第23話 国王不在の歓迎レセプション ~軍部が悪いみたいになってますけど、王様が軍の統治者では?~
「で、あるからして、こうしてローリス国の特使閣下をお迎えし両国の友好を……」
眠い。さっきから3人目の挨拶だが、とてつもなく眠くていけない。
いっそ寝てしまいたいと思うが、時折今みたいに「特使閣下は」とか入ると、会場の視線が俺に向く。だから寝ていられない。
因みに会場となった大聖堂のホールは、以前俺が呼び出された所とは違う場所だった。やっぱ魔法儀式に使う部屋とは別か。
今、挨拶というか演説をしている、ちょっとおなか周りのだらしない頭髪薄目の男性が立つところが、舞台というか壇上。学校の体育館みたいだ。
俺達ローリス勢は、2階席にいる。張り出している席に座っていて、下の着席者もよく見える。つまり逆も然りで、下の人からも俺がよく見えてしまう。
いやしかし眠い。
会場が薄暗いのもあるな。演壇の人にはスポットライトが当てられ、聖堂内全体は薄暗い。そのコントラストも眠気を誘う。
「……のこの日が、我らがオーフェンとローリスの絆を深める機会となる事に大きく期待をし、ご挨拶とさせて頂きます」
会場からパチパチと拍手が送られる。今の人なんだっけ、通商事務次官? 俺には官僚機構はよく分からん。
司会者は、次は、と言うので、俺はまだこの暇で超絶眠い挨拶責めかと思ったが、続いた言葉は予想と違った。
「国家元首代理、サイル=フォル=アルクス宰相」
名前を呼ばれたのは、さっきのサイル宰相閣下だった。そう言えば国王からの書簡を預かっていると言っていたな。
壇上に、少しゆっくりとした歩みで、杖を突きながら、サイル宰相閣下が上がる。マイクは無いが、聖堂の構造上か、音はよく響いて声も聞き取りやすい。
「この度は、ローリスより外交使節団をお迎え出来た事、両国の未来にとっても誠に喜ばしい事と、公人としても私人としても、私は思っている。
されど、この機を狙ったかどうかまでは分からぬが、軍部の一部が離反を起こした事は、オーフェンが国家として恥ずべきことである。
前々からその待遇に於いて衝突はあったが、今日の様な喜ばしい日にそれが原因となり陛下の御臨席が頂けない事態と相成った。
オーフェン王国宰相として、まずはこの不始末を、ローリス国外交使節団の皆様、とりわけ使節団長の英雄シューッヘ閣下に、深くお詫び申し上げる」
壇上から2階席に、真っ直ぐ視線が届く。サイル宰相は、片手を杖でグッと突いて、その姿勢で深々と頭を下げた。
会場の視線が俺に集まっているであろう事は想像に易かったので、俺は「心配していますよ」という様な意識を顔に表すよう心掛けつつ、軽く黙礼をした。
「オーフェン国王、エンポロス・ド・オーフェン1世陛下よりの書状を預かっている。
宛名は使節団長閣下宛ではあるが、もしお許し頂けるのであれば、オーフェンの国民の為にも、陛下の御心をここで示したく思う。
使節団長閣下、如何でありましょうか。書簡の封を切り、ここにて代読する許可は頂けまするか」
うぉぅ。言葉は、頂けまするか、とか言ってるが、これイエスしか選択肢ないやつじゃん。
俺は吹き出しそうになったが、静かに目を伏せゆっくり頭を縦に振った。
「ご許可を賜ったと、その様に解釈させて頂きます。それでは、陛下のお言葉を陛下に変わり、ここに伝える」
そう言ったサイル宰相は、その赤い服の内側から筒状の紙を取り出した。紙の巻には、ロウの封印がされている。
静かな会場に、ロウが割れるパキッという音が響く。
なるほど、ロウの封印なんて使った事ないが、割って開けるから未開封の証になるのか。異世界に来ても学びは多いな。
「では、代読をさせて頂く」
1階席の人々は、次々席を立っている。俺は、と思い横の方に座るラインさんに目をやると、手で「そのまま座ってて」とサインを送られた。
そうしてサイル宰相は、1階席に動きが無くなったのを確認するかの様にしてから、オーフェン王の書状の内容を、ハッキリとした声で語り始めた。
ローリス国 外交使節団長 並びに関係各位
今日は遠路はるばるローリスより我が国へ、代表として派遣に応じてくれた事、まず感謝の意を示す。
此度の外交交渉が双方の利益を拡大させる結果と相成り、両国の発展に寄与する事を望むものである。
現在我が国は、愚かしくも一部軍部の浅見なる者達が、衆愚を為して軍の規律を破り、統制の回復に手間取っている。
本来であれば使節団の到着を共に祝いたいところであったが、我が身は王国を背負っているが故に軽々に動けず。
やむを得ず、まずは書面にて、外交使節団長始め各位に挨拶を申し上げる。
惜しむらくは、此度の外交使節団長は我が国が召喚した英雄であるとローリスより通知を受けている。
かの英雄がどれ程まで成長を遂げたのか、この目で確かめたいと言う思いが強いが、それは晩餐会まで預ける事とする。
我らがオーフェン国と浅からぬ因縁のある者が使節団を率いている此度の外交使節団とは、良い話し合いが出来ることを期待する。
我らが主神ハイマ様の御加護が、ローリス国使節団の皆々にまで届くよう、国王として、教会の長として、祈っている。
オーフェン王国 第198代国王 エンポロス・ド・オーフェン1世
しばしの余白・沈黙の後、サイル宰相は伸ばした紙をまたくるくると巻いて筒状にし、横に黒服の人が持ってきた、小座布団みたいなのの上に置いた。
サイル宰相が、会場に向け深々と礼をする。座布団の上に載せられた書状は舞台端へと消えていった。人々は静かに着席をしていく。
オーフェンの宗教、メインはマネリア神様って聞いていたけど、主神はハイマ様なのか。身近な神様と正式な神様が違うんだな。
それに王様が教会の長とも言ったな。兼任の形式は、地球だとイギリスがそうだっけ? 違ったかな。
とか思っていたら、先ほどの小座布団を持った人が、2階席まで上がってきた。素早くフェリクシアさんが立ち塞がる。
フェリクシアさんとその人は小声で話をし、フェリクシアさんが書簡だけを受け取って俺の所へ持ってきてくれた。
俺は、取りあえず巻物になってるそれを開き、中を確認してみた。
すると、署名の後に、追伸の様に、発表されなかった言葉が添えてあった。
ローリスのものになった英雄は、如何ほどのものか?
晩餐会では形式的なものになろう。会見の日を楽しみにしておる。
おっと、これは……プチ宣戦布告だろうか。単純に好奇心とか興味じゃないのは明らかだ。喧嘩売ってる感じだな。
まぁ、如何ほどかと言われてもな……俺自身出来る事しか出来ない訳で、国益どうこうに関われる程何かに秀でてもいない。
商王オーフェン1世陛下のあの『詩のような助命の語り』を思うと、よほどの手練れなのは間違いない。
俺として出来る事は……せいぜい失言の言質を取られない様にすること、くらいかな。
とか考えていたら、聖堂に光が差し込んだ。
光を追ってみると、天井の突き上げ窓を開けたようだ。風も入ってくる。
司会が言う。
「只今から、聖歌隊による国歌斉唱になります。会場の皆様、使節団の皆様、恐れ入りますが、ご起立をお願い致します」
これは立つんだな。俺が立つと周りも立った。
舞台の左右から、白い衣装の人々が現れる。向かって右側から男性が、左側から女性が。指揮者はいないらしい。
合唱団の中から、女性がひとり、舞台の前の方に歩みを進めた。
その女性が、澄み切った声で歌い出した。
オーフェンの国歌は知らないので俺は合唱に加われないが、1階席の人たちは自然な事の様に歌っている。
チラッと横を見ると、軍務担当のスバルさんは歌っていないが、通商担当のラインさんと、国境線交渉担当のルヴァンさんは、口ずさむ程度に歌っている。
混声の斉唱は、なかなかに迫力がある。歌詞は上手く聴き取れないんだが、少し神秘的な旋律、ゆっくりしたテンポで、耳に馴染む。
国歌か。そう言えばローリスの国歌って聞いた事が無いな。国歌くらいあるだろうから、帰ったらヒューさんにでも聞いてみよう。
そうこうしているうちに国歌斉唱は終わり、それが終わりの合図だったのか、1階席の人たちはそのまま出口の方へと進み出した。
と、ガッ、ガッ、と堅い靴が石造りの階段を上がってくる音がした。さっきのギラギラ甲冑の兵士かな。
2階に現れたのは、予想通りさっき隊列を為していた兵士の一人の様だった。今は槍は持っていない。
「使節団ご一行様、ローリス国大使館まで護衛を致しますので、移動の準備をお願い致します」
ご一行様と言いながら視線は俺に向いていたので、俺は頷いて対応。
そのご一行を見ると、首をグリグリ回したり腕を伸ばしたり。退屈していたのは俺だけではないらしいが、それまだ早くない? 兵士いるよ?
俺はアリアさんと共に歩き出す。すぐに斜め前にフェリクシアさんが、後ろをデルタさんとイオタさんが固める。
これ、今もしこの兵士が敵だった、とあっても対応出来るだけの力があるパーティーだな、即席だけど。
そんな事を思いながらも、俺は先導の兵士の後ろに付けて外に出た。
外には、俺達が乗り付けたのじゃない馬車があった。儀典用みたいな、黒い箱形のボックスが付いてて、馬は2頭。2人乗りかな。
「英雄ご夫妻の馬車はこちらになります。護衛の方は、別の馬車に」
「いや、徒歩で横に付けるから馬車は要らない」
「いえですが、護衛の方にはあちらの馬車に乗って頂かないと困ります」
随分強気だな、この兵士。口調が強い。
「軍部の一部に反乱が起きている状態で、使節団長の警護を解く事は出来ない」
っと、対するフェリクシアさんも強気で対応か。
睨み付ける様に視線固定で、ハッキリと軍部の反乱にアクセントを置いて言い切った。
「し、しかし……」
フェリクシアさんの気迫にたじろいだのか、兵士は少し引き気味に、声も小さめになった。
「いずれにしろ目的地は大使館なんだ。問題あるまい。まさか、それぞれを別の所に連れて行く気でもあったのか?」
「い、いえ……分かりました、上官にはその旨を伝えます。今しばらくお待ち下さい」
兵士は走って聖堂の中に戻っていった。
「フェリクシアさん。いきなり何だか怪しいね。護衛と対象を普通離すかね」
「私も同じ疑問を持った。護衛ではなくメイドとして見られているのかも知れんな」
「ああ、なるほど」
メイドだったら歩かせるのもいけないとか、それはあり得るか。
まぁ、フェリクシアさんの態度を見れば、メイドじゃなくて護衛だ、ってのはハッキリ分かるだろう。
と、聖堂から兵士が2人。駆け寄ってくるのはさっきのとは別の兵士。
上官、なんだろうな、そう言ってたし。
「使節団長閣下。大変失礼致しました。『護衛の方にも失礼がないように』との思いからで、他意はございません」
「今後も続くと行けないので伝えておく。私を含めこのメイド服の3名は、全てローリス最上位の魔導師だ。これ以上に英雄を守れる護衛は他に無い」
「はっ、左様でしたか。知らぬとは言え、失礼致しました。馬車には、少しゆっくり進むよう言っておきます」
「それも不要だ。儀礼馬の全力にも付いていけない程の貧弱では無い」
「……左様ですか、分かりました」
そう言い、上官の兵士は下がった。
馬車が動き出す。俺は、相手から見えない様に気をつけながら、兵士たちの様子を見た。
こちらを睨む様に見ている上官が、足下の石畳をつま先で蹴った。
その手が、最初に来た兵士の顔面を張り倒した。吹き飛ぶ様に兵士が倒れた。
うわぁ……。
そりゃあんなパワハラが横行してりゃ、軍隊も崩壊するわ。
こりゃ少なくとも、オーフェン側の人間は誰も信頼出来ないと思った方が良いな。
これは相当タフな7日間になりそうだ。うん、頑張るしかない。




