第9話 気分転換・メンタルリハビリピクニック ……の場で思い出した、アリアさんの「あのこと」
ローリスはいつも晴れているので、絶好のピクニック日和である。
城塞都市から出ると、途端「砂漠行軍」になりかねないのが玉に瑕だが。
昨日、アリアさんからしっかりお説教をもらった後で、俺はようやく自分のメンタルこそマズい事になっていた事に気付けた。
今回のピクニックは、アリアさんの提案でもって、再度ノガゥア家の団結を強める為にするものだ。
とは言っても、結局ピクニックである。楽しく、笑って過ごせればそれに越した事はない。
「おはよーフェリクシアさん」
「おはよう、ご主人様。今日も良い天気だ。ピクニックにはもってこいだろう」
と、ホールに俺達の食事を配膳してくれているフェリクシアさん。
うーん、そうだよなぁ。メイドさん、って、ガチな人が日本にはいなかったから分からないだけで、こういう『仕事』なんだよな。
「どうした、ご主人様。何か私の顔にでも付いているか?」
「あ、そうじゃないんだ、ごめん。アリアさんにも言われたんだけど、色々考えすぎみたいでさ」
「それも一つの個性だから私は否定しないが、あまり根を詰めると気を病むからな、程々になされよ」
「うーん、別に好きで考え込んでる訳でもないんだけど」
こう話している最中も、フェリクシアさんは動きを止めない。キッチンから生野菜の載ったサラダボウルを持ってきてはキッチンへ。
「あ、シューッヘ君おはよう」
「アリアさん、おはよ」
背中からの声はアリアさんだ。ピクニックの計画は、全てアリアさんに任せてある。
これもあの後で言われた事だが、俺は人に頼るとか任せるというのが苦手、なようだ。
自覚があったわけでは無いんだが、メンタル系講座の講師をしていたアリアさんの言葉だから信用出来る。
その改善の第一歩、でも無いが、ピクニックのプランに今回俺は一切触れていない。
まぁ、そもそも何処にピクニックに行くと楽しいかなんて俺知らないから、どうしようもないってのが本音だが。
「奥様、今日のプランは」
「しっ。まだプランはシューッヘ君に話してないから」
「そうか、それは失礼。失言をしそうになったな」
女子2人がじゃれてる。と、アリアさんもキッチンの方へ行って、水の入ったグラスを2つ持ってこちらへ来た。
俺のグラスと、アリアさん自身のグラス。そうだよな、メイドさんは自分で用意するもの、なんだよなきっと。
とそこへ、メインディッシュが届けられる。フェリクシアさんは3皿持ちも平気でこなしている。
今日のメインは、朝らしくベーコンエッグである。日本のベーコンよりも燻味が強めで、かみ締めると美味いんだこれ。
「遅くなった」
「じゃ、食べよっか。いただきまーす」「いただきます」「いただきまーす」
輪唱の様に、いただきます、がこだました。
***
城塞都市の正門を出て、街道沿いに進む事5分ほど。最初こそ砂漠地帯ならではの暑さを感じていたが、少し様子が変わってきた。
「もうこの辺り、少し涼しく感じるね。それに、植物もまばらだけど生えてる」
「ローリスは砂漠地帯の端に作られた都市だから、少し離れれば気候はそれ程厳しくないんだ」
と言いながら、フェリクシアさんは俺に、コルク栓の付いた瓶に入ったジュースの様な物を手渡してきた。
「リモージのジュースだ。水分補給と疲労回復と、味も良いしな。おかわりも用意しているので、任意のタイミングで自由に飲んでくれ」
同じ様にアリアさんにも、フェリクシアさんから瓶が渡る。
俺は新しいフルーツ「リモージ」とやらの味が気になって、早速少し飲んでみる事にした。
コルク栓を開け、瓶の口に鼻を近づけて香ってみる。
なるほど柑橘類なんだな、オレンジっぽい見た目通り、オレンジに近い香りがする。
さっそく一口。うほっ甘い、けど酸っぱい。いやでも酸っぱさはすぐ引いて、甘いのが最後にほんのり残る、品の良い果実ジュースだ。
「美味しいねこれ。リモージって、ローリスだと一般的なの?」
「ローリスの貴族領地の中には栽培している所もあるが、輸入物が多いな。今日のは高山リモージと言って、標高の高い所で作られたリモージのジュースだ。もちろん平坦な土地のローリス産では無い」
「えっ、高山リモージなの?! あたしも飲んでみる!」
アリアさんは何だか飛びつくようにと言うか、ちょっとがっつく感じにすら思える勢いでコルク栓を取って瓶をあおった。
「んーーんっ、酸っぱさがとっても爽やかね、これが高山リモージなのね?」
「そうだ。高山リモージは値段が高いから、あまり庶民の口に入るものでは無いが、貴族の間では人気がある」
「リモージもそこそこ良い値段するけど、高山リモージなんて市場で見た事ないわ。特別な市場があるの?」
「市場でも、貴族向けの食材テントで普通に売ってるぞ」
「そうなんだ。あたし高山リモージかなり好きかも。シューッヘ君は?」
「俺にはちょっと酸っぱいかなぁ。もう少し甘いと飲みやすい感じ」
「普通のリモージはもう少し甘さに傾いているので、ご主人様にはそちらの方が合うかも知れないな。
今日高山リモージにしたのは、疲労に酸っぱさが良い、という口伝があってな。それになぞらえてみたんだ」
疲労に酸っぱさか。日本でもそう言えば、肉体疲労にクエン酸、みたいな話は聞いた事があるな。
クエン酸がー、とかは無いんだろうが、やはり経験則で知られていく事実は何処の世界も共通なのかな。
と、フェリクシアさんが止まった。必然的に、全員一時停止となる。
「ここからは進路を北に取る。街道は外れるが、特に危険は無い。あってもねじ伏せるだけだが」
俺は思わず苦笑いになってしまった。このメンバーで『危険』とやらが迫ったら、それは返り討ちに遭う未来しか見えない。
ただ、本当に危険は無さそうだ。生えてる草は背が低く見通しも良く、野獣1匹見当たらない。これだけ見通しが良いと、警戒するのもアホらしい気分になる。
「ご主人様、ようやく以前の気楽な顔が、少し戻ってきたな」
「へっ? 以前のって……近頃俺そんなに険しい顔してた?」
「シューッヘ君、自分の顔だから気付かないと思うけど、何だか悩んでるような、苦しんでる様な、そんな顔してたよ最近」
「そ、そうだったんだ……そりゃ心配もされるか」
開けた草原……というには草が少ないが、芝っぽいのが地面にあって大地が剥き出しで無いのが何だか和む。
「ところで、今日の目的地は?」
俺はアリアさんに聞いてみた。
「イライア男爵領の飛び地ね」
「領地の飛び地? 何か面白い物でもあるの?」
「ふっふっふー、実はあるんですねーこれが」
と、アリアさんがフェリクシアさんから紙袋を受け取って、そこから何か取り出す。
見た感じの生地は木綿だが、色が随分濃い青に染められた短パン。いや、もっと短い。
「それって何?」
「これはシューッヘ君の水着でーす」
「水着?! プールとかあるの? その男爵領地の飛び地って」
「イライア男爵が男爵位でありながら莫大な富を保有出来ている秘密でもある娯楽施設でな。
遊戯用のプールだけで無く、競技用のプールもある。他国で水泳競技をする選手などは施設契約して鍛えている。
また、プールの付設施設として遊園地がある。こちらも水浸しになるタイプの遊園地でな、水着で遊べるんだ」
なんとっ。この殺風景と思い込んでいた異世界の砂漠国家ローリスにも、華やぎがあるじゃないか。
「まぁ目的地とは言っても、今日の行動は自由なので、時間を掛けてピクニック部分を充実させても良いし、急いで進んで水遊びを重視しても良い。
ご主人様と奥様としては、どうされたい? それによって歩速も変えるし休憩頻度も変えていくが」
俺はアリアさんを見た。アリアさんも俺に目を向けていた。
お互い見合わせて、まず口火を切ったのは俺だった。
「俺は、今日はあんまりガッツリ遊ぶってのよりも、のんびり話しながらこの平原の風景とか空とか見ながら、少し癒やされたいかな」
俺が言うと、アリアさんは目を伏せて口角を上げ、ゆっくりと頷いてくれた。
「あたしはシューッヘ君に賛成。シューッヘ君が感じる息抜きこそが、今日の一番の目的だからね」
「そうか。方針は決定したな。どうする? 場合によっては遊園地は後日になっても良いか?」
「そうだね。せっかく俺の水着まで用意してくれたけど、今のこの、のんびりした空気が心地よくて」
「決まりー、じゃ、ゆっくり行こうね。遊園地着いても着かなくても良いし、お土産だけ買って買えるとかも良いし」
「あぁ、それは良いかも。お土産だけだったら、無理してテンション上げる必要は無いもんね」
自分で言って、ハッとした。そうか、俺、テンションを無理矢理コントロールしている位に、無理はしてたんだ。
「では、あそこに見える木の辺りで最初の休憩と行こうか」
フェリクシアさんが指差した、少し離れた一本の立木。この世界の最初の頃に、ヒューさんが火魔法掛けた若木に似ている。
群生はしない木なのか、あの木も、今日見るこの木も、一本でぽーんと立っている。こちらは結構背丈もあるが、葉は多くない。
「じゃ行こ……ちょい待ち、ドリンクを」
俺はリモージのジュースをもう一口口に含んだ。コルク栓を閉めると、フェリクシアさんが手を差し伸べてくれた。
預かろうか? という意味なんだろうと思ったが、補水は俺のタイミングでしたいので、俺は軽く手を振って断った。
のんびり、ゆっくり。アリアさんの言葉も軽やかで、その声にも癒やされる。
話題なんて、あってない様なものだ。貴族夫人になって買えるシャンプーが変わって、髪のきしみが減ったとか。
でも俺は、ふとそこで重大な事実を思い出してしまったんだ。
シャンプー、頭髪、洗髪。それから、水着、きしむ……それらが思い出しのキーワードになった。
そう。
アリアさんは、ウィッグを着けている、という事を。
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