第28話 オーフェン王、現る。
扉はいきなりザザァッと絨毯を擦る音と共に開いた。そこには、オーフェン王がいた。
俺は急いで立ち上がり、その顔をしっかり見据えて、
「オーフェン王陛下、この度は会談の機会を設けて頂き」
「あぁあぁ、まぁそう言う形式ばったものは構わん。どうだ、良い景色だろう」
景色どころでは無い。さっきまで「緊張しないかな?」なんて思っていたが、いざ国王を目の前にすると動悸が激しい。
「景色すら楽しめぬ、か。それで本当に英雄なのか? ローリスに担ぎ上げられた偽物じゃないのか、おい」
いきなりの言葉にしては随分酷い物言いだ。俺は、咳払い一つ吐いた後、少し落ち着いた頭で応える。
「景色は先ほどからお待ちしている時に楽しんでいましたので。あの森は、全てオーフェン直轄の領地ですか?」
「ほう、質問を返すだけの余裕があったか。そうだ、あの森は直轄地だ」
言いながら、国王が椅子にどさりと腰掛けた。相変わらずの、チビデブハゲの三重苦。椅子から足浮いてるんじゃないか?
「おい英雄。儂とのサシの会談に、武器を持ち込むとは良い度胸だな」
「武器? なんか持ってましたか俺」
「あぁ? 腰のその、装飾過多の短剣は武器では無いとでも言うのか?」
「これは、水晶の装飾剣です。とある方から、英雄の印として持つと良いと言われていて、常に身につけているんですよ」
「水晶か。それじゃ脆すぎて、武器にもなんにもならんな。念のため、刀身を見せてもらって良いか? その場で構わん」
俺は頷き、腰から短剣をゆっくり抜いた。
「一応刃は付いているのか。まぁ何を切っても水晶では欠けるからな、確かに装飾品に過ぎんな」
「ええ、常に身につけている物でしたので、ついそのままでした。もし非礼に当たりましたらお許しを」
「まぁいいさ、英雄。才能も力も無いお前だ、飾りぐらい欲しいだろう。で、ローリスにどうやって取り入ったんだ? 鑑定しても何の実力も無かったお前が」
と、ドアがノックされる。
「お茶をお持ちしました」
2名の兵士さんが、四角い銀盆に乗せてティーカップを運んでくる。横の小皿には、クッキーも載っていた。
「御苦労。お前達は下の階に控えておれよ?」
「はっ。事前に仰せの通りにさせて頂きます、失礼致します」
お茶を置いた兵士さんらが扉から出て、重そうな扉がズズ、ズッと閉じられた。
「で、だ。英雄様のシューッヘ殿よ、お前の成功の秘訣はなんだ? 子爵だそうだな。あの堅物王の靴でも舐めたか?」
ひひっ、と気味の悪い笑い方でもって王が嗤う。
いやー……ここまで歴然と馬鹿にされ続けると、腹すら立たないもんだな。
まずは何処から『自慢』してやろうかな。
「国王陛下。俺は確かに大した仕事はしてません。せいぜい、魔導水晶を新たに掘り出した程度です、この位の」
と、手であの魔導水晶のサイズを示す。国王の目がピクッと動く。
「……ホラを吹くにしても、大ボラを吹けば誤魔化せる、というものでも無いぞ」
「いえホラでもウソでも無く。仲間3人と協力してですので、俺一人の功績って訳でもないですけども」
「魔導水晶……ローリスの南に、廃鉱脈があったな。掘り出したというのは、そこからか?」
「大体そこらへんです。正確な場所は、まぁさすがに国家機密という事で」
おっ。王が苛ついてるのが、表情で分かる。
口元がピクピクして、顔が赤身を増してきた。
「魔導水晶は、掘り尽くしたと言われている。新たに掘ったのなら、世界的発見だ。もし掘り出したと言い張るなら聞こう。どう掘りだした?」
「魔法で、ですね。魔導水晶は物理的に脆くて、ちょっと引っかけただけで欠ける位、というか運んでる最中に実際欠けちゃったりもしたんですけど、魔法では傷つかないと仲間に聞いたので、協力して魔法だけで掘りました」
「ふむ……だがしかし、それは本当に魔導水晶なのか? 水晶と魔導水晶、姿は殆ど同じだ。どうせ水晶でした、というオチだろう」
「いやーそれが、ちょっとした事件がありまして」
「事件だぁ?」
「ええ。同じように疑った近衛兵長がいまして。魔導水晶を持ってる俺の仲間に向けて、魔剣を振るったんですよ。そしたら、魔剣の波動が魔導水晶の前で消滅しまして。水晶じゃ、そうは行かないですからねぇ」
「……なるほど、事件だな。それが本当ならば、だがな」
「本当ですよ? ただ、死人に口なし、と俺の元いた世界では言いますが、その近衛兵長は結局魔導水晶への疑いを持ち続けたせいもあってか、あろうことか我らが陛下にその魔剣を振るったため、俺が陛下をお守りした上で、俺が、兵長を殺しました」
自慢を自慢をと考えていたら、つい俺が俺が言ってしまった。なんか格好悪いな。
「なに? お前のその、何の取り柄も無いようなステータスと力とで、人を殺せたというのか?」
「はぁ、まぁ。あまり人殺しを誇るものでもありませんが、オーフェンからローリスへの移動中にも、30人程度規模の野盗を殲滅もしてますよ」
俺は出来るだけ飄々と、何も意識してない様を装って話した。
聞いてる王の方は、さっきから赤くなったと思ったら今度は青くなっている。
そりゃまぁそうか。近衛兵の長を殺せる人間が目の前にいれば、そういう反応にはなるかも知れない。警備兵まで下げちゃってるんだし。
「英雄。真ならばお前その力、オーフェンで発揮せぬか? 砂漠の入口にある田舎国のローリスでは、何かと不便だろう」
うわ一転、手のひら返しもいいとこだな。懐柔策に来たか?
「俺は、愛国心かは分かりませんがローリスの事を結構気に入っているんで、オーフェンで英雄する気は無いです、すいません」
「もしお前がオーフェンに来てくれたならば、20万枚の大金貨をやろう。引っ越すだけで20万枚だぞ?」
「何だかせこいですね。俺、ローリス王から『毎年40万枚の大金貨』で遇されてますよ? 今年分はもう頂いてあって、あまりに大量で重くてびっくりしましたけど」
「せ、せこいだと?! しかし、40万枚、か……魔導水晶の事が本当ならば、その位は出しても……」
王は顎に手をやり、なんかブツブツ言い出した。計算でもしてるのか? まぁとは言え、ウソなんだが。4,000枚だ、事実は。
でも、60万枚もらおうと100万枚もらおうと、移住する気はないだけどなぁ。そもそも4,000枚で既に使い切れてないし。
「ローリス王の待遇から、お前の言葉は真実であると信ずるに足ると分かった。子爵にポンと40万枚も出すとはな……よほど気に入っているらしいな、お前の事を」
「俺が言うのもなんですが、王様からはとてもごひいきにして頂いてます。結婚祝いにはエリクサーとマギ・エリクサーのセットを頂いたりとか」
「あぁん?! ちょっとお前、もう一度言って見ろ、なんだって? マギ・エリクサーを、個人に与えたと言うのか?!」
「はぁ。俺も価値はよく知りませんが、魔法使った時とかに1滴含むだけで元気になれるので、凄い苦いのだけはアレなんですが、重宝してますよ」
「……それも本当の様だな。マギ・エリクサーが苦い、と知ってるのは、使った事がある人間か、伝聞で聞いた者だけだ」
「まぁ、そうでしょうね、味の問題ですし」
「マギ・エリクサーか……当然、それを譲ってくれようなんて事は、ないよな?」
「さすがに無いですね。王様からのお祝い品を売り飛ばす様な恩知らずなマネは出来ません」
う、ぷぷ……オーフェン王の顔が、真っ赤、実に真っ赤。
恩知らずなマネとか言っちゃったから、怒り心頭なんだろうな、まぁ馬鹿にされた仕返しは出来たな。
ま、国王陛下との戯れもこの辺りにしておこう。
「ところで国王陛下。今回オーフェンに入り、各所から不穏な話が耳に入っています。軍の将軍が離反なさったとか……」
ちょっと虚を突かれた様に、国王は目を見開いた。
「それは内政の問題だ。ローリスの人間に関係ある事では無い」
「まぁ確かにそうなんですが、関係無い話でもないとの『予言』が、女神様から為されていまして」
「女神様だと? 貴様に神官の属性は無いはずだ、何故予言などと言う神託が受けられる」
怪訝な顔の国王。そりゃそうか、3種のモノクルとか言う物で全ての値は明らかにした『はず』と思ってるんだろうからな。
「女神様の御加護です。この世界に呼ばれる時には、女神様と直接お話しもしていますし」
「そうか、異世界の英雄と言うからには、その世界からここへ来る為に、神の元を辿る訳か……」
考える様に顎に手をやり、俺から視線を切る。
「そう言うことです。神託では、今こうしている内に、俺の仲間達が攻め込まれるとの事でした」
「……ちょっと待て。それではお前は、攻め込まれる事が分かった上で、儂との対談に臨んでいると?」
「そうです。対談と言っても、どんなに長くてもせいぜい2時間程度でしょうから、その間に決着まで付いているでしょう」
「待て待て。お前、女神の言う事は信じているのかいないのか。襲撃されるのであろう? 何故お前だけここにいる。腰を抜かして逃げてきたか?」
「まさか。俺は俺の仲間達を信頼しているだけです。どんなに敵が強かろうが、負けない。それだけの仲間達ですから」
俺がそこまで言うと、国王は多少不機嫌そうな顔のまま沈黙し、俺の事をじっと見た。
俺も俺で、なんかここで視線を外すのは負け、みたいに思えて、その視線に視線をぶつける。
少しの間、だったんだろう。誰も話さない沈黙を、突然の『音』が引き裂いた。
「何だ? 爆発か?」
音は1回だけ。岩盤にこだましたんだろう、音自体のとげとげしさは薄く、打ち上げ花火の破裂音に似ていた。
近くであの音を聞いた時は、耳は痛いわびっくりするわで仰天したものだ。
アレは、スナイパーライフルの単射だ。
一発必中で当ててくれてれば片が付くのも早いんだが……うちの将軍、頑張ってくれよ!
「どうやら、始まったようです。今の音は、ローリスの旧式兵器の発射音です」
「兵器だと? 入ってくる隊列に、魔導砲門などは積んでいなかったはずだ」
「砲門なんてデカい物じゃありません。この位の、細くて長い、単発銃ですよ」
「銃? それはなんだ?」
「矢じりの代わりに金属の弾を飛ばす機械、ですかね。凄いですよ、鉄板並みの硬さの、この位の厚みの板を、6枚軽々貫通するんですから」
言い終えた途端、王は青くなった。
盛ってる訳でも無い事実なんだが、鉄板6枚貫通は驚きなんだろう。
つまりアーマーもシールドもまるで役に立たないって事だ。
「アッサス将軍でしたっけ? 今の一発で、頭ぶち抜けてれば良いんですけどねー、俺としては」
「……アッサスは猛将だ。自分に向けられた武器に気付かぬ男ではない」
「向けられてるって、気付けないんですよ。2クーレムくらいは届く弾を飛ばすのが、今の音の『銃』なんで」
「に、2クーレムだと?! そ、そんな遠方からの攻撃、避けようも逃げようもないではないか!」
「はい。銃を向けられたら最後です。たださすがに2クーレムともなると当たりづらくなるんで、当たれば必殺、なんですけどね。当たれば」
と、今度は立て続けにガガガガッと鳴る。
重機関銃も使ったか。一撃必殺、って訳には行かなかったかな。
重機関銃の音は、立て続けに鳴り響く。敵部隊の接近を許しちゃったのかな。
「今の音も、その『銃』という物の音か」
「はい。今度のは連発銃で、どうでしょう、1秒に10発以上は撃てると思います」
「1秒に、10発……その、金属の、弾、か。それが連続して飛んでくるのか……これは寧ろ、反逆者に同情を禁じ得ぬな」
「もちろんこれだけじゃないですよ、ローリスの防衛部隊は。火の精霊イフリートと言うのを呼び出したり、骸骨剣士を呼び出す人も」
「待て、ちょっと待て。今、イフリート、と言ったか?」
「はい。イフリート、と言いましたが何か?」
「イフリート……そうか、女神の御業、か……」
今まで少し前のめりだった王は、ドサッと椅子の背に背中を預ける。
「なんです? イフリート、強いですけど強すぎて使いづらいですよ? オーフェンまるごと焼き払うとかなら寧ろ簡単なんでしょうけど」
「やめてくれ、冗談になっておらん。貴様……いや、英雄殿。貴殿の仲間は何者だ? 全て神の使いか何かか?」
「いえ、神の使いっぽいのは俺だけで、後は普通に強い人ですけど?」
「イフリートは……大精霊イフリートは、精霊使いの属性があってもそもそも人間には決して従わぬと聞く。ハイエルフ、かつ、最高位の精霊使いの前にのみ顕現する、と」
「いや? 普通にフェリクシアさん、あー失礼、俺の仲間の人間のメイドさんですけど、どーんって、出してましたよ? 一昨日宿場町で野盗に襲われた時に」
「野盗風情に、イフリートをぶつけたと? しかも、精霊使いは、メイド? 何なんだ一体、お前、いや、貴殿の仲間は一体なんなんだ」
「何なんだと言われても、普通に……あぁでも、メイドさんは軍の特殊部隊? みたいなのに所属してた特殊メイドさんですけど」
「なんなんだ一体……常識外れどころの話では無い、儂はこんな逸材を逃したのか、なんたる……」
王が文字通り頭を抱えた。
ふむ。まぁ『俺の戦い』はこの辺りで終幕かな。あとは何とか話をまとめて、なんとなく平和な雰囲気にして終えれば、会談成功だろう。
と。
思った時だった。
王の後ろの壁の切れ目が動いて、扉が開いた。
そこから、純朴そうなブラウンのロングヘアーの女性が、何とも心配そうな顔をして出て来た。
でも、違和感……なんで目をずっと閉じたままなんだ? 目を閉じたまま、王の椅子の背中まで歩み寄った。
誰だ。何が出来る人間だ?
そこには誰もいないはずじゃ無かったのか?
取りあえず、油断は一切出来ない、警戒モードだ。




