第7話 フェリクシアさんの労働条件に感じる諸問題を考えた。
地下で宣言した様に、俺はフェリクシアさんが淹れてくれたお茶をすすっている。
但し、いつものようにのんびりと、と言うよりは、少しピリピリしている。フェリクシアさんの様子を目の端で追いながら、だ。
フェリクシアさんの事だから、俺の視線が来てる、という事も分かっているのだろうな。気付かない様な人では無い。
けれど俺は、今のフェリクシアさんが『限界を超えていないか』見極めたくて、目の端で見ている。
フェリクシアさんは、いつもそうしている様に、グラスを磨いている。その姿に違和感や不自然さは無い。
けど、俺がこの屋敷で住み始めてしばらく経つが、そう言えば1日の休暇も無いんだよな、フェリクシアさん。
俺がブラック雇い主でフェリクシアさんの心を痛めつけていた、とかだったら、ハッキリ言って最低としか言いようが無い。
けれど、さっきのやりとりでもそうだし、メイドに雇う時の言葉でもそうだったが、フェリクシアさんは本気でメイド業が好きらしい。
雇う時に聞いた時は正直少し耳を疑ったが、時折何か鼻歌混じりの様な、ふんふん歌いながら皿を磨いている姿も見かける。
日本でも、家事労働の男女分配がー、なんて話は、よくテレビの討論番組で見たり、学校で討論させられたりもしたな、そう言えば。
フェリクシアさんがしているのは家事よりもっと幅広い。家事労働と唯一根本的に違うのは、賃金位なものか。
俺は陛下から頂いた4,000枚の大金貨を、リスク管理と利便性の両方を考えて、4分割して管理している。
俺とアリアさんとフェリクシアさんそれぞれに1,000枚ずつ持つ。それぞれの判断で、必要な金銭を使う。残り1,000枚は、ヒューさんに預ける。これはストック。
ノガゥア一団には、各自の1,000枚のうちどれだけを私的に使っても構わない、という事は言ってあるので、事実上の賃金を自己決定してもらっている感じだ。
ん……けれど、フェリクシアさん変に真面目な所があるから、1,000枚の大金貨、家事屋敷関連にしか使っていないとか……ありそうだな。
「ねぇフェリクシアさん、ちょっと良い?」
「なんだご主人様」
先日のフェリクシアさんお手製工事のお陰でキッチンへの見通しが良くなったので、直接声が通る様になった。
丁度壁に空いた窓、みたいになっているそこへ、フェリクシアさんは近寄ってきてくれた。
「フェリクシアさん、ちゃんと賃金取ってる? 渡した1,000枚の大金貨、フェリクシアさんの賃金込みだよ?」
「う……い、今のところ、私が私の目的としては、大金貨1枚のみ、頂戴した」
大金貨1枚。イコール、金貨25枚で、日本円にして25万円くらいか。
1ヶ月の給料として日本円換算すれば妥当かも知れないが、戦闘も出来て魔法も使えるメイドさんの給料としては、安すぎる。
「大金貨1枚だけ? 今のところのルールのままだと、来年また1,000枚追加で預けるんだから。給料としてもっともらってくれないと」
「と、とは言われても……なかなか金が手元にあっても、自分の為のみに使う事は、元々苦手で……」
「それで買ってきたのが、先日のウサギイラストのスプーンフォークセット、だけ?」
「ま、まぁ、そういうことになるな」
「ふーむ……フェリクシアさんが、例えばこう、節約するのが好きだとか、溜め込む事こそ、みたいな人ならそれはそれで良いんだけど、そういうタイプ?」
「いや、特には……」
俺の突っ込んでく感じに、フェリクシアさんがちょっとタジタジしている。
「今まで休日を設定しなかった俺にも落ち度はある。でも、フェリクシアさんのスタイルだと、休日は働くな、ってそれの方が嫌かなとも思ったんだけど、どう実際?」
フェリクシアさんはついには俺から目を逸らした。
「そ、その……私は、メイド位しか出来る事が無いし、魔導師としても偏りすぎていて、その……」
言うフェリクシアさんは、もじもじしていて何というか可愛らしい乙女の様だ。
と、今はそう言う見方じゃなくて……無理されて心壊されるのが一番怖いからな、とにかく聞いてみよう。
「フェリクシアさん。俺はメイドをやってくれるフェリクシアさんの事はとっても好きだよ、ありがたいとも思ってる。
けれど、そのメイド業に気持ちも心も染めて、それで満足ならそれはそれで良いんだけど、そこどうなの? 俺は心配だよ」
「私は……休みの日など別に欲しくはない。メイドとして、必要とされる事の方が、私は……」
フェリクシアさんは最後には小声になり、言いよどむ様な感じになってしまった。少し突っ込んで聞きすぎたかも知れない。
「……そっか。俺、メイドなフェリクシアさんに頼りっぱなしだし、追加業務として魔法指導とかさせちゃってるけど、良いの? 不満は無い?」
「不満などあるものか。私は、私の事を必要としてくれているのが……嬉しいんだ……」
と、視線が俺の方に戻る。
熱視線、と言うと誤解が生まれそうだが、その瞳は嬉しさを訴える様に輝いていた。
「で、でもそんな事言っちゃうと、俺ますますフェリクシアさんに色々頼んだり、休みも無くアレしろコレしろって言うよ? 良いの?」
「ああ。私が出来る事を命じてくれるのであれば、私は全力でそれに当たるだけだ。出来ない事だったら、それはそう言う」
「出来ない事って、例えば?」
「言わせるか? 夜伽をせよと言われても、私は経験も無いから何の役にも立たないという事だ。そういう話で無ければ、何でもするさ」
「あぁ……出来ない事ってそういう意味か。ごめん俺が配慮不足だった。俺にはアリアさんがいるからそれは大丈夫。それ以外でも、無理しちゃダメだよ?」
「……優しいな、ご主人様は。メイドなどボロ雑巾になるまで使い倒すのが、一般的なメイド業というものなのに」
「酷い世界だなそれ。俺の世界じゃ、メイドさんの格好した人が給仕してくれる値段高めのカフェが大人気だったりしたよ、行った事は無いけど」
「なんだその世界は。メイドが給仕をするのは、何の特別でも無い、普通のことではないのか?」
「俺のいた国、メイドさんっていないから。模擬的にメイドさんの格好してるんだよ。ある意味、そういうお遊びかな」
「メイドがいないとなると、家人だけで家事全てを回すのか? 随分それは、家人の手を取ってしまい本業がおろそかになるだろうに」
言われてみれば、日本こそパワーカップル、なんて働き方でやってたりするが、外国には普通に住み込みメイドさんいる国あるらしいしな。
日本でも、家事代行サービスが少しずつ認知されて来ていた様だが、うん、メイド服でやったらきっと利用者増えるのに。セクハラ事件も増えそうだけど。
「フェリクシアさん、俺はこの屋敷の中だけじゃ無くて、いつでも、フェリクシアさんの助けが欲しいと思う。
けれどそれって、結局朝から晩までメイドとして働くことになっちゃうし、それで大金貨1枚は安すぎるし。
フェリクシアさんにとって、メイド業以外で何かリフレッシュ出来る事とかないの?」
俺の問いかけに、フェリクシアさんはキョトンとした。まるで「そんなの存在するの?」みたいな顔だ。
「私は……と言うかご主人様、私が今のままこうして働いていては、むしろ何かご不満があるのか?
私は常にメイドとして日々過ごす事になんらの不満も無い。がご主人様は、何か不満は無いかと仰る。
本当に不満はないんだ。メイド業自体が私の活きる道だし、私の気持ちが楽である瞬間でもある。
だから、過度な心配は一切必要ない」
一転ちょっと怒ったようにフェリクシアさんは言った。
と、玄関がガチャガチャと音を立てた。
「帰ったわー、あら、ティータイム?」
「うーん、ちょっと労使交渉をね」
「ティータイムには重すぎる話題ね」
両手に紙袋を持ったアリアさんは、その紙袋をホールの端に置いて、俺の横の席に陣取った。
「シューッヘ君、フェリクの働き方で何か問題があると感じてるの?」
「うん、働き過ぎだなって思って。休日も無い、毎日25時間ずっと勤務、みたいなのは、良くないんじゃないかと」
俺が言うと、アリアさんの目線は天井の方を向いた。何か考え事をしている様だ。
「んー、シューッヘ君の世界観と、もしかすると合わないかも知れないけれど、ローリスでは『働ける者は働く』って言うのは当たり前よ?」
「それ自体は俺の元いた世界でも同じだけど、休みも無いし残業どころか定時で仕事終わるって事自体も無いからさ、フェリクシアさんの仕事」
「そうねぇ、まぁ、勤務地にずっといる事を求められるのは、住み込みメイドって仕事柄仕方ない部分でもあるけどね。でも深刻に考えすぎじゃない?」
「と、言うと?」
「フェリクにとって、メイドは一番合う仕事なんでしょ? それにもし今の形が嫌なら、フェリクだったら、住み込みから通いに変えたいって言えるし、言うと思うわよ」
「……そっか」
「うん。今のところそういう不満も聞かないし、あーっ、シューッヘ君学生さんだったから分からないかも知れないけど、自分に本当に合う仕事見つけられたら、25時間拘束でも人間大丈夫なものよ?」
「えっ、そういうもの?」
「ええ。もちろん、25時間常に働いてたら身体が参っちゃうけど、適度に緩急付けながら仕事するなら、勤務地にずっと拘束でも、そんなに気にならないものよ」
「そっか、そういうものなんだ、働くって」
俺はアリアさんからフェリクシアさんに、視線を移した。
「俺の理解が浅くて、変に色々言ってごめん。これからも俺とアリアさんと、ノガゥア家を支えて欲しい」
フェリクシアさんのあり方に変に色々言った事を思って、俺は頭を下げた。
「ご主人様、私は幸せ者だ。メイドなど主人から心を掛けられるのは、せいぜい手出しをされる時くらいなもの。これからも精一杯務めるので、よろしく頼みたい」
俺が頭を上げると、今度はフェリクシアさんが深々と頭を下げていた。
「シューッヘ君、ちょっと良い?」
「え? あ、うん」
「フェリクは、夕飯の支度の前に、ケーキ屋さんでケーキを受け取ってきて」
「かしこまった」
「じゃ、行くわよ?」
アリアさんが立ち上がり、そのまま階段を上がっていく。
俺も、アリアさんの後ろについて階段を上がった。




