第24話 オーフェン亡国の危機の正体 ~結局俺も絡んでたという話~
激しく突き上げる様に揺れる馬車。フライスさんの操馬術(with 精霊魔法)が懐かしい。
とは言え、揺られる時間自体は短かった。大聖堂を出て、少し坂を下り、王城から少し離れた幅広い道を進み、今度は脇道に。
ここは急な坂の脇道を、馬はよっこいしょという感じでゆるゆる上がっていった。窓からは、広い庭付きの大きな建物が見えた。
馬がいなないた。
と共に、馬車が止まる。馬車に人が駆け寄るのが音で分かった。
「送迎、御苦労様です!」
若い声、元気の良い声だ。窓から見ると、ローリス軍の兵士らしい。革鎧の肩に、何処かで見た覚えのあるマークが描かれている。
光のマーク、とでも言うべきなのかな。こう、太陽の光を上下だけに絞って、円にくっつけたみたいなマークだ。まじまじ見るのは今日が初だが、どっかで見た程度には、見た記憶はある。
と、馬車の扉が開き、ローリスの兵士さんが踏み台を付けてくれた。
俺は踏み台を使って降りて、アリアさんに手を差し伸べ、身体もちょっと支えて降りてもらった。
馬車は、さっき登り坂からチラ見えしてた大きな建物の前で止まっていた。
「英雄閣下、我々は、これにて失礼致します!」
オーフェンの兵士が言う。俺はあくまで微笑みは絶やさず、頷いて応えた。
「ノガゥア卿、遠路お疲れになったのではないですか? 大使館内に、軽い食事と飲み物を用意しております、どうぞ」
おお? 珍しい、ローリスの人で髭を蓄えた人は珍しいんだが、この人は顎と口周りと、ふさふさの立派な髭がある。ブラウンの髭、ブラウンのヘアー。
俺が近くの様子を伺うついでに誰かにこの人の事を聞けないかと思っていると、ふと目が合ってしまったフェリクシアさんが一言、
「オアシス・リーネア大使閣下だ」
と教えてくれた。良かった、大使の名前を知らないではやはり失礼だし。若干遅すぎの感はあるが。
「オアシス大使閣下」
俺が呼び掛けると、
「英雄閣下、どうぞ『閣下』はお外しになって単にオアシス大使、で。それで十二分でございます。英雄閣下、如何されましたか?」
と、オアシス大使は大使館へと進んでいた歩みを止め、振り返ってくれた。
「えと、オアシス大使? ここ……建物も大きいですし庭も左右に相当広いですけど、全域が大使館なんですか?」
「はい、左様にございます。大使館、と申しましても、外交やら貿易やら、何でも屋ですからね。ローリス国の商館として、大きな商売の際に国民が使う場合もありますし、大きい方が何かと助かるのです」
フェリクシアさんがススッとオアシス大使の横に進む。
「オアシス大使。英雄ノガゥア卿と共に動くのは、夫人のアリア・ノガゥア様と、私たち護衛兼メイドの3名のみだが、今からの館内へはどの範囲まで?」
「館内へは、英雄閣下のお付きの方まででお願いしたいです。庭を目一杯使ってバーベキューが出来る様に用意はしてあるので、軍・役人の方々も、今日は楽しんで下さい」
近くの兵士の誰かが「バーベキューだっ」と驚いた様に言ったな、と思ったら、それがこだまする様に連呼されていき、最後にはうおーやったー、みたいな喜びの叫びが、兵士さん全体に広がった。
やはり兵隊さんは食べてこそか。後ろの方の馬車から降りてきた役人さんらも、こちらはリアクションは小さいが、嬉しそうな顔はしている。にんまり、という感じだ。
俺はオアシス大使の後ろを付いて、大使館の中へと進んだ。
***
「それは大変でしたな、野盗討伐は通常軍部の仕事なのですが……」
俺はここまでの道のりの話を、サンドイッチを頂きながら大使に話した。
ただ、この大使も信頼出来る人物かまだ分からないので、女神様の事、女神様の未来予知については、伏せる。
「オーフェン軍は、今それどころじゃない感じですか? セレモニー警備の兵士さえ、随分荒れている様子でした」
「なんと、そちらの部署までですか。これはいよいよ、宜しくない流れになりつつありますな……」
大使はグラスのハーブ水を口にして、それから話をし始めた。
「オーフェン軍の一部が造反し、大岩盤裏の森に逃げ込んだ。と、これだけが表向きの発表です。ただこれは、幾つもの重大な要素が抜けております」
「重大な要素?」
俺の一言に、深く頷く大使。
「まず、造反の中核は、軍の中でも上層部となる、軍閥貴族家系の猛将、アッサス将軍である事。貴族地位と軍階級のいずれも最高位に近い将軍級が造反した事は、国内には強く伏せられています。
更に問題なのは、造反の規模です。表向きな発表としては『一部』、との表現に留められていますが、実際はかなり酷い。魔導剣士隊含む精鋭部隊の半分、騎兵部隊・歩兵部隊の各1割、更に、魔導師隊の3分の1が、造反側に回っております」
……ちょっと待て、それって、軍としての機能を失うほどのロストなんじゃないの?
「そ……それだけの造反が出て、軍は、機能を維持出来ているんですか? 更なる離脱者とか、クーデターの心配とか……」
「いずれも、現実問題になりつつあったり、既に起こっていたりします。勤務地を離脱して帰ってこない者も日に日に増えており、アッサス将軍による謀反の兵が今日にも明日にも蜂起するのでは、という噂も、既に止めようが無いほどに広がっています」
うわぁ……きな臭いとかそんな次元じゃ無い。
オーフェンめ、ローリスから使節団なんて迎えてる場合じゃない状態じゃんこれ。
「オアシス大使、幾つか伺っても宜しいか?」
フェリクシアさんがスッと顔と手を出した。大使は黙って頷いた。
「そもそもこの軍の造反は、何が元凶で発生したことか? 単に待遇が悪い程度では、将軍職が精鋭部隊を巻き込んで離反する様な程の大ごとにはなるまい」
オアシス大使の手が止まり、表情に影が落ちる。
手にしていたカップはゆっくりとソーサーに戻って、大使は話し始めた。
「仰る通りです。元々軍部内での発言力の大きかったアッサス将軍は外征派で、他国への侵略戦争も必要、自国領土を増やして繁栄を、と、度々オーフェン陛下に上申をしておりました。
ただ、肝心のオーフェン陛下は、そのおつもりがまるでない。あまりに頻繁に主戦論を唱えるアッサス将軍を、軍上層部から取り除こうとなされ、一時アッサス将軍は軍の指揮権を一切失います。
不満を抱えたアッサス将軍が造反者を募り始めたのは恐らくこの辺りからと思われます。魅力のある人物でもあることから、見えない間に主戦論者のアッサス将軍派は、徐々に増えたものと。
そこへ、オーフェン王がやらかした失敗がありました。それが『英雄召喚』だったのです。これ自体はオーフェン魔法院が主導し、ある種の魔導実験の色合いを帯びていたのですが、結果は……
宝物交換で預かっていた他国の国宝を損壊し、更には英雄自体も手元に置かなかった。いわばオーフェンは失うばかりとなりました。またローリスへの最恵国待遇の確約など、完全にオーフェンの一人負けです。
これを座して見逃すアッサス将軍では無かった。すぐに政党を結党し、国王解任・斬首を掲げて政治運動を行いました。しかしオーフェン王は庶民のウケは良い方。それ故、そこはアッサス将軍の読みが外れ、『単なる過激論の危ない軍人』というレッテルが、主に庶民から貼られる形になりました。
当然それは、アッサス将軍としては面白くない話です。議会、と言ってもローリスと違い議会は国王に助言するだけの立場でしかないのですが、議会もまたアッサス将軍に背を向け、おまけに国王陛下を殺そうとする国賊、という形でもって、政治家たちに押し切られてしまった。
政治家たちとしてみれば、どのみち助言議会ですから、陛下の斬首を決議したとしても誰が遂行するんだという話なんですが、そんな輩が議会周辺をうろついていると、関係性を疑われる。既存の議員はそれを恐れ、早々に過激派としてアッサス将軍にはご退場頂こうと。そこは結託していましたね、議員たちは。
国民からも議会からも突き放されたアッサス将軍は、ついには軍に直接呼び掛け、自らの意見に賛同する者は続け、と扇動し、人を集めました。集まった軍人たちは、オーフェンの北の森へと消えました。恐らく、北回りでエルクレアに進むルートのいずれかの砦を根城にしているものと思われます。
既に、王都防衛が出来るかどうか精一杯の軍隊しか残っておらず、更には、日々増える賛同者を止める術も無い。ある意味、商人上がりの王位を維持出来るか、最大の山場を迎えたと言えるでしょう」
オアシス大使は、カップに手を伸ばした。
その手は震えていて、カップも震えてお茶がこぼれそうになっている。
「これでフェリクシアさん、攻めてくる相手はまあ決まったようなもんだね。将軍とその仲間達。魔導剣士隊ってのが得体が知れないけど、なんとかなりそうか」
「?! え、英雄閣下。オーフェン国内の状況は、今初めてお知りになったのでは? 攻めてくる、とは?」
「話すと少し長くなるんですが、必要なのでお伝えしますね」
俺は、女神様関連の話を、出来るだけ漏れの無いように、ゆっくり気をつけながら伝えた。
最初は、半信半疑な様子であった。女神様の顕現自体に懐疑的な様だった。だから俺は、その場にあった果実を一つ、ペルナ様に捧げた。果実は突然消えた。
「これが、俺と女神様のつながりです。供物の儀を経ずに、何でも受け取って頂けます。その関係性の女神様が、ウソを仰せになる事はないです」
果実の消失を目の当たりにし、それが供物の儀と同義である事を受け入れてくれてからは話が早かった。
襲撃が想定内で、更に不在時に襲撃があるという条件であれば、明日以外にはあり得ません、と、断言をした。
俺は頷き、フェリクシアさん、デルタさん、イオタさんに視線をそれぞれ向けた。
それぞれに軽く頷く。防戦、ないしは反対戦の、心の準備は万全の様だ。
「オアシス大使、兵士さんたちのバーベキューがしっかり終わった後で良いので、戦闘の下見をさせて下さい。多分この大使館も半壊くらいはします」
オアシス大使は、さすが異国の地で大使を務めるだけある。大使館半壊と、結構ショッキングな事を言ったつもりだが、目力は寧ろ増し、凜々しく引き締まっている。
「あと、一緒に来た軍部との事前打ち合わせで、一般兵は明日の襲撃時には戦闘場所から遠ざけます。無駄にやられるだけなのが目に見えているので」
「そうですな、それが宜しいでしょう。こちらの、メイド服の方々は、戦力ですか?」
「俺がいない場合では、明確な主戦力です。特にこちらのフェリクシアさんは、最大戦力でもあります。ただ、連携についてまだ詰めていないので、バーベキュー後に詰めてもらいます」
「となると、事前にお届け頂いたあの大きな重い箱類も、何かの武装なのでしょうな。さすが英雄閣下です」
「……箱?」
箱とは? 箱なんて送った覚えも無いし、箱詰めにして使う武器とかなんて、俺持ってないぞ?
「箱は、危険物扱いの刻印がありましたので、2階の一部屋にまとめて保管してございます。検分されますか?」
「いや、え? その箱って、俺らが送ったのじゃ無いですよ?」
「なんですと? すると、まさか敵の破壊工作かっ?!」
突然バンっ、と大使館の表扉が随分勢いよく開いた。小柄な白髭の老人が、そこにいた。
小柄だが、随分と派手にロックだな。スタッズが付きまくった黒い革の上下に、ハイカットブーツ。
世紀末に出てくると似合いそうな、そんな香りすらしてくる。但し、小柄な老人ではあるんだが。
「その箱は、わたしが送ったものだ」
そう言って、ずんずんその老人は近寄ってきた。
「ヌメルス老! まさか駆け付けて下さったのか!」
フェリクシアさんがその名前を大きな声で言ってのけた。
ヌメルス老。いや、ヌメルス将軍だ。
魔道具屋の店主で、元職の……なんとか兵団の団長さん。なんだっけ。
「ヌメルスさん、魔導冷庫の時以来で、お久しぶりです」
「うむ、新居は整ったかね?」
「お陰様で。ヌメルスさん、箱送ったのはあなただったんですか」
「ああ、旧・機械化魔導兵団の武器が幾らか余ってたんでね。多少は戦力になるだろうと思ってな」
「箱入りの……何です? 魔法剣とかですか? 重いって話ですし……」
そう言うと、ヌメルス老は笑った。明るく、なんてことない様に。
「機械化兵団の標準武装の『連発型据え置き式魔導砲』と、『精密攻撃用 長砲身魔導火気』を、それぞれ2門ずつな。弾もたんと送っておいた」
俺の耳には、【据え置き式魔導砲】と、【精密攻撃用 長砲身魔導火気】と聞こえた。




