第13話 ピクニックのはずが、どうやらお泊まりになるらしいです。
遠くから、アリアさんのキャハキャハ笑う声が聞こえる。うーん、微妙に集中出来ない。
妻の裸なんだから見ても良いじゃないかと思う反面、相手が承諾してないんだからそれはいけない、と倫理観が頭をもたげる。
トラブルになるのは、フェリクシアさんまで脱いでいた場合か。これは、正直申し開きも出来ないので厳しい事になる。
うーん、気になる。笑い声はまだ響く。楽しそう。けど、『のぞきはご遠慮願う』と言われたばっかだしなぁ。
ふーむ、集中出来ん。
握っている星屑の短剣の刃を見てみても、それ程紫色を飛ばせた感じも無く、ただ柄が汗ばんでいるだけだ。
これ以上色消しやってても、無駄かな……ちょっと腰掛けて、この短剣について、ここまでで分かってる事をまとめよう。何せ新事実が多すぎる。
まずこの魔剣『星屑の短剣』には、反魔法が籠められている。これは先日の発見だ。
この反魔法は、フェリクシアさんの見立てによれば汎用タイプらしい。
そう言えばヒューさんが反魔法を使った事が、俺がローリスに辿り着く前までに1回だけあったな。が、凄い消耗したんだよな。
あの時は、そう……俺が初めて時空魔法を使ってヒューさんをこの世に引き留めた、そんな時だった。マギ・エリクサーデビューでもあったな。
そんな反魔法を『籠める』という作業が、どれだけ消耗をもたらすかは分からないが、簡単では無かろう事は分かる。
ただ、そのヒューさん。
この短剣を渡してくれる時に、明らかにフェリクシアさんの方に視線を投げてたんだよなぁ……。
絶対見間違いでは無いほどにハッキリした視線だったし、反魔法があるならフェリクシアさんにそんな依頼する様な目はしないだろうに。
例えば? 元々この『星屑の短剣』にはデフォルトで反魔法が入っている、と。で、もしかすると、もう1つ魔法が入るよ、とか。
そうでも無ければ、わざわざフェリクシアさんにあんなに分かりやすい視線を向ける意味が分からない。
まぁ、反魔法はまだ地下室で試してみただけ。あまり実践どころが無い。危機が迫れば乱発しそうだが。
今のところ、この平和な状況で、反魔法を駆使して突破する様な事象は起こっていないからなぁ。
それこそ、あったら嬉しい「もう1個」の魔法枠がホントにあったとして、それが魔導水晶から直接力を得て発動するのであれば。
色々練習したけれど、端的に5分ほどのロールバックをする時空魔法を籠めてしまえば、俺の懸念は解決する。
この短剣に「枠」が幾つあるかとか、測定出来ないものかな。
デザイン上で気になる所と言えば、短剣と命名されつつも、これ、ナイフっぽいんだよな。
短剣って言ったら普通両刃な気がするが、この短剣は片刃だ。それでいて、刃として切れる加工がされている面積が狭い。
地球の何かになぞらえると、カッターナイフの刃だけ貼り付けたナイフ、ってトコか? 刃で無い所の面積が大きいんだよな。
恐らく、この面積部分で反魔法なんてデカい魔法を入れ込んでいるんだろうが……ただそう考えると、ちょっと疑問に思える所がある。
短剣、の名にふさわしい飾りとして、中心部に柄から先まで、魔導水晶が磨りガラスの様に削られて出来ているラインが入っている。
よく見てみると、そのラインの左右で、色の付き方が若干異なる。刃の付いた方は、より濃い。刃の無い方は、厚いからそう見えるだけかも知れないが、多少薄い。
違うと言っても僅かな色調の違い程度なので、確実にこうと断言も出来ないが……これはフェリクシアさんに聞いてみる案件かな。
「おやご主人様、色抜きは上手く行かなかったか?」
と、不意に後ろから声を掛けられた。待ってた相手なのでこれはこれでありがたい。
「フェリクシアさん、ちょっと見て欲しいんだけどさ、このラインの左右で、色、違わない?」
「む? どれ、借りるぞ……なるほど、確かに僅かな色差があるな。よく気付かれたな」
「うん。色抜きが思った程上手く行かなくて、それでじっくり物を見てたら気付いたんだ」
フェリクシアさんから短剣が返ってくる。
「この短剣、もしかしてって思うだけで根拠は無いんだけど、2つの魔導水晶を合わせた物じゃないかなって思って」
「もしかしてだけでそう思われるご主人様ではあるまい。何か根拠をお持ちなんだろ?」
フェリクシアさんの視線が鋭い。ふふん? とでも言いたげな視線。うーん、俺ってそんなに読みやすい?
「参ったな、根拠って程の確信は無いんだけど……これをヒューさんがくれた時さ、フェリクシアさんの事、随分見てたじゃん?」
「あぁ、そうだったな。それ故てっきり、この魔導剣に仕込む魔法を私が描くものだと勘違いした」
「いやそれが、もしも魔導水晶が物理的に1つじゃなくて2つだったら、魔法2つ入るんじゃ無いかなって思って」
「はっ! なるほど確かに、それは、間違いない。仮にこの短剣が2つの魔導水晶の貼り合わせで出来ているのであれば、魔法は2つ入れ込める」
「それで、刃側の半身の方には汎用反魔法が入っていて、実は逆面は空っぽなんじゃ無いか、って思ってさ。だけど俺だけじゃ検証しようも無くて」
「あー気持ち良かったぁ、あれ、二人とも何か真剣?」
タオルで髪をガサガサしながら、アリアさんが木々の向こうから出てくる。
「真剣と言うか、この短剣に実は隠れた性能があるんじゃないかって話でさ」
「えー、まだ出てくるの? あれだけ切れて、魔剣としても強いんだし、もうそれで良いじゃない」
「良いじゃないって言われても……この『星屑の短剣』自体が持ってる力がまだあるっぽいから、折角だから引きだそうって思ってさ」
「ふーん……なんだかだんだん、ピクニックじゃ無くなってく気がする」
う゛。それを言われると弱い。
今日の目的は、武器の品定めでは無い。パーティーの一体感を紡ぐためのピクニックだ。
「そ、そだね。今日はピクニックが主題だから、短剣の話はまた今度にしよう」
「うん、それが良いよっ、今のままでも十分強いんだから、その短剣!」
「そ、そうだね。じゃ、ちょっと寄り道しちゃったけど、ピクニックに復帰しよう」
「ならば、せめて屠った獣たちを焼いて埋めていく。少しだけ待って欲しい」
そう言えば「浮かばれる」とかそう言う話があったな、すっかり忘れてた。
アリアさんの剣幕と言うか、勢いに押されて、狩った獣たちの事すら忘れそうになっていた。いかんいかん。
フェリクシアさんは、動物の死骸を一箇所に集めて、火魔法でもってあっという間に、骨すら残らない程に焼き上げていた。
今はあの魔法が対獣で、その遺骸を火葬するために使っているが……対人間でも使えるんだよな、魔法だし。あの魔法は喰らいたくないな……。
僅かに残った灰を、何かの魔法でか、触れずに集めて、さっき俺が短剣で空けた穴の中にザザッと注ぎ込んだ。
そしてそこに、手で周りから土をかける。穴がよほど深いのか穴は埋まらなかった。俺は思わず合掌し薄目になった。
「? ふーん?」
俺の仕草を見て、アリアさんも同じように合掌する。それを見て、フェリクシアさんまでも、しゃがみながら合掌。
僅かな間だが、弔いの時間になった、かな。食べてもやれず革も使ってやれなかったが、成仏してくれ、動物たち。
「……よしっ、じゃ行こうか。今って全体のルートからしてどの位?」
「概ね、行きの行程の5分の1を過ぎた辺り、という所か」
「ちょっと時間取り過ぎちゃったかな。水着リゾートまで辿り着けるかなぁ」
俺の心配をよそに、アリアさんは余裕の表情である。
「プール遊園地は、行けたら行けたで良いし、気負わなくって良いから!」
「あ、うん。そう言ってもらえると、俺としてはありがたいよ。つい気にしちゃうんだよなぁ」
「まぁそれがご主人様のご性格であるから、奥様がケアして差し上げるのが良いのだろう。お似合いのペアだな」
「ふふ、そう? あたしでもシューッヘ君の役に立てるって、それも嬉しいのよっ!」
と、くるっとその場で一回転して、ニコッと笑みを振りまきながら、俺を見つめて止まった。
「アリアさんの明るさがあるから、俺、落ちすぎないで済んでるんだと思う。いつもありがとう、アリアさん」
「えへー、シューッヘ君、真面目だもんね。あたし息抜き担当ね! フェリクは何担当?」
「ん? なんだろうな。お茶担当ではダメか?」
あはは、と、何となくな会話で、何となく沸いてくる笑い。
誰もいない、俺達だけだからこそ感じられる、安息と心地よさ。
ピクニックかぁ……ピクニックでこんなに癒やされるとは、全く思ってもいなかったなぁ。
***
「復路に掛かる時間を考えると、遊園地施設内にある宿に泊まるか、ここで引き返すかの二択になる」
やっぱり時間を使い過ぎた。
あの場所からも、そんなにペース上げずに来たからなぁ、無理も無い。
「あれ? フェリク、遊園地に宿泊所があるの?」
「宿泊所というより、リゾートに似つかわしいホテルがある。今はそれ程混んでないシーズンだから、予約なしでも泊まれるかも知れない」
と、アリアさんが俺の方に急接近してきた。
「ねぇねぇシューッヘ君、お泊まり、しない? そしたら、夕方までプールで遊べるじゃん!」
「奥様、ナイトプールというのがあるらしく、夜更けまでプール三昧も出来るらしいぞ」
「やったぁ! シューッヘ君……だめ?」
っと……そんなおねだりな目をされては、俺はうんもすんも無い訳で……
「良いよ、泊まる用意とか全然してないけど、ホテルだったら大丈夫……かな?」
「やったぁー! お泊まりー♪」
到着前だというのにハイテンションなアリアさんである。
いやほんと、予約してないから泊まれるか確定じゃないんだけど、その辺りは大丈夫なのかなぁ。
と、言う疑問をフェリクシアさんにぶつけてみると。
「名も無き誰かが飛び込みで、と言うのとは違うからな。子爵様でもあるし、英雄様でもある。無理は幾らでも利く」
うわぉなんてパワー押し前提なのかと思ったが、まぁ日本でもVIP客は態度変わるホテルとか幾らでもあるからな。納得しておこう。
「確かになぁ、もう施設が遠目に見えてるここで引き返すってのは、かなり惜しいもんな」
「でしょ? あたしも、折角ここまで歩いてきたんだから、水着着たいし!」
と言う訳で、あと少しの往路も楽しく行けそうである。
着いたらまずホテルの部屋確保だな。異世界のホテルのチェックインシステムとか知らないけど、フェリクシアさんがいれば何とかなりそうだ。




