第22話 オーフェン到着 出迎えは多分、2番目に偉い人だ
今日はいよいよ、オーフェンの扉をくぐる。
と、言うわけで、今日俺は使節団の団長として、オーフェンの特使としての格好をしている。
陛下からあらかじめ渡されてあったのは、白いローブ。
あの日ヒューさんが着ていた、太い金の紐で装飾された、国の代表者としての地位を示すローブである。
格好や立場こそ随分偉そうであるが、オーフェンでの行動予定もあまり把握していない。
昨日の夜襲明けで兵士さん達や軍務担当のスバルさんは忙しそうだったので、通商担当のラインさんに俺達が乗る先頭から2つ目の馬車への同乗をお願いした。
「……と、大まかな予定はまず今日の分はこのように通知されています。シューッヘ様、アリア様、頭に入りましたか?」
聞いた話を頭の中で反芻する。
これからこの馬車は、オーフェン城に隣接する大聖堂に直行する。
その際には、道の両脇に恐らく出迎えの民衆がいるので、手を振るなど友好的な態度を示すこと。
民衆区画を抜けて貴族街区に入ると、馬車が揺れるのでしっかり座る。大聖堂まではそれが続く。
大聖堂では、オーフェン王も登壇し歓迎のセレモニーがあるが、これは形式的でつまらないので寝ないように。
セレモニーが終わると、その晩の晩餐会まではフリーにはなるが、宿泊地になる大使館周辺の兵の配置指示をして欲しいとのこと。
なにせ、襲撃が女神様によって予告されているのが今回の外遊だ。自ら断頭台に頭突っ込みたい人は少ないだろう。
軍務のラインさんも、一般兵は大使館周辺から下がらせる、という事を言っていた。戦力にならない人は、的になってしまうだけだ。
「初日の予定は把握しました。晩餐会も、このローブで良いんですよね?」
「はい、たとえお忍びであっても、そのローブは身につけていて下さい。トラブル防止の為です」
「分かりました。汚しちゃったりすると大変だな、1着しか無いし……」
「防汚・撥水・防滴・防油加工が、糸に施されていますので、そもそも簡単に汚れませんよ、大丈夫です」
おお、このローブ格好だけじゃなくて、ハイスペックなローブらしい。
「晩餐会までは、兵の陣容を指示して下さった後は自由行動ですが、市民街区までは行かれない様にして下さい。治安は悪くはないので問題無いのですが、入り組んでいるので迷ってしまうのが一番怖いです」
「そ、そうなんですね、分かりました。確か、街区事に門があって分かれてるんですよね?」
「はい。大使館は例外で、貴族街区と王宮区画の中間に造成された地区にありますので、その2つの区画には正式で無い簡易の門から入れます。ただ王宮については、今のところ自由な出入りは出来ないものと思います」
「ま、そりゃ王様の所にフリーパスじゃないですよね。ローリスみたいな、王宮の中でも開かれてる場所っていうのも、無いんですよね?」
「はい、ありません。登城する為には、全ての者について事前の予約が必要になります。これは国賓でも例外は無いそうです」
なるほど。オーフェン王は城に入られるのはよほど嫌なのか、それともセキュリティーをその部分で絞ると都合が良いのか。
いずれにしても、城の中を見物してー、という訳にはいかない模様だ。こりゃ7日間の日程、結構暇しそうだなぁ。
「今、馬車が曲がっているこのカーブが終わると、後はオーフェン国への直進路です。私は元の馬車に戻りますね」
ラインさんが、窓から顔を出して御者に声を掛けた。
カーブを曲がり終えてしばらく進んだところで、馬車は止まった。
「馬車の編隊を組み直すので少し時間が掛かりますが、シューッヘ様方も、降りて最後の休息を取られますか?」
「あ、いや。俺達は馬車の中で待っています。ありがとうございました」
「いえいえ、それでは、ご活躍・ご健闘をお祈り致します」
頭を下げ、馬車を降りていくラインさん。年齢とか聞いていないけれど、30代位っぽい。
顔付きは常に真面目で、けれど酒飲むといつもニコニコしてる笑い上戸な感じの人。
日本で言う高級官僚さんの立場らしい、本人に聞いた限りでは。
あの若見えなのに専門交渉を任されるんだから大したことだ。
「アリアさん、いよいよオーフェンだね。緊張する?」
アリアさんの右手にぽんと手を乗せ、目を合わせて、様子を伺う。
見た感じ、少しボンヤリしている。さすがに7日の馬車旅・襲撃者付きは、疲れたのかな?
「緊張は、なんでかな、あんまりしないの。でも、嬉しいとか、そういうのも無いの。変ね、何だか気持ちが麻痺してるみたい」
「どうしたのかな、今日は一日、最初のセレモニーから晩餐会まであるけど、俺が単独で動く日じゃないから襲撃はないだろうし、リラックス出来ても良いのにね」
「うーん、『今日は大丈夫だからリラックス』はちょっとあたしには無理かな。来ちゃえばもうスッキリするんだろうけど」
「スッキリ、ね」
俺は思わず苦笑いしてしまった。やられる想定は全く無いらしい。
「そう言えば、ウィッグは着けないって決めてたけど、そこも揺らいでない? 晩餐会とか、人目がかなりあるよ?」
「ふふ、あたしのこのいがぐりはねぇ、愛する人の心を射止めた、鋭いハート形したいがぐりなのよ~? 何か言ってくる人がいたら、そう自慢しちゃうわ」
俺も思わずふふっとつられて笑った。
「おっ? 外が静かになってきたな、そろそろ出発か」
と、馬車の御者席に人が入り、遠くの後ろの方を見て手を上げている。
「じゃアリアさん。お互い無事に、帰りも楽しく帰れるようにしようね」
「うん。シューッヘ君も、オーフェンの王様に気をつけて。あたしも命落とさない様に頑張るわ」
馬車の中の空気が、ピリッと引き締まる。そうして馬車が動き出した。
***
聖堂前。御者さんが扉を開き、踏み台を付けてくれた。
その踏み台を使って、地面に降り立つ。大理石を削り出した様な粗い岩の通路は、かなり揺れた。
俺が召喚された時、フライスさんのお陰で揺れなかった。だが今日は、大した距離無いのに、ちょっと酔った。
オーフェンの街に入った時の歓迎の様は凄かった。両脇に人々が詰めかけ、わー、わー、と歓声を上げていた。
前に見た時に思ったのと同じだが、亜人属の人がかなり多い。半数までは行かないが、その規模だ。
そしてそういう人も、人族も、特に変わりなく出迎えの熱狂の中にあった。
手を、たわむれに振ってみた。
すると、観衆の歓声が応える様におおおーっと、その声が大きくなった。
アリアさんもひょこっと窓に顔をうつす。するとそれだけでもまた、歓声が大きくなる。
そんな熱狂は、一般街区まで。1つ門をくぐって貴族街区に入ると、静まりかえった中を馬車は進んだ。
ごとごと揺れながら聖堂と城のある区画に入ると、馬車はゴゴゴゴ、ガッタンガッタン揺れた。
あの揺れは、うーん……
フライスさんが来てくれたらこんな不快な思いしなくて済むのになぁ。
今回の使節団は厳選メンバーだからこちらから余分な人員をお願いするのは難しかったし。まぁ仕方ないか。
大聖堂の全景に目をやる。
横幅は狭く、高い建物だが、岩場を掘り抜いて作ったのか? 背後には岩場がそのままある。
背後の岩場自体は大きく、城の方までつながっている。見る感じ、城も一部はこの岩場を組み込んで作られている様に、遠目では見える。
何というか、岩盤の中の教会? とお城?
地球の、オーストラリアのエアーズロックを削ったり掘ったりして作ったらこんな感じになる様に思う。
エアーズロックほどまでは幅は無い様だが、それでもオーフェンという国家都市の背後は、完全にその岩盤で塞がれている状態だ。
翻って、大聖堂の入口付近は、岩を積んで削ってして造作した様な感じで前に張り出している。が、その奥はそのまま岩盤の中になる構造に、ここからは見える。
「ご主人様、体調はどうだ? これからセレモニーになり、護衛は、メイド兼で私のみになるだろう。よろしく頼む」
「うん、こちらこそ。今この時点で、敵影とか不穏な力とか、感じたりする?」
「いや、何もないな。ただ人はある程度いるらしく感じる。魔法を打ってはいけない区域らしいので、積極的な測定は出来ないが」
「あっ、そうだった。そうそう、大聖堂と王城が位置する区画って、魔法禁止だわ。うっかり忘れてた、あぶなー」
そう。そう言えばだった。俺がこの世界に来た、あの時。
ヒューさんがフライスさんの事を話してくれた時に、この区画では精霊魔法が使えないから多少馬車が揺れる、という話があった。
「うっかり俺が何かしたら、外交問題だもんねきっと。気をつけないと」
「まあ、いざ何かあれば私が初手の対応はするから、ご主人様は堂々としていてくれ。寝ずにな」
「偉い人の長い挨拶とかあったら、寝ない保証はないぜ? 俺」
「そこを堂々とされてもなぁ」
フェリクシアさんが少し呆れた様な声を出す。が、それで良い。
アリアさんは少し空気に飲まれているが、フェリクシアさんは完全に通常モードだ。
他のメイド魔導師さん達は、このセレモニーでは別になるらしい。
アリアさんは、さすがに一緒だよな? ご夫妻、ってセットで。それとも、それも別?
「さて、ここから勝手に入るって訳じゃないよねきっと」
「ああ。オーフェン側の迎えが来る。というか、本来来ていておかしくないんだがな、何かあったか?」
「そうだよねぇ、出迎えが遅れるなん、あっ、誰か出て来た」
大聖堂の入口が開き、杖を突いた小柄な老年男性が兵を率いて、こちらへと向かってくる。
儀典兵なのだろう、ギラギラ輝く銀色のフルプレート甲冑に、鏡張りみたいな反射をする槍を携えている。
兵士は、歩きながら隊列を組んで、左右に展開していく。
小柄な男が俺達の前に至ると、全ての兵が左右に分かれて展開し、通路が出来上がっていた。
「ローリス王国外交使節団の皆様に於かれましては、遠い道のり、本当に御苦労様にございました。
わたくしは、オーフェンにて宰相職を務めます、サイル=フォル=アルクスと申します。サイルとお呼び下さい」
サイルと名乗った男性は、見た感じ人族だ。オーフェンは亜人属も多いので、色々気をつけた方がいいな。
目の前の老年男性は小柄で、背が曲がっていて、頭髪は金髪。髪の量は少なめだが、頭が薄いと言う程でも無い。後ろに髪を流していて、気品を感じる。
片目に、インテリっぽい感じのモノクルを付けていて、その鎖もモノクルの枠も銀色。プラチナの様なキラキラ感のある銀色だな。
服装は、何というか、中世ヨーロッパっぽい装飾がゴテゴテした服を着ている。赤地に金装飾がメインの上着に、首辺りに見える白シャツ。下は白いパンツだ。
握手を求める様にゆっくり手を差し出してきたので、俺も手を伸ばして握手をした。
握手をしている時に、少し微笑む様に口の端を上げ、目は微笑みをたたえた。
良かった、まともそうな人だ。
どうにもオーフェンと言うと、あのオーフェン王が頭から離れないので、ヤヴァイ人しかいないんでは、という不安があったが、宰相閣下は普通に常識人っぽい。
握手をグッとしてからゆっくり外す。
「サイル宰相閣下、お役目ご苦労様です。使節団を任されました、ローリス国英雄の、シューッヘ・ノガゥアと申します」
「英雄シューッヘ閣下。並びにこの機会にお集まり頂いた全てのローリス国の方々へ、申し上げまする」
ん? サイル宰相の目が変わった。何か真面目な事を言う前の目だ。
そう感じたのは俺だけでは無い様で、使節団の皆の視線がサイル宰相に集まる。
「本来でありましたならば、お出迎えのセレモニーには、我らが国王陛下も臨席するのが、国際関係上も必要にございます。
されど、お恥ずかしい事ながら、現在国内で一部不穏分子による活動が活発化しており、保安上の観点から陛下は王城からお出になりません。
後ほど預かってございます書簡をお渡し致します故、陛下不在の件については何卒、異例とはなりますが、ご承知おき下さい」
おっ。
なんか突然胃の辺りが軽くなる感触を覚えた。
いやー、やっぱりオーフェン王への苦手意識は骨の髄まで入ってるな。
と気付くと、サイル宰相は、深く頭を下げたままの姿勢でいた。
あ、これ俺が何か言わんといかんヤツや。
「サイル宰相閣下、どうか頭をお上げ下さい。国王陛下が式にご不在である件、承知致しました。不穏分子の活動との事、なにより陛下の安全をご優先になさって下さい」
その不穏分子の活動とやらが、俺達への襲撃へとつながるのかな……。
ある意味、徐々に「近付くに従って見えてくる」物が増えていくので、漠然とした黒雲のような不安が、単なる緊張に変わる。ありがたい。
オーフェンが全く関与してない襲撃だったら、ドンパチやるにしても色々大変だったろうし。
「英雄閣下よりその様なお言葉を頂けますと、宰相として国を率いる者としても、失礼とは思うものの深く安堵致します。
実は、英雄閣下についてはローリスから情報も入らず、もしも過激なご性格の御方であったらどうするかなどと、我々も胃が痛い思いでおりましたので……」
俺は苦笑いを返しておいた。意外とこの宰相閣下は、肩肘張らずに話せる人かも知れない。
ローリスの防諜・情報コントロールについては、イリアドームの件も含め、グランダキエ3世陛下から聞いている。ある種自慢しておいでだった程だ。
本当に、全然情報入らないんだ。凄いな。
「それでは、到着時のセレモニー自体は?」
「大聖堂にて挙行致します。英雄閣下、どうぞ私の後に付いてきて下さいませ。そちらは奥様ですか? 奥様もどうぞ。警護の方は」
「警護は主に私が担当しているが、2名追加で入る事は出来るであろうか? 不穏分子の件もあり、警備を強化したいのだが」
「英雄閣下のお望みのままに。警備の方は着席は出来ませんが、英雄閣下の周辺を守って頂く分には構いません」
「うむ。ありがたい。ご配慮、痛み入る」
何だか俺よりフェリクシアさんの方が堂々とした言葉遣いしてるな。大した肝っ玉だわ。




