第21話 イフリート反省会
「とんでもない威力だったね、イフリート」
暗い室内に戻ってきたフェリクシアさんは、特に息を乱す事もなく、平然としていた。
ただ、少しぼんやりしている様には感じられる。大魔法使った後だから、なのかな?
俺は照明のスイッチをひねった。白熱灯みたいな色合いの光で、室内が明るくなる。
「フェリクシアさん?」
「あ、ああ済まない、少しぼんやりしていた」
「フェリクがぼんやりなんて珍しいね、やっぱりさっきの魔法、キツかった?」
窓際に構えていたアリアさんも、既にベッドの端に戻っている。
「魔法の発動自体には殆ど力は使わなかった。だが熱風が激しすぎて、その防御結界に力を割かれた」
「うぇ、敵味方関係無しの熱風なの? かなり不便な魔法だねそれ、威力は凄いにしても」
「どうもイフリートの言うには、指定してくれれば味方除外なども出来るそうなんだが……指示の出し方がよく分からない。今回は一瞬で片が付いてしまったし」
イフリートの言うには、と言う辺り、あの精霊とのコミュニケーションが成立したんだな。
対話が出来るのであれば、呼び出し方……例えば「敵のみを殲滅せよ」とか、それで何とかなる気がする。
「そう言えば、決着が付いた後にイフリート随分縮んだ様に見えたんだけど」
「ああ、あれだけ大きかったのが、私の背丈程度の小柄な精霊になったな。そう言えばその時は、熱波を感じなかった」
「因みに、魔法行使の時はどう命じたの? 言葉を理解して、敵味方も理解してくれるなら、呼び出し方次第かなって思うんだけどどうだろう」
「そうだな……今回は、『炎の精霊よ、その力を余す事なく発揮し前方の敵を焼き尽くせ』と、そう召喚の時に言った。そうしたらあの有様だ」
「なるほど、確かに『余す事無く』『前方の敵』は丸焼けだね。集まってたっぽい所も、離れてた一団みたいなのにも、同じように火の玉降ってたしね」
思い出す。フェリクシアさんの前方数十メートルに渡る火の海、そして離れた場所にも着弾して、そこも火の小島みたいに燃えてた。
「恐らく離れた所には魔導師群がいたのだろう。力押しの主力とは離した配置をするのは王道だ」
「じゃ、見事に殲滅出来たんだね。でも熱風がキツいのか……ねぇ、フェリクシアさん」
俺はふと思った。精霊は、最後フェリクシアさんに向かう時は熱波を発さなかったと言う。
それだったら、ここで呼び出してもらって、調教というわけでも無いが「通常どうすべきか」を教える事も出来るのでは無いか?
「フェリクシアさん、ここにイフリートを呼んでもらえる? 目的はあくまで、俺との対話の為に、と」
「さっきの、あのイフリートをか? あまりに危険過ぎるぞ?」
「いや、最後にフェリクシアさんと話した時には、熱波も無かったんでしょ? そしたら、『対話の為だけに現れなさい』みたいに命ずれば、攻撃的な行動も無いのかなと思ってさ」
「う、ううむ……理屈上はそうかも知れないが、やはりあの威力を目の当たりにした後で、この部屋に呼ぶのは……」
フェリクシアさんの躊躇が見て取れるほど明らかだ。
眉をひそめ、唇をかんで、俺の言い出したワガママ難題を考えてくれているようだ。
「んーと。あの最初の魔法陣は、どうやってもあのサイズっぽい? としたら、出てくるのもあのサイズかと思うけど」
「いや、そこは。あの回転する魔法陣は割と自由になりそうだ。しかし、本当に『ここに』呼び出すのか? 宿が焼け落ちなければ良いが」
「まぁそこは、俺との対話の為に一切熱を発せず現れろー、みたいな感じで何とかならない?」
「ううむ……分かった、そこまで言うのであれば、試してみよう。奥様は私の保護結界の内に置く。ご主人様は、自ら守れるな?」
「うん。中途半端な熱波だと熱いしやけど程度はするかも知れないけどね、死ぬほどだと寧ろ大丈夫だから」
余裕を感じている俺に対して、フェリクシアさんはやはり随分慎重になっている。それもそうか。
ただ、せっかく女神様から賜った大魔法、精霊魔法になるのかな? それが「自由に使えない」では、頂けない。
恐らく俺の不在時に攻められる際には、街中での戦闘になるだろう。その時に無差別火炎攻撃しか出来ない、では使えない。
あくまで滅するのは敵であって、オーフェン全土を火の海にして焼失させるのが目的じゃ無い。
と。
フェリクシアさんとアリアさんは、窓辺にスタンバイした。
俺はその反対側、廊下側の壁に立つ。
フェリクシアさんが両手を前に伸ばすと、直ちに俺の前に魔法陣が浮き上がる。
文様が複雑だなぁ……これぞ魔法陣、と言った感じの、解読不可能な文字だか文様だかが、ぐるぐる回っている。
「炎の精霊イフリートよ、我が主シューッヘ・ノガゥアとの対話の為に、今ここに現れよ。一切の攻撃はこれを禁ずる」
おぉ念入り。対話目的だと定義した上に、攻撃それ自体を明示で禁じるとは。
フェリクシアさんの言葉から一瞬遅れて、魔法陣が強く光る。たださっきの「光の柱」が立つ様な様子は無く、部屋が明るくなる程度の光り方だ。
そして、カッとフラッシュの様な強い光。思わず目を閉じてしまったが、目を開くとそこに、跪いている上半身裸体の、赤い筋肉マッチョな男がいた。
体中赤い染料で染めた様な赤だ。履いているズボンも赤い。アラビアンな雰囲気のズボンと腰巻きに、髪は一つ縛りの長髪、これだけは黒い。
「……イフリートさん、ですか?」
「如何にも。まさか我を従える者が誰かしらに従っているとは思わなかったが、主の主殿の事は何と呼べば良いか」
「シューッヘ、と呼んでくれれば」
「理解した。シューッヘ、貴殿が」
「おいイフリート。ご主人様を呼び捨てにするな、敬称を付けろ。ご主人様もイフリートに『さん』など付ける必要は無いぞ」
うお、フェリクシアさんの声にドスが利いている。主人と精霊の関係性って厳しいのね。
「これは大変失礼した、シューッヘ様。シューッヘ様が我と対話を望まれる目的は何であるか」
「えぇと……イフリートの戦い方について聞きたい。さっきの、無差別・広範囲な魔法だけ? 今回想定される主戦場は、街の中なんだ。敵味方入り交じった乱戦になる可能性も高い。その中で、イフリートは戦える?」
「お安い御用だ、シューッヘ様。我が力は何も先ほどの様な広範囲の火炎弾ばかりにあらず。特定の1名だけを狙って、突如着火し火だるまにも出来る」
「敵と味方の判別はどう付ける? フェリクシアさん、あぁ、あなたのご主人様の意志や意図を読んで判別出来るか?」
「意図を読むのは難しいが、殺気を放ちこちらに向かってくる者・攻撃を放つ者を敵と認識する」
敵認識は、人がするそれとそこまで差は無さそうだ。
となると、その辺りはフェリクシアさんが指示して使う、という事になるだろうか。
「じゃイフリート、いざ本戦となった時には、フェリクシアさんの指示によく従ってね」
「勿論である。我はご主人様のしもべであるので、主人の言う事は絶対だ」
「だそうですよ、フェリクシアさん」
俺が窓辺のフェリクシアさんに声を飛ばすと、イフリートは素早くそちらへ向かい膝を折り屈み直した。
「イフリートに問う。魔法陣の出現無しでの召喚は可能か?」
「我が主。この身をこの世界に顕現させる為には、どうしても魔法陣が必要にございます」
「更に問おう。今こうして、人の身の姿でお前は現れているが、そのままでいられる期間はどの位だ?」
「もってせいぜい1日。激しく魔法を使えば、半日と保てません」
「そうか……長ければここからこのまま連れて歩こうかと思ったのだが、まぁ良い。次に呼び出す時は恐らく戦闘の最中だ。指示を与えている暇があるか分からないから、もし指示が無ければ、敵と思われる相手を『牽制する事』をまず第一義とせよ」
「畏まりました。それでは、我はこれにて」
フェリクシアさんに深々と礼をし、イフリートの姿がパッと消えた。
「熱くは無かったなイフリート……あ、フェリクシアさん負担とかは無い? 大丈夫?」
「ああ。イフリートはやはり高位精霊なのだな、まともに会話が成立するし、主従関係もハッキリ理解出来ている」
「ん? って事は、高位じゃない精霊だとそうは行かないの?」
「私も精霊魔法の系統を行使するのは初めてで、書物によるところではあるが、下級精霊は単なる魔法と変わらない、意志もなければ会話も出来ない力の塊に過ぎないのだそうだ」
へぇー、会話出来る知能があるのは確かに凄いよな、そう言えば。
精霊って存在がいるのか、魔法的にそういう存在の形をしているのかよく分からないが、自律して攻撃とかも出来そうだから、応用幅は広そうだ。
「外は……大分鎮火してきた?」
「その様だな。幸いこの宿が坂の上、しかも今日は風上で、実に良かった。かなり広範囲に焼いているので、煙が大変そうだ」
「暗くて煙までは見えないけど、あの炎だもんねぇ」
イフリートがもたらした炎を思い出す。そこそこ離れた宿の2階の窓が熱されるほどに熱かった。
「そう言えば、兵士さん達は大丈夫だったの? ここまで熱波届いてた程だったけど」
「兵は、遠方からの魔導師の攻撃に備え、宿の前方に展開して防御陣形と結界を張っていた。恐らく怪我も火傷も無いだろう」
「それならいっか。にしても、女神様の予言も、必ずしも全てを言ってくれてる訳じゃ無いみたいだね、この夜襲の話なんて無かったし」
「そうだな。いっそご主人様のいない時の襲撃予言も外れてくれれば、それに越した事はないんだが」
「全くだね」
俺は思わず苦笑いだ。女神様が言う事は絶対、だとは思うけど、確かに外れて欲しい未来ではある。
「下に、様子を伺ってくる」
フェリクシアさんが軽く黙礼をして部屋を出て行った。
「アリアさん、俺達はもう一眠りする?」
「うーん、寝られる自信ないわね。まだ心臓ドクドク言ってるしあたし」
「そっか。じゃ俺、下に飲み物何かないか聞いてくるよ。喉も渇いたんじゃない?」
「そうね、カラカラ。果物ジュースかなにかあったら一番嬉しいわ」
「聞いてくるね」
と、俺も部屋を後にして、つい数時間前までごった返していたフロアへと降りた。
今は、その外の方がガヤガヤしている。兵士さん達が点呼取ってたり。
ま、俺は今回の戦闘要員じゃないから、ここはスルーしてドリンクを確保しに行こう。
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