第2話 使節団派遣に向けて準備始まる ~1人知らない人が混ざってるけど~
朝から人が来て、俺たち3人は城に呼び出された。
使節団としての顔合わせも兼ねた最初の会合、という事で、今俺たちは城の中にいる。
場所は、謁見の間に向かう不思議回廊の途中にあったドア。初めてドア自体見かけたんだが、相変わらずあの回廊はよく分からん。
通された部屋は、豪華な応接室であった。重厚な赤の、複雑な模様が織られた絨毯に、ソファーと大きなテーブル。
俺たちが部屋に着いた時には、既にヒューさんともう1人の男性が『重鎮オーラ』を放ちながら座っていた。
ヒューさんも、今日はいつものライトカラフルなローブでは無い。白いローブだ。この話し合いの重要さが窺える。
俺は案内されるまま、真ん中の3人がけソファーに腰掛けた。アリアさんとフェリクシアさんも、そこへと通された。
ヒューさんは、一つ向こうのソファー。あちらは一人掛け。ヒューさんの対面に、ちょっとゴテゴテした服を着た、60代くらいの男性。
俺たちの正面は、今のところ空席である。そして気になる空席がもう1つ。一番上座の、こっち向いてる椅子も空席。
このメンバー集めて誰が上座に座るかって言ったら、ワントガルド宰相閣下か、陛下しか無いだろう。
陛下、来られるのかな。
「ヒューさん、メンバーって、これだけですか? 使節団、と言うには少ない気がしますけど……」
「オーフェンに入る人員自体はもっと多いですが、いずれも実務系の役人ですとか、後は便乗するだけの貴族などで、いわゆる首脳部は、極少ない人数です」
「首脳部は、これで全員?」
「いえ、各交渉部門毎に部屋を分けております。関税などの通商、共同防衛軍などの軍事、国民の往来移動のルールなど、項目は多うございます」
と話していると、入口ドアが開いた。陛下だ。普段通りスーツ姿だが、マントは着けておられない。王冠も無い。
俺は素早くソファーを降り、片膝を床に付いた、が、すぐ
「今日は謁見ではないんだから、そういうのは要らん要らん」
と、陛下自ら仰りながらずいずいと入ってこられたので、俺もソファーに座り直して、陛下の着座まで軽く頭を下げた。
「さてと。おう英雄殿、オーフェンについて少しは予習をしたか?」
「へ? あ、はい。図書館で本を読む程度の予習ですが」
「オーフェン1世の啖呵切りは、もう読んだか?」
「はい。何だか戯曲のワンシーンみたいでした」
「戯曲か。実際オーフェンで人気の戯曲には、それをモチーフにした物語もあるそうだ。もし興味があれば、劇場を巡ってみても良いかも知れんな」
今日の陛下はリラックスしておいでの様だ。御機嫌も良さそうで、笑顔でおられる。
堅苦しさを重視? する、いつも横にいるワントガルド宰相閣下も、今日はいない。
「それでは陛下、僭越ではございますがわたくしめが本日この場は仕切らせて頂きます。宜しゅうございますか」
「ああ。あまり堅苦しくしないでやってくれると、よりありがたいんだがな」
「陛下は国王でいらっしゃいますので、堅苦しくない対応は致しかねます」
ヒューさんはヒューさんで引かない。
と言うか、これはじゃれ合いだな。二人ともニヤッとして言い合ってるし。
「ではまず、恐れながら陛下より、此度の使節団の目的をご開示頂けますか」
相変わらず恭しく頭を少し下げながら陛下に話しかけるヒューさん。
陛下はと言うと、肩でも凝ったのか首と肩を自分で揉んでいる。随分対照的な図だなこれ。
「目的な、構わんよ。今回の使節団派遣は、ローリス側から申し出たものでな。まぁ時期的にも定例に少し近付いてきたのもあるが。
ヒューが言うその目的だが、まず第一は、英雄召喚の儀で、あろうことか燃やして滅失してくれた『月明かりのアミュレット』の賠償交渉が暗礁でな。
あの時からずっと交渉を続けておるのだが、オーフェン側はただダラダラと話を引き延ばすばかりで、結論が出ない。いい加減、しびれが切れた」
陛下は腕を組んでフゥーっと強めに息を吐いた。
「あの陛下すいません、月明かりのアミュレット? と言うのは、この国にとってどれ位の価値がある物なんですか?」
「計り知れん価値だな。3,000年前、英雄イスヴァガルナ様が、ローリスを支配していた暗黒魔竜を討伐し、その心臓から取り出した小さな魔石。
それを3つの欠片に割り、1つを、女王が立った時に正式な場で着ける国王の象徴として作り、国が保有していたのが、『月明かりのアミュレット』だ。
言うなれば、国家再生の象徴とも言える物でもあるし、ローリスの王権を象徴する物でもある。極めて重要だ」
なるほど。イスヴァガルナ様が魔族領に突っ込んでいって、そこで倒した支配者『暗黒魔竜』から採れた魔石。
となれば再取得はまずもって不可能だろう。交換品を、という訳にはいかない。
しかも、今の話からすると、女王様が即位された時の、王権を示す意味もある。それを……燃やしたのか、オーフェンは。
「シューッヘ様、何かご意見があれば、是非どうぞ。本日は陛下のご臨席を賜り、直接ご意見出来ますぞ」
「陛下のご臨席をだの堅苦しいというに。ワシが居ようが居まいが、良い意見であればどういうルートか知らんが上がってくるものだ」
意見を求められたようだ。とは言っても、俺自身そのアミュレットとの縁が薄いし、召喚された時に消えたんだから入れ違いみたいなものだし……
「えーと……例えばですけど、オーフェンにもそういう、国家レベルの貴重な品物ってあると思うんですけど、それを賠償として受け取るとか?」
「既にそれは試みてみたのだ。だがな、国宝級をとなると役人は『陛下のご意向を』と言い、では尋ねてくれと言うと『陛下はお忙しく』と、この一点張りのループでな」
「なんだか誠意の無い交渉ですね、オーフェン側」
陛下は軽い溜息を吐かれ、続けた。
「誠意は無いな。うやむやにしたいのか、敢えて交渉を引き延ばすメリットがあるのか。
今回こうして使節団の派遣となったが、初めからそれを見越して役人にグダグダな対応をさせていたとしたら、なかなか策士だとは言えるな。オーフェン王なら、あり得る」
「使節団を派遣させる、オーフェン側のメリットって何でしょう? 俺ですか?」
考えてみたが、俺自身を何とかしたいのか位しか浮かばない。
「だろうな。何とかして英雄シューッヘ・ノガゥアをオーフェンに引き入れようとするのかも知れん。
ただこれもな。普通の国であれば諜報でもって、英雄はもう家族もローリスに持っていて外国へは動かぬ、と分かるのだ。
だが、我が国は他国諜報部員は全て暗に始末しているからな。情報がオーフェン本国に行っていないのかも知れん」
それ、スパイは皆殺し、って事だよね。怖い怖い。
「俺がオーフェンに移り住む事は100%無いですけど、オーフェンだったら何をして来ますか?
よくある話だと、女をあてがうとか、後は大金や宝飾品で釣るとか?」
色々考えてみても、国家が個人を誘う手段、と言うのがピンと来ない。
せいぜい浮かんだものを、ちょっと挙げてみた。
「まぁ女は定番だが、ローリスの子爵でもあるお前さんならば、別にその女をローリスに連れてくる事が出来てしまう。
財宝にしてもそうだな、財宝をくれてやるから居着け、と言われても、自力で魔導水晶を掘り出せる人間に手が出せない財宝など無い」
「へ? アレって売ったらそんなに高値が付くんですか?」
「高値、というか……まず売値があり、それから国として報奨金も付けねばならんだろうし、更に採掘が続くようであれば国として全面支援せねばなるまい。
要は、1つの採掘をきっかけに、自前の支出無しでそれ以降の採掘が出来、更にそれを換金して莫大な利益が得られる。例えば先日持ってきたアレだが」
と、陛下はちょっと言葉を切って、
「アレをオーフェンのマーケットに出すと、大金貨2万枚から5万枚の値が付くんじゃ無いか? 買い手は幾らでもいる」
大金貨5万枚。俺の生活が1年大金貨4,000枚だから、その10倍以上か、たった一つで。
「そう言えばあの魔導水晶、俺はローリスでの生活をバッチリ保証してもらえたんで全然それで良いんですけど、結局のところ、何に使うんです?」
「使い道か? 綺麗な使い道で言えば、城塞都市の照明の燃料になる。アレ1つで、数ヶ月は補充なしで行ける」
「たったあの大きさで、数ヶ月も? 結構人住んでますよね、ローリス」
「あぁ。魔導照明具も大分伝送ロスやら使用時のロスが減った機器が開発されてな。最近の機種に全部更新出来れば、数ヶ月どころか1年は保つ」
「……因みに、『綺麗で無い使い方』、伺っても?」
「構わんよ。兵器として使うんだが、単に溜まってる魔力を特定魔法に固定して一度に放出する方法と、魔力自体を爆破力に変えて爆発させる方法とがある」
「陛下っ! 魔導水晶爆弾、もう完成していたんですか?!」
突然アリアさんが声を上げ、立ち上がった。
「ん? 魔導水晶爆弾、とは言わぬのだが、その話、誰から聞いた? 軍部でも上層部しか知らぬ話のはずだが……」
陛下の目線が途端厳しくなる。
気圧されてか、アリアさんの身がすくむ。
「そ、その……生活者ギルド勤務時代に、り、利用者の女性から聞きました。その方の旦那様が研究しているとかで」
「研究者の妻からか。やはり情報統制は幾ら厳密に敷いても、必ず漏れるものだな。ありがとうアリア、参考になった」
「い、いえっ、とんでもありません!」
と、陛下のお顔が元の柔和な顔に戻る。アリアさんは冷や汗なのか、額に汗している。
俺はポケットからハンカチを取り出し、アリアさんの額にポンポンと当てた。
「アリアさん大丈夫? 突然叫ぶもんだから、俺も驚いたよ」
「ご、ごめんシューッヘ君。凄い爆弾だって聞いてたから、つい……」
「アリアよ、その噂程度の話だが、どの程度の爆破力だと聞いている?」
「……申し訳ありません、ただ『凄い』としか」
「ふむ……まぁ、この面子であれば実態を話しておいても害は無いな」
少し目をつむった陛下。
再びその目を開いて、話し始めた。
「魔導水晶爆弾、とアリアが言った物は、隠語として『特殊魔防工具」としてある。爆発物だと悟られたくは無いのでな。
実際の威力は、魔導水晶に溜めた魔力量に正比例する。故に、大型魔導水晶であればあるほど、爆発力も大きい。
魔力が詰まった魔導水晶であれば即実戦配備が可能な為、急な敵襲の際に敵陣地の頭を叩くのにも適している。まぁ、多少威力はやり過ぎになるがな。
ただ、超小型の物での実験は多々行われ、理論も確立しておるのだが、大型以上の物の使用経験が無い。一度実験をしたいのだが、ワントガルドが反発しており、出来ぬ」
あれ? ワントガルド宰相って、陛下の『下』の地位なのでは?
「ん? シューッヘ、何か言いたい事がありそうだが」
おっと、顔に出ていたか?
陛下に一番始めに言われた『わかりやすさ』は、まだまだ治っていない様だ。
「あ、その大した事でもないんですけど……ワントガルド宰相って、王様より下で、部下、というか配下? では?」
「ああそのことか。ワントガルドは、宰相であると同時に軍司令官を兼ねておる。形式上の軍権はワシが持っておるが、実質はワントガルドがトップだ」
「ワントガルド宰相が、その実験に反対する理由はなんです? 防衛兵器であれば尚更、実際使えるか試してみないとと思うんですが……」
「その昔、我ら以前の文明が、極めて大規模な魔法を使った際、空間に穴が空いて、異形の化け物共がそこから山ほど現れた、という事が歴史上記録が残っておる。ワントガルドはそれを危惧しておるのだ」
「うーん……でも実際ローリスを守るための『いざ』って時に使って、敵軍も殲滅出来ない、化け物も出てくる、とかになったら、多重災害になりませんか?」
「そうだ。それ故ワシは、国土の端ででも実験を、と言っておるのだが、ワントガルドが首を縦に振らん。困ったものだ」
陛下がやれやれと言う感じで首を横に振った。
どうもこの論争、結構長く続いている様な感じがする。
陛下の「もういや」って感じが、何となくだが伝わってくる。
「まぁ話を戻そう。英雄シューッヘ・ノガゥアを派遣するに当たって、儀礼としてオーフェンへの贈答品を持たせる事になる」
「贈答品ですか。何だか本当に外交なんですね、俺で務まりますか」
「あの王、アレで金持ちには随分と腰が低くてな。お前さんの情報も、少し嵩上げして伝えてあるから、王の方が気を遣ってくれるだろう」
「設定上金持ちって事ですね、了解です」
「設定上、か。まぁそうだな。とは言え、足下のブーツを見ただけでも、信憑性は増すぞ? ワイバーン革だろう、それは」
「王様さすがですねっ、俺今日まで誰にも、このブーツ褒めてもらってないんですよ悲しい事に」
「衣服と合ってないからな。平民服は気楽だし着心地も良いが、褒められたければそこの財務卿位の貴族服を着れば良い。
そうすれば、頭のてっぺんから足下まで、歯の浮く言葉で褒めてもらえるようになるぞ、チップ目的の輩共から」
「ぐぇ、自然に褒めてもらいたいです……」
「ならば、平民服でももう少し衣装には気を遣う事だ。木綿と麻と、それだけの上下では、そのブーツは明らかに浮いとるぞ」
まさかの、陛下がブーツダメ出し。
いや、オーフェン行きのブーツとしては、適している様に言われているんだから、ダメ出しでも無いのか?
ファッションとか、気遣ってこなかったからなぁ地球時代。うーん、後でアリアさんに相談しよ。




