第74話 闇魔法はその印象通りやっぱりヤヴァイ ~まさに「とんださわぎ」~
扉を壊さんがばかりに強く叩いているので、俺はアリアさんに一言、ごめんちょっと行ってくる、と言って素早く階段を駆け下りた。
いやしかし、この階段を駆け下りるのでも、7段あって踊り場があって10段位あるんだが、ポン、ポン、と跳ねる様に飛べる。全然ショックが無い。
地球で7段飛ばしなんてしたら、衝撃が吸収できずに前のめりに突っ伏すか、足がやられて崩れるか、どっちかだ。さすがドラゴンブーツ。
いやそこじゃない違う違う、今も現在進行形でドンドン叩かれているドアだ。
「ヒューさーん、ドアが壊れるのであんまり強く叩かないでー」
「おおっシューッヘ様! ご無事でしたか、入れて頂けますか」
「はい、今ー」
と、扉の前に滑り込み。ピタッと決めたい位置で止まれるのも、このドラゴンブーツの効果効能である。
でドアを開けた。
「シューッヘ様! お怪我は、大事は、ございませんでしたか?!」
「幸い。今回は女性陣が大活躍でね、魔法のトラップを作ってくれたフェリクシアさん、一瞬で躊躇せずトラップ発動させたアリアさん」
「ほう! それでは、シューッヘ様はこの度は」
「あくまで貴族として、客人の応対に。努めて冷静に振る舞うのが大変だった相手だったんだけどね」
「左様にございますか。シューッヘ様も成長なさいましたなぁ」
「なんか照れくさいなぁ、ま、取りあえず上がって。まだ血痕とか残ってると思うけど」
と、ヒューさんをホールに通す。と、そこにはモップとバケツのメイドさんが、木製の床をゴシゴシとモップでこすっていた。
「あーフェリクシアさん、どう、汚れ。取れそう?」
「なかなか厳しい。出血させない手法を取ったんだが、数滴レベルまではさすがに止められないからな」
「少々拝見をば。なるほど、この程度の血の汚れであれば、わたしが魔法で何とか致しましょう」
ほっ? 俺はフェリクシアさんを見た。フェリクシアさんも、ちょっと驚いた表情で固まっている。
「魔法って……何魔法です? 水魔法だと、モップと同じになりそうですけど」
「でしょうな。ここは、闇魔法を用います。闇魔法は制御がしづらく、万が一がある魔法ですので、念のため二人共々にお下がりください」
言われて、俺はフェリクシアさんの方に駆け寄って、そのままホールの角に立った。ギリギリ何してるのか見える距離だ。
「宜しいですかな? では、参ります。[カルメンス・ブラッドビー]」
ヒューさんが唱えた瞬間、ゾクッと背筋が寒くなる感覚に襲われた。とは言え、何か魔法的に事象が起こっている様には見えない。
じっと、見る。この寒気の正体も見抜きたい。じっと……すると、床から血がふわっと浮いた?! 何あれ?!
浮いた血液は、何かに吸われて消えて行ってる。床からほわほわ浮いた血が、シュッと吸われて消える。そんな感じだ。
「[カルメンス・エンド] [フォースリターン]」
ヒューさんが立て続けに2つ魔法を詠唱した。2つめの魔法のタイミングだと思えたが、寒気と、何となく感じられていた気持ち悪さとが、ふと消えた。
「うむ。問題無く、魔法を行使し終えました。床も、この通りでございます」
俺とフェリクシアさんが駆け寄る。
床には、さっきまでべったーと付いていた血の跡が全く無かった。
薄まったとか削れたとかではない、元から無いかのようだ。
「凄いですね、頑固な汚れを」
「汚れを取る目的の魔法では無いのですが、このように汚れとりにも使えます。異界にいる、血液を好む異形を召喚し、血を吸わせ、その後で追い払った、というのが今の魔法です」
「フェリクシアさん、使えそう? この魔法」
「たとえ教わっても無理だな。私には闇魔法はとことん向かない」
「へぇ……フェリクシアさんでも、何でも出来る、って訳じゃ無いんだ。元々火魔法が得意ってのは知ってたけど、最近水魔法とか色々使ってたから、何でもいけるのかなって」
「やはり、基礎の段階でつまづいた魔法は、習得は難しいな。闇魔法と時空魔法は、他の魔法、特に4大元素魔法の様にシンプルな組み立てでは無いんだ」
「ふーん……ヒューさん、やっぱりヒューさんって、何物なのかよく分からない人ですよね。凄腕なのだけは分かるけど」
「まぁ、元老院の長ともなると、魔法に秀でている事は前提条件でございます。とは言え、わたしの魔法はいずれも半端なものが多く、威力の面で敵わぬ相手も多かったですぞ」
「威力、うーん。ヒューさん位になると、2つ3つどころか10や20の違う魔法を同時発動とか出来そうな感じさえしちゃうなぁ」
「出来ますが」
「はっ?! えっ、魔法って同時発動出来るものだったの?!」
初耳だ。いやまぁ、俺の「絶対結界 + 女神様放射線」もダブル魔法と言えばダブルだが、そう簡単に魔法の多重化って出来るものなのか?!
「フェリクシアさんも出来るの?!」
「ま、まぁ簡単なものであれば……」
と、フェリクシアさんは手のひらを上に向けて、向かって左手にろうそく程の炎を、右手には次第に形成されていく氷を出してくれた。
「あ、あれー、じゃ単体の魔法しか出来ないのって、俺だけ?!」
「……そう言えば、お教えする機会がございませんでしたな」
「ねぇちょっとアリアさーん」
俺は2階に駆け上がった。
2階では、アリアさんが椅子を抱えるようにして座っている。あ、やっぱりまだケア必要な感じだ。
でも、でもちょっと聞きたい。ちょっとだけ聞きたい!
「ねぇアリアさん、複数魔法の同時展開って、普通は出来るものなの?」
「えっ? こういう事?」
アリアさんが手をかざした先に、火の玉が現れた。そしてそれがぎゅーっと潰れる様に圧縮されて、白く光り輝く光の球になる。
更にアリアさんは右手をパッと壁側に開いて向けると、そこに透明なガラスの様な物が現れた。結界か? アリアさんは、光の球をその結界に向けて飛ばした。
バチバチッ、と激しい雷撃の様な音と共に、火の玉は消えた。透明ガラスのようなものは、無傷。
「今のだと、火魔法を密魔法で圧縮したのを、別系統の密魔法で作った高密度結界で止めた、って流れになるけど……」
「俺多分ソレできねぇ……」
ガーン、超ショック。パーティーのトップとして、絶大な魔法力を持ってるからといい気になってた。
全然、使いこなしが出来てないじゃん! 広域魔法[アジャスト]が使えたからって、戦闘になったら何にも役に立たない!
はうぅ。すっかり、意気消沈である。ヒューさんは規格外だから除外。フェリクシアさんも、戦闘系メイドさんだから除外。
でも、アリアさんを除外できる理由は無い。俺、アリアさんより魔法弱いんじゃん、うぇぇぇ。
とぼとぼ1階に降りていくと、ヒューさんの声がした。
「シューッヘ様は、一体何に驚かれて……」
「……のことの様だ、ただ……」
ぼそぼそ話しているので、何言ってるのかは聞き取れない。
俺は二人の前に、魔法量すげー俺すげーみたいなバカだった「俺」を引っさげて、歩みを進めた。
「シ、シューッヘ様。如何されましたか、そのように自信なさげになられて」
「そうだぞご当主。何も魔法ばかりが全てでは無い、旦那様には我々には無い話術があり、まさにそれが今回役に立ったではないか」
「そう、言われてもなぁ」
右も左も魔法のエキスパート。ついでに言うと2階の人も、俺より上。
俺、いい気になってたわ……増長・傲慢。ダメだ、ダメダメ。
叙勲の勉強の時、貴族のボンボンは誰も注意してくれる人がいないから増長しやすいんだろうなー、みたいに他人事としてしか本読んで無かったが、完全に自分事だ。俺だその増長したボンボンは。
はぁ。なんか自信なくなって来ちゃったな。
「旦那様?」
「ん、あぁ……あぁそうだった、昼ご飯の用意は、出来そう? さっきまで床の汚れと格闘してたけど」
「昼か? 簡単な煮込み料理を火に掛けてある。もう少し火を通した方が、味が浸みて美味しいだろう」
「フェリクシアさんってなんでそんなに完璧なの……」
俺は文字通りガクッと床に崩れた。
***
「つまりは、自信を喪失なさったと。そういう事ですな?」
あぁ……俺のぐるぐるした悩みが、僅か一言の言葉にまとめられてしまった。
そんな程度の事で、俺は悩んでいるのか。でも、事実悩んでいるんだよなぁ。
俺は、このパーティーでは絶対的な人物でいたい。アリアさんも、フェリクシアさんもヒューさんも守れるような。
けれど実態はどうだ。俺は助けてもらってばっかり。今日の「皿」だって、俺のタイミングだったら何か喰らっててもおかしくなかった。
「まぁ……つまりは、そういうことです。けど、俺にとっては大きいんですよ。魔法もマトモに使えず、誰も守れないのに、偉そうに子爵だの英雄だのって」
「英雄については一旦話の外としますが、貴族は寧ろ誰かに守ってもらって生きておる生き物でございますぞ? 護衛も連れずに歩けるだけ、シューッヘ様はお強うございます」
「……本当にそう思ってる?」
「はい。女神様に誓って、真実にございます」
「ふんー……んー……なんだか、こう、釈然としないんだよなぁ。なんか胸が重いままと言うか……」
「?! シューッヘ様、恐れ入ります、上着を脱いで頂けますか」
上着を? まぁ、言われれば脱ぐが。
「あぁ! これはなんたる……誠に申し訳ございません。先ほど申し上げた闇魔法のとばっちりを、シューッヘ様が受けられてしまっておいでです」
「えっ? それは、どういう……?」
「今、頭があまり回らずボーッとして、それでいて頭の中は重く、気分も沈み込む。この様な状況ではございませんか?」
「えぇ、そんな感じですけど……」
「先ほど血を吸わせる為に異界より呼んだ『血喰い蜂』を、全て送り返せておらなんだようです。シューッヘ様の右腕と、脇腹。赤くなってございましょう」
「あ、ホントだ。いつの間に」
「あの蜂は、血を吸う際に毒を注入して痛みを麻痺させます。その毒が、人を酷く落ち込ませるのです」
「つまり……この気分の落ち込みは、蜂毒のせい、ってこと?」
「はい。直ちに解毒の魔法を用います。ただ、血喰い蜂は血と汗の臭いに惹かれる習性がございますが、アリアとフェリクシア殿は、昨晩風呂を使われましたか」
「……あっ! まずい」
「どうされましたか」
「アリアさん、今、女の子の日で……」
「それは大層宜しくございません、直ちに参りましょう、いずこの部屋でしょうか!」
俺は、重い腰を何とか持ち上げて、2階の俺の部屋まで進んだ。そこで、一瞬だけ、何かの羽音が聞こえた気がした。
「[クラスツー・スタン]!! [クラススリー・フォースリターン]!!」
[スタン]の魔法。俺がまだこの世界に来て間も無い頃に、馬車を邪魔する情報屋たちに仕掛けてた魔法だな。
その魔法で、床に点々とシミのように、赤黒い粒がたくさん落ちた。次の魔法で、それらは全てさっと消えた。
「アリア! 大丈夫であるか!」
「そ、そうだ、アリアさん」
俺もヒューさんに続いてアリアさんの所に駆け寄る。足に手に顔にまで……たくさん赤い腫れがあった。
「とにかく解毒をっ。[アンチドート]!」
「ヒューさん、お、俺に出来る事は?!」
「アリアの手を、強く握っていてくだされ」
「そんな、も、もっと手伝える事は」
「毒が抜ける際、自分を傷つける衝動が最大になります。それを防ぐためにも、両手をしっかりと握り、自傷を防ぐのです」
「そ、そうか。あ、アリアさん、しっかり!」
俺は渾身の力でアリアさんの両手を包み込んで、そのままグッと押さえ込んだ。
椅子にもたれ掛かって寝ている様だったアリアさんだが、突然ビクッと全身を反らして跳ねた。その動きも、俺は精一杯押さえ込む。
と、アリアさんが突然、その自分の左腕に噛みついた。目が、目がマトモじゃ無い、明らかにいつものアリアさんじゃない!
「アリアさん、アリアさん! 帰ってきて!」
そう声を出すと、再度けいれんの様にビクッとして、そのままくたっと床に崩れた。
「もう、大丈夫でしょう……シューッヘ様、誠に、本当に申し訳ございません。この爺、如何なる処罰もお受け致します」
血痕をキレイにしようとして呼んだ蜂が悪さしたせいで、俺は陰鬱になり、フェリクシアさんは気を失うほどだったり。
ヒューさんでも失敗をすることってあるんだなぁ。
「ヒューさんは、蜂毒は大丈夫ですか? 一番近くで扱ってたし……」
「わたしは、かなり幅広い毒に対して耐性を有しております。血喰い蜂の毒も効きませぬ。フェリクシア殿か、後は」
ヒューさんが先頭で、また1階に駆け下りていく。
「念のため1階も、再度処理をしておきます。[クラスツー・スタン][クラススリー・フォースリターン]!!」
「フェリクシアさーん、問題は生じてないかいー!」
俺がキッチンに駆け込むと、七輪の様なコンロの前にしゃがみこんでいるフェリクシアさんがいた。
「あぁ、ご主人か……私など、所詮幾らか魔法が出来るだけの、出来損ないメイドだ。要らなくなったら、捨ててくれればそれで良い……」
「あーヒューさんこっちもですー」
「誠に申し訳ないっ、[アンチドート]!」
「うぐっ! げほっげはっ……はっ! わ、私は……」
「はぁ。何とかなったか」
とんだ蜂騒ぎである。
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