第77話 第2章エピローグ1 その時は突然やってきた。6人の甲冑たちと、1人の貴人と共に。
普通の日常が普通に過ぎていった2日間がどれだけ貴重だったのかと後で思い知る事になった10月3日である。
この日もまた、朝は9時半からのんびりと食事を取り、まだ足りない細かい物でも買いに行こうかと、アリアさんと語り合ったりしてまったり過ごしていた。
そんな矢先であった。
誰かがドアをノックした。
先日の『事件』以来、俺がドアを開くのはダメ、という事でルールが決まった。
基本、フェリクシアさん。もしフェリクシアさんがいなければ、アリアさん。
アリアさんを矢面に立てる事には俺は反対したんだが、当主を討たれるより夫人は盾になるものと、フェリクシアさんばかりかアリアさんまで言い出すので取り付く島もなかった。
で、ノックが入ったので、会話は一瞬で止まり、ピリピリした空気が流れる。
フェリクシアさんは俺をチラッと目の端で確認すると、そのままドアへ。
まだ衝立は買っていないので、相変わらず直線上の見通しが良すぎる。矢でも持ってこられたら、俺の座り位置はいい的だ。
フェリクシアさんが慎重にドアに近づき、ドアの外と話をしている。屋敷の広さ故の距離だけはあるので、ここからでは何を話しているかはよく聞き取れない。
が、フェリクシアさんの動きからすぐに、敵対的存在や怪しい存在で無い事だけは分かった。いつの間にかオートロックに進化してる玄関ドアを、パッと開け、フェリクシアさん自体はドアの陰に回った。
誰だろうヒューさんかな、と思ったら、そこに居たのは銀甲冑の兵士だった。手には長槍、いわゆるハルバードを持っているが、儀礼用のようで赤い飾り布が穂先の下に巻き付けられ、刀身はピッカピカに磨き上げられていた。
近衛兵でも、あんなゴテゴテの甲冑とハルバード装備はほとんどしない。儀式の時だけだ。前に見たのは、俺の叙爵の時だった。
銀甲冑の兵士は一人では無かった。入ってきたなと思ったらその後ろにも、そのまた後ろにも銀甲冑が続いてドアをくぐる。しかもスピードが駆け足。
広い玄関だと思っていたが、さすがに銀甲冑が2人ペアで左右の壁に付く様に、都合6人も並ばれると、真ん中を人が2人くらい狭く通る程度の隙間しか残っていない。
いやいや……なんで人の屋敷の「中」で、誰か偉い人が来るみたいな隊列組んでるの? ここ一応、俺の屋敷なんですが……
そう思ったのだが。
それ相応の偉い人が来てた。
いやいや、言わば一番偉い人だ。
「お、王様?!」
「陛下?!」
朝のリラックスタイムは陛下の来訪で一瞬のうちに吹き飛んだ。
フェリクシアさんはいつの間にか銀甲冑の隊列をすり抜けて、俺の後ろで既に膝を折っていた。俺もアリアさんも、慌てて椅子から降りて膝を折った。
「そういうのは今日はよいっ、と、とにかく来い!」
「はっ? は、はぁ……」
訳が分からない。ローリスでは子爵程度の貴族邸に国王が急ぎの用事みたいに来訪するのは普通の事なのか??
「じゃ……行ってくるね、よく分からないけど」
「う、うん」
「違う違う! 2人とも来なければ意味が無い!」
「へ? あたしもですか?」
アリアさん鳩豆である。
「そうだっ! 2人は直ちに登城し、後見人のヒューと共に謁見控え室へ入れ!」
俺はアリアさんと顔を見合わせた。謁見の間、では無くて控え室の方らしい。叙爵の時に待合にしてた部屋だと思うが。
しかも、ヒューさんの事を『後見人』として呼んでる。何かあったっけ、そういう用事。何かあったような……
~~
『あの王の事だから、夢枕で指示を出せば即実行、だと思うわ。いきなり呼び出されると思うから気をつけててね♪』
~~
あっ! アレか!
そう言えば少し前に女神様が言っていらしたっけ。忘れてたわすっかり。
「王様、要件自体は概ね想像が付いています。女神様が何か匂わせる事を、先日仰っていましたので」
うそ。匂わせるどころじゃなくて、どうやってどうするまで全部聞いてるけど。それ言っちゃあ、王様に悪い。
「ただ、まだ俺も妻も寝間着です。少し待っては頂けませんか?」
「ならぬ! 事は急を要するのだ、寝間着で構わんし城では服を貸すし、帰りは相応な服を与えるからとにかく早く来てくれっ!!」
……女神様、どんなお告げを出したんだろう。
王様が冷や汗? の様な汗のかき方しながら、無茶苦茶に焦ってる様にしか見えない。
「あ、アリアさん。どうも本当に大急ぎっぽいから、行こうか」
「う、うん。ちょっとびっくりしちゃったけど」
アリアさんが立ち上がるのに合わせて俺も立ち上がる。
「取りあえず、身一つで行けば良い感じでしょうか、王様」
「そうだっ、準備は全て王城内で済ませられる!」
「では直ちに参ります」
「外にお前さん方の為の馬車もしつらえてあるから、それに乗ってくれ。やれやれ……」
やれやれ?
いやホント、女神様何言ったの? 凄い気になるんですけど……。
陛下がサッときびすを返して戻って行かれると、その速度に合わせて銀甲冑も、陛下を先頭に駆けて出て行った。
遅れて俺たちも急ぎ足で外に出ると、目の前には陛下専用馬車と思われる白と金のそこそこの大きさの馬車があった。馬まで白い。
その後ろにも馬車があるようで、そちらはもう少し大型の馬車の様だが、こっちは正面と違って庭の柵が邪魔してよく見えない。
銀甲冑たちは、どうもここで「お見送り」の模様だ。馬の左右に隊列を組んでいた。
俺たちは陛下の馬車のドアが閉じたところで敷地外へ出て、自分たちが乗るらしい馬車を見て、揃ってぎょっとした。
なんとオープン馬車である。しかも、こちらは白と赤と金の装飾。開かれたドアの下には白い階段が置かれ、ハルバードを持たない銀甲冑がドアをホールドしている。
「あ、アリアさん、馬車がオープンカーだよ……」
「オ、オープンカー? よ、よく分からないけど、見た事無い形の、凄い目立つ馬車よね……」
俺がまずおずおずと階段を登り、馬車内からアリアさんの手を引きあげて、一緒に乗った。
椅子は片側にしか付いておらず、否応なしに進行方向を向いて並んで座る形になった。
席に着き、ようやく周りを見ると、そこかしこの貴族邸の窓から物珍しそうな視線がたくさん。うーん、そりゃ見るかこれは。
銀甲冑がバタンと馬車の扉を閉める。その銀甲冑がガシャッと音を立てて敬礼したそれが合図だったのか、先頭の陛下の馬車が動き出した。
急いでいる(らしい)とは言え、市街地はさすがに疾走はしない様だ。陛下の馬車が少し進んで、俺たちの馬車も動く。
馬車が馬車らしい速度になる頃には、俺も少し冷静になってきた。
左右を見ていると、陛下の馬車というのはローリスの貴族街に居るような人たちは皆知っている物らしく、道を歩く誰も彼もが直ちに膝を折ったり、ぺたんと正座したりして頭を下げていた。
そんな中を、俺とアリアさんは、どこに目線を置けば良いのか分からず結局王城に着くまでキョロキョロしながら、短い馬車の旅を終えた。
王城の正面玄関が見えてきたところで、既に赤絨毯が外にまで敷いてあるのが見えた。
ふと反対側に目をやると、坂を登って周辺一望。元来た方を見ると、俺の屋敷が小さく見えた。あそこだけ変な鉄瓶なのでよく目立つ。
再び近付く王城正面玄関に目をやると、入口からメイド服の人たちが、絨毯の左右に出てきた。遠くて見えないが、何か手に提げている。
「アリアさん。いよいよ成婚の儀式だね。緊張する?」
「うん。喉乾いてきちゃった」
短い会話を交わした。
何だか今日のアリアさんはまぶしく感じる。
結婚式の前って、こんなものなのかな。
「ご到着ー!!」
陛下の馬車が正面で止まる……ものだと思ったが止まらずにそのまま絨毯より前まで進んだ。おいおい。
そして、俺たちの馬車が、絨毯の前に止まってしまう。マジか。王様よりも扱い丁寧とは。
さっき声を挙げたと思われる銀甲冑が、馬車の横に箱階段を取り付け、扉を開いた。
この赤絨毯に降り立つのか……俺はさすがに身震いがしたが、進まなければ話が進まないので、とにかく馬車を降りた。ついで、アリアさんに手を差し伸べ、降りてもらう。
俺たちが降りたその瞬間。
「英雄閣下、英雄妃閣下、ご成婚、おめでとうございますー!」
少し遠くから、聞いたことのある女性たちの声がした。あのメイドさん達だ。
俺とアリアさんは、並んで絨毯の真ん中を歩いた。後ろがどうなるのか気になったが、この際それは無視した。
前だけを向いて、アリアさんの手を取り、二人で歩いて行く。
「シューッヘ君、アリアちゃん、おめでとう!」
「お二人とも、おめでとうございます!」
「こ、こ、これで公認ですねっ、子供は、いつですかぁ?」
「デルタちょっと……おめでとうございます!」
「お二人の幸せを心より願っています」
左右から、フラワーシャワー。自然と歩速も少しゆっくりになる。
「夫婦は絆だからねっ、離れちゃダメよ!」
「お二人に女神様の祝福あらん事を」
「あー似合ってるのがちょっとうらやまだわ。おめでと、おっ!」
色とりどりのフラワーシャワーの中、花を俺にだけ向けて結構な勢いで投げつけてくるのは、あれは侵入者退治をしてくれたイオタさんか、闇魔法の。
花と言えど、グレーディッドが力入れて投げると、かなり痛い。ぺちっっと肌に叩き付けられる花が、結構痛い!
しかし、このお祝いのムードを壊す訳にもいかない。あからさまに嫌な顔をしたり、回避したりも出来ない。誰かアイツ止めて!!
もう仕方ないのでそのまま進む事にした。
さすがに後頭部に当たっても痛くないな、でも当たるの分かる威力ではあるな、と思った矢先、次々首筋にぺちぺちぺちぺち。振り向けないけどみんな面白がって投げてない?!
王城の玄関をくぐり、城内へ。
城内では、警備兵さん達が隊列を組んでいた。赤絨毯も続いている。大階段を真っ直ぐ登り、謁見の間への回廊がある3階で右行き、のようだ。
こちらでは、首に地味な痛みを与える様な地味な攻撃(嫉妬)? も無く、警備兵さん達が拍手で出迎えてくれた。この方がありがたい、堂々と出来る。
アリアさんの手を改めて取り直し、階段を進む。ここの左に、住んでたんだよな俺。
更に進む。あそこに見えるティールームのお茶が格別なんだよな……なんか結婚前に独身時代を懐古しちゃうのって、自然現象なのかな。
3階に辿り着き、右へ。ふと下のフロアを見ると、メイドさん達も含め皆が、俺たちに手を振っている。
アリアさんの方を見ると、皆さんに応える様に、本当に小さく、可愛らしく手を振っていた。ので俺も、少し大きく、手を振った。
と、その直後。
「お祝いだーよっと!!」
一際気張ったイオタさんの声と共に、何か細い物が1階から投げつけられた。凄い速度で飛んでくるそれを、俺は何とか「逆さ向きの花だ」と視認した。
花となれば、取り遅れてタイミングをミスれば、花の頭を握りつぶしてしまう。まさに興ざめである。お祝いだと言ってるのだから、上手く取らないと。
俺は精一杯目に集中し、顔面に迫る斜めにカットされた茎をかわし、その捻った勢いでもってなんとか茎の真ん中部分を優しくつまみ取った。
握り折らずに済んだ……フーッ、と一息吐くと、階下から歓声が上がった。さすがグレーディッドの「お祝い」、最低限の動きは出来ないと受け取る事すら出来ない。
「わっ、バーシウムのお花!」
「これ? そういう名前なの?」
「うん! こんなお花、しかも今日、目に出来るなんて……」
花をじっと熱い視線で見つめ、アリアさんが両手を口元に……あぁぁ、なんでか涙ぐんでる。この花が?
「ど、どうしたの?」
「あのね、バーシウムのお花って、おとぎ話で王子様がお姫様に求愛する時に必ず出てくる、そんなお花なの」
「うん」
「それでね? 昔みんな取り過ぎちゃって、今はもう無いって言われてる、幻のお花……」
「す、凄いね。これが、そんな……」
見た感じ、淡いピンクのバラである。
茎にトゲがあった痕跡もあり、綺麗に処理されている。
アリアさんの目からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちている。それもそうか、おとぎ話に伝わる、伝説の花ともなれば。
俺も大概こういうのには疎いが、おとぎ話にふんわり憧れる女子、ってのは、そこそこ分かる。
その憧れがふんわりで、まさか現実になんてならないだろうって思ってるからこそ、いきなり現実にそんなのが来ると、涙も出ちゃうんだろう。
俺はもう一度、花を持っていない方の手を階下に掲げて、涙でうずくまりそうなアリアさんの手を優しくそっと持って、前へと進んだ。




