第18話 直前ミーティング 各責任者と共に、陛下もご一緒で。
俺の漠然とした不安が、そもそも結婚式の日の不穏な話に端を発していた事が分かり。
更にそれを「何か分かれば良いなぁ」位のつもりで女神様に伺ってみたら、とんでもない試練が待ち受けている事が分かり。
フェリクシアさんは女神様から、神様認定グレーディッドとなって新しい属人魔法というのを賜り。
アリアさんは「生活魔法が妨害魔法になる」というデバフみたいな話を教えてもらい。
俺は俺で、オーフェン王との会談が単なる儀礼的な会談では終わらず、魔導水晶絡みの何かがある事を告知された。
俺もアリアさんもフェリクシアさんも、それぞれにかなりのショックを受けた女神様との対話。
アリアさんが、下手をしたら死んでしまうかも知れない……いやいや、今はそれは考えないでおこう。ウロボロスの瞳もあるし。
「と、取りあえずフェリクシアさん、お茶を入れてもらって良いかな? その……温かいお茶を」
「あたしも、お茶欲しい……」
「私もだ。しばしティータイムとしよう……」
それぞれに声が重い。そりゃそうだ、あれだけの『予言』をされれば、誰だって気が重くなる。
俺、いつも通りヒューさんに頼るつもりがあったんだな。ヒューさんが来ない、と聞いて、結構ショックを受けてしまった。
「アリアさん……俺のいない所で、死んだりしないでね。絶対だよ、ぜっ……」
目頭が不意に熱くなって、涙が頬を伝った。アリアさんが死んでしまうなんて。アリアさんがっ!!
「あたしも、死なない様に頑張る。シューッヘ君も、王様との話し合い、無理しないでね」
アリアさんが腕を伸ばして、俺を抱きしめてくれる。温かく柔らかいアリアさんの身体に、生きているその身体に、俺の涙は余計に溢れた。
「あたしもまだ死ぬって決まった訳じゃないから、精一杯何とかするよ! 誘拐犯なのか強盗なのか、それとも兵士なのか分からないけど」
「無理して戦っちゃダメだよっ? 強盗でも誘拐犯でも、怒らせると逆上して、後先考えない事する奴って必ずいるからっ」
「うん。心配してくれて、ありがとう。あぁー、ひょっとするとこんな風に抱き合えるのも、これが最後かも知れないのよね、シューッヘ君……」
「悲しい事言わないで、余計泣けて……」
さめざめ。涙が止まらなくて、アリアさんが惨殺されている姿が勝手に想像されてしまって、声を掛けても動きも話しもしないその姿に……
「おおぉぉぅおおぅおぅぅぅぅ……」
「シューッヘ君。大丈夫。あたしはまだ生きてるし、生きるよ、絶対。死なない。フェリクも女神様の奇跡を頂いたんだし、大丈夫だよ!」
声を上げて泣き出してしまった俺の頭をそっと撫でながら、アリアさんが言った。
「邪魔、だったか……? お茶が入ったので持ってきたが……」
「ううん、邪魔じゃ無いよ! ありがと、フェリク」
「うう、うう、ううう……」
パッとフェリクシアさんの方にアリアさんが行ってしまったので、俺はその場で、膝にげんこつで泣き続けていた。
「ご主人様。まだ誰も、死ぬ事が確定した訳では無い。女神様の御言葉でも、死が避けられないという話は無かった。厳しい戦いになる事は間違いないようだが」
「そ、そっか、うぐぅ、アリアさんも、フェリクシアさんも、死ぬって決まった訳じゃ、うぅぅ……」
「そうだ。だから、ご主人様はご主人様で、堂々と英雄の仕事をしてきてくれ。私たちの事が気になって王に中途半端な対応をすれば、それこそ国家関係がこじれる」
「ぐ……う゛、うん、俺も、泣くのやめるよ。うん……俺は、俺の仕事をする、どういう対話になっても、ローリスの国益を、ローリス所属の貴族として、誇りを持って守る」
「そのいきだ。ご主人様は我らのリーダーだ。リーダーが最初から悲観していては、我々も気分が沈んでしまう。空元気でも元気にしていてくれた方が嬉しい」
「そっか、そうだよね……うんっ。フェリクシアさん、アリアさんの事、それからフェリクシアさん自身の事。死なないでね。またこの家で、一緒にお茶しよう!」
「ああ。もとより私はまだ死ぬつもりは無いさ。まして人間風情にやられるなど屈辱の限りだ。新しく賜った魔法も含め、不審者に容赦はしない。さぁ、今日のお茶は良い茶葉を使ったぞ。茶菓子が要らない程、自然の甘みがあるんだ」
フェリクシアさんが俺とアリアさんの前にカップを置いて、そこにティーポットから紅茶を注いでくれた。
温かい紅茶は、俺の心の怯えを溶かすように、俺の心は少しだけ、平穏に近付いた。
***
「じゃ、行こう。30分もあれば十分だよね?」
「ご主人様は念入りだな。10分もあれば王宮の入口までは着くぞ?」
翌朝。食事を終えてから、とても落ち着かなかった。
落ち着かないからと言って、朝食後の8時に王宮に行ったって、係の人が迷惑するだけだ。なので、あくまで屋敷で待機。
出来るだけ今日は何も考えない様にして、冷茶をすすりながら短剣を磨いたり、部屋に戻ってベッドメイキングなどして気を紛らわせた。
「アリアさん」
「うん、シューッヘ君。あまり気負わない様にね。それと、うっかりの言葉にも気をつけて」
そう。昨日俺たちが女神様から伺ったお話しは、伏せる事にした。
宿場町を攻める軍隊にしても、あくまで俺達が通り過ぎてから取りかかるらしいし、オーフェンに入ってからの事は、信じがたい事だろう。
女神様の御神託、となってしまうと、そもそもこの使節団の話自体が飛びかねない。それでは色々とマズいだろうと。それで、黙っている事にしたんだ。
王宮までの、坂を登る道のり。確かに10分で着く距離だったな。
歩いている最中、誰もしゃべらない。いつもであれば、アリアさん辺りが何か話題を振ってくるのだが、今日は黙々と歩いている。
ちょっと空気が重すぎるな……陛下の前に出た時に、何かあった事が見抜かれなければ良いんだが。
「ノガゥア卿ご到着! 御案内致します!」
王宮入り口に着くと、警備兵さんがすぐに見つけてくれて、案内される事になった。
とは言っても、多分3階フロアの奥までだろう。近衛の人しか、それより奥に進む方法を知らない様に思える。
大階段を上り、右手へ。そこには、今日は革鎧の近衛兵さんが2名いた。長槍ハルバードは革鎧でも持つものなのか?
そこで引き継がれ、更に奥へ。ヒューさんの私室の前を通って、奥の回廊へと進む。
近衛兵さんは、幾つもの枝分かれの道を、迷う事も戸惑う事もなく右へ左へ。俺達もその後ろにピッタリ着いて歩いて行く。
最後に左へ曲がると、階段が現れる。これを昇って左行くと謁見の間だよな、確か。
「本日の会議場は、こちらになります。どうぞ」
促され、階段は無視してそのまま廊下を進んでいく。幾つか重厚な扉があって、手前から3つ目の前で近衛兵さんが止まる。
「ノガゥア卿とご一行様、ご到着です!」
近衛兵さんが扉に向けて大きな声を出す。中から、入ってくれ、と声がした。ワントガルド宰相閣下の声だ。
「では、どうぞ」
「ありがとうございました」
扉を開けてもらい、中に入る。中には非常に大きなテーブルがあり、そこに地図が広げられている。
テーブルの向こう正面に、ワントガルド宰相閣下がいて、左側の真ん中辺りにヒューさんが、右手には見慣れない男性が3名いた。
「ヒューさん」
「シューッヘ様、おはようございます。いよいよでございますな」
「え、ええ」
つい。普通に答えれば良いものの、つい言葉に一瞬詰まってしまった。
俺は誤魔化す様にヒューさんのすぐ横に進んで、目の前の地図に食い入る様にして誤魔化す。
「奥様とフェリクシア殿も、此度は初の外遊。されど難しい事はございませんので、是非オーフェンを楽しんできてくだされ」
フェリクシアさんは表情を変えずに頷く。アリアさんもそうしているつもりらしいが、口元がヒクヒクしている。
「二人とも、緊張しちゃってるみたいで」
「その様ですな。シューッヘ様も、オーフェン王との会談はございますが、儀礼的なものと思われますので、自由時間をお楽しみ下さい」
「そのつもりです。オーフェンは『何でも買える都市』と聞いたので、現金を少し多めに持っていきますよ」
「ふぉっふぉっ。それは賢明ですな。オーフェン商人は、相手が貴族だろうが現金払いでないと物を売らない事が多いのです」
ふぅ……何とか誤魔化せたか。
「これでひとまず揃ったか。互いに自己紹介を」
仕切りはワントガルド宰相閣下か。
腕組みをしたまま、挨拶を促してきた。
「軍務省次官、スバル・ライトニーです。軍として全体の警護・警備を担当します」
「通商交渉を担当します、経済振興省のライン・クライスと申します」
「国境線交渉担当、ルヴァン・フラウスキーです。お見知りおきを」
ん? 軍務、通商は分かるが、国境線交渉?
にしても、全員名字持ちという事は貴族か。さすが国家レベルの交渉事だな、役人さんでも貴族なんだ。
「シューッヘ・ノガゥアです。こちらが妻のアリア、こちらは、メイド兼護衛のフェリクシアです」
「ノガゥア卿のお噂は伺っております。魔導水晶の新ものを掘り出されたとか。まさに英雄閣下ですな」
通商担当のライン・クライスさんが言った。持ち上げられているのは分かるので、ただ丁寧に頭を下げておいた。
「ルヴァン・フラウスキー卿。一つ伺っても宜しいですか?」
「卿はお辞めください、英雄閣下に持ち上げられては、立つ瀬がございません」
「そ、そうですか? では、フラウスキーさん。国境線交渉とは? オーフェンとの間に国境線の争いがあるんですか?」
「はい。ちょうど今回の旅程で巡って頂く宿場町が、どちらの国家に属するか。互いの意見はこれまで平行線で、故に現状は、宿場町地域は勝手自治区の様になってしまっております」
な、なるほどー……そこで女神様情報の『オーフェン軍進軍』につながる訳か。
「俺では到底分からない、難しい交渉ですね。ローリスの為、是非ご健闘を」
「恐れ入ります」
と、ワントガルド宰相閣下が咳払いを一つした。
「陛下がまもなくおみえになる。失礼の無いようにな、英雄」
「はい、それはもちろん。努力します」
「努力か。もう少しマシな回答がないものか。まぁ良い」
ワントガルド宰相閣下は、机の中央からススッと横にずれ、俺達がいる側の上座に立った。
そこへ聞こえてくる、カツッ、カツッ、という堅い音。陛下のブーツの音なんだろう。
奥の赤い幕がかき分けられ、陛下がお越しになられた。
俺はいつもの様に膝を折ろうとしたが、陛下は一言「よい」と仰せになったので、俺は一礼だけはして立ち直した。
「皆の者、御苦労である。まどろっこしいのは好かんので本題に入るぞ」
陛下がテーブルに両手をついて、参加者一人一人の目を見る様に視線を動かされた。
さぁ。
ボロを出さないように、最大限気をつけないといけないプレッシャータイムの始まりだ。




