第14話 ウェルカムトゥー「ファザーンリゾート」
子爵領地まで辿り着くと、そこには簡素だが広い門があった。
が、フルオープンで、一応門兵はいる、という感じ。警戒感は無い。
「ようこそ、ファザーンリゾートへ!」
門兵と思っていたが、挨拶係も兼ねているらしい。厳つい城塞都市の門とは全然違うな。
「ここ、ファザーンリゾートって言うの? ファザーン子爵様?」
門兵に聞けば良い様な話だが、ついフェリクシアさんに聞いてしまう。
「そうだ。やはり領地の一大施設ともなると、自らの名前を付けたい貴族は多いようでな」
頷いて、応えてくれる。情報面ではフェリクシアさんに頼りっぱなしだな、俺。
特に通行証のチェックとか、ありがちな事は何も無く、そのまま門を通り抜けていく。
門の向こうには、今度はリゾートっぽい入口がある。遊園地の入口。
プールメインを主張したいんだろう、水柱やら大波やらが描かれた壁があり、その壁にチケット売り場がひっついている。
「チケットを買ってくる。少しの間、荷物を頼む」
フェリクシアさんは言うとその場にティーセットバックを置き、すぐチケット売り場へ駆けていった。
「ようやくプールね! 楽しみだわー」
「俺も、砂漠の国でプール入れるとは思わなかったから、楽しみだよ」
アリアさんはニッコニコ。俺も釣られて笑顔になってしまう。
今の時間が……日の高さから言って、概ね14時くらいだろうか。遊ぶには今の時間が一番気持ちよさそうだ。
と、フェリクシアさんが3名の男性と共にこちらへ戻ってきた。
いずれもコスチュームが統一されていて、水の魔神か何かのイメージの様だ。この世界でターバンは初めて見た。
背格好も似たような感じで、剥き出しの腕や足の筋肉の付き方も似ている。
顔面にも派手なラインを引いてあったりと化粧が激しいので、正直3人の区別が付かん。
「ようこそファザーンリゾートへ! 本日御案内させて頂きます、イルアです!」
「カザンです!」
「ファイニィールです! 3人合わせて、【ファザーンおもてなし隊】です!!」
フェリクシアさんを飾るように、ダンサーの様な決めポーズを作っている。
「えーと、イルアさんにカザンさんに、フ、ファイニィールさん、だね?」
嚙んだ。
「誰が誰か分からなければ、どれかの名前をお呼び下さい。手の空いた者が素早く対応させて頂きます」
「と、言う訳だ。今日は特別厚遇プランでの入場で、ホテルもこの時点で押さえられた。メイドがメイドを雇うのは少々アレなんだが……」
「あーなるほど、リゾート内限定のメイドさんって考えれば良い訳か。感覚が掴めたよ」
そうだよなー、フェリクシアさん、いつもずっと働き通しだけど、きちんと息を抜くところは、自分で調整出来るんだな。
さすが俺より2つ上の社会人。社会人経験はもっと長そうな感じはするし。
「じゃイルアさん、かな? 早速俺と妻のアリアさんを、それぞれ着替え場所に案内してくれるかい?」
「はい喜んで!」
「奥様の方は、途中で女性のスタッフと交代致します。お着替えもお手伝い致します」
「ありがとう、カザンさ……ん? すっかり聞いてなかったけど、フェリクシアさんもプールの準備は?」
「一応してきてある。私もリゾートを楽しんで良いか?」
「そりゃもちろん! アリアさん担当の、えーと、カザンさん? フェリクシアさんもまとめて担当してね!」
「かしこまりましたー!」
おもてなしスタッフのテンションが結構高くて、それだけでリッチに遊びに来た感が結構ある。
アリアさんから袋を手渡された俺は、えーと、イルアさん? 違うか、ファイニュールさんかな? が持ってくれて、移動。
ここかな? と思った大きそうなスペースは無視して奥の廊下へと進む。そこじゃないの?
で……辿り着いたのは、VIP用っぽい豪華な扉の部屋。男性のはポセイドンっぽい飾りが、女性の方はヴィーナスっぽい飾りが、それぞれの扉に付いている。
「えーと、ここでそれぞれ準備?」
「左様にございます! ご婦人担当の者も、すぐに参りますので!」
「そっかー、じゃ、ともかく俺着替えちゃうかな。じゃ担当の……」
「イルアが担当します! どうぞ中へ!」
「じゃ、アリアさん、フェリクシアさん。先に着替えさせてもらうね」
「うんっ、似合うと良いなっ!」
俺としては、俺の水着はある意味添え物、ステーキのパセリであって、メインはアリアさんの水着姿だ。
でも、あれだ。今日、意図せず道中でアリアさんの髪をいがぐりにさせてしまった。
そのいがぐり頭を完全にスルーするイルアさんらはプロだなと思えたが……果たして水着は似合うだろうか?
俺はドアをくぐり中へと入った。テーブルにはフルーツがデカいカップに山積みされている。
その横には、アイスクーラーに入ったワイン。ドリンクサービスまで付いているようだ。
最初っから一杯引っかけてては、存分に楽しめないかも知れない、俺弱いし、酒。
取りあえず着替えをしよう。
「イルアさん? 水着、その袋の中にあります?」
「はい、こちらですね! 競技スタイルの、スポーティーなモデルで大変格好いいですね!」
パッと袋から出て来たのは、思い切りビキニスタイルの黒い小さな長三角形。
えーと……俺、最近食べ過ぎてて少し腹出て来てるけど大丈夫なのこれ。
「あーと……これ、俺の奥さんが用意してくれたんだけど、そもそも入るかな」
「伸縮性はございますので、まずはどうぞお試しを!」
「うーん、不安しかない」
と言うものの、アリアさんが買ってきてくれたんだから、履かない訳にはいかない。
俺はちょっぴりの覚悟を決めて、スポーティーなモデルと称された三角形に着替えるべく全部脱いで、早速足を通してみた。
かなりタイトなのかなと思っていたが、思いの外伸縮性がある。石油素材が無いこの世界でこの伸縮性は凄いな、何から作ってるのかな。
「サイズは、何とか良い感じ? かな?」
「お似合いです!」
「そ、そう? ちょっと布面積狭い感じが……」
「大丈夫です! セクシーにバッチリ決まっています!」
せ、セクシー。俺の締まらない肉体にセクシーという形容がされるとは思ってもいなかった。
まぁ、ようやくそこのイルアさんが『褒め担当』なんだなとは分かったが、一応聞いてみるか。
「アンダーヘアーとか、はみ出てない?」
「アン……失礼、今一度お願い出来ますか?」
「えーと、下の毛」
「あぁ、城塞都市ではアンダーヘアーと呼ぶのですね! 田舎者ですので、存じ上げませんで失礼致しました!」
い、いや城塞都市関係無いが……まぁ説明するのも面倒だな。
「幸い、少しはみ出しているだけですので、ハサミにて!」
「えっ、切るにしても、鏡無いよ?」
「切って差し上げますので、ご安心下さい!」
「えぇぇぇ、安心って、なんか違うー」
水の魔神の格好をした野郎に、股間周辺を晒して、チョキチョキとハサミを動かされる。
どうにも肝が冷える。チョキ、って切られないか、脱いでないからそもそも心配ないんだが、どうにも、腰が引けてしまう。
かと言って、女性スタッフにやらせて良い仕事でないのは間違いないのだが、他人の男にこの部分を任せるのは……
うーん、自分がもう少し器用なら、この位チョキチョキ出来たような気もするが、仕方ないな。我慢我慢。
「……はいっ! 仕上がりました! はみ出しも、チョロ見えも、ございません!」
「ちょ、声デカいよ」
何処までも元気が売りですと言わんばかりのバカでかい声に、ちょっと先行きが心配になる。
まぁ今日は、こんな感じの太鼓持ちを連れて、リッチに遊ぶ日なんだなきっと。
「ここで待たれますか? 奥様方の方へ行かれますか?」
「うーん、ドア前までしか行けないけど、向こう行ってみようかな」
俺の何気ない発言で、イルアさんが扉をバーンと開いて道を作る。いちいち動きがデカい。
気にしないようにと思いながら、俺はヴィーナスの扉の前に立った。
「アリアさーん、そっちの準備はどうー?」
俺が呼び掛けると、中から少しくぐもった声で、
「もうちょっと掛かるかもー、フルーツ食べて待っててー」
と、回答があった。
うむ、女性の水着お着替えにどれだけ時間が掛かるのか知らないが、男ほど簡単では無いのか?
まぁ「待て」と言われたからには、素直に待つ事にしよう。
「残念でしたね旦那っ、奥様のお着替え、ご覧になりたかったのでは?」
「妻のはともかく、メイドのフェリクシアさんの見たら、多分首と胴体が分離されるから無理」
「またまたぁ。でも旦那は紳士でいらっしゃいますね! さぞモテるでしょう?」
「それこそ『またまたぁ』だよ。俺は妻一筋なの」
「おーっ格好いい! モテる男の余裕ってヤツですね!」
と、ポセイドンの扉をまた開いてくれて、中に入る。
どうもこのイルアさんは、若いようだ。着てる装束と顔の化粧ってかペイントのせいで年齢が分からんが、話し方が若い気がする。
「うーん、フルーツか。この中で一番珍しいのってどれ?」
「こちらのフレアグレープですね! 燃える様な赤色の粒で、珍しいんです」
「どれどれ」
プチッともぎって、口に放り込んでみた。
皮残るかなーと思ったが、皮まで食べられる品種の様で、そのまま美味しく頂けた。
「美味いね。じゃ逆に、この中で一番庶民的な、普通のフルーツは?」
「変わった事を仰いますね。一番……このリモージでしょうか」
おっ。これがリモージか。色合いはオレンジっぽいが、少し小ぶりで角がある。レモンっぽいと言えなくも無い。
「リモージ、良かったらカットしてくれる? 俺切り方知らないんだ」
「かしこまりました! 少々お待ち下さい!」
戸棚から木の板のまな板とナイフが出てくる。
見ていると、リモージの頭とお尻をタンタンと落として、上手い具合に切り込みを入れて、ムキッと皮を剥ききった。
更にそれを手で一房ずつに分けて、綺麗に並べて……そのまな板とナイフがこっち来た。これで食べるのか。
「あむ……んーんー、こんくらい甘いとんまいね、ここまで来る時に飲んでた高山リモージはやっぱちょっと酸っぱい」
「高山リモージがお好きなのですか?」
「いや、リモージ自体今日初めてなんだけど、うちのメイドさんがピクニックドリンクに高山リモージのジュースを用意してくれたんよ」
「高山リモージの。スッキリしていて飲み口は良さそうですね」
「うん、スッキリはしてたけど、ちょっと酸っぱくてね。俺はこの普通のリモージの方が好きだな」
「大変失礼ですが、旦那のご職業など伺っても構いませんか? 何だか想像が付きませんで……」
イルアさんの顔を見ると、「この人何物?」と言いたげな表情をしている。
うん、リモージを「今日初めて食べた」とか、それはローリスの「普通」じゃ考えづらい相手ではあるだろう。
「あーんと……職業は、英雄? ローリスとしては、シューッヘ・ノガゥア子爵の肩書きの方が通るかもしんない」
「ノッ!! ……ノガゥア卿でいらっしゃいましたか、こ、これは大変失礼致しましたぁっ! その、私どもでは、失礼があるやも知れません、大丈夫でしょうか……」
「遊びに来ただけで外交しに来た訳じゃないから、精一杯楽しく遊ばせてくれれば」
「左様ですか! それだったらお任せ下さい! 当施設を知り尽くした我らおもてなし隊、水遊びの楽しみ方については、自信があります!」
良かった、自信を取り戻してくれたようだ。
まぁ後は、貴重品の保管かな。さすがに幾らVIPルームだからと言っても、星屑の短剣も時の四雫も、置いてはいけないほどの貴重品だ。
こんな所にまで来て仕事させちゃって悪いけれど、フェリクシアさんに預けるのが一番安心だ。
「旦那っ、貴重品ですか? こちらのロッカーへどうぞ!」
「うーん、その程度の鍵のロッカーに預けて良い代物じゃないからねこれ。うちのメイドさんに預かってもらうよ」
少し残念そうなイルアさんではあるが、こればかりは仕方ない。フェリクシアさんからも、さっき強く言われているし。
と、そんな事をしていたら、ドアがノックされた。入って良いーって? もちろんだ!




