第73話 取り調べ、つつがなく終了。結果を突きつけられた、それぞれの思い。
一通り取り調べの様なものが済んだ。取り調べと言っても、どういう訳か厳しく詰問される訳でも無く、やんわりとその時の様子などを聞かれただけだ。
因みにアリアさんも隣のアリアさん自室で、もう一人の官吏が担当になって話を聞かれているっぽい。フェリクシアさんは下かな。
一人庭で吐いてたので取り調べもマトモに出来るかどうか分からないが、3人に3人。数の上では丁度ピッタリである。
俺が下に降りていくと、もう死体は無かった。俺が2階で話している間に、死体処理班? とかが取り除きに来たんだろうきっと。
日本だったら、変死体という事で司法解剖とかってのに掛けられるところだが、この世界ではどうなってるんだろう。
まぁ、既にあの世に蹴り飛ばした格好になるあの相手をこれ以上思っていても何の意味も無いから、まぁやめよう。
「フェリクシアさーん」
俺が呼ぶと、廊下からひょこっと顔だけが出た。
「まだ官吏殿との話が長引いている。申し訳ない」
と、引っ込む。
まあ警察権力が離してくれないんだったらどうしようも無い。俺の時はすんなりだったんだが、やはり貴族かそうで無いかは大きいのかなぁ。
余計なお世話かも知れないが、ちょっと様子を観に行くか。
左の廊下をぐるっと回る感じで歩いて抜けると、キッチンとフェリクシアさんの私室がある。声はキッチンの方から聞こえた。
助っ人になれるか分からないが、行こう。
キッチンからは、何故か笑い声が聞こえる。女性の、だ。アレ? あの屈強そうな官吏も女性なのか?
進むと、丁度奥側にフェリクシアさんが座っているので表情が分かる。微笑み、というよりニコニコ? あまり見ない表情だ。
俺対応の官吏さんもそうだったが、今回の事件は基本的に俺たちに咎は無い扱いで、温和な聞き取りなのかも知れない。
ただ、幾ら温和そうと言っても、長引く取り調べは良くない。俺はキッチンに足を踏み込んだ。
「フェリクシアさん、それに官吏の方。俺の、ノガゥア家のメイドに何かお疑いを?」
「うわぁ、ノガゥア子爵!! ご活躍は私たちにまで届いておりますっ、若年者の希望の星です!」
ん、やはり女性か。革鎧に身を包んだ姿はタイトで、パッと見女性と分からなかったが、声でそう分かった。
俺はてっきり、きっとフェリクシアさんに、高圧的な態度で犯行を認めろとか言ってるんだろう……と思っていた。
そんな風に決めてかかっていたんだが、どうにもそんな感じでは無さそうだ。
しかし……
「希望の星だって? 初耳だなぁ、まぁ星でもなんでも良いんだけど……フェリクシアさんをちょっと長い間詰めてるみたいだけど、彼女は我が家の忠実なメイドさんだ。それに何か疑いを掛けているの?」
「あぁ済まない旦那様、誤解を生んだな。つい話し込んでしまったのは、官吏側ではなく私の方だ」
「へっ?」
ズッコケ。思わず拍子抜け。
「この警備官吏は、私の魔法訓練所時代の友人でな。私の性格の悪いところで、あまり話が出来なかった当時だったので、貴重な友達だったんだ」
「あぁそうなんだ。そしたら、申し訳ない。俺は官吏さんってだけで、ちょっと強く迫ってしまった」
謝るべきところは謝る。完全に偏向した意識で見ていたからな、これはNGだ。
「い、いえっ。今をときめくノガゥア子爵に謝罪をされる様な事は……」
官吏の女性は気にしていない様だが、やはり人間けじめは大切だ。
と、フェリクシアさんがスッと視線を送ってくる。何かな。
「昼前は事件で潰れてしまったが、昼後に少しの間、懐かしい友人と外へ出てきて良いか?」
「そりゃもちろん構わないよ。俺こそ申し訳ないけど、今のキッチンで料理できるのはまだフェリクシアさんだけだと思うから、夕飯までには帰ってきて欲しい」
「まぁ、多少昔話に花を咲かせる程度だ、2時間程度の事になると思う」
フェリクシアさんに友達かぁ……そりゃいて当然かも知れないんだが、孤高の人って感じだから意外に感じる。
趣味:メイド、って言う所も、変わり者な部分でもあるし。
ただ、フェリクシアさんがその友達を迎えてる(話の中身は取り調べだったかもだが)その表情は柔和で、楽しげですらあった。
そうして、官吏が皆引き上げて行った。女性官吏は、フェリクシアさんと和気あいあいな雰囲気で話しながら、手を振って出て行った。
そしてフェリクシアさんは、バラバラの血塗れの椅子を見て、溜息を吐いた。
「床の汚れが素直に取れてくれれば良いんだが……」
「まだ住み始めて1週間くらいなのに、もう事故物件だよ……」
「あ、あたしが、こ、殺した、で、でも仕方ない……」
三者三様の独り言だが、俺はアリアさんの独り言を聞き逃さなかった。
そうか……アリアさんは色々強気な事も言うが、人を殺めるのは初めてか。そうなると、ケアが必要だ。
俺の『初陣』の時は、ヒューさんとフライスさんがメンタルをカバーしてくれた。
もしあのカバーが無かったら、俺はメンタルを病んでいたかも知れない。
「アリアさん、ちょっと良い?」
アリアさんの表情が固い。頷いてくれるが、眉が困った時の形で固定されている。
アリアさんを導いて、俺の部屋へと入る。ここはさっきまで汗臭い男性官吏がいたが、今全館排気システムがMAX運転な為か、その臭いも綺麗に消えていた。
「アリアさんは、ここへ座って。俺、こっちに座るよ」
アリアさんの奥に、俺は座った。その心は? 利き手の右手を、いつでも止められるように、だ。
何処の世界でも人間がいるのであれば、メンタルエラーから自傷行為に至る事はあるだろう。
利き手と逆の手では、何かとしづらい。つまり、万が一手を押さえたりするのが遅れても、傷は浅い。利き手だと傷が深くなりがちだ。
もちろんそれが正解かどうかなんて俺は知らない。でも、少しでもアリアさんから『死神』を遠ざけたい。ただその一心だ。
「アリアさん。勇気を持って、お皿、割れたね。頑張ったね」
「し、シューッヘくぅん……」
アリアさんの背骨が溶けたのかと思う様な程、椅子にぐにゃりと斜めになって寄りかかった。
そのままずり落ちたら怪我しそうなので、手を出してちょっと支える。
「あたし、正しい事をしたんだよね? 人を殺して、殺しちゃって、人を……でも、正しかったんだよね?!」
「うん、正しい。アリアさんは、誰がなんて言おうと、正しい事をしたよ。それは俺が保証する。アリアさんは何一つ間違っていない」
俺がそこまで言い切ると、アリアさんは椅子から崩れ落ち、俺の膝元に抱きついてきて、そのまま泣きだした。
アリアさんの口から言葉が漏れる。怖かった。あの男も怖かったが、何の魔法が封じられてるのか分からない小皿がとても怖かった。
そして何より、小皿を割った瞬間に男の身体に赤い光のきらめきが走ったと思ったら、バラバラとただ肉塊が崩れたのが一番怖かった、と。
うん、あれは間違いなくスプラッターだ。
殺人だけでも精神にキツいのに、あの殺し方のトリガー落とさせられたんじゃ、堪らない。
「アリアさんは、本当によくやったよ。あのアルファの魔法を預かって、しっかりそれを、俺より的確に早い判断で発動させたんだから」
「的確だった? 早すぎなかった? 冤罪で、殺してなかった……?」
「そこも絶対大丈夫。既に強盗宣言してた犯罪者の言い分なんて聞く耳持つ必要は無いし、更に何かしようと動いたんだから、あの結末は当然のことだよ」
膝で、凄く不安そうな顔をして涙を流すアリアさん。
俺はアリアさんの頭をポンポンと、包み込む様にしてぽふぽふした。
「アリアさんが罪に問われるようだったら、俺はローリスを捨てて一緒に逃げるよ。この世界中の、何処まででも」
ちょっとクサいかな、と言った瞬間思ったが、アリアさんは鼻をスンと鳴らすと、俺の横に体育座りで座り直した。
そうして、座ってる俺の膝に頭を預けて、俺の顔を、上の方を仰ぎ見るようにして見た。俺も視線を合わせる為に覗き込む様な体勢を取る。
「あたし、幸せだなぁ……人を殺しても、それって絶対禁忌なのに、一緒に逃げるよって言ってくれる人がいて……」
う、うーん。殺しが絶対禁忌かと言われると、この国・この世界じゃまだそこまでの文化レベルには無いと思うが……
それはさておくとしても、アリアさんはアリアさん自身が絶対禁忌と思っている殺人という経験を、図らずもしてしまった。
けれど、何とかこの様子なら……リカバリー出来ていきそうな感じだな。向こうしばらくはフラッシュバックとかにも警戒は必要だが。
「俺は、アリアさんの旦那さんだからね。奥さんが行くところには、地獄でも煉獄でも付いていくよ」
「ジゴク? レンゴク? 分からないけど、きっとそこは怖いところなのよね。そんな風に私を思って言ってくれるシューッヘ君がいてくれて、本当に良かった……」
膝にしがみつく様に抱きついてくるアリアさんの肩を抱く様にして、抱きしめる。
まだ小刻みに震えているけれど、声に少しいつもの調子が戻ってきている。一安心だ。
と、玄関ドアがノックというよりドンドンと叩かれる音がここまで聞こえた。ドア閉めてるのに聞こえるって、どんだけ叩いてるの? 誰よ?
「シューッヘ様! シューッヘ様!! 大事はございませんか!!」
あ。
一番心配性で、一番「俺にだけ」過保護な人だったか。
いつもありがとうございます。ご評価、本当にとてもありがたいです。
より一層頑張りますので、是非この機に「ブックマーク」といいねのご検討をお願い致しますm(__)m




