第4話 アリアさん、昼間から飲むならもう少し軽いのにしてね。……行ってらっしゃい、二人とも。
「俺の今持ってる服って、ヒューさんが準備してくれた物ばっかりなんだよね、王宮に住んでた時に」
屋敷に戻って、フェリクシアさんが淹れてくれたいつもの美味しい紅茶をすすりながら。
アリアさんは、まだ昼だと言うのに紅茶に少し酒を入れて飲んでいる。頬が薄紅色に染まっているのは可愛いんだが。
「シューッヘ君の服ってさ、なんかこー、ワンパターンなのよねー。色調も無難だしー、形も無難でさ」
いつものアリアさんとちょっと違う、絡み気味のアリアさん。
これはこれで、俺、意外と好きかも知れない。
「まぁ、あのヒューさんのチョイスだし、そうなるのは仕方ないかもね。何歳か知らないけど、お爺さんって言って良い歳でしょ?」
「んー、まーあの爺様にしてはよくやった方よね、んー、でもなー、シューッヘ君若者だよ? もっとこー、色とかさ、スタイルとかさ」
同じ話がちょっとループしてる気もするが、色と形が無難で面白くない、という趣旨はよく伝わってくる。
「俺くらいの歳だと、何色が人気あるとかってある? 例えば、俺ローリスに着てから、青い色の服って見た事無い」
「そりゃーそうよ、青の染料なんて言ったら、色止め出来ないからすぐ色移りしちゃうし、そもそもすっごい高いし」
「あーやっぱり高いんだ。RGBだから……赤色系は割と色々あるよね。緑色も、あんまり見かけないけど」
「緑はさー、草染めだからってびんぼー人の色って、昔言ってた人たちがいたのよ。別に良いのに、緑」
「うん、俺も緑とか好きだよ? 赤系よりは合わせやすいし、肌写りも良いと思うし」
「でもシューッヘ君は絶対赤よっ! 赤で決定! 赤以外ありませんっ!」
「あ、アレ? ちょっと酔いすぎてる? フェリクシアさーん、今日入れてたお酒って、いつもの?」
「どれ、あぁ……これはしまった。ラベルが似ているから間違えて、一番強い酒を入れてしまったようだ。瓶の並べ方を考えないと……」
「因みに、フェリクシアさんから見て俺、赤って似合う? 俺自身そういうイメージはあんまり無いんだけど……」
「赤か。ご主人様が着られるのであれば、敢えて原色の赤を使うか、桃色の様なのも良いかも知れない」
「に、似合う? それ」
「ああ、多分だが。ローリスの染色は、貴族服用は別だが、庶民用と普段着は、そこまで発色が良いと言えない。原色にしようとしても多少くすんだ色になるから、赤でも落ち着くんだ」
「染色技術の問題か、『ローリスの染色は』って敢えて言うって事は、例えばオーフェンでは?」
「あーっ! 2人して何話してんのよ、あたしの知らない所でフェリクとデキてんの?!」
「あーデキてないデキてない。それでフェリクシアさんどうなの? もしオーフェンの方が技術上だったら、良い土産物にな」
「ちょっとぉ、なんであたしの事無視するのぉよおー、そんなにフェリクが良いの? どこが良いの? あたしより若いから?」
「ちょっ、な、泣くような事じゃ無いってアリアさん。飲み過ぎだよー、フェリクシアさん気付け薬って無い?」
「今持ってくる」
「また二人してあたしが良い気分になってるのを落とそうっていうのねっ、あたし酔ってなんかないもん!!」
「うんうん、酔っ払いはみんなそう言うんだってさ」
と、フェリクシアさんが黙ってグラスの水を俺に寄せてくる。
「はい、良い子だからこのお水飲みましょうねー」
「あたし悪い子でも良いもんっ。どーせフェリクの方が大事なんでしょっ、もーやだっ!」
「それは、無いから。俺の一番は、絶対に、いつも、必ず、アリアさんだから。ね? 飲んでくれる?」
「あ……あたしに、お願いしてるの?」
「そう、そうだよ。お願いだから、飲んでね?」
「分かった! シューッヘ君があたしの元に戻ってくれるんなら、何でも飲むわっ!」
パッとグラスが俺の手から奪われる。
アリアさんが豪快に、グラスの水を一気した。そして、飲み切るやちょっとケホケホとむせた。
「大丈夫? 味とか、むせたりしてるけど……」
「んんっ、あー……んー……ん? あれ、あたしなんであんなに酔ってたの? しかも……あーん、色々忘れて!」
この赤は分かる。恥じらいの赤だ。さっきまでの薄紅色とは趣の違う赤色だ。
「アリアさんも落ち着いたところで……そもそも俺、今持ってる服程度しか、ローリスの衣類って知らないんだ。
だから、色にしても形にしても、選ぶ・買う以前に、知らない。だから、見立ててもらうか、いっそガッツリ勉強するか、ってことになっちゃう」
そう。今までヒューさんのご厚意におんぶにだっこだったので、俺は服で困った事はない。
王宮のチェストに入っていたのは、良いという事だったので全部持ってきた。そしたら着回すだけの枚数はあったので、今日まで来てしまった。
元々ファッションには興味も無い非モテの俺である。日本のファッションすら興味無かったのだ、異国・異世界のローリスの服。着てる人がいても、目に入っていない。
「それだけご主人様が苦手意識を持っているのであれば、私たちで見繕っても良いと思うが、どうだ奥方様」
「うーん、衣服に興味無い男性って、トコトン興味無いからなぁ……その方が手っ取り早いのは間違いないわよね」
強制的にしらふに戻されたアリアさんとフェリクシアさんが、仲良く同じ床の一点を見つめながら協議に入ったようだ。
「でも、シューッヘ君が一人で買い物出来ないと、困る事もあったりするんじゃない?」
「例えば? 奥様もおられる、メイドもいる。奥様がこういうのをと言ってくれれば、メイドの私が買ってくる事は簡単だ」
「そりゃまぁそうなんだけど……着回しとか、自分に似合う色とか分かってないと、上下で色合わないとかありそうじゃない?」
「それは確かにそうだな。それこそいっそ、この上着にはこのパンツを、と全て固定しても良いのでは無いか?」
「えー何それ、凄いお金掛かりそう」
「衣服に掛ける程度の金は幾らでもある。いや、そもそも今日の本題は『ご主人様に似合う服をプレゼントする』という事では無かったか?」
「はっ、忘れてた!」
「日常の服装を大量に贈るのであればこの議論は有用だが……せっかくの誕生日に、それはどうかと思うが」
「そ、そうよね。すっかりズレちゃってたわ。プレゼントだから……うんっ、シューッヘ君は家で待ってて。あたしたち、見に行ってくるから!」
アリアさんがパッと立ち上がり、そのまま玄関へと向かった。
「……と、言う事らしいので、私も奥様と同道する。お一人にするが、大丈夫か?」
「まぁ、図書館で借りてきてある本でも読むさ。行ってらっしゃい」
フェリクシアさんは黙礼するときびすをピッと返して、アリアさんの歩いたルートを正確にトレースして行った。
で、ドアが開き、閉じる。
ここからまぁ1時間くらいかな? 俺一人の時間だ。
実は最近、ちょっと凝っている事がある。
危険を伴う作業なのでアリアさんには言ってすらいないが。
俺は紅茶を飲み干し、席を立った。いつもアリアさんと使う、玄関右側の階段を背にして、左側の階段を上がる。
ずっと奥まで進む。そこには黒い布。これは元々あった物だ。
この下には、魔法を使わないと視認出来ない魔導線で描かれた魔法陣。
だったが、それもどうかと思ったので、魔法陣の中心に「×」マークをナイフで刻んだ。因みに星屑の短剣ではない、台所にあったナイフで、だ。
その上に立ち、魔力を身体に回す。今まで魔法は、結果を思い浮かべて念じる、という力業だったが、本を読んで改善が出来た。
読んだ本は、誰も使えない魔法である古代魔法の本だったんだが、魔法の使い方とその予備運動、という項が参考になった。
十分魔力を満たしたところで、意識する。
[接続先へ転移]
視界がスッと暗転するのと、身体にわずかに落下感があり、着地する。
さすがにもう慣れたもので、右足の方が先に出る。右足が床を叩けば、ライトがフロア全体を照らした。
さて、ここからだ。
一番初め、俺は考えた。魔力を流せるミスリルであるなら、ある程度の魔力に耐えられるのでは? と。
根拠や先例が無い訳では無い。イリアドームの魔法吸収型講義室。俺とアリアさんが1日だけ鍛えてもらった、あの空間。
あそこの壁は、どれだけ魔法をぶつけても一切傷つかなかったし、見る限り魔法は吸い取られている様にしか見えなかった。
この屋敷の壁も、魔力を流す事が出来る。普通の素材、例えば今の借り物のテーブルに魔力を流そうとしても、表面に漂ってしまうだけ。
が、この屋敷のミスリル壁は、魔力を吸収する。最初に使ったのが[エンライト]と、非常に無害な魔法だったので思いつくのが遅れた。
イリアドーム程では無いにしろ魔法を吸収するのであれば、地下室は魔法の演習場として、最適なのでは無いか。そう思った。
何せ、天井と床を除く四方の壁は、見る限り外壁と同じ素材だから。
この『実験』の初日、俺は少し緊張しつつも、火の玉を意識して、[フレア]と唱えた。
古代魔法の教科書によれば、魔法名の詠唱は単なる「トリガー」の役割であり、それをきっかけに意識している事象が具現化される方向へと、魔力自体が勝手に動く。
つまり魔力自体は汎用の力・エネルギーであって、それは如何様にも変化させられる。これはイリアドームでの演習で、水魔法化された魔力でずぶ濡れになった出来事と合致する事実だ。
例えば[フレア]であれば、別に名称はフレアでなくて、ファイヤーでもファイエルでも火炎砲でも何でも良い。意識と魔力の方向性さえチグハグにならなければ。
そういう意味で、古代魔法の魔法名はあまり固定的ではない。本によって、同じ魔法でも違う魔法名が付いていることなどざらだった。
そんな古代魔法の意識の使い方と、今までの俺の魔法の使い方は、偶然にも似ていた。
もしかすると、これこそ魔法の神髄なのかも知れない、なんてうぬぼれて思ったりもする。
いずれにしても、俺が最初の日に唱えた[フレア]の魔法は、真っ白に凝縮された光球を生み出した。
炎の魔法にならず失敗したかな? と思い、消滅させようと意識した瞬間、目の前に背丈を少し超える絶対結界が具現化した。
と共に、ドンっと腹に響く音。音より僅かに遅く、絶対結界は俺の前だけから拡大し、俺をぐるりと包んだ。
突然の絶対結界が自然に解けて、閉鎖空間から解放された時には、魔導空調が全開で動いていた。室内はかなり暑く、すぐ汗が出た。
てっきり「殺意に反応する絶対結界」だと思い込んでいたが、死が確定する強度の攻撃なりなんなりであれば、自動展開されるらしかった。
自由になって、まず俺は爆心地直下の床を見た。損傷は無かったが、真っ黒なススのような汚れが付いていた。一方天井は、まるで変化無し。
同様に壁も確かめた。触ってもみたが、熱くすらなっていなかった。当然、溶けてもいないし赤熱もしていない。
この、あまりにも何も変化が無い様を俺は、実は結界は誤作動で、魔法は音だけだったりして、などとひねくれて考えもした。が、足下を見てすぐ打ち消された。
地下室にある印。俺が地下へ行った時には既に描き変えられていて、チョークの様な線で階段を下る矢印の図、登る矢印の図、照明の図になっていたんだが。
それらは全部、真っ赤に光りながら沸いていた。ぷつぷつと泡が沸いている太めの線に手を近づけると、非常に熱くなっているのが分かった。
女神様の結界が自動発動する程の熱量。
点に留まらず、部屋全体が効果範囲になっていた事。
万が一にも魔法が外に漏れれば、大規模な災害になりかねないと考え、俺はその日以来実験はわざわざ最下層の4まで行って行っている。
地下1階での仕事は、照明を付ける事だけだ。照明の印、スイッチは、地下1階にしかない。
俺はサクサクと歩いて下行き矢印を3回踏んで、最下層の地下4階に辿り着いた。




