第6話 星屑の短剣の秘密 ~贈り主ヒューさんの『本気』とフェリクシアさんの『気持ち』~
「ご主人様、腰に下げている短剣を抜かれよ」
「え? 星屑の短剣を?」
俺は短剣を抜いた。抜くのはもらった時以来だが、相変わらず引っかかりもなくスムースに抜ける。
「その短剣は、魔導水晶で出来ている。魔導水晶は魔力そのものの結晶と思ってくれれば良い。
現在は全くの透明であるから、魔力は完全な状態だ。その魔力を用いれば、恐らく100%の魔力体を生み出せると思う」
言われてハッとした。
そうじゃん、魔導水晶ってそういうストック系グッズじゃん! 忘れてた……
「魔導水晶が蓄積出来る最大限の量は、その大きさに比例する。そのサイズは、概ね中型、ないしは大型の中でも小さい物程度はある」
「えっ?! この短剣サイズのでも中型なの?!」
「ああ。それだけ魔導水晶の持つ力というのはとんでもない代物だ、という事だ」
「……因みに、魔導水晶って魔力空っぽになると割れるとか、壊れるってこと、ある?」
「いや、ただゼロになるような使い方をすると、表面に粉っぽい水晶の粉末が付いて白濁した様な見た目にはなる」
「水晶の粉末? 物理的に削ってはいないのに?」
「ああ。因みにその粉末を回収している業者もいる。特にローリスは多く、諸国を回って粉を集めつつ魔導水晶に魔力を籠め直すんだ。
魔導水晶本体が採れない今、その粉末を媒介に魔導水晶と似たような効果を持たせる魔道具を作ったりな。魔導冷庫もそういう商品だ」
「へぇ……割れたりしないなら、いきなりパワー全開で使っても大丈夫か。もう1つ解決出来る問題って言うのは?」
「金貨の表裏の様な話だがな。魔導水晶から直接魔法体を生み出せば、短剣の魔力量が十分であれば、100%が一瞬だ。時間が掛からない」
「おぉーなるほど、確かに『時間掛かる』問題も、『周りの魔力依存』の問題も、解決出来る。凄い秘策をありがとう!」
「いや、それ程の話でも無い。星屑の短剣なんて規格外の所持物があるから出来る話に過ぎないしな」
そう言って、フェリクシアさんは困ったような顔をして苦笑いをした。
「アリアさんがまだ帰ってこないなら、フェリクシアさん少し俺の魔法行使、見てみてくれないかな。直す余地があれば、直したいんだ」
「それは構わないが、何故奥様を避ける? 別段奥様が知っても問題にならなくないか?」
「いや、時空魔法に関しては、一度俺がアリアさんの前で死にかけてるから、言うだけでも反対されると思う。それと」
「それと?」
「今このタイミング、って言うのは、オーフェンで『フェリクシアさんが』討たれた時に復活させられる様に、って目的がある。
アリアさんは『時の四雫』があるから、一度は落命しても何とかなる、らしい。けれどフェリクシアさんは……
でも俺がそれをあまり強調すると、アリアさんはやきもちを妬くんだよな、そう言う事じゃないのに」
「ご主人様はそう仰るかも知れないが、『命を護りたい』と言うその言葉は既に、結婚しようと言ってるのと大差ない様にすら聞こえる。嫉妬するなという方が無理だろう」
「そ、そういうものなの?」
「私はそう感じるがな」
フェリクシアさんの目は冷静だ。ローリスの言葉のニュアンスだと、そうなってしまうのか。
「ま、まぁ結婚云々の話は横に置いて置いてさ。俺まだ魔法の初心者だから、教えて欲しいんよ。それは大丈夫?」
「奥様次第と言う部分はあるが、まぁ奥様への説得は私からもしておく。だから、奥様に隠れてコソコソなさるのは辞められよ」
「は、はぁい……」
ちょっと怒られた。
「それと、私が教えるとなると、如何せん私も自力でのし上がってきたタイプなので、クセは出るぞ? 正当な魔導教育とはかけ離れるが、それも問題無いか?」
「それは問題無いよ。魔法は、使えれば良い。別に大学の教授になろうってんじゃないんだから」
「大学か。ガルニアにそういう高等教育機関があると聞いた事がある。オーフェンにでもあれば、今回ついでに見学させてもらえるのだがな」
「へっ? 大学ってそんなに珍しいんだ、やっぱり違いはあるんだなぁ。と、今日は取りあえず、星屑の短剣の使い方を教えて欲しい。アリアさんが帰ってくる前に」
「それを辞めよと言っているのだが……まぁ良い。星屑の短剣も魔導剣の一種であろうから、基本『振る』事で魔法を発動する。ちょっと貸してもらえるか?」
フェリクシアさんが出した手に、星屑の短剣の柄を乗せる。
「うむ。どれ……刃は恐ろしい鋭さだな。魔導水晶の結晶体である事も間違いない。今この状態で、何か籠められてるとは思わないが、一度振ってみるので私の後ろに来てくれ」
言われて、そう言えば俺が成敗という名の下に殺害した近衛兵長が持っていた『常闇のサーベル』も、振って初めて波動が出ていたのを思い出した。
俺はフェリクシアさんの後ろに位置取りし、もし何か起きたらしっかり観察出来るようにと準備した。
「そこまでまじまじと見られても、恐らく何も起きないぞ? では参る、フッ!」
ヒュッ、と風を切る音がする。凄い剣速だなフェリクシアさん。
しかし、それだけだ。確かに何も起きない。
「やっぱり何も起きないんだね、ちょっと期待してたけど」
「……少し様子がおかしい。虚空を切ったはずが、何かが刃に当たる感触があったぞ?」
「えっ? ……何も、ないよ? 落ちてもいないし」
「刃に当たる当たらないが分からない程耄碌はしていないつもりだが……追試だ、[アクア・フォグ]」
フェリクシアさんが唱えた魔法で、途端に辺り一面霧が立ち起こる。魔導空調が運転モードを変えた様な音がした。
それでも尚、更に霞み続けて、もう伸ばした自分の指さえ見えない。ミストサウナより強く霞んでいる。
「動いてはおられないな?」
「ああ、うん。さっきの場所にいる」
お互い、声はすれども姿は見えぬ、な状態だ。
「そのままにいてくれ。再度だ、ハァッ!!」
今度は2回、短剣が風を切る音がした。俺の周辺にも剣圧が届き、目の前のミストが掻き消えた。
と、短剣が通った道筋のところ、延長線上の壁まで、ミストは消滅していた。次の一瞬後、突然全てのフォグが消失した。
「あ、あれ?! 剣が通ってない所まで霧が消えた?」
「これは……ひょっとすると、ヒュー殿はとんでもない魔法を籠めた上で贈ったのかも知れぬ」
フェリクシアさんの横に回ってみると、フェリクシアさんがかなり怖い顔をしつつ剣先をじっと見ていた。
「最初から、何か魔法が入っていた、って事? でも、魔法で出した霧が消えただけで、それ以外は何も」
「そこなんだ。私も魔力量は相当ある方だから、簡単に消える様な[アクア・フォグ]ではないはずなんだ。もう少し追試して良いか?」
「う、うん。こ、壊さないでね……」
なんか、フェリクシアさんの目が据わっててマジなんですけど……
今から何処かへ討ち入るとか、そんな感じの目をしていて怖いぞ……
「……[フレア・ポール]!!」
随分溜めてからしっかり詠唱したなと思ったら、壁の前に若木位の細めの火柱が立った。5メートルちょっとの所だ。
いや、ちょっと待てアレ見た目だけ若木だこっち来る熱が半端ないんだが! 俺は熱くて、思わず腕で額を少し隠した。
「参る。フッ!」
フェリクシアさんは、若木の炎柱に近付く事も無く、その場から短剣を横一線に振った。
すると、若木にスパッと真横に切られた様な断絶が生じた。で次の瞬間、炎そのものが完全に消失した。
「これが、国権の重要機関たる元老院を率いた者の、真の力、か……」
「フ、フェリクシアさん?」
フェリクシアさんはその場にドサッと腰を落とした。
「フェリクシアさん大丈夫? 怪我とか、魔力奪われたとか、必要だったらエリクサー類を」
「いやご主人様、単にショックだっただけだ。気にしないでくれ……身体も痛めていないし、魔力も正常だ。
私の渾身の、そして単純さ故に絶対消されないはずの[フレア・ポール]が、こう、いとも簡単に消えたのが、な……」
フェリクシアさんは手にしている星屑の短剣を握り顔の近くに寄せている。
無色透明だった短剣が、少し紫がかった透明になっている。魔力が使われた証拠だ。ヒューさんと小さな魔導水晶で実験した時と同じだ。
「フェリクシアさんの[フレア・ポール]は、魔法でも斬撃でも破れない、はず?」
「ああ。これでもアルファだからな、それ位の力はあるんだ。だがそれが見事に破られた。この短剣に籠められているのは、汎用反魔法だろう」
フェリクシアさんが俺に、星屑の短剣をくるっと回して差し出した。
俺はそれを受け取り、改めて薄紫になった短剣を見た。
「その汎用反魔法って言うのは、要するにどんな魔法も無効化する、って事で良いのかな?」
「端的に言えばそうだ。理屈上で言えば、この北方三国で使われる全ての魔法を無効化出来る。防御として、最強だ」
「ごめん北方三国って何だっけ」
「ローリス、オーフェン、エルクレアの三国だ。魔族領に接するエルクレアを、他の二国が支える事で、対魔族防衛陣を敷いている。
それはともかくとして、私の火魔法の力は、最低でも三国の1位のはずだ。ガルニアなど他国は分からないが。
その火魔法使いが、籠められる最大量の半分程度を籠めて、消えない火柱を作った。その火柱を一振りで打ち消すんだ。この反魔法こそ最強だ」
フェリクシアさんの顔が、少し青いように見える。
よほどショックだったのかな……
そもそもフェリクシアさんがあの砂漠で話してくれた事からすれば、アルファとしての誇りに傷が付くのは、相当に心に「痛い」事のはずだ。
「その反魔法? 使いどころが分かりづらいけど……例えば火の玉が飛んできたら、それに向けて振れば良い、と?」
「分かりやすいところではそうだ。向かってくる魔法であれば何であれ、短剣をそれに向けて振れば良い。害悪は消え失せる」
腰を落として座っていたフェリクシアさんが、はぁーっと一つ強めの溜息を吐いて、そして立ち上がった。
「予定では、私が何か最適な魔法をその短剣に封じるはずだったが、反魔法に勝てる魔法は無いし、私は汎用反魔法なんて到底出来ない。そのまま使われよ」
「フェリクシアさん、言って良いか分からないけど……ショック受けてるよね。本当に大丈夫?」
「あぁ、はは、ご主人様にまで見抜かれるのは、メイドの名折れだな……」
笑っているんだが、声にいつもの張りは全然無い。
がっくり肩を落としている人の笑い方だ。
「フェリクシアさん、無理はしないでね。メイドの仕事も、心が辛い時は休んで良い。そもそもフェリクシアさんは少し頑張りすぎだよ、いくら俺達のためって言っても」
「……メイドとして働いている時の方が、気持ちが楽な時があるんだ。時折だけれどな、まぁ今もそういう時なんだが……」
「それって、絶対心が無理してるよ。メイドの仕事しなきゃ追い出すとかじゃないし、それこそ期間雇いで臨時のメイド入れても良いんだから、フェリクシアさん少し休みなよ。俺心配だよ」
「私は……それだけ私の事を考えてくれる主人を持てた、幸せなメイドだ。無理をして死ぬというものでも無い、だから休みなど」
「無理すると死ぬんだよ! 心が一度やられると、元に戻すの大変なんだぞ! 俺が元いた世界じゃ、年に2万人も、自殺者がいた。俺のいた国でだけだ。
心が壊れると、人間死にたくなってくる。どうしようも無く力が出ない時は死ぬ事すら出来ないけれど、ほんのちょっと元気が戻った時、その勢いで死んじゃうんだ!
フェリクシアさんは、一見余裕がある様に見えるよ。いつもは冷静だけど明るくて元気だし。だけど、ふとした時に見える陰が、俺とても不安だ。フェリクシアさんが自殺するんじゃないかって、思う時がある」
俺は、心に思えた事をぶちまける様に吐き出していた。
自殺は、俺にとっても遠い問題じゃ無かった。辛うじて俺は事故死(の後、再生?)だったが、陰キャで非モテで取り立てて夢も希望も無い学生生活だったから、俺がいつ『そっち側』に行ってもおかしくなかった。
ローリスに来て、いきなり夜伽屋で女性を知って、少し生きる気持ちが強くなって。そうしたらアリアさんという最愛のパートナーが出来て、結婚まで出来て。だから今の俺の心は強い。決して折れない。
けれど、フェリクシアさんはどうだ? 固執しているアルファの座、アルファとしての力。今、それをヒューさんにへし折られた様なものだ。しかも、対決してそうならまだしも、単に魔法を籠めただけのヒューさんに、負けた。
フェリクシアさんが、魔法での勝ち負けにこだわりがありそうなのは、砂漠でのあの時からよく分かった。けれど、あんまり見ていなかった。俺の視界の中心が、アリアさんだったから。
俺がフェリクシアさんを過度に見つめれば、アリアさんも嫉妬する。だから……ってのは言い訳だな。フェリクシアさんは、間違いなく心に弱い所を抱えている。
ただ、立場上俺がそこまで深入りしてどうこう、となると、アリアさんとの関係もあって難しい。としたら、まずとにかく休息を取ってもらうのが一番。
今回のローリス外遊は、フェリクシアさんの休息、という目的も、一つ新しく今加わった。俺とアリアさんのデート、そしてフェリクシアさんの息抜き。
と言っても……メイド業の仕事人間みたいなフェリクシアさんの休みって、仕事を取り上げる事でも無い気がするし……難しいな。
これは……また誤解されるとちょっと辛いが、アリアさんに相談してみるか。女性同士で分かる事みたいなのもあるかも知れない。
「フェリクシアさん。取りあえず、ホールまで戻ろう。えーと……喉渇いたから、何か飲みたいかな」
「かしこまった。では参ろう」
俺が『メイドさんに』指示をすると、フェリクシアさんはキリッとメイドさんになって、受け答えをしてくれる。
ただその切り替えが、心に過負荷を与えていないか、とても心配なんだよなぁ……アリアさんの意見を聞きたい。
もし「面白かった!」「楽しかった!」など拙作が楽しめましたならば、
是非 評価 ポイント ブクマ コメントなど、私に分かる形で教えて下さい。
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どうかご協力のほど、よろしくお願い致しますm(__)m




