第14話 部屋が広い街が広い。生活者ギルドまでこんなに掛かるのにまだ街の端が見えないぞ。。。
案内された部屋は、とても豪勢だった。正直俺一人ではオーバースペックだからと、もっと質素な部屋でもと言ったのだが、ヒューさんは決して譲らなかった。
「英雄様は、貴族と同様にございます。この程度の贅には、慣れて頂かねば」
贅沢なんて、せいぜい年に1回か2回の「カニ」とか「おせち」とか、その程度が贅沢の最大の基準になる俺にとって、そもそも部屋で軽いランニングが出来そうな広さだとか、一面には大きな鏡がどーんとあるとか、調度品は全部高価そうなアンティーク調の物だとか……
どこをとっても、安物が存在しない。
壊したら弁償なんて出来ないし、ヒヤヒヤする。
「シューッヘ様、調度品が気になるようであられますが、変えますか?」
「い、いえそういう意味では……俺には豪勢過ぎて、壊しでもしたらとか思って」
「あぁ、そのような事ですか」
と、ヒューさんが大きく笑った。
「お気に召さないのであればいけませんが、別にこれらを叩き壊されたいのであれば、そうなさっても一向に構わないのが貴族という生き物でございます」
「な、なんというわがままな……」
「左様です。わがままでも、新たに別の家具を買う貴族は、経済を回します。ですので、貴族の家ではしばしば、新しい家具でも部下に下賜したり、下手すると魔法の的にしたり致しますね」
頭が付いていかない。チェストひとつとっても、この凄い彫刻、この木目、このカーブと言い艶と言い……
圧倒的超一級品。それが、下手すると魔法の的? 貴族に「もったいない」という精神はないのか……。
「ではシューッヘ様。衣類はそちら側のチェストにございます。着回しの良い様に整えましたので、今着てみえる様な格好で服だけ変えて頂ければ、街に出るにも目立たず便利にございます」
そう言って、ヒューさんは扉の向こうに消えていった。
その、と言われたチェストを開いてみる。綿と麻かな、その辺りの自然素材の衣服類に、何の皮か分からないが、日本によくあった牛革に似た感じのベルト。
あとくつは……置いて無い。俺の今のくつはスニーカー。安物だが、オーフェンの市場で見た人たちは、革のくつとか地下足袋の様なくつだった。
……まぁ、足下見られたら、「生まれ故郷の物です」とかで押し通すか。
「では、まもなく夕餉の時間にございますので、ご案内致します」
そう言われて、俺はヒューさんの後を付いて部屋を出た。
***
翌日。
着替えて廊下に顔を出すと、長い廊下にある気の背付きベンチに、既にヒューさんが腰掛けていた。
ヒューさんも、目立つ象牙色の威風堂々たるローブから、薄物の生地感のライトグリーンなローブに着替えていた。
ヒューさん割と年配だと思うんだが、ライトグリーンとは、随分若々しい。
「おお、シューッヘ様。ごく自然な御姿になられましたな」
俺の格好は、胸ポケットにワンポイントの飾り付きの麻っぽいシャリ感のある生成り色のポロシャツ風に、深いグリーンのパンツをセレクトした。
ヒューさんの言っていた通り、チェストの中身はどれを組み合わせても何となく「それっぽく」なる色合いばかりであった。
「ヒューさんも、何だか若々しく見えるローブで、おしゃれさんですね」
「はっはっ、わたしも老け込みたくはないですからな、身体は爺ですが、せめて気持ちは」
と、笑っている。
そのヒューさんのローブを見ると、首元辺りでブローチの様なもので留めている。
下向きの三角形を丸で囲ったデザインのブローチで、中心に赤い装飾がある。宝石かな?
ふと思い出して俺のシャツのワンポイントも見ると、刺しゅうだが同じく下向き三角形だった。
「この三角形、ヒューさんとお揃いですね。何か意味があるんですか?」
「まぁ、うぉっほん、ええ、意味はございますが……まぁお気になさらず!」
すっごい気になる言い方をされたが、そう言われては深追いも出来ない。
きっと何か、俺が知ると不都合があるとかかも知れない。敢えて知らずにいよう。
「では、街区に参りましょう。目指すは生活者ギルド。歩くとそれなりにございます」
ヒューさんに先導されて、俺は進んだ。
***
で、まだ着かない。もう30分くらいは歩いている。
王城の門を出てから、かれこれである。門はヒューさんの顔パスかな、特に確認とかも無く、そのまま門をくぐって街の方に出た。
王宮の近くは住宅街で、3階建て位がメインの、装飾もたくさんされた豪勢な家が多かった。
聞くに、オーフェンと同じく、王宮の近くは貴族街になっているんだそうだ。
その貴族街を抜けるにも、道が細くてあっちこっちする事になった。かなりややこしい道順だったが、ヒューさんは地図も無くひょいひょいと進む。
とても老人の歩速ではない。俺が少し早足に歩いてようやく付いていける程早い。
そんな貴族街を抜ける門も、ヒューさんの顔パス再び。素通りする。
槍を持った兵士さんが詰めていたので、本来ならきっと普通の人は入れないとかあるんだろう。
ようやく「街」の部分に辿り着いて、今だ。城内から城下町まで30分。ちょっと遠すぎでは?
貴族街への門の近くで、子供たちが遊んでいた。
ウサギのような耳をした人間顔の子と、二足歩行しているタヌキ、な子。後者は尻尾まである。
種族的な色合いが弱めで人間に近いウサギっ子と、動物的な特徴が強いタヌキっ子。
「獣人は、シューッヘ様には珍しいのですな」
ヒューさんが言う。俺はヒューさんの方も向かず、遊んでいる二人を目で追っていた。
「仲良し、みたいですね、あの子たち」
「そうですな。これが500年前の賢王陛下が望まれた世界だと、わたしは思っております」
あまりジロジロ見ていても行けないので、前を向いた。
正面のストリートには、左右に屋台の様な物売りがある。パッと見、扱っている物は野菜類や果物などが多い。
「ここは、中央市場に場所が取れなかった者たちの売り場ですな」
「中央市場?」
「ここから数分ほどのところに、大きなテントがございまして、そちらが市場の中心です」
ヒューさんが指を差す。その先に、テントのてっぺんらしいトンガリが見える。
「生活者ギルドは場所が違いますので今日は参りませんが、市場も楽しいですぞ」
ヒューさんが笑う。
ん? でも俺、この国の通貨を持ってないから、市場は多分楽しめないな。
「シューッヘ様、何か気に掛かることが?」
ヒューさんが俺をのぞき込むように言った。
このヒューというご老体、俺のほんのちょっとした心の揺れまで見抜く。
だてに外交官として他国に行ったりしてる訳では無いようだ。
「大した事じゃなくて、俺そう言えばこの国のお金持ってないなって」
「あぁ! それは行けません。このヒュー、すっかり忘れておりました」
その後のヒューさんが言うには、あの部屋の鏡台の引き出しの中に、財布を入れておいたそうなのだが、それを伝え忘れたそうだ。
「ローリスの貨幣について知って頂く機会でしたのに……」
とても残念そうにしているヒューさんに、俺は思わず苦笑いしてしまった。
別に今日この国を出て行く訳じゃ無いので、いつでも良いのに。
でも、無一文だから何も支払いは出来ないな。
「取りあえず申し訳ないんですが、生活者ギルドのお金は、ヒューさんお願いします」
「あぁ、それは……生活者ギルドの講座は、無償にございます」
「へっ? タダで色々教えてもらえるんですか?」
ちょっと意外だった。日本では、料理教室でも裁縫教室でも、お支払いは必須だった。
「生活者ギルドの目的が、生活者の生活技能の向上ですので、貧富でその機会が奪われたりせぬようにと、そういう主旨にございます」
ほえー……さっきのお子ちゃま二人と言い、生活者支援的なギルドの活動と言い。
この国は、住んでいる人にとって、相当優しいんじゃなかろうか。
などと。
余裕があった時も、ありました。
そこからひたすら、歩く事どれだけか。
時計が無いので大体だが、優に追加で、更に20分は歩いたところに、生活者ギルドがあった。都合体感で50分。
木造の開けた感じの建物。広い入口の上に、エンブレムが掲げられていた。
そのエンブレムは、フライパンとナイフとフォーク。うーん、料理が中心のギルドなのか?
ヒューさんはズカズカと入っていくので、俺もその後に続いた。
「忙しいところすまんが、ルイスかアリアは手すきかね」
ヒューさんが「受付」、と書かれた所(相変わらず異言語なのに読めるんだ)にいた若い女性に声を掛けた。
「ルイスさんは今、ハンティングクラブの会議で、アリアさんならもうすぐ帰ってきますよ」
「そうかありがとう。アリアを待たせてもらいたい、わたしはヒューと言うものだ」
「ヒューさん、ですね。帰ってきたらお知らせしますー」
受付のお姉さんは、可愛かった。ニコニコと笑顔がよく似合い、仕事の最中でもなんだか楽しそうに仕事をしている。
「シューッヘ様、係の……おや? シューッヘ様」
と、ヒューさんの「心を見通す魔眼」が炸裂する。そこ読まないで!
「い、いや! 単にその、ローリスの女性を見るのは初めてでっ」
「シューッヘ様、ご遠慮は無しにて。ローリスは、西方3国の中でも美女の宝庫と呼ばれております。もしシューッヘ様がお気に召された方がいらしたら、このヒューにお知らせ下さいませ」
と、含み笑いをするヒューさん。
お、お知らせした後が怖いっ!
貴族の権力だーとか言って、その人の自由を奪ったりとか……俺そんなのにはなりたくない!
よ、要は、気になっても言わなければ良い。うん。間違いない。
俺は女性関連については、貝の口になることを心に誓った。
俺はヒューさんから少し離れて、壁の掲示とかを見てみることにした。
ギルドの中は、受付があり、座って待てる木のロングチェアーがあり、そして教室に使うのか、個室が横並びに5つ、見える範囲からでもあった。
手前2つは扉が閉まっていて、奥3つは扉は開かれている。
外から見ると2階もある様なのだが、このスペースから2階に上がる階段は見当たらない。
建物の半分ほどが受付やらの奥側になるので、2階はそちらだけなのかも知れない。
受付の横には、掲示板があった。相変わらず異世界文字は読む事は出来るので見てみると、定期講座として毎週なのか? 何曜日、的なことが書いてあるがそれはさすがに文字が分からん。
ただ、定期講座だけでも、料理、狩猟、木の実などの採集、縫い物などがあるようだ。
随時の講座については「係にお問い合わせ下さい」とだけ書いてある。定期講座に「魔法教室」は無いので、随時の方に入るんだろう。
そうしてしばらくすると、ヒューさんが俺を手招きして呼んでくれた。
「シューッヘ殿。こちら、魔法講習を担当する、アリアさん。アリア、こちらはオーフェンから来たシューッヘ殿だ」
と、手早く紹介してくれた。
初めまして、と俺がアリアさんに頭を下げると、えっ、という女性の声が頭の上を飛んでいった。
「えっ?」
寧ろ俺の方が何かやらかしたか気になって、同じくえっ、である。
「シューッヘ殿。オーフェンとは違いローリスでは、挨拶は握手が基本です」
「あ、そうなんですね。失礼しましたアリアさん、改めて。シューッヘです」
俺の手をがっしり握り返してくれる。
がっしりだけど……少し、ふかっと柔らかくて、温かい。
「シューッヘ君ね。魔法を習いたいって聞いたけど、生活者ギルドで教えられるのは基本的に生活に密着した魔法だけになるけど、それでOKかな?」
と、アリアさんは言った。
俺としては、戦闘に魔法を使うことは全然必須じゃない。光が全部それはやる。
そもそも「魔法って何?」状態だから、教えてもらえるならそれこそ何でもいい。
「俺、魔法のことよく知らないので、少しでも知りたくて」
「あらそうなのね。それなら、安全な魔法ばかりの生活魔法の方が、学ぶのに良いと思うわ」
「では、わたしはこの辺りで。あとは若い者同士で」
「ちょっとヒューさぁーん! そういう事言われるとちょっとやりづらいんですけどー!」
文句を飛ばすアリアさん。いや。ほんとそう。ムチャクチャきれいなアリアさんを前にして、どうぞお二人で的な事言われたら、意識しないでいろって方が無理。超試練だこれ。
「シューッヘ君、ちょっと顔赤いけど、熱ある? 大丈夫?」
「だっ、大丈夫です! き、緊張しているだけなので!」
「それなら良いけど……魔法って、普通の力とは使い方が違うから、何か体調に変化があったら、すぐに教えてね。そこだけ、絶対守るって約束できる?」
アリアおねえさんが、ちょっと真面目そうに、でもキュートに、俺にちょっとだけ近付いた。
「や、約束します」
「うん! じゃ、講習室で基礎測定から、ね。リムー、5番使うわよー」
受付の可愛らしい人は、リムさんというらしい。はーいと答えて、アリアさんにカギを投げた。
と……んん? 今、カギの軌道が変わったような……気のせいかな。アリアさんはカギを受け取ると、俺を先導しつつ、5番講習室と小さな看板の付いた部屋に入った。




