第8話 アリアさんのお説教 実は「俺が問題」なんだとようやく気付く。
「いい? シューッヘ君。働く、って言う事は、そんなに簡単な事じゃ無いのよ?」
アリアさんの部屋に通されて、俺はイスに腰掛け、アリアさんは正面に立って腰に手をやり肘を張り、俺に言った。
「フェリクがもしメイドって立場を失ったら、フェリクはこの家に居る事が出来ると思う?」
「抵抗がある……かも知れない」
「かもじゃないし、抵抗を感じるどころじゃなくて、フェリクは屋敷に居られないと感じるわ。
フェリクの性格から言って、単に居候するだけじゃ、申し訳ないって強く思うんじゃないかしら」
アリアさんは真剣そのものだ。その静かな剣幕は、ちょっと怖いとすら感じる。
でもその真剣さも、あくまで俺を思って言ってくれている事だ。俺も、真剣に聞く。
「でも、休日が無いとか、さすがにそれって厳しくない? 普通の労働だって、休日くらいはあるでしょ?」
「ええ。法律で、休日は10日に2日以上は取らせること、というのが、使用者の義務になっているわ」
「だったら」
「でもね? 住み込みでいて、何もしてはならない。それってフェリクみたいな『動きたい人』には、ちょっとした拷問じゃない?」
「動きたい人……その意識は、俺無かったよ。そっか、言われてみれば、フェリクシアさんそう言うタイプな感じだ……」
俺だったら、という意識が強すぎたのかも知れない。
もし俺だったら、そんな勤務は嫌だ。だから、と思った。
けど、人には人それぞれ適正も好みもある。当たり前の事だ。
俺はそれらを、すっかり頭から抜け落として、押しつけていたんだな……
「もちろん、凄く疲れてるとか、病気ですとか、そういう時には絶対休んでもらうわ。
けれど、そうじゃ無い時にわざわざ休日を用意しても、フェリクはきっと気が休まらない。
住み込みで、勤務地と居場所が一緒だしね。つい身体が動いて何かしちゃうと、あたしは思う」
と、アリアさんはハッキリと断言して言葉を締めた。
少し、沈黙が訪れる。俺の理解度を測ってるのかも知れない、アリアさんの視線はまだ鋭い。
「……動きたい人って、そういうもんなんだね。初めて少しだけ、理解出来た気がする」
気がするが、あくまで何となく、というのを脱しない。
分かったような、煙に巻かれた様な……
けれど、俺にはアリアさんの言葉に、何一つ反論を用意出来なかった。
「んー、やっぱりシューッヘ君、元は学生さんだったからね。労働問題はちょっと難しいとかなって思うよ。
フェリクの労働と休暇については、あたしが管理するから、シューッヘ君は心配しないで」
と、笑顔になって姿勢も厳つくなくなる。
本当にそれで良いのかなぁ、雇い主一応俺だし。
「うーん……アリアさん、ちょっとだけ俺の気持ちって言うか思いって言うか、聞いてくれる?」
「うん、もちろん。何でも話して」
と、アリアさんはベッドに腰掛けた。イスはひとつだから、まぁそうなる。
「ありがと。俺さ……」
俺は地下でフェリクシアさんに言った内容をアリアさんにも話した。そしてその背景も話をした。
働き過ぎで身体も心もボロボロにしていく日本社会に住んでいて、心を壊す人を見てもいた事。
心が壊れたら、そう簡単に復旧しないからという心配。最悪自殺っていう怖さ。
それに加えて、俺はフェリクシアさんに頼りすぎな気がする自分自身の事も言った。
家事の全て、というどころか、不審者の始末やらさっきまでの魔法指導やら。
それら全てを、単に「メイドの仕事の内」と言ってしまって良いのか、という悩みも。
アリアさんは最初真剣な表情聞いてくれていたんだけど、途中から何だかちょっとキョトン顔だった。
最後の方に至ると、眉をカタカナのハの字にして、苦笑いの表情までし始めた。
「シューッヘ君、心配しすぎ。むしろあたしの方が、シューッヘ君『が』考え過ぎの病にでも掛かってるんじゃないかって心配だよ?」
「えっ、俺ちょっと病的な感じになってる?」
「完全に病気って訳じゃ無いけれど……何て言うかしら、頑丈な鉄橋の上で『この橋が落ちたら』って怯えてる人みたいな感じ」
鉄橋の上? それ『石橋を叩いて渡る』と『杞憂』が混ざった、ローリス版のことわざみたいな感じなのかな。
いずれにしても、アリアさんからは寧ろ俺が心配されてしまった。
「ねぇシューッヘ君。今のあなたの課題、それからノガゥア家の課題、なんでしょう?」
「えっ?! 突然課題って言われても……」
「ヒント。オーフェン訪問が目の前に迫ってる今、ノガゥア家はどうあるべきでしょう?」
「……一致団結?」
「そう、正解。今の現状はどう? 団結してる感じある?」
「……俺が、輪を乱してる、気がする。」
「シューッヘ君には悪いけど、そう。シューッヘ君今、何か不安とか、焦りとか抱えてない?」
「不安、焦り……それはあるかも。後は、恐怖……かな」
「恐怖? 漠然と? それとも何かに?」
「オーフェン王との、対談。俺、召喚された時に怒声を飛ばしてきたオーフェン王しか知らないから」
「そっか、それは怖いよね。不安と焦りの方は、どこから来てると思う?」
「どこからだろ……成果上げなきゃとか、実は内心思ってるのかなぁ、俺自身もよく分からない」
「そうね、自分の事を分かるのって意外と難しいね。シューッヘ君、1つ提案があるの、聞いてくれる?」
「う、うん」
俺は少し緊張を感じた。じわりと手に汗がにじむ感覚がある。
「ピクニックかハイキングに行かない?」
「ふへっ?」
緊張していた俺は、意表を突かれて変な声を出してしまった。
「ピ、ピクニックって、え? 何で?」
「今シューッヘ君不安が強いから、細かいところまで全部理由を言うね。ちょっと長くなるけど」
そう言って、アリアさんはパッとベッドから立ち上がった。
「まず、シューッヘ君近頃運動不足だからね。身体動かすとスッキリするから、外出ようねって事が1つ。
それから、ピクニックだと、フェリクに感じてる事を実地に自分の頭で整理出来るわ。メイドと主人の立場、ってのね。
どこかでシート広げて、座ったら、後はフェリクが全部する。お茶にお水、食べ物に日傘、全部ね。
もしそこで、シューッヘ君がシート敷いて日傘立ててってしてたら、それは立場上おかしいって言うのは、分かるかな?
シューッヘ君は、もしかすると『不公平・不平等』みたいに思ってるかも知れないけど、メイドと主人の関係はそういう関係なのよ。
前の日から準備してお膳立てをして、その時に主人が一番良い気持ちになって過ごせる様にする。それがメイドの仕事。分かるかな?
ハイキングも効果は似てて、主人に対してやっぱりサポートに徹するのがメイドでしょ?
メイドが、主人を置いてけぼりにして1人で歩いてく? それが「ナシ」なのは、分かると思う。
そういう諸々の立場の違いと、そこから来るあり方って言うのを、肌でしっかり感じるの。それが今回の目的。
それから、同じ行動をするって事にも意味があるわ。連携が上手く行かない時には、揃って何か同じ事をすると良いの。
それは別にピクニックで無くても良いんだけど、揃って同じ目的地に行って、揃って帰ってくる。それだけでも違うわ。
まだ明日明後日に出発って訳でも無さそうだけど、いつ招集掛かるか分からないから、明日、ピクニック行きましょ!」
ニコッと、笑顔。俺も自然顔が緩む。
アリアさんの説明は分かりやすかったし、それだけじゃなくて、心が少し落ち着いていくのすら感じた。
そうか、俺今、不安が強い状態なんだ。殺されかけた場所に行く事、その相手と顔を合わせなきゃいけない事……
そうだよなぁ、不安をもたらす要素は一杯ある。けれど俺、不安って感情は初めて体験した。結構厄介な感情なんだな。
「アリアさん、ありがとう。もし『ピクニック行くわよ!』だけだったら、俺余計不安になってたと思う」
「ふふ、実はね? 生活者ギルドの講座に『心の健全の保ち方』って言う8回講座があるんだけど、あたしそれの講師してたのよ」
「えっ?! アリアさんプロなの?!」
「ん? んー……お金もらってたからプロと言えばプロだけど、そんなに難しい、精神分析の学者さんみたいなのじゃないわよ?」
「でも合点がいった気がする。俺の不安を考えて、ピクニックの目的とかなんでそうするかとかを全部教えてくれたら、他の不安も減ったんだよ!」
「うん、良かった。ただ、不安の大元凶はオーフェンだから、また調子悪いなーって感じたら、すぐ言ってね。何とか出来るかもだから」
「うん!」
俺は笑顔になれた。そう言えば最近これだけ肩の力の抜けた笑顔になったのは久しぶりだったかも知れない。
夜も、ちょっと休んで地下で特訓してあんまり眠ってない日も続いたりしたし……うん、疲れてるんだな。
「それとシューッヘ君、もし嫌だったらごめんね、1つ聞きたいんだけど良い?」
「うん、もちろん!」
メンタルの調子も上向きになって、反動で少しハイにすらなってる俺は元気よく応えた。
「最近夜中に部屋から出てるみたいだけど、何をしてるの?」
……前言撤回。
俺の心が凍り付く様な、胸のあたりがサーッと冷たくなる様な感覚に満たされる。
「し、知ってたの……?」
「うん……あたしの部屋の前、通るから……気付くよ? やっぱり」
気付かれてないと思っていた。違った。
「黙っててごめん。地下で魔法の特訓をしてたんだ。危険だから、アリアさんには言わないでおこうと……」
「うーん、危険だからって理由は分かるけど、隠す事かなあ。『今は来ないでね』って言ってくれれば、地下行かないよ?」
「……」
言われてみればそうだ。なんで俺、アリアさんには黙っておこうと思ってたんだろう?
アリアさんが指摘してくれた様に、俺のメンタルこそ今はブレブレで結構マズいんだと、ようやく気付く事が出来た。
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