第79話 第2章エピローグ3 挙式
「そろそろあちらも、お支度が仕上がりましたかな。どれ、ドアを……」
「あー、俺行きますよ」
二人とも座っていたんだが、珍しくちょっと出遅れたヒューさんだったので、俺が扉に向かった。
お支度が、という話があったので、もしかするとアリアさんがそこに立っているかも知れない。
なんて褒めよう……ローリスの花嫁衣装なんて知らないし、変な事言わない様にしないと……
と、考えながらドアを開けたら、そこにいたのはメイド長カッパさんだった。なんだ。
「まぁ! シューッヘ閣下もお祝いらしい格好になったわねぇ! アリアちゃんもとっても可愛く仕上がりましたよ。さぁ、おいでください」
幸せオーラの余波を受けてなのか分からないが、カッパさんまで満面の笑顔だ。
女性と結婚。結婚式は女性にとってスーパーイベントだからなぁ。
俺はカッパさんの後ろに付いて、アリアさんの控え室へと進んだ。
「アリアちゃん? 旦那様をお連れしましたよ、良い?」
部屋の中から、ちょっと緊張気味な、うわずった返事がした。
カッパさんがドアを開け、俺に入る様に促す。俺はそれに従い、開いたドアの前に立った。
「あ、シューッヘ君!」
うわ凄い。白い。白自体の白さが全然違う、まさしく真っ白のドレス。
スカート部分は身体に沿う感じで、サテン生地の様に少しだけ輝いている。
バストの部分は一転ふわふわとした布で、波をかたどったような、とでも言えば良いのか、幾重にも布が重なっている。
「シューッヘ君、その……どう? 似合ってる?」
「もちろん、凄い可愛いよ」
「シューッヘ君も凄いね、祝福色の宝飾赤色が見栄えするね」
「祝福色って言うんだ、この赤色。あ、カッパさん、入っても良い?」
「ええ、どうぞ。儀式前のひとときですからね。あまり時間はありませんがごゆっくり。私は外でお待ちしています」
俺がドアをくぐると、背中でドアが静かに閉まった音がした。
「アリアさん。アレ? 俺が『結婚おめでとう』って言うのは変なのか」
「あはっ、それ変ね。でも『あたしたち結婚おめでとう』でも変だし」
「当事者になると、ちょっと混乱するね。そう言えば、儀式の説明は聞いた?」
「うん。あたしはほとんどしゃべらなくて良いけど、シューッヘ君は花の誓いがあるんだよね」
「そう、それ。何言ったら良いのかって、今も頭抱えてるんだよ」
「もし言葉出なかったら、無言でも良いよ? シューッヘ君に無理させたくないし」
「いや俺そこは頑張る。でも、もし格好良く決まらなくても、許してね?」
「うん、もちろん! はぁ嬉しいなぁ、花の誓いが入る式に、自分が、なんて」
「花の誓い、珍しいの? ヒューさんも『珍しい花がある時だけ』みたいには言ってたけど」
「庶民の結婚式だと、無いわ。貴族の結婚式でも、100件あって1件あるか無いか位って聞くわね」
「うわ相当珍しいんだね。さすがおとぎ話級のバーシウムの花……」
と、ドアがノックされた。
「アリアちゃん、シューッヘ閣下。間もなくお時間ですので、よろしくお願いします」
カッパさんの声がドアの向こうからした。本当に短い時間だったな。
「じゃ俺、戻るね」
「うん。それじゃ式場でね」
こうして、結婚式前の平和なひとときは過ぎていった。
***
今俺は、扉の前にいる。謁見の間の、そして今日は結婚式場としての。
俺の斜め後ろにヒューさんがいて、左右にはハルバード装備の銀甲冑がいる。
ヒューさんは、既に式場入りしている。後見人は最前列だそうだが、俺としては今はそれどころでは無い。
ローリスの結婚式では、花嫁は先に入っているものなのだそうだ。
そこへ、後から新郎が入って、通常神職の結婚式宣言から始まるのだとか。
ヒューさんの言うところ、今回は陛下がその神職の役を務められるそうだ。
完全に閉ざされたこの扉、どう開く合図をするのか分からないが、まだ銀甲冑は動かない。
これもヒューさんが言っていたが、数名の『偉い人』が、この式に同席するらしい。
偉い人としか言っていなかったのでどういう人かは分からないが、日本で言う証人みたいなものか?
証人と言えば、婚姻届みたいなのってその場で書くのかな。日本だとそういう式も結構あるみたいな事を聞いた事がある。
思い切りローリスの文字で無い漢字を書いてしまう事になるが……まぁそれは仕方ない。俺の名前は、漢字だ。
にしても、会場内は静かなようだ。扉の向こうからは物音一つ聞こえない。単にドア厚い、って説もあるけれど。
儀式は、地球式から考えると結構変わっている。新婦とも入場しないし、更には新婦は、俺が進む途中に立って待っているのだとか。
つまり、俺が中に入って歩いて行くと、途中にアリアさんがいて合流。俺が左側に回って、一旦そこで壇上に向け揃って軽く礼をする。
そしてゆっくり前へと進み、陛下の玉座がある5段階段の下まで行き、深く礼をする。そこで陛下の宣言が始まる。
宣言の終わり頃に、俺とアリアさんに、地球でも定番の「誓うか?」というのが来る。病める時も健やかなる時も。実際の文言は知らない。
その誓いを受けて陛下が一言述べられると、司会――多分ワントガルド宰相閣下だろうな――の進行で花の儀式に移る。
花の儀式については、ヒューさんもうろ覚えらしく、あまり内容とか進行とか、分からなかった。
そりゃ貴族で100分の1って位の話だから、ヒューさんが把握してないのも不思議では無い。
ある意味、花の儀式だけぶっつけ本番。因みにその花は、少し枝を短くされて、俺の上着のポケットに入っている。
と、ドン、と床が鳴る。中の床だ。ハルバードを床に突いたのだろう。なるほど、近衛兵らしい合図の仕方だ。
合図だと思った通りに、銀甲冑2名が動き、扉の引き手に手を掛けて、俺の方を向いた。
俺が頷く。ゆっくりと、式場のドアが開いた。
式場の絨毯は、いつもの赤絨毯では無かった。白い。白の絨毯、左右の端は金のラインが引かれている。
謁見の間の床自体、白い大理石の様な石造りである。そこに純白の絨毯。更に今日はいつもより謁見の間自体が明るい。目が痛くなるくらいにまぶしい。
いや、床見てる場合じゃなかった。前を見ると、アリアさんがブーケを持って、俺の方を向いて微笑んでくれている。
アリアさんが待ってる……ふとそう思ったら、何だか緊張も和らいだ。俺は式場の中へと、ゆっくり足を進めた。
一歩、一歩。アリアさんに近付いて行く。長い距離でも無いので、早々にアリアさんの前まで来てしまう。
俺はアリアさんに、あまり目立たない程度の微笑みを送った。アリアさんからは、ニコッと、いつのも笑顔が返ってきた。
アリアさんの左手側に周り、横並びに。俺とアリアさんは揃って頭を軽く下げる程度の礼をする。
礼をした方向には、演説台の様な台があり、そこに陛下がいらっしゃった。
演説台には前掛け布が掛けられている。三つ叉の矛の様な、そんな模様が描かれている。
陛下のお顔を拝見すると、今日はいつもよりうんとリラックスしておいでで、穏やかな顔をされている。
再び、歩き始める。アリアさんを置いてけぼりにしないように、一歩一歩ゆっくり。アリアさんも俺に合わせて、足並みが揃う。
ふと、右の方が見えた。背付きの長いベンチの様なところに、3名。3人とも貴族なのか、随分ゴテゴテした派手な衣装を着ている。
となると気になるのは左だ。左も目をやると、同じ様なベンチにヒューさんだけが座っていた。
客席は4人か。それだけだったら、そんなに緊張しないで済むな……俺は歩を進めながら、そんなことを思っていた。
そうして、約束の場所に辿り着いた俺たちは、陛下に深く礼をした。
しっかり長めに礼をして、体制を戻したところで、陛下が言葉を発せられた。
「これより、我ローリス国王グランダキエ3世を公証人として、シューッヘ・ノガゥア、アリア・ウェーリタス両名の結婚式を執り行う」
陛下の御声は、相変わらず威厳に満ちている。さっきまではさほど緊張していなかったのだが、一気に緊張し、手に汗が滲むのを感じる。
「古来より我が国ローリスでは、男女の成婚は自然なる女神様の御心のままに、あるがままに為すが本義とされる。
その中で、今日こうして3人の証人の前で改めて結婚を誓い公にし、夫婦の誓いを立てる者に幸あらん事を。
女神サンタ=イ……ウォッホン! サンタ=ペルナ様の御加護の元に、今日ここに、公に新たな夫婦が誕生した事を、国王として喜ばしく思う」
……今……ちょっと間違えそうになったよね?
「ここに集いし証人達よ、この若人二人がこれから過ごす、長き夫婦としての平穏なる営みに異論ある者はこの場で申し出よ。さもなくば、永遠に沈黙せよ」
誰も言葉を出さず、元音すらも一つもしない。
証人さんの顔とか見ておきたかったが、俺たちより後ろのベンチなので見るわけにも行かない。
「証人の追認を得たアリア・ウェーリタスは、今この時から正式にアリア・ノガゥアとなる。夫であるシューッヘ・ノガゥアに、終生尽くすと誓うか?」
「はいっ! 誓います!」
「シューッヘ・ノガゥア。新たに公にノガゥア姓となり、貴君に終生尽くすと誓っておるアリア・ノガゥアを、妻として迎え入れる事に異論は無いか?」
「はいっ。異論はございません!」
「おお偉大なる女神サンタ=ペルナ様。今この時、二人は固い愛の絆で結ばれました。願わくば女神様の慈悲深き御加護を賜りますことを」
陛下がさっと両手を上げ、目をつむり顔を上の方へと向けた。なんとなく神々しい。最初のクライマックスだよな……
と。
その時だった。
『私、結婚の神じゃないからどうこう出来ないけど、2人の幸せは願ってるわ♪』
か、軽い調子の、上機嫌そうな御声。
俺は声のした方を見た。
そこには、薄い黄色のワンピースを着た女神様が足組んで腕組んで座っていた。行儀悪っ。
「な、ま、まさかっ、女神サンタ=ペルナ様?!」
壇上の陛下が、言うやズザーッと後ろに下がった。
『ヤッホー、シューッヘちゃんにアリアちゃん』
手を振ってくる。突然の"予定外"に、俺は正直どうすれば良いのか分からず、アリアさんの方を見た。
いやもちろんだが、アリアさんも答えを持ち合わせている訳も無く、二人見合わせてしまった。
『次は花の誓いでしょ? しかもバーシウム。ほら司会ー』
ははっ! とずいぶんな大声を上げて、右の椅子から証人の筆頭っぽい人が相当凄い勢いで立ち上がった。
「き、貴族院第198代院長、オーソルド・グァリタスより、お、お二人のご成婚、心よりお慶び申し上げます。
んん……古来より語り継がれるところによれば、花は人生の縮図とされます。幼き蕾からやがて花を吹き、ついには衰える。これもまた人の常です。
本日は、これも語り継がれる様な花、バーシウムがノガゥア卿の胸元にございます。花に誓って、新婦への初めての贈り物となさいませ」
最初戸惑ってた感じの貴族院の偉い人だが、話し始めたら落ち着いたらしい。
落ち着かないのは俺の方だ。女神様まで観客に加わったこの挙式の、一番のシーン。
アリアさんの方に向き直り、胸ポケットから花を取り出して、少しだけ屈む。アリアさんの手の位置に合わせてだ。
「アリアさん……俺、決して王子様って感じじゃ無いけれど、アリアさんを一生、一番、ずっと。大切にするね。いつか、この花が枯れたとしても」
スッと花をアリアさんに。アリアさんはその花を受け取って、
「はい、あなた」
とだけ言ってくれた。
……そんな
最高の
ロマンチックシーンを
空気読まずに邪魔するのが我らが無粋な女神様である。
『花、枯れるのヤじゃない? 枯れない様にしたげるから。必須じゃ無いけどたまに水あげてね』
俺もアリアさんもそっち向いてキョトンである。しかしそのキョトンとしている最中に、バーシウムの花がまぶしくぱぁーっと光った。
光は数秒続いたがそれもスーッと消えていく。アリアさんの手の中のバーシウムの花に変化はない。
「め、女神様の奇跡だっ!!」
さっきとは違う声が右手の席から響く。ざざっと衣装が擦れる音がする。
女神様の方を見ると……必然的にヒューさんも見えるんだが、静かに、流れるように、片膝を折って頭を下げている。
逆側も? と思って振り返ろうとしたのだが、不意に見えたのはなんと王様まで片膝折っている。め、女神様の威厳すげぇ……。
『じゃ、お祝いもしたし、良いもの見せてもらったし、私は戻るわ』
言い終わるや、パッとその姿が消えた。




