第15話 生活者ギルドでのんびりする予定だったのだが、俺自身が超ゲスなことにショックで溜息。
そこ座ってね、と言われて俺は講習室の大きな机にある丸いすに座った。
「これが重いのよ、ねっと……さ、これであなたの魔法属性のチェックをしまーす」
と、ニコッと笑顔。キレイで可愛すぎて拷問……。
アリアさんは机の上に大きなお弁当箱くらいの大きさの、木製の箱のような物を置いた。
「コレ、手のひらの形に大体へこんでるでしょ? これに沿って、左手を置いてね」
言われるままに、左手を置く。すると、何回か見たウィンドウがその上に現れる。
「えーと……あれ、おかしいわね、文字化け?」
文字化け、という言葉に俺はドキッとした。
今このウィンドウの文字は、俺は読める。即ち日本語表記になっている。
この世界は言語が統一されているようだから、「俺の田舎の言葉でー」なんて言い訳も通用しない。
どうしよう……とドキドキしていると、
「たまに文字化けするのよねコレ。もっと精度良いの欲しいんだけど、魔道具は高いから予算がねぇ……」
と、アリアさんは箱を持って裏返した。
そこには、歯車で切り替えが出来るスイッチと、何かの文字の表記があった。
アリアさんはその歯車を回した。カチッ、カチッ、カチッと3つ音を鳴らして、よーしと言った。
「これで大丈夫なはずよ、もう一回手を載せてくれる?」
「はい。因みにその、今のスイッチみたいなのは?」
「あー今の? 言語を指定したの。普段は自動設定で良いんだけど、時折ある上手く行かない時は、手動で設定するのよ。今は大陸共通語に固定してあるわ」
再び浮かんだウィンドウ。今度は読めない文字が並ぶ。それと共に、一部文字がグレーに塗られている部分があった。
見る角度を工夫して真っ正面からだと見えるが、それ以外の角度からだとグレーが黒になって読めない。
「今シューッヘ君が見てるそこはね、プライバシーデータの部分なの。
一般に、他人に知られたくない情報、例えば病歴とか、種族とか、血族とか。
そういった情報はギルドの人間は見られないように、黒塗りになるの」
俺は思わず、へぇー、と間抜けな声をあげてしまった。
プライバシーという観念があるところが、既に現代日本と肩を並べる意識の高さだ。
「たまに、紙の上の文字は読めても、魔法ウィンドウの文字は読めないよーって人がいるんだけど、シューッヘ君は?」
「お、俺も読めないです」
「そうなのね、じゃ私の方で、ちょっと工夫してみせるわね。これも生活魔法よ」
と、アリアさんは机にあった白い紙を手にし、中空に浮かぶウィンドウに重なるようにして持った。
そして、ハッキリ口調とゆっくりリズムで、
[トップ・ウィンドウ・ドロップ]
と、魔法名らしい詠唱をした。そしてウィンドウのところから紙を外すと、ウィンドウの文字がしっかりその紙に転写されていた。
プライバシーデータと言われたところは、真っ黒になっている。
「はーい、これなら読めるわよね?」
と、差し出される。相変わらずの謎理論だが、文字ひと文字ひと文字は読めないが、何故か意味は摑める。
「はい、読めます」
「これがあなたのステータス。特に魔法関連のステータス、なん、だけど……」
「え、あれ……なにか、ありましたか?」
「うん。凄い珍しいケースだと思う。ここ見て」
と、アリアさんが指差す。そこには、「全属性初級」と書かれているのが読めた。
「普通はね、ここには、使える属性が列挙されるの。1属性につき1行。
けれど、こんな感じで『まとめて全部』みたいに1行で書かれてるのは、あたし初めて見たわ」
「そう、なんです、か。あの、何かこれだと、マズいとか、良くないとか……」
「シューッヘ君は、とっても心配性なのね」
アリアさんが苦笑いな顔をしてクスッと笑った。
「オーフェンの事は良く知らないんだけど、この国では、色んな人がいて当たり前で、そんな色んな人たちがそれぞれに、それぞれが感じる幸せを摑めると良いねって考え方が、あたしたち庶民の一般的な考えね。
シューッヘ君みたいな貴族様だと違うのかも知れないけれど」
貴族と言われた事に俺はハッとして、表情が凍った。
何故バレた?
ステータスウィンドウの写しには、そんな情報は無かったのに。
「あっ……ごめんなさいあたし……」
アリアさんは両手で口を覆った。俺と同じかも知れない、表情は凍り付いている。
多分、わずかな時間だったのだろう。どちらも、一言も発しない。長く感じられた時間だった。
「あ、あのシューッヘ君……いえあの、シューッヘ様」
「え、えぇ?」
目の前の女性が俺を呼び変えた。
さっきまでの、フレンドリーな「くん付け」から、いきなり「様」だ。
アリアさんの様子も、恐縮しているのか緊張しているのか分からないが、落ち着かない。
視線は俺の視線を避ける様に床に逃げてしまうし、唇は震えている様にも見える。
と、アリアさんが黙って、俺の衣服のポケットに刺しゅうされたワンポイントを指差した。
「その刺しゅう……王宮出入りの通行紋……。通行証として、書類とかで、持ってる人なら……でも衣服にこれ付けてるのって、王族か、貴族でも上級貴族、もしくは貴族位を持った官僚だけで……」
途中つっかえつっかえ、言った。指差した本人の顔色が、どんどん悪くなっていく。
「あ、あのっ、死罪だけは勘弁して下さい! うち母が病気で、お薬を買うお金を稼ぐ人が必要でっ」
「し、死罪?」
「はい、死罪でないなら、どんな罰でもお受けしますので、どうか死罪だけは!」
必死に頭を下げているアリアさん。
何か、俺の中でガラガラっと音を立てて、何かが崩れた気がした。
「俺、その……まだこの国の貴族じゃないですし、えぇ? な、なんで死罪なんて?」
「あぁぁ……オーフェンの貴族様ですか……? お願いです、殺さないで……」
終いには泣き出し、床に頭を擦り付けるようにして必死に懇願するアリアさん。
俺の方が何が何だか分からない。
日本の江戸時代では、大名行列を横切っただけで死罪というか、一刀両断にされたと聞く。
それ並に、何に触れたのか分からないが、アリアさんは貴族的に死罪をとか言うルールに触れたの??
まるで分からない。けれど、目の前で一人の女性が、死罪だけはと懇願している。
死罪だけは……か。
……
…………。
いや。あー……。
俺が最低だわ。
寧ろ俺が死んだ方が良い。
「あの俺……大丈夫、です。実はオーフェンの人間でもなくて、もっと別の所から来たんです。
貴族じゃないですし、多分正式な国民でもないと思います、俺自身よく分かってないんですが」
俺は、精一杯暗くならない様に気をつけながら、言葉も選びつつ、アリアさんに声を掛けた。
が、アリアさんは怯えきっており、手をぎゅっと組んで、床に頭をこすりつける様にしながら、小声で言っている。
死にたくない
殺さないで
と。
繰り返し。繰り返し。
俺はもうなんと声を掛ければ良いか分からなくなって、天を仰いだ。
すると、カタカタ歯が鳴る音と震える声で、アリアさんが言った。
「シューッヘ様……ヒューさんを、お呼び、します。あたし、どんなことでもしますから……
死罪だけは、どうか死罪だけは、堪忍してください……」
涙声で訴えるアリアさんは、床にへたりこんだまま両手を中空に掲げた。
[我が火急なる求めに応じ自然の摂理を超越せよ
求めしは、ヒュー・ウェーリタス。かの者に我が思いの火急なるを届けるべし]
と、中空に向けて言い放った。
「今、ヒューさんを呼び出す魔法を使いました。すぐ来てくれるはずです……」
「……ありがとうございます」
アリアさんは魔法の後で立ち上がったものの、棒立ちと言うか、固まる様に立っている。
さっきの小さな声が……俺の耳の中にずっと響いている。
死にたくない
殺さないで
俺も、椅子に座ったまま視線は床だ。
と、バンっと音を立てて、ついさっき入ってきた扉が開いた。
「シューッヘ様! 大事ございませんか?!」
ヒューさんだ。
「……ヒューさん」
「あたしが悪いんです! シューッヘ様の貴族位を、本人が望んでないのに得意げに指摘して、気分を害させてしまって」
「んん? アリアがどうしてシューッヘ様の……あぁ! 胸の紋か!」
「そうなの、ヒューさん。見た事あったから、つい得意げに……」
「なんと……アリア、お前ならばと思ったのだがな」
ヒューさんがとても渋い顔をし視線を落としつつ、その顔をブンブンと左右に振った。
「シューッヘ様。ご不快な思いをされたでしょう。いかがなさいますか」
「いかがって……どういうこと?」
ヒューさんが片膝を折って俺の前に座した。
「この国に、差別はそうございませんが立場による峻別はございます。貴族位どころではないシューッヘ様のお立場故、シューッヘ様のご気分を無駄に害する者には、シューッヘ様は罰を与える正当な権利がございます」
「罰って……俺確かにびっくりしましたけど、気分を害してもいないですよ?」
「いえ。そこもそうなのですが、シューッヘ様の衣服の紋。こちらは、アリアがどう言ったか分かりませぬが、貴族位以上の者がお忍びで街に出たい時に、『貴族として接するな』と禁じる意味を持つ紋でございます。アリアはその禁も破っておりまする」
ヒューさんの目は本気だ。怒りすら籠もっていそうな、険しい目だ。
俺のため息は更に深くなった。俺、さっき一瞬思ったよね。アリアさんのことをって。
「ヒューさん、俺自身、そんな紋の意味とかも知らなかったんですから、罰を与えるとかあり得ないですよ」
「そうは参りません。この紋の意味を覆す者には、被害を受けられた貴族位の方が任意に罰を選んで処する事が出来ます。出来ますと申しますが、実際にはそのようにして頂かねば、貴族と平民の括りに穴を開けることになります故」
異世界。
権力。
貴族。
やっぱり、日本とは、あの世界とは、全然違う世界なんだな、ここって。
罰を与えられると聞いて、俺が一瞬思った事。
一晩俺の自由になれぇ、みたいな。物語に出てくる最低最悪な、大抵討伐される側の貴族の思考。
俺は、そんな腐りきった俺自身の性根が、とてつもなく嫌だった。いっそ正義の味方に討伐されて死にたい。
ちょっと力と地位を手に入れた、しかも単に女神様からもらったってだけなのに、偉そうに……
「罰は、無いです。それより今日は、もう俺、休みたいです」
「左様にございますか。では王宮の名で、適宜罰しておきます故、シューッヘ様は」
「いや、本当に。アリアさんを罰しないで下さい。俺、そういう貴族にはなりたくないんで……」
「うむむ……されど、この国のしきたりとして」
「本当にやめて下さい! 俺、もう帰ります」
俺は立ち上がった。気持ちは泥のように重く、気のせいか目の前は灰色な感じがした。
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