第81話 第2章エピローグ5 ヒューさん怪力説 なんかとんでもない物が回ってきた。
「じゃ早速だけど、疲れ取れる量もらえる? アリアさんもどう?」
「わ、私も?! マギ・エリクサー使う程は……でも、あのマギ・エリクサーよね、ちょっと使ってみたいような……」
「迷わなくって良いよ。死蔵してたら、それこそもったいない」
「ではご主人様方の状態を見せて頂く。失礼、[イン・ビュー][トップ・ビュー・ウィンドウ・スキャン]」
鑑定系? なのかな。あの魔法は、いつも2つセットで唱えられる。
俺がアリアさんにうながされて使った時は、自分の情報だからか[イン・ビュー]は省いてたけど。
「どうも二人とも、体力はそれ程でも無いんだが、相当気力を使った結果の、酷い気疲れだな。マギ・エリクサーのみで良いと思う」
「ま、マギ・エリクサー……エリクサーの100倍高いって噂の、あわあわ」
いよいよ本当に使うとなったら、やはり慌ててしまうものなのか。
俺は既に1回経験しているから「そんなもんか」だが、国が買える程、だしなぁ。
「アリアさん、大丈夫だって。お祝いの品なんだからさ、使ってこそだよ。あ、苦いから注意ね」
「さすがご主人様、経験者だな。マギ・エリクサーは苦いと『噂されている』が、真実か」
「うん。かーなーり、苦い。でもふわってして、あったかくなるよ」
「……ご主人、その、あの……もし、そのもしもの話なんだが、その……」
突然、フェリクシアさんがもじもじし始めた。目線はキョロキョロしてるし、ついには指先でくるくる糸車を回し始めた。
「フェリクシアさんも使ってみたい?」
フェリクシアさんがパッと明るい顔になり、その首をブンブン縦に振る。
この辺りの基本ジェスチャーが日本と共通だったのはありがたい極みだな。
「いいよ、フェリクシアさんも試してみなよ。エリクサーでも、マギ・エリクサーでも、両方でも」
「りょっ! ……そ、そんな贅沢な」
「んー、じゃあこう言おうか。ふふーん♪ よく分からない薬飲むのって怖いなー、誰か先に飲んでくれると、良いんだけどなー♪」
節はあるが音痴読み。
「……良いのか?」
「うん。あ、でも俺たち先が良い。あ矛盾するなそれ」
「ははっ、それはもちろんだ。今用意する」
木箱から慎重そうに不思議色液入りの瓶を、フェリクシアさんが出した。
瓶の頭のコルク栓を開き、箱にあったガラス棒を、先にシュッと、ポケットから出した布で拭った。
そして、すうっと差し込んで、真っ直ぐ持ち上げる。
「まずはご主人様からで良いか? 口を開けてくれ」
俺、近付いて口を開けて上向いて待つ。鯉か。
舌の上に、ポタッと液体が乗った。相変わらず苦ぇ。
ぐっと飲み込むと、身体の芯からぶわっと沸き上がる『力』の様な物を感じる。
前回は消耗してたから「あたたかい」で済んでたのかも知れない。今回は、随分、相当にみなぎる感じだ。
「次は奥様だな。ご主人様と同じ様に……」
言われるまでもなく鯉になっているアリアさん。
その舌に、ポタッと液が落ちる。アリアさんの眉間に一瞬縦じわが寄る。
「ん゛ー……んわっ! 何これ凄い!!」
アリアさんが自分のおなかの辺りを見ながら叫んだ。
「アリアさんにはどんな感じ?」
「今ならお城落とせそう」
「何それ怖い」
アリアさんがなかなか意味不明な感想を述べたところで、次はフェリクシアさんだ。
フェリクシアさんは経験として、エリクサーとマギ・エリクサーの両方を行ってもらおう。
「じゃフェリクシアさん。まず瓶開いてるから、マギ・エリクサーからで良い?」
「む、無論。では……」
同じ様に慎重な手つきで扱い、舌に一滴落とした。さすがに表情は変わらなかった。
「……これは、反則級だな」
「フェリクシアさんだと、どんな感じに?」
「うむ。城が落とせそうと言う奥様の言葉が、何となく分かる気分だ」
マジか。元アルファが本気出したら、通常時でも城大丈夫かって話なんだが……
「じゃあ続いて、エリクサーの方も。俺たちは必要ないよね?」
「必要では無いが、試しても良いのではないか? 何か隠れた疾患があれば、それも治るそうだ」
凄いなエリクサー。じゃ俺もトライしてみるか。
「じゃ、マギ・エリクサーに続いてエリクサーもお願い」
「承知した。マギ・エリクサーをまず片付ける、少し待ってくれ」
コルク栓をきゅっと閉め、そっと、元通りに寝かした。
そして、透明液の瓶を、これも慎重に取り出した。
「ん、弱ったな。このガラス棒を使うと、エリクサーとマギ・エリクサーが僅かだが混ざる」
「混ざると何かマズいことがあるの?」
「これも噂だが、結晶化してしまうと聞いた事がある」
「そりゃマズいね。拭き取っちゃうのも勿体ないし。それで鍋かき混ぜてから拭くとか?」
「鍋。なるほど、鍋では無いが、湯沸かし用の水でしよう。後で微量のマギ・エリクサー入り紅茶が出せる」
フェリクシアさんが棒を斜め上に傾け垂れないようにかダッシュでキッチンへと駆けていった。
「アリアさん、どう? 変な感じとかは無い?」
「変とか嫌とかはないわ。けど、こんなに魔力が高まった感覚は、初めてだわ」
「たった1滴なのにね、凄いよね」
と、たわいも無い事を言ってるうちに、フェリクシアさんが戻ってくる。
俺に頷くので、俺も頷く。フェリクシアさんがエリクサーのボトルのコルク栓を取った。
すうっと差し込んで、引き上げる。俺はさっきの如く、鯉になってスタンバイ。
一滴、舌に乗る感覚はあった。味は……無いな。
わずかに何か香るが、何かとしか言いようが無い。ハーブとかか? 不快では無いが。
飲み込む。んー、やはり消耗してないからそこまで変化はないの……ふぉっ?!
突然だ。目が覚め、身体の重さが吹き飛んだ。ちょっとした肩こりも無くなり、と、とにかく凄いぞこれ!
俺が黙ってびっくりしているうちに、アリアさんも鯉になって液を含んでいた。
アリアさんを見ると、やはり最初は何も感じないらしく首をひねっていた。
そして。その時だ。ギョッとする様に目をむいて、口も開いて、突然ぴょんぴょん跳ね出した。
「ど、どした?!」
「身体がね、軽いの! 18歳位に戻ったみたいに、軽いの!!」
俺は元々18歳なのでその「若返る」様な感覚は分からないが、どうやらそんな効果もあるようだ。
そう言えば、俺が誕生日の事を全然口にしていなかったから、誕生日過ぎてもう18歳になってしまった。
日本なら成人の区切りでめでたいし忘れないが、15歳成人のローリスでは、単に1歳年取っただけだしな。
「いやーしかし、凄い物もらっちゃったね。後は効果がどの位持続するか、ってとこか」
さっきの如く、フェリクシアさんはまたキッチンへと駆けていった。
1滴でこれだけ作用するともなると、ガラス棒に付いている分ですら効くんだろう。
まさかガラス棒を舐め回す訳にも行かないからな、面倒だが、フェリクシアさんには気を遣ってもらうしかない。
しかしなんだな、キッチンの様子が見えないって、ちょっと俺的には不満だな、突然の思いつきだが。
あの壁を取り払うと、フェリクシアさんの私室まで丸見えになってしまうが、部分的に取り払う事が出来るなら、出来ればそうしたいもんだ。
と。俺がぼんやりよそ事を考えていたその時、ドアがノックされた。俺がアリアさんを見ると、アリアさんもさっきまでの浮かれた顔では無くなった。
フェリクシアさんにもノックの音は聞こえた様で、足音も立てずにキッチンからホールへ、そして玄関へと進んだ。
玄関のやり取りは、ホールに居ると聞こえない。だが、危険人物とかでは無いのは、フェリクシアさんの様子ですぐ分かった。
フェリクシアさんは一言二言交わした位の、すぐのタイミングでドアを開いた。来ていたのはヒューさんだった。
「シューッヘ様、本日はおめでとうございました。ささやかではございますが、お祝いの品をお持ちしました」
ドアの所で頭を下げながら言った。
どうやら何か持ってきてくれたらしい。
「そんな所じゃなんだから、ヒューさん入ってください」
「はい、ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます」
と、あっち向いた。あれ入らないの、と思っていたら、ドアの陰から大きな木箱を玄関の中に入れた。
どうやら軽い物のようで、ひょいと持って中に。と思ったら更に3つ、同じ様に箱を邸内に入れる。
……4つの、あのサイズの木箱、そもそも箱だけで重くない? ヒューさんの筋肉どうなってんの?
身体強化魔法とか、ラノベで標準みたいなアレが出来るのかなぁ……
「ヒューさん、荷物あるなら手伝いますよ」
「いえいえ、今日の主役の手を煩わせる事はございません。箱をホールに入れても宜しいですか?」
「ええ、それは大丈夫ですよ」
言葉通り、ヒューさんが一人で木箱を次々とホールに運び込んでくる。
フェリクシアさんが手を出そうとしていたが、ヒューさんの方が遮っていた。
「お祝いの品を、色々と考えておりましたが、なかなかこれと言う物がございませんでして」
「そんな気を遣ってくれなくても良かったのに。ヒューさんにはいつもお世話になりっぱなしなんだから」
「節目ですからな、やはりお祝いしたい、これもわたしの気持ちとしてございます故」
と、4つのうちの1つが、俺の前に運ばれてくる。
「こちらはシューッヘ様へのお祝いにございます。是非ご開梱を」
開けろと言われれば、すぐ開けた方が良いのだろう。
俺は箱の上蓋を外そうとしたのだが、結構ずっしりだ、蓋なのに。
「ヒューさんよくこの重い蓋付きの箱、4つも持てましたね」
「若い頃は、一人で木箱幾つ持てるか競ったものです。わたしは22個が最大でしたな。猛者は40を超えて尚余裕でした」
……なんだか異次元の話だな、木箱を22個持つ?
肩に担いだとしたら、11個ずつ縦積み? 発泡スチロールの箱でも無理だぞそれ。
とにかく、重い蓋をどけなければ中身が見えない。腰を入れて蓋を横にずらし、隙間に手を入れてどける。まさによっこいしょである。
ようやく開けると、そこはまだ緩衝材。中身は意外と小さいのかも知れない。緩衝材を左右に除けて行く。
と、何かが手に当たった。と同時に、身体にゾクゾクっとする感覚が一瞬強く走った。な、何一体……?
慎重に緩衝材をどける。するとそこにあったのは、1本の短剣だった。
「短剣?」
「はい。『星屑の短剣』と言う名称がございます」
星屑の短剣は、非常に豪華で煌びやかな装飾が施された短剣だった。
握り手は、実用性なのか革巻きなのだが、鍔に当たる部分は金の細めな十字。そして鞘には金銀が美しく曲線を描き、随所に青い石が留めてある。
短剣としては、剣の部分が少し細身な気がする。握り手の部分こそしっかりしているが、刃の部分が長さに対して幅が狭い。
短剣の全長は、俺の手先から肘まで位。刀身部分は、鞘からすると、片刃なのか先が斜めにカットされたデザインになっているようだ。
握り手の部分を、持って立ててみる。軽い。ある意味おもちゃの様だ。
だが、何故か背筋にゾクゾクするものがある。寒気系のゾクゾクでは無くて、戦いの前の様な、武者震い的なゾクゾク感。
握りの部分はそこそこずっしりしていて、重心はそこにある。
例えばこれを振り回しても、軽すぎてすっぽ抜ける事は無さそうだ。
それにしても、この止まないゾクゾクは何だ? 心霊現象……じゃないよな、寒気っぽいのと違うし。
「この短剣は、美術品ですか? 刃を抜いても大丈夫な物ですか?」
「実用にも勿論お使い頂けます。抜いて頂いて大丈夫です」
俺は星屑の短剣を抜いた。そして、驚いた。
短剣の刃が、水晶の様な透明な石である。勿論刃の欠けなど無い。
ただ、ガラス製の様な精密な線・面では無く、多少でこぼこはある。水晶の原石を粗くカットした様な感じだ。
刃へと傾いていく部分の手前に、恐らく敢えてだろう、磨りガラス仕様のラインが入っている。
「水晶の短剣ですか、綺麗ですね」
光にかざしてみる。キラキラと光を拡散し反射し、とても綺麗だ。
あれかな、家の魔除け的な。日本でも、葬儀の時に棺に魔除け刀を乗せるが、それみたいな感じなのかな?
「水晶ではございますが、魔導水晶にございます」
「……はい?」
「何度でも申しますぞ、その短剣は、魔導水晶で出来ております」
ギュィィィィ! あ、あ、あ、あの魔導水晶~?!
「ま、ま、魔導水晶の短剣って、そ、そんな!」
「稀少な物でございますが、どうぞお納めください」
「お納めって。俺、使い方分からないですよ? 飾り物になっちゃいますよ?」
「それもまた、使い方にございます。魔力の宿る物それ自体が、魔を退けると言い伝えられております」
「と言われても……魔導水晶ですから、色々使い道は、きっとあるんですよね?」
「はい。事前に魔法を封じておいて、詠唱なし・単に強く振るだけで発動します。
シューッヘ様の場合、魔力自体は無尽蔵と言ってもおかしくないお方です。
ならば、何かしらの大魔法をあらかじめ誰かに仕込んでもらい、魔力供給だけ自力でなさる、という使い方になりましょうか。
その使い方ならば、仕込んだ大魔法は魔力が尽きるまで何度でも行使出来ます」
と、ヒューさんの視線がフェリクシアさんに行って、止まった。
なるほど、確かにこの陣容で大魔法とか言うクラスが使えそうなのは、フェリクシアさんだけだ。
「魔法の性能は分かりました。でもこれ、持ち歩いたり振り回したら、欠けません? 魔導水晶って物理に脆いってヒューさん言ってたじゃないですか」
「はい。通常の魔導水晶ですと、その通りです。星屑の短剣は、魔導水晶部分に特殊魔法加工がされており、アダマンタイト級の硬さを有します」
アダマンタイト。異世界鉱物のうち、ミスリルよりうんと稀少で、堅くて丈夫な金属として有名な、アレか。
「じゃあ、普通の短剣として使ったりすることも?」
「勿論出来ます。持ち歩きやすいですので、万能ナイフの様な使い方も、宜しいかと存じます」
「持ち歩き……ヒューさん、使節団でオーフェンに行く時、これって持っていけますか?」
「は? ええ、武器の携行が禁じられる極一部の区画以外でしたら」
「そしたら、俺、少しはマシな英雄になったぞって感じで、この豪華な短剣、腰に差して行きます! ヒューさん、ありがとう!」
「ほっほっ、なるほど英雄の証と言う訳ですな。結構かと存じます。それに見合うだけの格式がございます」
「っと……そう言えば、アリアさんの箱が1つあるってのは分かるんですが、後のもう2つは?」
「どうぞお開けになってくださいませ。それぞれ解説致します」
陛下の置き土産にも驚かされたが、ヒューさんの結婚祝いも仰天モノだ。
アリアさんの箱からは何が出てくるのか、残りの2つは何なのか。開けていこう。




