下一品だ。
「将軍ー、望遠鏡見せてくれちゃう?」
「構わんが、引き金は引くなよ?」
屋根の上の声がよく聞こえる。まぁ、たかが2階の建物の屋根だからな、聞こえるのは普通か。
イオタは望遠鏡、と言っているが、銃にひっついているアレは、スコープという単眼鏡らしい。ご主人様が言っていた。
「ありゃ、見事にアンデッドじゃん。あれ、あれれ? おかしいな……」
「どうした、イオタ嬢ちゃん」
「いやね将軍、闇魔法でアンデッドを生むと、あそこまで損壊するとさすがに止まるんよ。頭ないじゃん、アレなんて」
「そうだな、騎兵の頭は2つ3つ吹き飛ばしたからな」
「そのどいつも、また背筋伸ばして馬乗ってるし。馬も制御出来てるし。あーこれ勝ち目無いかも、ちょっとアルファー」
屋根から声が掛かる。見上げると、屋根の端にイオタが顔だけひょこっと出していた。
「これ勝てんかも知れない。あのアンデッド、純粋魔族系列が関わってる本物のアンデッドだわ」
「何? ちょっと待て、それは本当か? 魔族領からここまで相当距離がある、アンデッドでは移動も厳しいだろう」
「んー、アンデッドを箱詰めにして輸送したか、寄生型の魔物にオーフェンでアンデッド化されたか、のどちらかかな」
「箱詰めはあり得ないとして、寄生型の魔物とは? 魔物に寄生されたとして、どうなるんだ?」
「寄生されるとほどなく仮死状態になる。その後でその寄生生物が脳を乗っ取って、対象を操る。寄生生物は虫型が多いから、もしかするともうこっち来てるかも」
「なっ、い、イフリート!!」
私の声に、イフリートは素早く反応してくれた。目の前に膝を付いて現れた。
声自体が届く距離ではないので、意志に反応するなどなのだろう。
「お呼びになりましたか、ご主人様」
「敵隊列の付近の虫、今この大使館にいる虫、大使館に近寄る虫の全てを、完全に焼き殺せる炎で焼け!」
「お安い御用です、はっ!」
パパパッと明るく光る火の玉が、大使館の『土地の内側』で光った。
その光は帯のように連鎖して外の方へ燃えていき、敵本陣がいるであろう辺りまで、炎の帯が出来た。
「随分と虫が多うございますな、ご主人様」
「どうやら虫と言えど虫ではないらしい。魔族の虫との事だ」
「魔族、でございますか。虫型魔族は厄介ですな、人間からですと小さくて見えづらく、羽ばたく物であれば捕らえるのも屠るのも厳しい」
「うむ。今のイフリートの一撃で、表だって出ていた虫共は消し炭に出来たが……イフリート、魔族の虫の侵入は探知出来るか?」
「はい、お手の物にございます。いっそ大精霊結界を張ってしまいましょう。半径1クーレム程度と戦域の半分以下しか範囲はございませんが、その内側に魔族は決して入れず、万が一押し入れば消滅します」
「それは助かる、直ちにやってくれ。将軍! イフリートの補助攻撃に呼応して、敵の移動手段を制圧! 特に騎兵、馬の脚は可能なら全て吹き飛ばせ!」
「おうよっ!」
ガチャン、と音がする。あの音は、また100連装の弾を銃にセットした音だ。
耳を塞ぎつつ、イフリートに向けて頷いた。
イフリートは頷くと、手を大きく開いて上向きにし、顔も上を向いた。
「 [大精霊イフリートの名に於いて、この土地に至りし穢れたる者共の生存を禁ずる] 」
言い終わったと同時に、イフリートから光のヴェールの様な物が膨らんだ。
私も壁も門も大使館の建物も素通しに通り抜けて広がっていく光のヴェールは、最後は雲散する様に消えた。
「ご主人様。これで大使館より1クーレムの範囲の魔族は死滅致しました。虫型魔族の心配もございません」
「よし、よくやった! 将軍! 敵騎兵を!」
「待ってたぜぇ、死の弾を喰らいな外道共!」
し、将軍のノリが凄いな。
いつもの穏やかでどっしりした重みのある人格から、野盗の親玉みたいな言葉遣いに変わっている。
銃というのは、人が変わるタイプの代物なのか?
と考えているとガカガッと始まった。耳塞いでいても、頭にガンガン響く凄い音だ。
威力は申し分無いのだが、うるさすぎて同時には行動出来ないのがネックだな。
と、少しして音が止んだ。
「将軍、敵兵はどうなった!」
「騎馬隊は壊滅、但しその騎乗兵自体は2体残存だ! ん、兵の様子がおかしいぞ?!」
「何があった?!」
「さっきまで、穴だらけで動いていた重装歩兵も今の一斉射で再び全て倒れ込んだんだが、その身体から黒いもやの様な物が随分出ている。肉眼でも見えるほどだ」
黒いもや? 肉眼で見えるなら、見てみるか。
大使館の門を出て、敵兵の方を見る。確かに……黒いもや、で間違いは無い。2クーレアも距離がある話なので、どの兵士から出ているのかは掴めない。
だが、その量がとんでもない。豆粒程度にしか見えない兵士達より、もやの方が圧倒的に大規模だ。兵達の上空を埋め尽くさんばかりだ。
「まっず!! アルファ、中入って! デルタ、土地の四方に隙間の無い10レムの高さの壁立てて!!」
屋根の上から指示が飛ぶ。振り返ると、イオタが真っ青な顔をして黒いもやを。睨んでいた。
闇魔法の最高位が「まずい」という状態、よほどまずいんだろう。私は急いで門の中に入った。
その直後、門の内側にゴゴゴっと音を立て、砂色の壁が立ち上がった。
「デルタ! 敵側だけもう1枚、今の壁の外側に、3倍の厚さで壁追加!」
「はぁーい、それぇ!」
地面が少し揺れる。壁の向こうの壁なので見えないが、デルタの本気の仕事にミスは無い。
と、立てたばかりの敵側壁の外から、何か音がする。火炎魔法で炙るような、ゴォーッという音だ。
「イオタ、外はどうなってるんだ」
「アレは多分[闇火炎]の系統の魔法だと思う。直撃でもしようもんなら消すのが大変過ぎる超厄介な火だから、壁で止めた」
「よくやった、だが、敵側方向に10レムもの壁が立ってしまい、大使館自体も壁で囲われている。これでは攻撃が出来ないぞ」
「これで良いんだよ、今は敵の、攻撃ターン。下手に攻防同時にするより、割り切って分けた方が安全だよ」
イオタの説明を聞いている最中も、火で炙る様な音はずっと続いている。
音が目立つほどの火炎魔法がこうも長い時間続くともなると、確かに今は防戦に徹した方が良い。
「だけど、攻撃自体出来ないって訳じゃ無いし、あたしだって黙ってないよ~?」
とイオタが2階から飛んで降りてきた。
着地をするやすぐ地面に手を付いた。目を、カッと見開いている。
闇魔法の神髄発揮、が間も無い。
私は、どうにも、あれらのビジュアルは、ダメだ。
大使館の中に避難しよう、防戦ターンだし。
私の背中で、イオタの叫びが。と共に、乾いた骨と骨がぶつかるカランカラン、ガラガラした音。
骸骨剣士はイオタの十八番だが、どうも数が……う。興味本位で振り向いて損した、壁の内側全域を埋め尽くさんばかりの骸骨剣士。
しかも剣士だけでなく、骨の馬に乗った骸骨騎士もいる。ローブを被ってるのもいるが、あれは骸骨魔導師か?
取りあえず、吐き気がするので大使館の中に入った。
「あれ? 戦い終わり?」
奥様が大使殿とお茶を飲んでみえる。大変平和で、宜しいことである。
「今は敵からの攻撃を必死に防いでいるターンだ。後は、アレだな」
と、窓を指差す。
「アレって……うひゃぁあ、何あの骨の馬?!」
「イオタの闇魔法、骸骨兵士召喚、だな。イオタは魔法名を言わないので、正式名称は私も知らない。窓の下はああいう兵士で埋め尽くされてるぞ」
「うわぁ……あたし、パニックになって味方の骨叩いちゃう自信あるわぁ……」
「私も骸骨戦士はあまり得意でないので、避難しに来た。お茶をもらえるか?」
今の戦闘の司令官はイオタだ。骸骨兵士をどう操る、なんてのは私の出来る範囲では無い。
防壁も、さすがデルタの防壁だけあり、強い火炎の様だが壁が崩れるなりきしむなり、良くない変化は無いようだ。
女神様は仰せだったそうだな、グレーディッドも私だけでは苦戦する、と。
まさに、そういう状況になったな。イオタがいなければ魔物の虫に気付けず、私がアンデッド化していたかも知れない。
デルタの厚い防御壁のおかげで、しつこく続く火炎放射攻撃も、まるで受け付けていない。
さすが女神様……この戦いの流れを読んでおみえだ。
贅沢を言うならば、相手がアンデッド化した者である事や、魔物を含む集団である事、告知しておいて欲しかったな。




