第31話 星屑の短剣、魔性のかぶりものを暴く
俺は星屑の短剣をしっかり握ったまま、構えを外し短剣を下にだらんと下げた。
「はっ、お、俺は何を」
俺は左右をキョロキョロとし、ついで自分の身体のあちこちを見た。自分でもわざとらしいとしか思えない。
「おい英雄……貴様、何のつもりだ」
「まさか……も、申し訳ありませんオーフェン王! こんなタイミングで、あろうことか発作が出てしまった様です……」
「あぁ? 発作だぁ?」
「はい。異世界からこの世界へ来てから、時折起こるんです。きっかけも分からないのですが」
「そんな事を言って、今の非礼を誤魔化そうと言う気か貴様は、あん?」
「面目次第も無いことです。が、一度発作が起こると、自分がどこにいて何をしているか、一時的に混乱をし、全く分からなくなってしまうのです」
「ほぉう。発作か。それで何故、我が愛妾に剣を向けた。返答次第では、貴様を許さぬ」
「果たして信じて頂けるかどうか……何も無い空間にて、女性の姿をした化け物に襲われたのです」
「その戯れ言を、儂に信じろと言うのだな、英雄は。良かろう、貸し一つだ。だがサリアクシュナへの詫びはどうする」
謝罪を求めてくるのは、もっともだろう。
だがこの、サリアクシュナと名乗る女は、明らかに分かって俺をはめに掛かってる。オーフェンへの誘いも含めてだろう。
俺は短剣を腰の鞘に戻し、サリアクシュナに向け膝を折り、頭を下げた。
「サリアクシュナ様、大変な無礼を働き、全く申し開きも出来ません。何をもってお詫びと出来るか分かりませんが、せめてものお詫びに、俺の出来る地球技術を用いた、最高の美容術を施術しようと思いますが、如何でしょうか」
「はぁぁ? 美容術だとぉ? サリアクシュナ、どうする。何だかんだ言って、今度は命を狙われるやも知れんぞ?」
「英雄様も、陛下も、そんなに大ごとになさらないで下さいませ……私など、お二人のお立場からすれば、斬って捨てられても何も言えない立場ですので……」
「おい英雄。今度その発作だの何だのを起こしたら、英雄だろうがローリス人だろうが構わず貴様を牢にぶち込んで、四肢を切り刻んで壺に入れて塩漬けにして、そのままローリスに送り返してやるぞ」
俺は今度は、オーフェン王の方に向き直る。もちろん片膝を折ったままだ。
「はい、陛下のお怒りは、全く、はい、ごもっともと存じます。俺の発作は、多くて1ヶ月に1度程度で、一度起こればしばらく安定致します。美容術と称して危害を加えるような事は、本当に、一切、ございません」
「ふむ……まぁ、万が一に発作が本当なのならば、ローリスもなかなか厄介者を拾った、という事だな。異世界へ渡る、という事は、それなりに副作用があるのやも知れんな」
少し嬉しそうなオーフェン王。俺が完璧では無い、というのが嬉しいのかな、逃した魚みたいなもんで。
俺は少し深めに頭を下げて、まるでオーフェン王のご理解に感謝する、様な格好をした。
「それで英雄。美容術と言うのはどういうものだ」
再び立ち上がって、さてここからは怪しまれない様にする解説ターンだ。
「光を用いるのですが、この短剣を特定の角度に傾け光を通す事で、美容効果の素晴らしい光を生み出します。後は、それを短時間、単に浴びて頂くだけです。痛くも熱くもありません」
「光を用いると言うが、光源は」
「[エンライト]の魔法を用います」
「あぁ、エンライトか。あの魔法ならば無害で安全だな。有害にする方がよっぽど難しい魔法だ。どうだサリアクシュナ、受けてみるか?」
「あの……私などが受けても、素地が素地ですのできっとその、変わりはなくがっかりされてしまうかと……」
「サリアクシュナ様、そこが地球の優れた技術なんです。肌は明るく綺麗に、透き通るような透明感とツヤが生み出され、髪はさらツヤの美髪になります。無礼を働きましたお詫びですので、是非」
「でも、その……」
「怖いか? サリアクシュナ。魔法を光源とするが、エンライトの魔法は全く安全な魔法でな。そこに釣り下がっている照明の方が危ない位だ。儂は、より美しくなったお前を見たい」
「そ、そうですか……では、英雄様、お願いします。何か私がすることはありますか?」
「割と強い光になりますので、目はしっかりつむっていて下さい。立ち位置は、俺がサリアクシュナ様の周りを一周しますので、もう少し机から離れて頂いて……はい、その位の位置で。後は、目だけしっかりつむって、リラックスなさっていて下さい」
「英雄。そんなに変わるものなのか? サリアクシュナは今でも十分に美しいぞ?」
「陛下のご期待を、良い意味で裏切る程の効果があります。是非陛下も施術中は『ただ見る』だけになさって、施術が終わってからお声がけなさって下さい。その変わりようには驚くと思います」
「自信満々だな。期待するぞ?」
「はい。ご期待下さい。では始めますので、陛下もサリアクシュナ様も、私が施術終力を言うまでは、是非見るだけに徹して、発言はお控え下さいますよう」
「まるで手品か何かの前振りだな、そんなに」
「陛下」
「あー分かった分かった、黙れば良いんだろう」
ちょっと不服そうな顔で、オーフェン王が黙ってくれた。
さあ、ここからだ。
俺はサリアクシュナから2歩程度の位置に立ち、再び星屑の短剣を抜いた。
角度を調整する。近い。俺はもう半歩下がって、刀身に全身が入るよう調整した。
「では始めます、[エンライト]!!」
カッと左手が光を放った。街灯並のエンライトに、オーフェン王はまぶしそうに目を細めている。
オーフェン王の位置からは、今俺がサリアクシュナを照らしている部分は見えない。
肝心のサリアクシュナは、美肌にも美髪にもならない。美容術なんてうそっぱちだからな。
刀身の向こうになる半面だけ、見事に『化けの皮』は剥がれた。
服から出た腕は赤黒く、爪は猛禽類の様に鋭い。髪の色も、ブラウンからパープルへと変わった。
俺は刀身をサリアクシュナに向けながら、サリアクシュナを中心にゆっくり時計回りに進み出した。
一歩、二歩。進んだ所で、俺はオーフェン王の方に顔だけ向けた。まぶしそうなオーフェン王と目が合う。
俺は光る左手はそのままに一度腰に短剣を戻し、口元に斜めに、指を重ねた。この世界での『静かに』というジェスチャーがこれだ。
怪訝そうな顔をした王だったが、頷いて応えてくれた。よしっ、全ては上手く行っている!
再び腰の短剣を取り出し、光の前にかざす。更に一歩、二歩。
あともう一歩進むと、化けの皮の剥がれがオーフェン王にもハッキリ分かる位置だ。
俺はごくりと唾を飲み込んで、足早にサリアクシュナの周りを回った。
サリアクシュナの髪色が変わったのが一番目立つ変化。次が三つ叉の尻尾。そして、角。
黒く短いが、鋭く尖った2本の角が、パープルの髪から生えてるのがハッキリ分かる。
そのままぐるりと元の位置まで戻る。
施術は完了。化けの皮を剥がす施術の、だ。
「施術は完了しました。オーフェン王……いかがです」
王は黙ったまま答えなかった。
表情は、睨み付ける様な鋭い視線をサリアクシュナに向けたまま、口を真一文字に結んでいる。
「陛下、私の肌や髪は、少しでも美しくなりましたか? それともやはり、私程度の素地ではダメでしたでしょうか」
王の眉が、ピクッと動く。そして、恐ろしく低い声で言った。
「美髪効果が大きく出ておるな。触れば分かるほどなので、頭を自分で撫でてみよ」
その声は、さっきまでのエロオヤジのそれでは無かった。ドスの利いた、低く太い声だ。俺までビビるほどだった。
「へ、陛下? 何かお気に召さない事がございましたか?」
「髪を触れてみよと言っている」
王の声はより強い調子になった。圧が凄い。
声に気圧された様子のサリアクシュナが、すっと頭に手をやった。
そして、角に触れた。
その瞬間、サリアクシュナはその目をこれでもかと言うほどに見開き、自身の赤黒い手のひらを見、その視線をオーフェン王に投げた。
「こ、これは! ち、違うんです、これはっ」
「サキュバスか。これほど人に化けるのが上手い種族ではないはずだが」
「ちぃっ、何で人化魔法が……え、英雄! てめぇ何をした!」
「えっ? 光美容術ですよ? すっきりと、全部落ちたでしょ?」
「てんめぇっ、魔王様の魔法、[エンライト]程度で落ちる訳がねぇ! 何しやがった!」
「これ、汎用反魔法の詰まった短剣。つまり、そう言うこと。オーケー?」
「なんだそのおおけえってのは、はぁ? 汎用反魔法? 何千年前の魔法だよ、今の時代に使い手なんていねぇ!」
「俺もこの短剣の来歴は知らないんだよね。けど、その魔王様とやらよりは、反魔法の方が強かったようで、何よりです」
「黙って聞いてりゃいい気になりやがってぇ……! ぶち殺す!!」
飛びかかろうとしてくるので俺は一挙に3歩、大きく後ろに飛び退いて、短剣に魔力を一気に注ぎ込んだ。
そのまましゃがんで、あくまで低く、サリアクシュナの足下を薙ぐように短剣を振るった。
「何素振りを……う? あうぎゃぁーーー!!」
魔剣の特徴。魔力を流して振れば、剣が当たらなくても斬れる波動が生まれる。
波動の切れ味は生き物に対しては未知だったが、見事にサキュバス・サリアクシュナの足首を2つとも水平に薙ぎ払った。
足が機能しなくなったサリアクシュナはその場に前のめりに倒れ込み、痛みのせいかその場で転げ回っている。
と、オーフェン王が突然、ドンドンドン、と3回、足を踏みならした。なんだ?
叫び続けるサリアクシュナの声はうるさいが、それ以上に外から重低音の『響き』が近付いてきた。
扉が、一気に開かれる。大槌を持った重装兵を先頭に、槍隊・短剣隊・杖隊が部屋になだれ込んできた。
「兵ども! 直ちにそこに転がっておる魔物の止血をせよ!」
うえっ?! 正体が分かっても、まさか洗脳されっぱなし?!
と、ともかく、俺が星屑の短剣を持っていると無用な誤解を生みかねない。短剣は鞘に収めた。
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