第13話 ヒューさんの優しさに甘える俺。そんな俺でも何か出来そうな提案に、俺の心は少し躍った。
「お加減はいかがでございますか」
ソファーに寝転がっている俺に、ヒューさんが声を掛けてくれる。
自分で考えても、情けない限りだ。単に想像しただけ。それだけなのに、今にも吐きそうな強い吐き気に襲われた。
「まだ、あまり宜しくないご様子ですな……」
俺は天井の一点を眺めている。というか、気持ち悪さは今でも続いていて、あれこれする余裕は無い。壁紙なんだろうが、豪華絢爛な天井だ。
俺が想像してしまったのは、暗雲の中に延々、地平線の向こうまで続く死体。
普通だったら、そんな「出来ない事」は想像しない。けれど俺は違う。
ギガワット、もしくはテラワット級、地上何十メートルかで炸裂、全部ガンマ線。
この条件で光を「発光」させるだけで、地表に出ている生物は死滅する。
テラワットなんて、核融合レーザーで用いる、何億度とかに加熱するような出力。
それを単に、無差別・無分別な放射線光線として「ぶちまける」。すると簡単に、建物の中であろうが少々の地下程度であれば、死の光は貫通してこんにちは、だ。
……もし俺が、物語に出てくるような「勇者」とかだったら、伝説の剣とかを片手に身長の何倍もある様な「魔王」とか首をはねることに集中して、跳んだりはねたり。
退けられるかも知れないけれど、きっと苦労して、勝つんだ。
でも、俺は?
この安全地帯にどっかり座して、地図を見てポイント設定して、ガンマ線発光炸裂でポン。
これで世界は平和になる。残るのは、どれだけの生息数がいるか分からないが、魔族のおびただしい数の屍のみ。その死を見すらせず、全て葬る。
もし魔族の生息地域と人の居住地域が近かったりしたら、弱めの炸裂光を何度も何度も魔族生息地の奥の方、人間がいない辺りにパンパン発光させれば良い。
魔族の兵の数がある程度、戦線を維持出来る限界を切るところまで削れれば、一般的な兵士さんたちでも余裕で殲滅出来るだろう。けれどそれだと、兵士に犠牲は出る。
どっちにしろ……俺は殺戮者にならないといけない。
いや、ちょっと待てよ。この世界には「魔族」がいて、その魔族との交渉は不可で、交渉団は惨殺されてと、魔族が絶対悪となっている。
けれどそれは、魔族が強い集団だからではないだろうか。
もし、ガンマ線ボムで今いる数の十分の一にまで削れたら、交渉の余地はないか?
無い……かなぁ。復讐の怨嗟に責め立てられる様に、自滅覚悟で襲って来るかも知れない。うーん……
「シューッヘ様。冷たいお水をお持ち致しました。ご気分優れないでしょうが、吐き気止めのハーブを浮かべてありますので、少しは楽になるかと思います」
と、俺が寝そべるソファーの横のテーブルに、トレーに載ったグラスと水差しが置かれた。
水差しの中には、ミントの様なグリーンの葉っぱが入っている。
「ヒューさんすいません、ご迷惑ばかり掛けてしまって……」
俺は起き上がり、水差しを取ろうとした。
が、遅い俺よりも素早く、すぐヒューさんが水差しを取って、グラスも持って、注いでくれる。
そんなVIP待遇をされても俺……
「さあ、難しい事、気分の悪くなる事はひとまず忘れて、どうぞ」
「はい……」
グラスを受け取り、飲む。とてもよく冷えていて、爽やかなグリーンの味がするハーブ水だった。
……って、そう言えば宿屋の客室には、冷蔵庫って無かったよな。このハーブ水の水差しには、氷の塊も入っている。
冷蔵庫とか冷凍庫が、この世界にはあるのかな。
「飲みやすくて、よく冷えてますね。この世界にも、冷凍庫……氷を作ったり物を凍らせる機械があるんですか?」
「レイトゥウ……? 名称はよく聞き取れませんでしたが、氷は水魔法を用いて作ります。凍らせるのも、同じくです」
冷凍庫、がスルッと通用しない。どうやらこの世界には存在しない様だ。
その代わり、氷は魔法で作る、という情報が得られた。
このローリスという国は、基本的に昼間は暑い。
砂漠の中のオアシス的な国家だから、風土的にはなかなか厳しい。
まだこの国で夜を迎えた事は無いが、砂漠気候であれば、夜はかなり冷えそうだ。
俺はグラスをくいっと上げて飲み干した。
「少しスッキリしました。ありがとうございます」
「いえ、シューッヘ様のお悩みには、わたしはこの位しか出来ず、申し訳ない」
「いえそんな……」
言いつつ、ため息が出てしまう。
「ねぇヒューさん」
「なんでございましょう、シューッヘ様」
「やっぱり王様も、それから世界の人たちも、魔族はいなくなれば良いって、そう思ってるんですよね」
俺が言うと、ヒューさんは少し目を伏せた。考える様に少し時間を掛けてから、
「魔族に対して強い危機感を持っているのは、主に西方三国でございます。他の国は、そこまでは」
「西方三国……って、すいませんなんでしたっけ」
「先ほど宰相閣下のお話しに、壊滅した軍事国家ルナレーイのお話しがございましたが、そのルナレーイを除いた3カ国、ローリス、オーフェン、エルクレアの三国でございます」
魔族に敵意を抱く国の筆頭軍団に、召喚されたって訳だよな。
オーフェンの王がわめき散らしていたように、強い人が求められてた。
という事はやっぱり、魔族に対抗できるだけの人材が欲しかったはずだ。
「魔族が厄介なのは、常に暴力と破壊で領地を広げようとしてくるところでございます。もし魔族が対話可能な相手であったならば、ある程度の領地を保証する代わりに、他国への不戦条約などの締結も出来るものの……」
と、ヒューさんは少し難しい顔をした。
「あくまで冷静に考えればその様な結論も見いだしうるのですが、魔族に家族を殺された者、住み慣れた地域を追われた者たちからすれば、不戦条約の締結など腰抜け政策と批判されることでしょう」
「人の心って……どこの世界でもおんなじ様にややこしいですね」
「シューッヘ様がそう仰るのであれば、そうなのでしょうな。チキュウのニホンという国も、こちらも」
俺はヒューさんの言葉を聞いて、頷いて、黙り込んだ。
名案がない。俺は「生きる最終最強兵器」で、例えばだが、もし魔族が俺の存在と力を知ったなら、真っ先に暗殺者リストの筆頭に入れるだろう。
もしかすると、先日の賊の殲滅でバレていたりするかも知れない。命の危機が、今は全く無い、と思うのは、もしかすると軽率かも知れない。
かと言って、では先制攻撃だ、と魔族を殲滅しようと言う気になれない。
ローリスの人たちや他の西方3国に入る人たちは、きっと並々ならぬ恨みが、魔族にあるんだろう。
けれどその思いを、俺は共有出来ていない。
それでも、この状況はまだマシだな……オーフェンにいたとしたら、俺の気持ちなんて完全無視で、とにかく魔族殲滅の為の人間爆弾にさせられたに違いない。
たとえ魔族を根絶やしにしても、その魔族領地域は放射能汚染が酷くて使えない、とか説明しても、きっと無視して「領土を増やす!」とか言いそうだ、あの王なら。
と、ふと思い出した。
「ヒューさん。俺をオーフェンから救い出してくれた時、いきなり俺の横にいましたけど、あれも魔法ですか?」
「オーフェンの? あぁ、あの時の。アレは闇魔法の一つ、影映しの魔法にございます。ご興味が?」
「そうですね、不思議だったんで」
ヒューさんは目をつむり、何かをつぶやいた。
すると、ソファーの反対側にも、ヒューさんが現れた。但し、現れた方のヒューさんは手に水差しを持っていない。
これは魔法です、と言われているから意識も出来るが、突然だったら見分けすら付かない。
「これが、影映しの法にございます。現れた影は、自在に動かせますので、これこのように」
と、現れた方のヒューさんがスーッと床に沈んでいき、頭だけ出して止まった。ちょっと不気味だ。
「この状態で話すことも出来ます」
と、頭だけのヒューさんが口を開いた。
俺は思わずヒィっと言ってその頭だけのヒューさんのいない、正しいヒューさんのいる方に離れた。
「こ、これ、こ、この魔法で、オーフェンの王様と話していたりしたんですね」
「正しくは、これに更に不可視魔法を加えております。兵士たちから見られると厄介でしたので」
「不可視ですか……それでも王様だけは、ヒューさんが見えていたようですが」
「ええ、不可視魔法を影写しの魔法と併用すると、特定の角度からだけ見える、というような事も出来ます」
なるほど、正面から見た時だけ見える、という様なことなのか。
「魔法って、奥が深いですね……俺も色々使えるって、女神様は言うんですけど、イマイチ」
「では、シューッヘ様が気が向けばではございますが、ギルドが主催する魔法教室などに通われてはいかがでしょう」
「魔法教室、ですか?」
「はい。ギルド、と言っても冒険者ギルドではなく、今回は生活者ギルドの方にございます」
「せ、生活者ギルド? 何ですそれ。冒険者ギルドは、物語にもよく出てくるので想像つくんですが……」
「まぁ、実際に行ってみた方が話が早いやも知れません。明朝辺り、気分転換に、出ませんか?」
ヒューさんがニコッと笑う。
本当に俺の事を思ってくれているんだなぁヒューさん。嬉しい。
……魔法が上手く使えれば、少しは何か恩返しも出来るかも知れない。
生活者ギルド、ってのが何だか気になるが、行ってみよう。
「是非行きたいです。連れて行ってくれますか?」
「喜んで。ただ、その際は服装を変えた方が、お互い良いかも知れません」
言われて、この世界には無いであろうYシャツと黒い化学繊維の黒のパンツを思い出した。
王様も、宰相さんもつっこまなかったが、俺って今やっぱり異質な格好だよな。
ヒューさんも、国家元首の全権代理のローブのままだ。きっと国民は皆そのローブの意味とか価値を知っているだろうから、服装を変えたいんだろうな。
「衣服も含め、シューッヘ様がご滞在になられる部屋を、王宮内にご用意してございます。まずはそちらに、ご案内致します」
と、ヒューさんは水差しを置いて、扉の方に歩いて行った。
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