第82話 第2章エピローグラスト 「例のブツ」
「待たせた。これが例のブツだ」
言い方が、何か薬物の取引でもしている様にすら聞こえる。
いやまぁ、実際どうかは知らんが、媚薬と強壮剤である。少し胡散臭くなっても仕方ない。
フェリクシアさんが持ってきてくれたのは、紫の生地張りの小箱。
前開きに蓋が開く様で、正面に金色の金具が付いている。
「これが、あの噂の?」
「ああ。まずは中身を見てくれ。解説する」
俺はドキドキしながら箱に手を伸ばし、金具を上げて外し、箱の蓋を開けた。
中にはお揃いの形のガラスの小瓶が2つ寝てる。
いや、違うな。かなり似通ってはいるが、左の小瓶は五角形ベース、右の小瓶は六角形ベースになっている。
どちらも透明な液体が入っていて、ガラス瓶にガラスの蓋、という、秘薬感バリバリの小瓶だ。
「えーと……どっちがどっち?」
「左の、5面体の方が、ご主人様『が』使う方、6面体の方がご主人様『に』使う方だ」
「パッと見分かりづらいね。間違って使っちゃ、良くない効果があるかも知れないし」
「それはそれで別に良いのでは無いのか? 私にはちょっとよく分からない分野だが」
……俺が媚薬でぽえぽえになって、アリアさんがオオカミになる?
うーん、確かに言われてみれば、攻め受けが逆転するだけで別に害があるって程ではないな。
「見せて見せて。ふーん、見た感じは何にも怪しくないのね」
アリアさんも俺の横から顔を出して小瓶を覗いている。
「ねぇフェリク、これってその……本当に効く物なの?」
「効くかどうかは、恐らく個人差も相当出るだろうと思われるが、効く、らしい」
「ふ、ふーん……楽しみにも思うけど、ちょっとだけ怖いかも」
そりゃアリアさんの立場からすればそうか。媚薬で乱れるのなんて、ある意味で平静な状態では無い。
フェリクシアさんが媚薬の事を言い出した時に、『フリ』だと言って効くのを用意すると言っていた。
王宮にいる時、ハイアルト・サンルトラのハーブ水でアリアさんがかなり積極的と言うか、情熱的になっていたが、あんな感じなのかな?
それとも、もっと?
こればかりは使ってみないと分からないな。
「フェリクシアさん、保管上の注意とか、使用期限みたいな物はある?」
「少々独特に香るので、匂い移りしないように、衣類のチェストの中などは避けてくれ。
さすがに『そういう物』の香りだと分かる者もいないとは思うが、分かる者がいたらその者からは
『ああこの夫婦は媚薬と強壮剤でお楽しみか』と、そんな風に思われるかも知れない。
揮発成分があるので、使った後には蓋はきつめに締めてくれ。コルク栓よりは閉めやすいはずだ。
使用期限の様な物は言われなかったが、匂いが飛ぶと効果も落ちるそうだ。まぁ、早めに使うに限るだろう」
早めに。うーん、期待しかない。
しかしなるほど、その香りを知ってる人からすると、そういう目で見られる、という事か。恥ずかしいな。
「えーと、使い方は? 夕食後に1滴含むとか、そんな感じ?」
「どちらも即効性があるから、ベッド前のティータイムにそれぞれのカップに1滴たらす程度が良いだろう」
「即効性あるんだ」
想像するとドキドキする。アリアさんが、乱れて……ちょっと早く使いたくなってきた。
アリアさんの方を見てみると、アリアさんも同じような心境なのか、じっと見入っている。目線が真剣だ。
「この小瓶1つで、およそ60回分だそうだ。是非その……楽しい夜を」
と、言いながらフェリクシアさんの頬が赤くなっている。
クールに決めたかったのだろうが、フェリクシアさんもこういう関連のにはウブなのかも知れない。
「ちょっと香ってみても大丈夫? それだけでも効いちゃう?」
「いや、香りだけであれば効果はほぼ無いと聞いた」
俺は取りあえずこの謎秘薬の香りを嗅いでみることにした。お茶に入れるったって、酷い臭いでは限度がある。
何はともあれ、俺「に」使う強壮剤の方。つまり、俺が飲む方。6面体になっている瓶の方だ。
小瓶を手に取り、ガラス栓を取る。スッと取れる物かと思ったが、意外としっかり閉まっていた。
そのガラス栓に鼻を近づけてみた。香りは……何というか、ミント? スーッとする清涼感のある香りだ。
日本の栄養ドリンクとかをイメージしていたので、強壮剤がミントの香り、というのはちょっと驚き。と共に、使いやすそうで安心した。
「アリアさんのも嗅いでみて良い?」
アリアさんに目をやると、少し恥ずかしいのか、ちょっと頬が赤くなって、頷いてくれた。
アリアさん「に」使う方の、これこそ本命の方の、媚薬とやらの小瓶を手に取る。
ちょっと振ってみたが、強壮剤の方と見た感じの差は無い。
同じ様にガラス栓を取って、それを嗅いでみた。こちらは強壮剤の方と違い、少し甘い花の香りがした。
おぉ。これなら使うにしても、それ程気構えずに使う事が出来るかも知れない。
まぁ、最終的には味がどうかで、お茶に入れられる程度か決まるわけではあるが。
「一番のお楽しみも手に入った事だし痛っ」
アリアさんにお尻をつねられた。結構本気でつねったらしく、ヒリヒリと尻が痛い。
「アリアさん、こういうの使うの、もしかして、嫌?」
「嫌じゃ無いけど……そんなにがっつかれると、ちょっと不安になる」
「え゛。俺、がっついてた?」
アリアさんが不安そうに眉をひそめながら首を縦に振った。
「ご、ごめん。内緒で使うとか、そういう事は絶対にしないから。アリアさんが気乗りしてくれた時だけ、使う様にするから」
「本当? こっそり使って、その……もてあそんだりしない?」
「絶対しない! 俺、アリアさんが大切だから、アリアさんが嫌がる事、したくないもん。そういう気分になった時だけ使お?」
「……うん。それなら……」
「そうだ、それじゃさ、この薬類は、アリアさんが管理してよ。それで、アリアさんの気分で使って良い。俺はいつでもウェルカムだから」
「う、うぇるかむ?」
「あ、その……アリアさんの積極性は大歓迎、って意味だよ!」
ここまで言うとアリアさんも不安が晴れたのか、いつもの優しい顔に戻ってくれた。
「アリアさんも嗅いでみる? 全然不自然な臭いとかじゃないよ」
「ううん、あたしは……楽しみにとっておく」
そう言うと、箱をパタンと閉じて、それを持って2階へと上がっていった。
うーん……媚薬の主導権が離れてしまった。男の夢が……
だけれど、妻に不安しか与えない状態の媚薬、というのは、ダメだ。それはダメだ。
安心して楽しむ為であれば良いんだろうけれど、アレだ、合意ってヤツだ。
と、不意にコンコン、とドアがノックされる。フェリクシアさんの目がキュッと厳しくなる。
「恐れ入りますー、バルトリア工房の者でございます、言づてがございます、お願い致しますー」
どうやら家具屋の伝言らしい。フェリクシアさんがふうと息を吐くと、扉へ向かった。
扉を半分程開け首を出して、なにやら話しているらしいフェリクシアさん。すぐ戻ってきた。
「オーダーの家具が、ホールのテーブルを除いて出来上がったそうだ。明日は家具入れだ」
「は、早くない? 早いというか、突然と言うか」
「婚礼に際して家具が丁度入るのであれば、それに越したタイミングは無いだろう」
俺がいた時代ではもう習慣も途絶えていた様だが、日本では婚礼家具の家具入れは絶対に『下がらない』とかあったそうだ。
家具を積んだトラックは、前にしか進まない。ちょっとバックして他の車を通して、とか絶対しないのだとか。
なんでも、後ろへ下がるのは『出戻り』を意味するからダメなんだそうだ。誰に聞いたかも忘れたが、そんな風習があったんだと。
「あぁそうだ、報告を忘れるところだった。二人がいない内に、魔導冷庫の搬入をしておいた。確認して欲しい」
魔導冷庫? あぁ、なんか移動魔法みたいなので送るって言ってたっけそう言えば。
俺はフェリクシアさんの後を付いてキッチンへと入った。
「うわでけぇ!」
開口一番思わず叫んでしまった。俺の叫び声に、アリアさんも2階からバタバタと駆け付けてきた。
「なになに? わわっ、本当に大きいわね。これ、レストランとかにあるようなサイズよね」
「そうだな。分離式だが2番クラスが2台だから、ランチのみの料理店位であれば開けなくも無いぞ」
と、フェリクシアさんが笑っている。
店舗に置いてあった時はここまで大きい感じはしなかったのだが、全く完全に、業務用冷蔵庫である。
地球で見かける一般的なサイズだと、人の背丈位より少し高い位の物なんだが、それよりもかなり背が高い。
但し、扉が付いている高さは、地球のそれと似たようなものだ。その上に、魔道具? が入っているのか、大きなスペースが付いている。
天井から、ギリギリ少し下……位かな。握りこぶし縦2個は入らないだろうって感じだ。
「もう電源……じゃなかった、魔導線の接続も済んでるの?」
「ああ、開けてみてくれ。よく冷えている」
「どれどれ……おお、冷蔵庫だ!」
「ご主人の世界ではそう言うのか? こちらでは魔導冷庫だがな」
フェリクシアさんから冷静にツッコまれたが、フェリクシアさん自体も機嫌が良いようで、いつもの冷たーいツッコミ感は無かった。
「氷とか出来る、冷凍のところもあるの?」
「ある。こちら側の中、上段左奥に内扉があって、そこは物を凍らせるに十分な冷気に満ちている」
と、フェリクシアさんは2台あるもう1台の魔導冷庫に視線を飛ばした。
試しに、その視線に従って、もう1台の魔導冷庫を開けてみる。ひやーっとした冷気が降りてくる。
見ると、確かに左奥には扉がある。というか冷蔵庫の中に冷凍庫入ってる、みたいな感じだ。
開けてみると……お? もう氷が作られている? 日本でも見かけるような製氷トレーが置いてあった。
「氷?」
「ああ。私がいる時なら、魔法でもっと透明で綺麗な氷をお出し出来るが、そうでない時に備えてな」
「そっか。助かるなぁ、ありがとう」
「あ、あぁ」
冷茶好きの俺としては氷は欠かせない。のでお礼を言ったのだが、フェリクシアさんは何故か少し赤くなっていた。
ふむ。
魔導冷庫も入り、家具も明日入る。追加の家具は買わないと行けないが、それも直に整う。
地下が全く手つかずになっているのが気にはなるが、ともかくまず居住スペース優先だしな、仕方ない。
これでようやく俺は、ローリスでの拠点というべき屋敷を、しっかりした形で手に入れた。
使節団派遣がいつ頃になるのかさえまだ明らかにはされていないが、またしばらく屋敷を空ける訳だな。
ふむ……
そう言えばオーフェンは「難でも金があれば買える都市」と言うのが専らの噂だ。
となれば、また新しい調度品を色々買い集めても良いかも知れない。
そう考えると、使節団というちょっと荷が重い仕事も、少しは楽しく感じられるものだ。
頑張れる範囲で頑張ろう。
無理は禁物だ。俺も、アリアさんも、フェリクシアさんも。
ヒューさんは無理してもバテそうに無いな。まあ、常時マイペースで行こう。
これで第2章が終了となります。お付き合い頂いており、ありがとうございます。
日を置かず、また明後日から新章の第3章がスタートする予定です。
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