第29話 大使館防衛戦<side:フェリクシア>
<side フェリクシア>
ご主人様が城に出向かれてから、およそ15分が経つ。
今のところ、敵の気配もなく、かりそめの平和が続いている。
門は閉じ、そこから少し下がった所で警戒をしているが、前の道には人の気配も無い。
「お嬢ちゃん、賭けをせんかね。大金貨1枚だ」
屋根の上から声が掛かる。
見上げると、狙撃銃という名の厳つい武器を、その小さな肩に背負ったヌメルス将軍がこちらを見ていた。
ヌメルス将軍の背は、小さい。更に背も少し曲がっている。
故に、元から筒状部分の長い狙撃銃という物が、余計に随分と大きく見えてしまう。
「賭けか。乗った。何に賭けるんだ?」
「最初の敵がどっちから来るか、ってな。向かって右か左か。単純な賭けさ」
ほう? それは面白い。
単純ではあるが、お互い自分の賭けた方に全神経を向ければ良いのだから、作戦としても優秀だな。さすが将軍だ。
「では私は左に賭けよう」
「ならば私は右か。左を選んだ理由を聞いてもいいかね?」
「簡単だ。右側は開けていて道幅も広い。進軍は容易だが、あまりに見通しが良すぎる。これでは我々に『見つけて下さい』と言わんばかりだ」
「なるほどな。だがアッサス将軍とやらが謀反を大義名分として掲げ、我々を人質に取る作戦だったならどうだ? 急襲の格好になる左ルートでは、大義が立たぬのではないか?」
「ふむ。確かにそうだな。単に戦闘と考えれば、急坂ではあるが左手から一気呵成に全戦力を集中投下すべきだが、それでは卑怯者の誹りを受けることもありそうだ」
「ま、どっちから来るにせよ、一人残さず的にしてやるだけだがな。金貨は私のものになるだろう」
屋根の上で、はっはっと楽しげに笑っている。さすが老将、肝が据わっているな。
「アルファ~、庭部分の土、全域、魔力通したよぉー」
「お疲れ様。敵の火魔法を遮るには、土壁を立ててしまうのが一番手っ取り早いからな。適宜、即応を頼む」
「まっかせてぇー♪」
デルタには、今私が立っている辺りでの防御壁制御を頼んである。
普通の土では魔法発動まで若干の時間差が生まれるが、あらかじめしっかりと魔力を通しておくと、早い。瞬間で10レムにも及ぶ高い壁も立つ。
「でさ。結局あたしゃどうすればいいのさ」
イオタだ。闇魔法のスペシャリスト。アンデッドの召喚やら腐食系魔法やら、魔法のクセが強い。妨害系魔法もこなす。
「イオタには、戦闘が始まってからの活躍を頼む。今の時点で庭に骸骨騎士がいてもおかしいだろう」
「えー、警戒してますよって感じで、良いじゃん」
「良くない。あくまでここはローリスの大使館なんだ。そこに骸骨が歩いていたら、おかしな噂が立つだろう」
「むぅ。アルファは堅物」
「イオタが奔放過ぎるんだ。ただ、戦闘が始まったら、敵陣形に合わせたアンデッド隊の召喚、敵兵の妨害、特に視界を奪えれば奪ってくれ」
「分かったー。味方巻き込んだらごめんねー」
「巻き込むな」
口では色々と、イオタは言う。だが、戦闘となった時には、その軽さは消し飛ぶ。
イオタと模擬戦をすると、大抵私が骸骨剣士たちに囲まれて音を上げることになる。
普通、闇魔法で召喚出来るアンデッドは同時に数体が限界だが、イオタの限界を私は知らない。
何体でも出てくるし、叩き壊してもすぐ結合し直して攻め込んでくる。グレーディッドの名に恥じない実力者だ。
「ねーフェリクー、あたしは1階でいいの? 戦闘に参加出来ないのは間違いないけど……」
「あぁ、奥様は大使とお茶でも楽しんでいてくれ。そこまで攻め込まれたら、既にそれは負けを意味する」
「まぁ、確かにね。窓とか、大丈夫? 魔法飛んできたりしない?」
「昨晩のうちに、窓には強化魔法を掛けてある。ただそれもそこまで当てになるものではないので、窓には近付かず、テーブル近くにいてくれ」
「分かった。あたしも万が一の『時の四雫』つけたし。出来る事は特にないわよね」
「何かあれば、庭側から指示をするので、従って欲しい」
「了解!」
奥様も、既にこの雰囲気に飲まれていらっしゃるようで、少し興奮気味の声をしている。
今回の敵兵は、正規軍の一部。当然練度も野盗とは訳が違う。奥様の魔法では、正直戦いにはならない。
その時。突然頭の上でズダーンと耳をつんざく破裂音がした。
「大金貨はもらったぞ。敵は右だ」
「将軍、今の一発で誰か仕留めたのか?」
屋根を見上げる。将軍が片手で肩に抱えて持ち上げている狙撃銃の先端から、わずかに魔力が漂っているのが分かる。
「敵の騎兵隊の先頭に、一発ぶち込んでやったさ。馬ぁ撃っても良かったが、馬に罪は無いしな」
「敵の距離は分かるか将軍」
「概ね、2クーレム半、といったところか。狙撃銃の射程ギリギリの距離だ。どうする、ここから更に銃撃で削り込むかい?」
「いや、一旦敵の動きを見たい。退却はしてくれないだろうが、私たちへの敵意が明確かどうか、確認が必要だ」
「はは、敵意の確認の前にこっちの狙撃で一人やっちまったがな。まあ司令官殿に従おう」
ふむ。確かに先手を意識はしていたが、あまりに早すぎたか?
まぁ、2クーレム以上飛ぶ『弾』とやらは、矢と違って視認も出来ないので、敵兵は何にやられたのかも分からないだろう。
「それで、敵兵は?」
「そのまま進軍してくるねぇ。最前列に重装歩兵、その後ろに騎兵隊、更に奥は恐らく魔導師隊だろう」
「アッサス将軍は識別出来るか」
「いや、旗頭か目立つ兵士がいればその近くをまず見るんだが、完全装備の重装歩兵以外は服装もまちまちで統一性も無い。大義の掛かった謀反というより、単なる反乱にしか見えんな」
「そうか。賭けには負けたが、戦線では負けないぞ」
「おぉ、司令官殿も乗り気だねぇ。いっそイフリートとやらを打ち込んだらどうだ。最大火力の魔法なんだろう?」
「まだ敵意が、いや、そうか……今のうちにイフリートの召喚だけ済ましておこう」
大魔法イフリートは、少し時間が掛かる。乱戦になったら、呼び出している暇は無い。
手を伸ばし、頭に明確に浮かぶ魔法陣に、体内から魔力を流す。意識の中の魔法陣は光り輝き、それと同じ物が、パッと目の前に現れる。
二重円の外寄りと内側で逆回転をする円陣魔法陣。更にそこに魔力を流す。
「魔力を抑え、人並みの大きさで顕現せよ。[イフリート]!」
魔法陣の中心から光の柱が、人の背の高さほど立つ。この高さなら、大使館の塀より低い。気付かれはしないだろう。
現れたイフリートは、私の方を向き膝を折っている。
「イフリート。呼び出しておいてすまないが、一時待機だ。敵らしき集団は来ているが、敵かどうか明確でない」
「待機の旨、承知致しました。何でしたら、私が敵兵そばまで行き、敵かどうか確認して参りましょうか」
「何? どういう事だ、イフリート」
「この身は人型を取っておりますが精霊にございます。剣であれ魔法であれ、受けて傷ついた様は再現出来ますが、本質的に傷を負う事はございません。偵察兵としての適性もあるかと」
「なるほど。ならば、その門から出て右へと進み、あちらから来ている軍の集団と接触、敵の大将との対話を求めてみてくれ。大使館武官を名乗ってくれ」
「仮に敵大将と接触が叶いましたら、如何にしましょう」
「ローリス国、または大使館への攻撃の意志の有無を問い質して欲しい。こちらから先制する必要は無い。但し雑兵が迫るようであれば蹴散らしてしまってくれ」
「かしこまりました。では行って参ります」
イフリートは深く頭を下げると立ち上がり、門から出て行った。
「ほう。火の精霊が、偵察か。物々しいねぇ」
「将軍、悪いが進捗を教えてくれるか? 2クーレア先の出来事は、裸眼では全く見分けられない」
「あぁ構わんよ。狙撃用だが、可変倍率望遠だ。イフリートをマークし、随時伝えよう」
と、将軍の姿がふと消える。狙撃銃の使用時は、将軍曰く伏せるのが最も良いそうだ。
今は銃は撃たない時だが、2クーレア先の望遠ともなると、安定させないとブレてしまうのだろう。
「イフリートが集団先頭に接触。重装歩兵は抜剣し、半円で取り囲んでいるぞ」
「ふむ。そこから何処まで奥へ行けるか、だな。大使館事務員を名乗る者に剣を抜いたのなら、敵意はあるとしても良いか」
「重装歩兵隊が道を空けた。進んでいるが……背後の退路を断たれただけだな、あれでは」
「まぁ、切られて死ぬ訳でもなさそうな上、イフリートが少し力を出せば、オーフェンごと消し炭だからな。退路を断たれても別段だ」
「オーフェンごと消し炭か、そいつぁ強いな。強いが使いづらい。高火力魔法は火災の元だしな。おっ? 騎兵の一人と話しているぞ」
アッサス将軍との接触に成功したか?
それこそ、そのまま兵を退くなり、または目標をオーフェン城に変えてくれるなりすれば、死者も少なくて済むのだが。
「あーあ、イフリートが斬られたぞその騎兵に。苦しげにするのが上手い精霊だなぁ」
「……本当に痛い・苦しいは、あるかも知れないぞ? 死なない・消滅しないだけで」
「どうだろうな、確かにかなり深く斬られてるが、出血してない。苦しそうにはしているが、まるで出血しないのはなぁ」
「確かに不自然ではあるな。とは言え、敵意があるのが明白になった。後は、今接触している相手がアッサス将軍かどうか、か」
「アッサス将軍とやらの風体が分かるなら、倍率を上げて顔を見てみるが」
「残念ながら名前しか分からない。手配書でも出しておいてくれれば良かったんだが」
敵を知らない、というのはまずかったな。
大使なら分かるかも知れないが、大使に屋根を登ってもらって確認する危険を冒すなら、単に全滅させた後で大使に見てもらった方が良い。
「どうする? このままイフリートを観察していても、戦況に良い影響は無い。重機関銃で先頭だけでも一掃しておくか?」
「ん? 狙撃銃でないと届かないのではないのか?」
「使ってる弾が共通だからな、最大距離は大差ない。ただ、重機関銃だと着弾を目視で追わないといけないが、敵兵はまとまっている。良い的だ」
「では、敵兵にいくらか撃ち込んでくれ。イフリートに当たっても問題はないから、多少奥の兵も狙って、倒してくれて構わない」
「おうよ。連発弾丸は一巻き100発だ。後方まで直線上に、ど真ん中をぶち抜いてやろう」
連発銃の方は、狙撃銃の比でなく音が酷い。昨日の試射では、耳が壊れるところだった。
私は耳に指を突っ込み、口を開いた。爆発魔法などを使う時の防御態勢だ。
と、ドガガガガガッと耳がやられそうな音が屋根から飛んでくる。
よくヌメルス将軍は何もせずあの銃を撃てる。私が撃ったら、2、3発撃ったところで耳が痛くて倒れるぞ。
その後も、断続的にもの凄い銃声が轟く。見えないから現実味は無いが、敵兵がバタバタ死んでいる事だろう。
フルプレートアーマーだろうがタワーシールドだろうが、鉄板級の板を6枚も貫通する弾にはまるで太刀打ち出来まい。
しかし、機械化兵団は、何故解体されたんだ?
主力兵器として歩兵がもう少し小さな『銃』で武装すれば、それこそ世界征服だって出来ただろう。
国王陛下にそれだけの先見の明が無いとは、正直思いたくはない。だが、この銃の威力を目の当たりにすると、そう思えてしまう。
「重装歩兵、騎兵はほぼ全滅させた。後ろの魔導師隊は、最初の銃撃以降結界を張った。かなり厚い結界らしく、弾が弾かれた」
「弾が弾かれた? いくら距離があるとは言え、銃の弾を弾ける程の結界師がいるのか。だったら何故、騎兵隊・歩兵隊を撃たせるままにしていたんだ?」
「いや待て、なんだ、これはどういう事だぁ?!」
「ヌメルス将軍、どうなされた。何か異常事態か?」
「異常も異常だ……倒れた全ての兵が、起き上がった。頭の無い奴、胸に大穴が空いてて向こうが見える様な奴まで含めて、全員だ」
なっ?!
敵は、アンデッド部隊、なのか?!




