第11話 陽気な休憩の後は、少し運動をする事にした
しばらくして、フェリクシアさんが帰ってきた。
俺の顔を見て、アリアさんの顔とヘアスタイルを見て。そして、目をつむってゆっくり大きく頷いた。
「お二人の仲は、より深まったようだな。何よりだ」
フェリクシアさんの声から、安堵のような感覚があるのを感じた。
そっか、それだけフェリクシアさんも心配してくれてたんだな……
そっかー……悩むのは、そもそもまだ18だから仕方ないとか思ってたけど、それでも、一人で悩む必要は、無いんだ。
地球では、まともな友達もいなかったから相談相手なんて当然いなくて、悩みなんて一杯ありすぎて、麻痺してた。
けどここでは……俺が悩むと、一緒に肩を並べてそこに居てくれるパートナーがいて、さりげなくお茶を出してくれる仲間がいる。
昔とは、もう本当に、違うんだな……俺、幸せ者だわ。
「ねぇねぇフェリク、どうこの髪型。名付けて、いがぐりヘアー」
「黒髪だからな。いがぐりと言うよりはウニの様な気もするが」
「ウニは馴染み無いなぁ、図鑑でしか見た事ないわ。やっぱりいがぐり」
「まぁ、頭の形が良いからその髪型も映えるな。でこぼこな頭だと、傷物の栗にしかならない」
「でしょでしょ? 頭の形はあたし自慢なのよ。修道院でも『最も綺麗な頭』コンテストあったら優勝出来る自信あるもん」
女性陣がきゃははと笑い合っている。陽気なその笑い声に俺は、何となく胸が温かくなるような、ホッとする様な感覚を覚えた。
「さて、休憩は有意義なものになったようだな。そろそろこの場を出発するか」
俺とアリアさんは頷いて、敷かれたシートの外に立った。
フェリクシアさんがささっと出ている物を片付けて、パッパとシートも畳んで、あっという間に元通りだ。
「前方に、敵らしき敵は存在しない。野獣は左の森に少しいるが、こちらから刺激しなければ問題は無いだろう」
そう言いながら、フェリクシアさんがティーバッグをひょいと持ち上げて、また歩き出した。
***
「そう言えば、さっきの休憩の所で、森に野獣がいるって言ってたよね、フェリクシアさん」
「ん? ああ。それ、その辺りに2匹、奥に3匹のイノシシ、もっと深い所に、森オオカミがいる」
「狩りって、やって良いもの? それとも許可証とか必要?」
「狩りをしたいのか? 狩りに許可は要らないが、森一つ焼き払う様な大魔法を使わないでくれよ?」
「しないしない、そんなの」
と、バキポキっと、指の鳴る音が横でした。
「あたしも参戦して良い? 狩りは初めてなんだけど、生き物に魔法向ける体験って、きっと大事だと思うのよ」
「そうか、奥様も参戦か。対人と対野獣で感覚は違うが、命を奪う事には変わりない。狩った生き物は皮を剥いで、肉も持ち帰ろう。人間が食べたり使ったりすると、それで浮かばれると言われている」
浮かばれるなんて概念もあるのか。地球と似たようなところもあるんだな。
「ご主人様は、どういう立ち位置で狩りたいか? 完全に屠るだけの立ち位置か、それとも獣と戦いになる位置か」
「俺としては、守戦に回った事がないから、戦いになる方に挑戦したい。絶対命は落とさないから、女神様の結界があるからさ」
「あたしは、まだ攻守両方は難しいから、遠方から援護射撃みたいな感じで魔法を撃つ方が良いわ」
「そうか、分かった。では、私が森に入り獣たちを平原におびき出す。後は近接するなり離れるなり、自由にしてくれ。
ご主人様の方はいざとなれば結界があるが奥様には無いので、おびき出し次第私が奥様のフォローに入る」
フェリクシアさんがテキパキと作戦を組み上げていく。なるほど、遠距離攻撃だからと言って、攻撃されないとは限らないからな。
アリアさんにフェリクシアさんがフォロー入ってくれるのであれば、俺は安心して獣と戦う事が出来る。
「では、行ってくる。突如戦火が開く事になると思うので、用心していてくれ」
フェリクシアさんがキリッとした目をしてそう言うと、森へと一歩一歩歩いて進んでいき、森の中へと消えた。
ガサガサ、ガサガサ、と森が動く音がする。ギャーっと獣の叫びの様な声が辺りに響いたその時、森から1匹のオオカミが飛び出してきた。
「うおっいきなりか、一旦距離取るぞ『絶対結界』!!」
俺に向けて突っ込んできたオオカミだったが、鏡状の板に思い切りぶつかって後ろへ吹き飛んだ。
それを確認しすぐ結界を解除。俺は腰の短剣を抜いた。
「オオカミ相手に短剣で戦いになるかは分からんが……切れ味は凄いらしいから、頼ってみよう」
俺は短剣を身体の前に斜めに構え、肘を緩めて短剣をすぐ振れるだけの余地を作った。
グルルルと唸って地を這っているオオカミは、次の瞬間俺の喉に向けて飛びかかってきた。
とっさの事だったので俺はオオカミの口先辺りに短剣を振るったのだが……ただそれだけしかしてないのだが……
オオカミは、3つのパーツに分割されてしまった。口より上の頭頂部、そこから下と胴体の部分、刃が通ったのか下半身部もばらけていた。
短剣を振り抜いたその通り道が、全部スパッと切れた訳か。それぞれのパーツがピクピクうごめいているのが、ちょっとしたホラーだ。
「とんでもない切れ味だなこれ……」
俺は短剣を見た。短剣には、血の一滴・脂の一筋すら付いていなかった。
そうこうしている内に、俺の右手側で爆発が起こった。ただ、獣に直撃した訳ではないようで、少し焦げたオオカミとイノシシが、それぞれ体勢を整えながら平原の方に突っ込んでいく。
俺は平原の方を見た。アリアさんが少し焦った顔をしながら次の魔法を放った。がこれも、素早いオオカミとイノシシの両方にかわされ、当たらない。マズい!
俺は下半身に重心を乗せ、「飛ぶ」準備をした。全力で飛ぶまでもない、獣とアリアさんとの間に割って入れればそれで良い。
いざ、俺が飛ぼうとしたその瞬間だった。アリアさんの3m程手前で、いきなり網に掛かる様な動きでオオカミが転倒した。イノシシはそれを飛び越そうとしたが、同じく網のような物に掛かり地に落ちる。
飛びかけた俺だったが、それを見てフェリクシアさんのフォローがもう入っている事に気付いた。
下手に飛ぶと、俺もあの見えない網に掛かる、笑えない。
森側を一睨み。追撃してくる獣がいなかったので、俺は駆け足程度で平原に、アリアさんの下に向かった。
どうも見えない網は獣を絡め取ってそこにまとまったらしく、近くを通ったが何かに妨げられる事は無かった。
「アリアさん! 怪我は無い?!」
「あ、あたしは大丈夫! フェリクはどこ?」
キョロキョロしているアリアさんの後ろに、すうっとフェリクシアさんの姿が現れた。隠密だなアレは。
「私はここだ。奥様の魔法、当たればそこそこ何とかなりそうだが、絞りが甘い。魔法を放ちきるまで目を閉じてはいけない」
冷静な顔と口調のフェリクシアさんが、アリアさんに重しを掛けるように言った。
「えー、熱いじゃん目」
「魔法は、放った後も僅かに射手の支配下にある。目を閉じるとそれが切れる。あくまで当たるまで、魔法を睨み付けておくんだ」
と、フェリクシアさんが手で、目を開くジェスチャーをしている。手がまぶたで、ぱちぱち、みたいなジェスチャー。なんか可笑しい。
「ご主人様の方は……見事な剣筋だな。2回剣を振ったのか?」
「いや、1回。振り抜いたら、ああなった」
「それは剣が凄いな。当たりさえすれば切り裂く、か。魔法だけでなく剣としてもとんでもないな」
そう言われて、俺はちょっと違和感を覚えた。
確かに、振り抜いた。そこは間違いない。
ただ、短剣の長さと俺の手の長さ、オオカミとのあの立ち位置だと、下半身が寸断出来る程には『届かない』はずなんだよな。
「ちょっと変なんだ。来てくれる?」
「ああ、見てみよう」
フェリクシアさんとアリアさんが、俺の後ろに付いて、俺が仕留めたオオカミの検分に来てくれる。
「わぁ凄いシューッヘ君、これ一刀両断?」
「うん。だけど、このさ」
と、腰の剣を抜く。
「えーと……やっぱり。この口の手前で剣を振ったんだよ。そしたら、尻尾の付け根のトコに刃が届くのがおかしい。距離が足りない」
「そうだな。物理的に剣の斬撃だけであれば、距離は足りない。だがご主人様、それは魔法剣だろう? 魔法の斬撃力が追加されるんだ」
「魔法の斬撃力……俺が対応した近衛兵長の、常闇のサーベルのアレみたいな?」
ふと思い出す。あの時ヒューさんと共に廊下に立って、少し離れた所から警備兵長はサーベルを振り抜いた。
そしたら、黒い刃みたいなのが飛んできたけれど、魔導水晶に吸い込まれる様に消えた、んだったな。
「常闇のサーベルか。玉座防衛の為とはいえ、あのような危ない武器は使われない方が良いだろうに……まぁそれはともかく」
と、フェリクシアさんにも常闇のサーベルについては意見があるようだったが、
「そのサーベルの斬撃で生まれる波動は、確実に『刃』としての力がある。但し物理的な剣の力でなく、魔法の力が固まった力として、だ」
「つまり、俺のこの『星屑の短剣』も、振ると……先日の反魔法だけでなく、斬撃としても追加のものが発生する、ってこと?」
「そうなのだろうな、この結果から見れば、そう考えるのが妥当だ」
改めて地にある死骸を見る。もう既に動かなくなっているが、等分ではないが三分割してあるので、地面は血みどろである。
「もしご主人様が良かったらだが、短剣を貸して頂けないか。そこの木で、どの程度の斬撃が生じるのか試したい」
「あ、俺自身もやってみても良い? フェリクシアさんが振るのと俺が振るのとで、違いが出るのかも見たいし」
「あー、じゃあたしもやるー!」
アリアさんがちょっと不満そうに頬を膨らませながら挙手をした。
「勿論良いよ、アリアさんもやってみて」
「はーい、ありがと、シューッヘ君」
俺はひとまず短剣を腰に収めて、フェリクシアさんが歩いて行く後ろに付いた。
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