第15話 リゾートから帰って ~フェリクシアさんとの押し問答~
いやー、子爵領の「ファザーンリゾート」はリラックス出来た。本当に行って良かった。
あれからプールへ出ると、アリアさんはホワイト系のフリフリしたショートスカートみたいな水着で。可愛かったなぁー。
フェリクシアさんは、競技用みたいな水着。ただその水着ほどには泳ぎは上手くなく、俺が一番上手かった。
遊園地施設の方に回って、わいのわいの楽しんで、夜はホテルでバーベキューとショータイム。
この時は、貸し出しのスラックスとドレスとがあって、VIPのボックスシートに座っても恥ずかしく無いスタイルだった。
ちょっとだけ言えば、ドレスにいがぐり頭、というスタイルが少しだけ衆目を引いていたが、からかわれる様な事も無く、安全なリゾートだった。
帰りにはお土産も買って。アリアさんは缶類の収集癖でもあるのか、中身の菓子はともかくって感じで、入れ物選んでいたな。
4つ位は買っていて、1つヒューさんへらしいが、それ以外は「缶はあたし使うの」だそうなので。焼き菓子類にはしばらく困らないだろう。
そうして楽しく遊んで帰ってきたら、やはり待ってるものは待ってると言うべきか。王宮からの使者が昨日来てたらしい。
となればいよいよ、オーフェンへの出立が近い。俺はホールで一人お茶をすすり使者を待ちながら、これからの事を考えていた。
因みに、フェリクシアさんは買い出し。アリアさんはバルトリア工房へ、ネックレスと短剣の収納箱の相談に。よって俺一人。
オーフェンへは、7日掛けて行くんだそうだったな。
各宿場町を通って、そこにお金を落としていくって意味もある国家行事。
主役は、表向きは俺なんだが、実際は通商交渉やら共同防衛軍構想の土台作り調整議論など、事務方官僚の人たち。俺はお飾りだ。
ただ、お飾りと言っても外交使節団と名が付くだけあって仕事はあり、オーフェン王主催の晩餐会への出席、会談が、俺に割り当てられた仕事ではある。
オーフェン王の顔を思い出すに、ゾクッと寒気を感じる。鳥肌もゾゾッと立つ。やはり、苦手意識が深く入り込んじゃってるらしい。
アリアさんが言うには、苦手意識は無理して抜く事を考えるよりは、この際よく相手を見て「見識を新たにする」方が良い、と。
確かに、最初の時の立場と今の立場では、かなり立ち位置が違う。今の俺はローリスを代表してオーフェンに渡るほどの立場だ。
あの時は……まさに虫けらでも見るような目で見られ、命なんてあって無い様な扱いだったからな。いかんいかん、それ思い出すと吐き気がする。
あの時オーフェン王が掛けた言葉が、今回もまた掛けられる事は無いだろう。ローリスの名前を背負っているんだから。
どこまで変化するかは正直分からないし、あまり手のひら返しも気持ち悪いものがあるが、虫けらを見る視線でなじってくる事は無かろう。
その「新しい」オーフェン王の姿こそ今のリアルなんだから、それをしっかり新たに焼き付けて、過去のキツい思い出を上書きする。
と、そんなところが、アリアさんの言っていた『対抗策』である。会うまで不安とかをなんとも出来ないのは少々辛いが、仕方ない。
冷茶は、フェリクシアさんがピッチャーに氷と共に満たしてくれてある。
朝から3杯目になる冷茶をカップに注いでいると、玄関がノックされた。
「はーい、どちらさまですかー」
「王宮の者です。王宮より、言づてがございます」
うん、どうやら正規の警備兵さんの模様だ。
怪しい雰囲気とか、不自然さや動揺した様子等不審点は一切感じない。
俺はドアまで行き、半分位まで開いた。
「あ、ども。お仕事お疲れ様です」
うわ重装。頭の被り物は無いが、プレートアーマーをフルで着込んだ兵士さんだった。
おや? このプレートアーマーは……確か近衛兵さんの着る物だと思ったが?
「はっ! 王宮より、外交使節団の出発が明後日に決まったため、明日の10時に打ち合わせの為、登城する様にとの事です!」
「了解です、10時ですね? 場所は?」
「ご到着次第、御案内申し上げます!」
なるほど……近衛兵が伝令に来て、集合場所を伏せるって事は……陛下も来られるのかも知れないな。
ん。てか考えてみれば、直前・最後のミーティングなんだから、そりゃ陛下は必ず来られるか。
「分かりました。では明日の10時に王宮に、必ず参上します」
「はい、宜しくお願い致しますっ!」
近衛兵さんはガシャッと鎧を鳴らして敬礼をし、きびすを返してスタスタと去って行った。
入れ替わりに、フェリクシアさんが。背中にいつものように大荷物を背負って帰ってきた。
「ご主人様? 使者が来たのか?」
「うん。何でも、明日10時に登城する様にって」
「10時に登城か。割と楽なスケジュールで良かったな」
扉を大きく開ける。フェリクシアさんがスタスタと入ってくる。
「いつも思うんだけど、その荷物って重くないの?」
「そりゃ重いが、毎回の買い物に毎度馬車など出せないからな。何処の貴族家でも、力持ちが買い出しをするか、出入り業者に持ってこさせるか、だ」
と言うやそのまま、キッチンへと進んでいった。
「奥様は? まだお戻りではない?」
「アリアさんはまだだね。デザインとかも凝りたいだろうし、長い話になるんじゃない?」
こういう『メイドさんが動いていて、俺はどっかり座っている』というシチュエーションは今でも苦手である。
前に手伝おうとした事があったが、フェリクシアさんから至極丁寧に断られた事がある。メイドはメイド、主人は主人、だそうで。
もっともその主人の仕事を特に何もしてないからこそ、何かに手を出してなんとか「動いてる感」だけでも出したくなるんだろうけどなぁ。
「お茶は足りてるか? 別のお茶に変えるか?」
「いや、お茶はこのままで良いよ。それより、前に話した短剣の『2つ目の魔法』について覚えてる?」
「ああ。ただそれについては、今一度魔導水晶という物の性質の整理をした方が良いと思う。ご主人様の知識は少し偏りがある」
「えっ、そうなの? 分かってるつもりでいたな、危ない危ない」
どうやら、フェリクシアさんからすると俺の知識は生半可な模様だ。
「食材を魔導冷庫に入れたら少し教えるので、2つ目の魔法をどうするか考える材料にしてくれれば良い」
言いながら、既に魔導冷庫に色々押し込んでいる。
しかし魔導冷庫も結構チートな性能持ってるよな。冷凍も小さいがあるし、肉類なんてかなり日持ちしてるし。
「待たせた。今そちらへ行く」
パタパタとキッチンからホールへと、フェリクシアさんが来る。屋内もブーツだから、パタパタって感じでも無いな、ガッガッ、て方が合ってるか。
「ではご主人様、今御自身が把握している魔導水晶の性質を、ここに列挙してくれるか?」
「分かった」
俺は思いつくだに次々書いていった。魔法を吸収する性質があること、魔法を封じ込めておいて魔導水晶から放てること。
更に、魔導水晶は中の魔力が減ると色が変わり、空になると粉を吹くことも書いた。
それからあの短剣に関して、汎用反魔法が既に入っている事実、それに磨りガラス加工の左右で別の水晶では無いかという疑問。
紫色を抜くのには、結構な魔力を押し込まないといけなかったこと。これは帰ってきた日の夜、地下でやってみた。
目がしばらくチカチカしておかしくなる位の[エンライト]を吸わせてやったら、ようやく純透明な、元の姿に戻った。
これらを列挙した紙を、渡されたペンと共にひっくり返して渡す。
俺としては日本語で書いているんだが、何故か読んでもらえるのが、女神様翻訳の不思議なところ。
「うむ。基本は大丈夫だ。応用部分になる『魔法の入れ込み』だが、複数入れると発動が途端難しくなる。たとえ、その短剣が魔導水晶2枚貼り合わせだとしても」
「えっ? そうなの?」
「ああ。真反対の魔法や、イメージが完全に異なる魔法であればそこまで支障は無いんだが」
難しく……実際どの位難しいかも、問題だよなぁ。
と。
「既に反魔法が入っているその短剣」
フェリクシアさんが俺の腰の短剣を指差す。
「反魔法は凄まじい魔法消費だが、あの程度の色変化で済んでいる。品質が良いんだろうな、魔導水晶としての。
大魔法を複数入れる事は、キャパシティーから行けば簡単だが、発動しなかったら厳しい。一度入れると抜くのは困難だしな」
「簡単に入れたり消したりは出来ない、と?」
「うむ。入れるのは比較的簡単だが、抜くためには術式崩壊の魔術式が必要で、それは元々の魔術式が分かっていないと描けない」
「あれ……ひょっとしてだけど、反魔法入れたのってヒューさんではないとか? ヒューさんも反魔法使うけど、死にそうになってたし」
「そうかも知れんな。どういう来歴のある魔道具か分からぬから何とも言えないが、いずれかの持ち主が入れたきり、というのはあり得る。ヒュー殿が、というのもあり得るが」
そうか、来歴か。これは7日間の道中暇があったら、ヒューさんに聞いてみる事にするかな。
「そもそもご主人様は、仮にもう1つ魔法を入れるとしたら、何を入れるんだ? 前に言っておられた時空魔法か?」
「うん、そのつもり」
「だとしたら、発想を逆転した方が良い。魔法式は、保持者に無制限に魔力を流す様に。ご主人様自身がその魔力をコントロールして使う。
時空魔法は、聞く限りでしか知らないが、細かい設定が必要な魔法と聞いている。毎回細かく設定項目が変わるようだと、魔剣に入れ込むには無理がある」
なるほど……あくまで時空魔法の行使者は俺で、その魔力面のサブタンクとしてこの短剣を使うのか。
「しかし前も言ったが、もしご主人様が私の命の為だけに時空魔法をと考えておられるのであれば、是非やめてもらいたい。
私は死ぬ時は死ぬものだと思っているし、それこそ下手に損壊した身体や頭を抱えて生きていくのは、正直辛い」
「フェリクシアさんの死生観は、前も聞いてるから少しずつだけど理解しているつもりだよ。
けど、これは主人として、『アルファ』のフェリクシアさんを死なす事は出来ない。もちろん老衰とかであれば別だけどさ。
言い方が悪いけど、俺が主人している間は、死なせる気は無い。その代わり、身体や脳に障害を負わせた形の、中途半端な巻き戻しも絶対しない」
フェリクシアさんは、表情を変えない。こればかりは、どうしても平行線になるんだよな。
俺は死なせたくない。けれどフェリクシアさんは「死んだら死んだ、その時が死に時」と思ってる。
死生観の違いにぶつかっても、俺はフェリクシアさんを殺されたくは無いので、時空魔法行使の為に短剣を使うつもりだが。
少し、重めの沈黙が続く。俺も動かないしフェリクシアさんも動かない。
お互いの呼吸だけが全てで、それ以外の音はなく、魔導空調のそよ風がかすかに肌にそよぐだけだった。
しばらく続いただんまりを打ち破ったのは、フェリクシアさんだった。
「分かった、ご主人様の頑固さには参った。生き返らせてくれても構わないが、五体満足に戻してくれよ? 半端なのはごめんだぞ?」
「それは約束する。もし半端にしか戻せないようだったら、俺も諦める」
俺が頷くと、フェリクシアさんも渋々と言った感じで頷いてくれた。ようやく妥結だ。
「フェリクシアさん。主人として命じます。この短剣に『魔導水晶由来の魔力を持ち主に融通する魔法式』を入れ込んでください」
「了解した。危険が無くもないので地下で行う。借りるが良いか?」
俺は黙って短剣を腰からさやごと外し、フェリクシアさんに手渡した。
フェリクシアさんは受け取り、黙礼をしてその足で階段を昇っていった。地下行き魔法陣のある方へ。




