第12話 腰に下げた短剣の真価 ~危険物過ぎてどうしよう~
森の入口。と言っても、別に看板があるとかではなく、単にそこから木々が生い茂る領域になっているだけだ。
「フェリクシアさんは、そこの太い木に切り付ける感じ? それとも、奥の細い幹の木を切る感じ?」
フェリクシアさんの後を付いてきたのだが、説明が無いので何を切ろうとしてるのか、俺には分からない。
「あの斬撃力を見るに、太い木でも切り倒せる気はするんだがな」
「えー? さすがに短剣じゃ難しくない?」
アリアさんがすかさず言った。
俺もそう思う。俺が両手でしがみついても手が回らない程の直径がある木だ。切り倒せる気はしない。
「まぁ、太い木は下手に倒れてくるのが危ないから、まずは細い木で試そう。借りて良いか?」
俺は頷いて、腰から短剣を抜き、ひっくり返して柄の方をフェリクシアさんに向けた。
フェリクシアさんも相当気をつけている様で、柄を掴んでも俺が手を離すまでは刃を動かさなかった。
「慎重だね、フェリクシアさん。やっぱり下手すると俺の手が飛ぶとか、ありそう?」
「分からない、と言うのが答えだな。分からないからこそ、最大限の安全策を採っている」
なるほど、さすが軍人上がり。リスク管理はしっかりしている。
「では、そこの細枝の幹の木々を切り倒してみよう。試しに魔法力の斬撃だけで行けるか、敢えて刃の当たらない距離で振るぞ」
言うと、フェリクシアさんは短剣を普通の剣と同じように腰に引いて構え、静止した。
誰も動かない、僅かな静寂。そして、次の瞬間、シッと一声と共に、既に短剣は振るわれた位置にあった。
「……あれ? 何も起こら……うわわっ」
細い幹の木が、手前の1本だけじゃなく奥の数本までまとめてバサッと幹を断たれ枝を落とした。
しかもそれだけならともかく、随分離れた所の大きな木が、ズズッと低音を響かせながらズレ落ちて、そのままこちらに倒れてきた!
「回避っ!!」
フェリクシアさんの大声の指示にハッとした俺は、急いで横っ飛びに飛んだ。その居た場所に、どーーん、と轟音を響かせて大木が倒れ込んできた。
あ、危ねえ……大木狙わない理由はよく分かったが、結果として何処の大木か分からない大木が伐採されてしまった。
あっ! アリアさんは?!
「アリアさん!!」
「あたしは大丈夫ー」
見ると、アリアさんはフェリクシアさんに抱きかかえられる様にして、俺とは反対方向の草むらの中にいた。
ほー……良かった。色々フェリクシアさんがアリアさんのフォローをしてくれる、これは俺にとっては安心だ。
「さて……フェリクシアさんの斬撃は、一体何処まで切ったんだ??」
俺は倒れた巨木の上に乗った。
すると、倒れたのがこの巨木や手前の細枝の木だけでない事を知る事になった。
「うぇっ。剣の水平軌道上が、全部……?」
「どうやらそのようだな。見る限り、前方45°程度の広角に、距離は10レム以上。大きな目標にぶつかると、消耗・減衰するが、無ければ魔力が尽きるまで突き進むようだ。あそこを見てくれ」
と、同じく巨木に乗ってきたフェリクシアさんが指差す先を見た。
丁度、近くに大木が無い直線上の、うんと向こうの方。
そこに立っている大木の幹が、深く抉られていた。辛うじて倒れてはいない。
「あんな遠距離まで斬撃が……この短剣、無茶苦茶じゃん……」
「あぁ、そうだな。ただ、魔法剣の振り方をしなければ、ここまでの惨事は起こらないだろう。ご主人様の番だ、この足下の木を、同じ様に斬撃だけで切ってみて欲しい」
「足下の? もしかして、乗ったまま?」
「ああ。輪切りにする感覚、とでも言えば分かりやすいか?」
と、短剣を手渡される。
斬撃だけで、って事は、刃は当てないんだよな。じゃあ、こう……こんな高さかな。
「てぇりゃあ!」
ビシッ。
大木の幹に、傷が付いた。アレ?
付いた傷は、確かにそこそこ深い。けれど、大木の幹を輪切りに出来るようなものでは到底無い。
「やはりか。振り方次第で効果は変わるようだ。奥様もこの木で試してみると良い。刃を当ててもいいぞ」
と、フェリクシアさんが俺に目を向ける。俺は木から飛んで、アリアさんの所へ降りた。
「じゃアリアさんの番だね。よく切れるから気をつけて」
「うん。でも、シューッヘ君とフェリクだと、切れ味が全然違うのね、なんでだろ」
う……。
それは俺の方がきっとレベルが低いからです……。
アリアさんが大木に向かい、思い切り袈裟斬りに振り抜いた。
ガガガシュッ、と随分派手な音がした。幹は半分位まで削られ、周りに木の粉が大量に舞った。
「うわっぷ! いやーんなんであたしだけ粉っぽいのー?」
アリアさんが誰にいうでも無さそうな文句を空に向かって叫ぶ。
確かにアリアさんは木くずを頭っからかぶった。ありゃ嫌だな。
俺は真正面で無かったのでまだマシだが、アリアさんは全部かぶってる。
「奥様の剣技は、剣を押さえる力が足りないからな、剣先がブレたんだ。故に、ブレた分ノコギリの様に、当たった部分がギザギザに切れてしまった訳だ」
スタっとフェリクシアさんが木から下りてきた。
「ご主人様、もう一度この木に向けて構えてもらって良いか?」
「え? あ、うん」
俺は、今度はアリアさんと同じ様に袈裟斬りに出来る様、上段に構えた。
短剣を上段に構えると、何だか凄く大げさな事をしている様な気になってくる。なんでだろ。
「そのまま振ると、恐らく奥様と同じ目に遭う。魔力を剣に流す事は出来るか?」
「魔力を……こんな感じ?」
俺は地下での訓練を思い出して、剣に魔力を溜めるように魔力を動かした。
「いや、それでも良いのだが、もう少し剣の先に『流す』様に。短剣から水が噴き出す様ななりで、魔力を吹き出させる」
「うーんと……こうかな」
魔力を、溜める・止めるのをやめて、握り手から先にダダ漏れになるように魔力を出す。
「そうだ。そのまま、振り下ろしてみてくれ。奥様はこちらで保護する、[シールド]」
シールド? 結界魔法みたいなものだろうか、魔法使わないといけない程のことになるのか?
と、ともかくこのまま、魔力を吹き出させながら切り付ければ良いんだな、よーし……そりゃっ!
ガガーーンっ
す、凄い音が鳴った。と共に、目の前の大木はパカッと切られて左右に割れた。
何で変に音が鳴ったのかと思ったら、地面だ。振り抜く時に下まで行きすぎて、地面を斬ってしまった。
地面の溝は、奥は暗くて見えない。地面に一筋の抉った溝穴がぽかっと空いている。
「魔法剣というのは本来その様にして使う物だ。常闇のサーベルの様なものもだ。ただ短剣に封じられた反魔法は、籠められ方が違うので別だが」
「えっ、じゃこれは、反魔法とはまた別の力なの?」
「ああ。反魔法を使う時には、何も籠めずにただ振る。それだけで発動する。他の魔法や魔力が表面にあると、そちらが優先されて反魔法は出てこない」
「にしても……俺、地面、斬っちゃった。あっ、刃は無事かっ?!」
手元の刃を確認する。薄く紫を呈している刃は、欠け・刃こぼれ無く、いつも通りの姿だ。
あれ? 色が……今日持ちだした時より、更に紫に寄ってない?
「ねぇフェリクシアさん、どうも魔導水晶の魔力を使ってるみたいだよこれ。色が」
「何?! 『そうなる魔法』が掛かってるのではなく、魔導水晶自体が出力か?!」
言っている意味がよく分からないが、フェリクシアさんはとても驚いているようだった。
「ご主人様。この短剣、例えば貴族相手にでも見せびらかすのはよした方が良い。破滅的な力があるから、事故が怖い」
「そりゃ、この有様を見れば、確かにそうだよね……」
横向けば、45°幅で「ひらけてしまった」森があり、目の前の巨木は地面ごと抉られてて。
「いやそうじゃないんだ。魔導水晶が直で力を供給するとなると、ほぼ無制限の力と言って良い。
その力は、各魔法で色づけ・装飾が可能だから、火炎斬りの様なものにすれば鉄も熱で斬る火の魔法剣にもなる。疎魔法なら、建物を粉体にして消滅させる。
確実に善意である、という相手以外にこの剣が渡れば、それこそ世界が滅びかねない。仲間以外に手渡してはいけない。分かってもらえるか?」
フェリクシアさんの顔が、真剣通り越してかなり焦っているかの様に見える。
いつもの迫力と言うより、本当にマズい物に関わった、という色合いが見て取れる。
「や、約束する。アリアさん、フェリクシアさん、ヒューさんの3人以外、あとは関係上やむなく王様とかも……その辺りにしか、見せないし触らせない」
「必ずその約束は守ってくれ。こんなとんでもない魔剣、一体何処にあったんだ。ご主人様に差し上げたヒュー殿の真意が分からん……」
フェリクシアさんの表情は渋いままだ。
「あ、でも魔導水晶だから、エネルギーは補充しないと減るよね? 少し、色も変わってきてるし」
「その色合いであれば、消費した内になぞ入らない。その大きさ自体も既に論外に大きいんだ、簡単に底付きする様な力の量では無い」
あ、そうなんだ。中型でも十分大きいのね。
最初の頃からすぐ紫になるから、これが進めば早々に力切れとか起こすのかなと勝手に思ってた。
「もし色が気に喰わないのであれば、私がするよりご主人様自身が、魔導水晶に魔力を籠めれば、程なく透明に戻るぞ」
「そうだね、なんか紫の短剣って、鞘と合わないから……」
俺は短剣の握り手を持って、そこに魔力を流した。
「ご主人様はしばらくそのままだな。奥様、シャワーを浴びたくないか?」
「浴びたいわよぅ、あたしだけ木くずまみれで、口の中までジャリジャリするぅ」
「森に対して、これだけ大規模な破壊をやってのけたから、もう近くに野獣はいない。少し入った所で、水魔法でシャワーと行こう。ご主人様、のぞきはご遠慮願うぞ」
ぶふっ。
「では奥様、参ろう」
と、二人は行ってしまった。俺は一人魔導水晶を透明に戻すための魔導充填作業で動けない。
のぞきには……正直興味が無いと言えば噓だ。俺も若いからな。……ああ言い訳さ。
とは言え、フェリクシアさんの裸をアリアさんの目の前で鑑賞、なんてしたら、火魔法系魔導師2名からの熾烈な魔法攻撃が待っている。
……うん、大人しく、魔導水晶の透明化に尽力しよう。




