第3話 旅程の説明はしっかり聞きましょうって昔先生が言ってた。
「では、陛下に代わりまして行動予定をご説明致します」
ヒューさんはローブの内側から何か巻いた紙を出した。
「まず、オーフェンに入るのに7日掛け、各宿場町を回ります。これは使節団の様な外交行事の際に、市民の懐を潤す為です。
オーフェンに入りましたら、歓迎のセレモニーがございます。今回の主賓は、シューッヘ様にございます」
「えっ?! 俺がメインですか!」
「そうです。使節団の団員として正式に編入されている者の中で、最も優れた功績を有する者が代表者を務めるのが慣例です。
シューッヘ様は魔導水晶の件がございますので、否が応でも、主賓でございます」
たはー、オーフェンをアリアさんとのんびりデート観光~、とか考えてたんだが、主賓だと出来そうも無いか?
「歓迎セレモニーは、ものの1時間程の事でございまして、その後各部局はそれぞれ実務交渉に入ります。
シューッヘ様は特に交渉事に関わられるお立場ではございませんので、宿を案内され次第自由時間となります」
ほっ?! 良かったぁ、デートも出来そう。
「夜には、オーフェン1世陛下主催の晩餐会がございますので、各自正装にて王宮へ入ります。晩餐会の時間は、3時間程の予定です。
オーフェンの王城は、ローリスのそれより相当大きゅうございます。ダンスホールなども完備しており、美麗でもありますので、是非細部までご覧下さい」
晩餐会。正装って言うと……俺、学生服?
「その日はそれで終了となり、翌日の昼にオーフェン1世国王とシューッヘ様の会談がございます。予定では、後見人としてわたしも入る事になっておりますが、拒否されるかも知れません。
場合によっては、シューッヘ様とオーフェン1世陛下サシでの対談となる事も考えられます。後ほどその場合の注意事項などはご説明致します」
他国の王様とサシで話すとは……
俺が変な事言ったら、それが直接ローリスの国損になってしまう可能性もある訳だよな。怖いな……
「会談が終わりますと、そこから7日間、シューッヘ様はご自由の身にございます。どうぞオーフェン観光を存分にお楽しみ下さい。
予定ではオーフェンのガイドが付きます。但し、ガイドという名の諜報部員でございますので、ご発言などにはお気をつけを。
8日目の朝、見送りのセレモニーがあり、オーフェンを発ちます。帰りもまた、今度は別の宿場町を経由して7日掛け、本国へ帰還致します」
フリータイムが一週間もあるんだ。
海外旅行、楽しめそうだなぁ。アリアさんと何食べよう?
「細かい諸注意、文化の違いによるトラブル防止の話などは、これも後ほどシューッヘ様のお屋敷にてお話し致します。陛下、これで宜しいですか?」
「うむ。おうシューッヘ、旅程は理解出来たか? セレモニーが2つ、晩餐会が1回、そして色々と不透明なトップ会談が1つだ。頑張ってくれよ?」
王様がニヤッと口の端を上げて笑う。
うーん……その期待込みの笑顔に、応えられるのかなぁ。
「その……今回の使節団って、あくまで……王様の部下たちが行く、って感じですよね? 俺の召喚の時の、ヒューさんみたいな全権代理ではなく」
「ああ。あくまで英雄を見せびらかす為に送り込むのだからな、言ってしまえば。だが、国王に下手な言質を取られると、これは国益を毀損する事もあり得る。気をつけて欲しい」
「俺で大丈夫ですか? まだ18の若造ですよ、幾ら英雄だって言っても……しかも、英雄って、誰かしら『敵の殲滅役』ですよね。それを他国に派遣するのって……」
「ヒューの話からして、オーフェンは『英雄の階位が1』という事で、相当小馬鹿にしている節がある。故に、英雄だからと警戒される事もない。
若いから、と言うのはまぁ分からんでは無いが、王位にしろ貴族位にしろ、降って湧いてくる時に年など勘案してはもらえんのだ。まぁ諦めろ」
「は、はぁ……」
歳は関係ない、という事らしいが、ローリス国民として生活してまだ3ヶ月少々、イコール、この世界に来ての期間でもある。
俺の中の常識の多くはまだ、地球の常識だ。電気があり、機械がたくさんあって、電波で通信も出来て、世界中にネットがある。そういう世界。
しかしこの世界は、そのいずれも無い。逆に地球には無い魔法・魔力があって、地球に近い事がその魔力で行われている。
これだけの『ベースレベルの違い』がある人間が、一言の失言も無しにオーフェンに行って帰ってこられるのか?
けれど、陛下も含めこの使節団員としてのオーフェン行きは、決定事項だ。俺が不安だから辞めます、と言える話でも無い。
「最後に、財務卿から一言もらおうか」
陛下の言葉に、さっきまでずっと固まっていたゴテゴテ貴族服の男性がゆっくり頷いた。意外と歳行ってるのかな、動きが緩慢だ。
「オーフェン城内の物品を壊さぬよう、よくよくお気を付け下さい。市価の5倍の請求書がローリスに回って参りますので。
晩餐会で皿を割ると、皿1枚でも請求書をよこす国がオーフェンです。皿程度なら構いませんが、城内の調度品や美術品にはお気を付け下さい」
ゆっくりした、重々しい口調。フ……フラグな気がして正直ビビる。
城内の美術品って言うと、壺とか、彫像とか、そんなのかな……絶対触らない。触らなければ、壊れない。うん、そうしよう。
「では今日はこれで解散だ。皆、ご苦労だった。シューッヘ、気圧されそうになったら、女神様に頼れ。お前さんにはその手がある」
「は、はい!」
と陛下がお立ちになったので、俺たちも立ち上がり頭を下げてお見送りをする。
陛下がドアを開けて出て行かれると、思わずふーっと息が漏れてしまった。
「ちょっとシューッヘ君、18になってたの?」
「え? あ、うん。誕生日うっかり過ぎてて、もう18だよ」
「お祝いしなきゃ! フェリク、準備にどれ位掛かる?」
「出来れば2日欲しい。オーダーケーキは前日では無理だからな」
「ちょーっと待ってー、俺もう18だよ? この国だと成人だよ? そんな、誕生日祝いなんて」
「ダメ! 歳を取るのはおめでたいことなんだから、お祝いしなきゃ!」
俺達がゴチャゴチャとしていると、さっきの財務卿閣下が口を開いた。
「お若いですな。若いうちに大役を経験出来るのは、またとない成長の機会です。シューッヘ殿のご活躍に期待します」
そう言って軽く頭を下げると、財務卿閣下も部屋を出て行った。
「これは弱りましたな、星屑の短剣と比べて、何を差し上げても見劣りしてしまいます」
「ヒューさんまでー。お祝いなんてそんな大仰なものじゃなくて、みんなで食事して、ちょっとお酒飲んで、それで良いじゃ無いですか」
「いえ、ローリスの文化でしてな。誕生祝いは盛大に行うものなのです。因みにアリア夫人の誕生日はいつだったか?」
「あたしは12の月の末の28日。時期が時期だったから、お祝いは『年明け祝いとまとめて』だったわ、宿命よねこれ……」
「フェリクシアさんは?」
「わ、私は必要ないぞ、単なる使用人だから」
「フェリクシアさんは俺達のパーティーメンバーでしょ? だったら、お祝いも同じ様にしたいんだよ」
「そ、そうか。私は、今月の30日だ。今年で20になる」
フェリクシアさん若いなと思ったら、二十歳前だったのか。そりゃ若くも見える訳だ。
「ローリスの誕生日祝いって、何するの? 飲んで食べて、だけじゃないの?」
「飲み物も食べ物も、いつもより上等な物を用意して、みんなでお祝いするの。もちろんプレゼントもあるわ」
聞く限り、地球と似たようなお祝いの様だ。
友達やご近所さん呼んでパーティー、とか言われたらどうしようと思っていたが、そういう事も無さそうだ。
「プレゼントか……それってやっぱり、もらうは秘密、って感じ?」
「ん? シューッヘ君何か欲しい物あるの?」
「うん実は。漠然となんだけど、服が欲しいんだ。俺のブーツに合う様な服で、それでいて着やすい感じの」
「そっか、シューッヘ君の『メイン』はそのブーツなのよね。そうしたら、あたしの分とフェリクの分とで、最低でも2着は買いましょ!」
アリアさんがニッコニコである。
俺にどんなコーディネートを考えてくれているんだろうな、俺も楽しみだ。
「素直に嬉しいなぁ。今までの、木綿とか麻の服だと、どうしてもブーツが浮いちゃって」
「衣服という事でございましたならば、わたくも心当たりがあります。何が来るかは、こちらは当日まで秘密にて。お待ち下さい」
「ヒューさんもありがとう。今まで俺、衣服に興味とか無かったから何でも良かったんだけど、このブーツがね……」
「左様ですな。その白いワイバーン革ハーフブーツは、大変個性的でございますから、合う衣服を見つけるのも手間が掛かりましょう」
「今着てる様な服くらい気楽に着られる素材のがあったら良いんだけどな。さすがに難しいかな」
「ねぇフェリク、ちょっと良い?」
と、アリアさんがフェリクシアさんと共にソファーを立って、少し離れた所でこそこそ話をしている。
こそこそ話も、今こうしてプレゼントの事を話し合ってる流れからだから、内容はそういう内容だろう。何だかじんわり嬉しい。
地球じゃ、高校生になってからは誕生日祝いなんてしてなかったしなぁ、何だかこそばゆいけれど、妻に祝われるとか、初体験で新鮮だ。
アリアさん達が戻ってきた。アリアさんは、明るい女子の秘密の笑い、とでも言うのかな。うふふふ、みたいな言葉がぴったりの表情をしている。
「それじゃ、そろそろ家に戻る? ここ、いつまでも居ちゃいけない様な場所だし」
「そうだね。屋敷に戻って、御茶でも飲みながら、オーフェンでの計画でも立てよっか」
そう言って俺は立ち上がった。
7日間もあるオーフェン・フリータイム。アリアさんと何して遊ぼうかなー?




