第26話 女神様との最終打ち合わせ ...のはずが、思わぬ問いかけを受けて困惑。
『やっぱり守護領域の中心から離れると、少し聞こえが悪いわね』
女神様に呼び掛けた第一声はそれだった。
確かに、普段は横にいるかのようにハッキリ聞こえる御声が、何だかAMラジオみたいな音質だ。
俺は、大使に許可を得て箱があった部屋に入らせてもらった。
別にやましい事ではないので、女神様とお話しをする旨を伝え、アリアさんと共に入室した。
がらんとした部屋。
窓があったので、そこを女神様の場所として定めた。
「女神様、オーフェンに入って、かなりの事が分かりました! 襲撃者の目星も付きましたし」
言葉では、少し自信ありげに言えた。けれど内心は、どういう訳か不安で一杯だ。
『そうね。未来が集束して来ているから、よほどの事が無い限り襲撃も予定通り来るわ』
「襲撃に対しての武装強化も、なんと銃が出て来たんですよっ、この世界で! これなら勝てる、と思うんです」
『でも、どこか不安そうね。大丈夫よ、敵は強いけれど、連携を上手く取って先手先手で攻めれば勝てるわ』
「それは、つまり……後手後手に回ってしまうと……」
『負ける、かも知れない。でも今の時点でその未来が具現する可能性は随分下がっているわね。人員手配してくれたローリス王に感謝しなさいね』
そ、そうか。やっぱり初期人員のフェリクシアさんだけだったらヤバかった、という事か。
デルタさん、イオタさん。それに、銃火器のヌメルス将軍。武力火力の面で行けば、相当な増強だ。
『ただあなたが不安に思うべきは不在中の大使館襲撃だけじゃないわよ? 国王との会談の事、忘れてない?』
「忘れてはいませんが……さすがに国王ともあろう者が、その場で襲いかかってくるとも思いませんし」
『あー、あんたの油断はそこね。相手が誰であろうと、最低限の警戒は外さない事。誰であろうと、ね』
女神様の、少し含みのある様な表現。オーフェン王との会談、近衛兵にでも取り押さえられるとかあるのかな。
『あんたの役目は、英雄自慢でしょ? 自慢された側としたら、嬉しくは無いわよね? そうしたら、何かしてくるかもって、その位はつながらない?』
「そ、それは確かに……」
『今の今は、国王自身安定した意識下にあるから、私もその存念は読めないし未来も分からない。けれど、一方的に自慢されるのは、あの王の性格なら、嫌がるでしょうね』
「う、うーん」
思わず唸ったところで言葉が続かなくなってしまった。
英雄自慢は、王様から言われている必須項目だ。けれどそれは、オーフェン王の気持ちを逆撫でする事になるのは、確かに間違いない。
それこそ会談の場で都合良く、オーフェン王もまた何か自慢してくれば、おあいこみたいに出来るのだけれど、それはお気楽過ぎる考えだろう。
そもそも今回のトップ会談、ローリス側かオーフェン側か、どちらが設定したか分からない。
もしオーフェン側だったのなら、自慢どころでは無くて、実務レベルで何か取り付ける目的があるのかも知れない。
俺には通用しないが、例えば俺にゴソッと賄賂を渡して、何かを決定させてしまう。国益に反する案件でも、俺が賄賂に落ちる人間であれば、利益が取れる訳だ。
幸いローリスから使い切れない程の金貨と、掘れば掘っただけ稼ぐも国に貢ぐも自由な魔導水晶鉱脈があるから、俺に賄賂は効かない。
女、という手もある。どうも防諜が効き過ぎてて情報が入っていない様だから、俺を独身だと思ってたかも知れない。
そりゃまだローリス国民になって、半年経たない程度だ。その間に結婚までしているとは思いもしないだろう、とも思う。
『そうそう。そうやって、色んなリスクを考えておきなさい。相手は生粋の商人であり、国王よ。どんな隠し球を抱えてるか分からないわよ』
「そうですね、俺が迂闊でした。ローリスの為にならない事をしてしまわない様、気をつけて頑張ります」
俺がそう言った後、少し沈黙があった。
それから、少し静かなトーンになって、女神様が仰った。
『ねぇ、シューッヘ。あなた、今のままで良いの?』
俺には、その言葉の意図が掴めず、言葉に詰まった。
ようやく少しして、何とか、絞り出す。
「今の、まま、と……仰いますと?」
『ローリスのかごの鳥。ローリス王の言うがままに動いて、ローリスの国益だけ考えて。
この世界、広いわよ? ガルニアの東には、山脈があるけどその向こうに大きな帝国だってある。
あなたの靴の原料の、ワイバーン騎士団があるサンアグレス王国とか、知ってる?』
次々、畳みかけられる様に言われ、俺はたじろいでしまって、更に答えに窮した。
『国だけじゃないわ。住んでる生き物もそう。亜人だって、オーフェンで暮らしてるのは極一部の種族。もっと本来は多彩よ。
ローリスなんて、口では亜人登用を言ってるし、宰相にドワーフを置いてもいる。けれど、ドワーフは亜人の中でも昔から人寄りの種族。えひこいきよ。
もっと魔族原種に近い生き物だって、この世界でたくさん生活してるわ。知能もあって、村もあって、特産品だってある。
そんな広い多様な世界の、ほんの極一部に、一生涯取り込まれる生活をするのがあなたの『生き直し』で、それで本当に良いの?』
うぐ……
俺の「生き直し」……
「め、女神様が、仰る事も、その、分かりはします。でも、お……俺には、アリアさんというかけがえのない伴侶も出来ました。これはきっと、日本にいたら無理だったと思います。
それにもし日本で生き続けていたら、海外旅行くらいは出来たかも知れないですけど、アジアかアメリカか、飛行機なんて便利な手段があっても、行くのはその程度で……
単一の種である『人』の間ですら、俺は上手く立ち回れなかったんです。ましてや魔族原種とか亜人とかなんて……英雄って立場があるから今は何とかなってるだけで……」
『英雄は、何処に行っても英雄よ? ローリスでも英雄だし、例えばオーフェンに移住すれば、オーフェンの爵位と領地も与えられる。
ガルニアの東にあるって言ったルドアニア帝国でも、その更に東のサンアグレス王国でもそう。爵位と領地はセットで手に入る。
だからあなたは、何処に行っても生活が出来るの。なのに、ローリスにそれ程固執……ちょっと言い方悪いわね、ローリスにこだわる必要が、あるの?』
「……ローリスには、恩があります。特に、ヒューさんに……あの時、召喚の時に、俺はもしかすると殺されていたかも知れない。
そこを、機転を利かせて俺の事を助けてくれた。ヒューさんは俺の恩人です。あの人を裏切る事は、俺には出来ない、です……」
『ヒューも随分な歳よね。いっそヒューも連れて他国に移住して、権力闘争とか関係無い田舎の領地を何処かの国からもらって、のんびり過ごしやすい余生を送らせてあげたら?』
「うぐ、な、なるほど……そういう考えもある、のか……」
と、俺の横で今まで黙っていたアリアさんが突然口を開いた。
「あの女神様っ。あたし、ローリスから出られません。母がいます。まだ入院中で病棟から出られず、最近は頭もぼやけてきてると聞いていて……」
『あー、アリアちゃん。あなたは親孝行ね。でも、親孝行な娘はなんでお見舞いの一つも行かないの?』
「そ、その、王宮の治療院から、あまり顔を出さない様に言われたので……」
『それにしたって、結婚式にすら呼んであげなかったのはなんで? 実はあなた、シューッヘちゃんがいればもう誰も要らないんじゃないの?』
「そんな事はっ……う、でも……女神様の、仰る通りかも、知れないです……治療院にいるからって言う事で、母の事は、殆ど忘れてました」
アリアさんの声のトーンが、下がりきるところまで下がった様に感じる。
確かに、結婚式だったら普通親は呼ぶよな。アリアさんからは、それに関する話は、一言も無かった。そう言えば。
『だったらもう開き直ったら? あなたのシューッヘちゃんへの思いは本物。途中で途切れる事も、燃え尽きる事もないと思うわ。
だとしたら、別にローリスにいなくたって、シューッヘちゃんの後ろについて何処へでも行けるじゃない。お母さんがネックなら、一度面会を申し出てみなさい。きっと気が変わるわよ』
「気が? それはどういう意味で……」
『もし気になるなら、実際に行動しなさい』
女神様の御言葉でぴしゃりと手を打たれた様に静まりかえった。
それからまた少しして、女神様の御声がした。
『シューッヘちゃん。何も今日明日移住しろ、なんて言うつもりは無いの。けれど、少しだけ、今後の可能性として考えてみて。
あなたがローリスに囚われている現状は、私からすると、責任を感じちゃうほど悲しいの。ここじゃない別の世界に送ってあげた方が良かったなぁって。
今回の使節団だって、その計画段階にはあなた殆ど関わらせてもらえてないでしょ? 乗せやすい神輿だから乗せてる・乗せられてる。見ていて不憫よ。
このまま行くと、シューッヘちゃんあなたは……いえ、やめとくわ。これ以上言っちゃうと、シューッヘちゃんの意志を奪う事にもなるから。
いつの日か後悔しない為にも、今の時点、まだ英雄以外の肩書きもなく、自分の子供もいない身軽な状態で、可能性を考えてみてね』
じゃ、と最後に御声が付け加わって、女神様の雰囲気は消えていった。
俺は、静かになって神々しさも消え、またがらんどうの倉庫部屋に戻ったこの部屋で、天井を見上げた。
木組みの天井。梁が通っている。建物は丈夫そうだ。襲撃にも耐えられるかも知れない、敵兵の陣容にもよるが。
国王との会談も、何かありそうだという事は分かった。けれど相変わらず、女神様は核心は教えて下さらない。
それが、決して意地悪なのではなく、俺の意志を尊重出来るようにだと言うのは、今日言われて初めて理解出来た。
「アリアさん」
「シューッヘ君……」
アリアさんの目が、困り切った子犬の様な目になっている。女神様、アリアさんには少し厳しかったからな。
「結婚式はもう終わっちゃったけど、この外遊が終わったら、女神様の言うように一度面会してきたら?」
「うん、そうする。でも、女神様の御言葉が気になるのよ……『きっと気が変わる』って、あたしがお母さんを捨てるって意味?」
「俺にもそう聞こえた。だけど、こればっかりは実際に会ってみて初めて分かる話じゃないかな。色々考えても、仕方ないと言うか……」
「……うん、そうね。ローリスに帰ったら、面会の申請を出してみるわ。それはそうとして、シューッヘ君は……どうするつもりなの?」
アリアさん、少し疲れたんだろうな。三角座りをしてるが、頬を膝に乗せて顔を傾けてこちらを見ている。
「今のところ、女神様に言われたからと言って、ローリスから離れるつもりは無いよ。せっかく良い屋敷も手に入ったんだし」
「屋敷だけ……?」
ん? なんかアリアさんが不満そう……あっ、こうか。
「もちろん、アリアさんがローリスにいる、っていうのは一番だよ。アリアさんがローリスを離れる事が無ければ、俺も離れない」
「そっか、ありがと」
「うん……フェリクシアさんも、ローリスでの『アルファ』の座に拘ってたんだから、ローリスを離れないだろうし。あれだけ働いてくれるメイドさんで、護衛もしてくれる人なんて、いないよね」
「そうよね。突然世界に羽ばたけって言われても、シューッヘ君も含めて誰も準備も気持ちの覚悟も出来てないし。でも」
「でも?」
俺の問い返しに、アリアさんは黙った。一度額を膝にこてんと当て下を向き、黙ったまま何度かの呼吸がされてから、口を開いた。
「全部条件が整って、フェリクもヒューさんも行ける、ってなったら、シューッヘ君はローリスを離れる?」
う゛。仮定の話だから、って逃げるのは簡単だけど、誠実じゃないよな。
全部の条件が整ったとして、か……今の時点じゃ、想像も付かないのが実際だよなぁ……
「うーんごめん、離れるか離れないか、俺自身も全く分からない。何だか寝て見る夢の話でもしてる様な、現実感が無い感じで」
「そっか……うん。もしシューッヘ君がローリスを離れたくなったら、あたしに言ってね。
……女神様の言うとおり、きっとあたし、何処でも場所は良いんだと思う。シューッヘ君さえいてくれれば」
頬を薄紅に染めたアリアさんが可愛くて、俺はいがぐり頭をぽんぽんした。
アリアさんは微笑みはそのままに俺の方を向いて、そしてニコッと笑ってくれた。
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