第19話 実務者打ち合わせ会 ~相変わらず俺は王様にかなわない~
「今回の外交使節団であるが、事務方諸氏にとってはまたとない交渉の機会だ。我が国の国益を最大限伸ばせるよう、大胆な提案をし、相手に揺さぶりを掛け、最良の結果を得てくれ。それからシューッヘ」
「は、はいっ!」
「ははっ、緊張する必要は無い。お前の役目は、オーフェン王を悔しがらせる事だ。ただそれも、別に成功しても失敗しても構わない。『お前が捨てた人間にはこんなに価値があったぞ』と、堂々と自慢をぶちかましてやれ」
陛下はにんまり笑って、指で『思い描いているオーフェン王』をつついているのか、指で何度も虚空を突いた。
「王様、質問をしても良いですか?」
「ああ、何でも聞いてこい」
「ありがとうございます。自慢をして良い、という事ですが、俺が魔導水晶を掘り当てた事も、して良い自慢に入りますか?」
女神様からは、魔導水晶の事が話の中心になるかのような事を教わっている。
陛下がNGをもし出せば、俺から言う事はなくなる代わりに、女神様の御言葉は絶対だから、オーフェン王が言ってくるんだろう。
「魔導水晶の件か。まだ他国には知られていないとは思うが、それも、単なるうぬぼれかも知れぬ。魔導水晶を主題として自慢することも許す。ただ、恥も外聞もないのがオーフェン王だから、あまりあからさまに自慢するとオーフェン国領地で魔導水晶を掘らされるぞ? さすがにそれは、王として許す訳にはいかん」
「はい。魔導水晶はあくまでローリスの為に。不心得者な俺ですが、そこは一応心得ております」
「そうか、ならばこれ以上注意を重ねる必要はあるまい。存分に悔しがらせてやれ」
と、また陛下はにまりとたくらみ顔な笑顔を見せる。
「旅程の説明は済んでいるか、ワントガルド」
「事務方は周知しておりますが、そこの英雄はまだ知らぬかも知れません」
「おい誰か、旅程を説明してやってくれ。そうだな、スバル、頼めるか?」
「はい、国王陛下」
スバルさん、さすが警備を担当するだけあって、旅程の細かい所まで把握していた。
7日間掛けてオーフェン入りし、帰りも7日間掛けてローリスに戻る。それぞれ別の宿場町を通る。
という所までは以前も聞いていたが、最初の7日間は割と直線の、ローリス=オーフェン間でメインとなる宿場町を通るとの事だった。
帰りの7日間は、どちらかと言うとオーフェン属領に近い立ち位置を鮮明にしている宿場町を通る。多少警備が厚くなる旨伝えられた。
「えーと……7日間って結構ゆっくりな感じがしますが、どうなんですか? 俺、地理とか分からなくて。すいません」
「英雄閣下の仰る通りで、本来この距離であれば3日、遅くて4日で通り過ぎる距離です。かなりゆっくりの進行になります」
「その間、ずっと馬車の中、ですか? 降りたり、馬車と並走したりは許されますか?」
「馬車始め全体のスピードがかなり遅いですので、馬車を降りて頂いて歩きでも丁度良いほどです。そのように進んで頂いても構いません」
歩いたり、馬車に乗ったり。いやこれかなりスローな旅路だな。
「宿場町では、以前そこの経済を活性化させるという話を聞いたのですが、それは具体的には?」
「それは財務も兼ねます私から説明致します。端的に言えば、宿場町でどんちゃん騒ぎでございます」
通商担当のライン・クライスさんが説明を加えてくれた。
「どんちゃん騒ぎ? こう、高い飲み物を頼むとか、高い部屋に泊まるとかですか?」
「はい、その通りです。勿論英雄閣下には、最上級の部屋に泊まって頂きます」
「な、なんか申し訳ないですね。俺別に、何か成果とか出せそうにもない役回りなのに」
「この度の遠征の主役・主賓は、他でもない英雄閣下です。どうぞ大手を振って、最高級の飲み物でも食べ物でも、好きなだけご注文ください」
「シューッヘ。無駄遣いの様に思うかも知れんが、経済政策の一つでもあり、かつその地域の好感度を上げる策でもある。どんどん上物を頼むように」
陛下にまで念押しされてしまった。俺はただ頷くだけだ。
「それと、今回は英雄が主役であるので、それを喰ってしまう可能性がある者は列に加えない。ヒュー、お前だ」
「左様ですか。シューッヘ様のご活躍をこの目で見られると楽しみにしておりましたが……」
「お前が加わっては、誰が元首代理のローブを着るのか分からないだろうが。今回はシューッヘがそれを着けるのだから、お前は遠慮せい」
「ははっ。陛下のお心のままに」
ヒューさんが使節団を外れる。これも、女神様の御言葉通りだ。
こうなると……女神様の御言葉が余計不安になってくる。
『俺が居ない間に』アリアさんとフェリクシアさんが戦闘に巻き込まれる。
ただ、それを言っても信じてはもらえないだろうし、女神様の名前を出して言うのも、外交交渉の邪魔になるだろう。
「……俺自身のスケジュールはどうなっていますか? オーフェンに入ってからですが。晩餐会とオーフェン王との会談があるのは聞いていますが、他には何も無いのですか?」
「英雄閣下のお仕事は、まさに今仰った2つに集約されます。オーフェン王との会談は儀礼的に進めば良いのですが、あの王ですから正直何を言い出すか分かりません」
「王様、オーフェン王との会談の時、譲っちゃいけないラインはありますか? さっき仰った魔導水晶の件以外に」
「譲れぬラインか。さすがにオーフェン王も、英雄の一存で決められる事で攻めてくるだろうから、例えばオーフェンへの移住とかな。家族一同迎えると言われても、応じてくれるなよ?」
「はい、それはもちろん。ローリスは気に入ってますので。他の何かがあったら、『俺の一存では決められません』で突っぱねて良いですか?」
「そうだな。微妙な線の事柄であれば『持ち帰り検討する』と回答し、即答は避けてくれ。トップ会談での決定は、覆しようがないからな。よく気をつけていてくれ」
俺は陛下の目を見てしっかり頷いた。
「あっ、もう一つ良いですか?」
思いついたかの様に。出来るだけ自然さを意識して。
「構わぬ。申してみよ」
「オーフェンの国内の治安はどうですか? 路地裏に入ったら危ないとか、表通りでも危ない所があるとか」
「オーフェンは、市民街区がマーケットと融合するように作られていて、マーケットの警備がそのまま街区の警備になっている。故に、治安は問題無い」
「俺達もその市民街区に寝泊まりするんですか?」
「いや、ローリスの大使館があるので、寝泊まりはそこになる。何か懸念があるのか?」
「懸念という訳では……何せ初めての外国ですので、少々不安なんです。そこの警備も万全ですか?」
「お前さんの滞在中は、ローリス軍が警備を担当する。普段とは段違いの警備になるので、安全性は問題無い」
問題無い、か……そうだよな、陛下は当然そう思うよな。
まさか、俺とオーフェン王が会談している真っ最中に、誰だか知らないが賊が攻めてくるなんて……信じろという方が無理だよな。
「……シューッヘ。何か胸にあるな?」
陛下の、少しトーンを落としたお言葉に、俺は思わず目を見開いてしまい、硬直してしまった。
「シューッヘは相変わらず、誤魔化しやウソは苦手だな。それが魅力と言えばそうだが、ワシにまで隠そうとしているのは、何だ?」
静かだがドスの利いた声。こ、これ以上は、誤魔化す事は出来ない……
「女神様の……予言的な御言葉です」
俺がそう言った瞬間、陛下も含め場の空気が一瞬で凍り付いた。
「ペルナ様が、シューッヘに何か仰ったのか? それは、今回の外遊に支障が出るほどのことか?」
俺は黙って頷いた。そして、俺不在の時に戦闘が起こる事を告げた。
場はざわついた。官僚の方々は、信じがたい、それはさすがに無い、という論調だ。
それに対して、黙っているのは陛下と、ワントガルド宰相閣下。お互いに目線を合わせている。
二人とも、女神様の『お怒り』をその身で味わっている。だからこそ、信憑性への信頼が官僚の人たちとは一段違うようだ。
「分かった。シューッヘ、詳細を教えてくれ」
「はい。俺がオーフェン王との会談でいない時、駆け付けられない時に、襲撃が発生します。対応出来るのはフェリクシアさんとアリアさんだけ。但し女神様からは、グレーディッドのデルタさんとイオタさんの2名がいれば有利だ、という事を言われています」
「ワントガルド、その両名に随行命令を。メイドが3人に増えたところで、オーフェンが警戒することはないだろう。シューッヘ、襲撃の規模は分かるか?」
「規模は分かりませんが、『アルファ』のフェリクシアさんが命を落としかねない程、とは聞いています。もちろん、アリアさんも」
「『アルファ』が、か……通常兵を幾ら増員したところで、無駄死にに終わりそうだな。ワントガルド、誰ぞ助力になりそうな者はおらんか。予備役でも構わん」
「予備役まで視野に入れますと、機械化兵団長のヌメルスに、ふんだんに兵器を持たせて対抗させるのが最強かとは思います」
「ヌメルスか……あいつはワシの言う事も聞かぬ頑固者だからな、出兵に応じてくれるか分からぬが……善処はしよう。シューッヘ、襲撃自体は、確実なのだな?」
「女神様がはっきり仰っていたことなので、確実だと考えています。規模・敵兵の構成が分からないのがネックですが」
「ヌメルスが応じてくれれば、魔法兵だろうが重装兵だろうが、兵種を問わず討ち滅ぼすのは容易だ。応じてくれるか、が一番の問題だな」
陛下の視線が、マジだ。殺すぞ、って目をしている。怖いな。
それもそうか、俺が国王と話しているその最中を狙っての襲撃。卑怯極まりない。
「しかしオーフェン王め……何が目的だ? 英雄不在のタイミングで大使館を攻めるなどすれば、外交関係が破綻するのは目に見えておろうに」
「あの、王様。もしかするとですけど、実力のある賊、かも知れません。オーフェン王は知ってか知らずか、そこは分かりませんが、賊の仕業であればオーフェンは知らなかった、で済んでしまいますし」
「つくづく厄介だな。シューッヘ。お前が会談に向かった後は、大使館警備の一般兵は下げる。無駄死にさせる訳にいかないからな。すまんが承知しておいてくれ」
「それはもちろん。フェリクシアさんが苦戦する相手だとしたら、普通の兵士さんじゃ歯が立たないですし」
と、陛下が大きく溜息を吐いた。
「気楽な外交のはずが、とんでもない隠し球が出て来たもんだ。かと言って、事務方の交渉の為にも、この外遊は止められん。シューッヘの仲間達の健闘を祈るほか無い。すまぬな」
「フェリクシアさんも、女神様から新しい魔法を賜っていますし、きっと十分戦えると思います。ヌメルス将軍の参戦があれば、尚更良いかもですね、どういう戦い方されるのか知らないですけれど」
「うむ。ヌメルスが用いる魔導兵器は、対魔法結界などを軽々打ち破る。もし参戦してくれれば、相応の働きはしてくれるだろう。……シューッヘも気が気でないとは思うが、オーフェン王との会談に集中してくれ」
「はい。俺は俺の役目を果たすよう、努力します」
重い空気の漂うまま、その日の打ち合わせは散会となった。
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