第72話 商人残酷物語 ~違うか。残酷なのは商人の末路だな。これはいわゆる【閲覧注意】~
【特に残酷な描写あり・閲覧注意】です。
男は大きなカバンを持っていた。木製の、カバンというより「箱に取っ手を付けた」みたいなケースかな。
随分と重そうにしているところを見るに、確かに新製品が色々と出来ているんだろう。
思い出すに、前回この男には、色々なイラストの『陶器への焼き付け』での製品化を命じた。
そうなりゃ当然陶器製品が今回の主眼になる訳で、重さもそれなりに出てくる訳だ。
融資を云々と言っていたが、新製品の出来映えがどうかすら確認出来ない段階で、その単語を出す事自体が既にセンスが無い。俺はそう思う。
ビジネスなんて俺にはまだ馴染みはないけれど、それでも、相手にある程度良いなり悪いなり印象を与えてからで無いと、融資なんて話は通らないだろう。
悪い印象でも、例えば高い儲けが期待出来そうとか、そういう面があって融資・投資に繋がる事はあるだろう。けれど、「何も無いですが融資を」と言われてもな。
「重そうですね、手伝いますか」
「あぁ、ありがとうございます」
ほお。
この男、スポンサーになって欲しい男に、荷物を持たせるのか。
なるほど、フェリクシアさんが言う様に、商才は無いわこりゃ。
俺が荷物を預かってみると、そこそこ重く、重心は下に固まっている感じだった。陶器類、と言われれば、なるほどの重さである。
荷物を俺が持って入ってくる様を見たフェリクシアさんが、凄い勢いですっ飛んできた。すぐ俺の手から箱バッグは離れて、客側の椅子の横に添えて置かれる。
……今のフェリクシアさんの顔、かーなーり怒ってたな。そりゃ怒るよな、フェリクシアさんの立場でも。
アリアさんは……うひょー視線が氷のビームのようだ。あの視線が俺に向けられてないと言うだけで安堵してしまう。
俺も、荷物本当に持たされるとは思ってなかった苛つきを咳払い一つで払い、席の横に立った。スッとフェリクシアさんが横に立ち、席を引く。
同じようにアリアさんの椅子も引かれる。俺とアリアさんが、揃って着座した。……客人は椅子を勝手に引いて、既に座り込んでいた。
「いやぁ暑いですね、いっとき過ごしやすい時期があっただけに、暑さが堪えます」
「はぁ」
「あはは、あ、その、そ、そうです! 新製品のサンプルをお持ちしました!」
「はぁ」
「こ、こちらへ広げても、宜しい……でしょうか」
「ええ。どうぞご勝手に」
どーにも何だか、俺も冷静になれない。人の屋敷の入口で大泣きしたり、主人に荷物を持たせたりする商人。ふざけんな。
「こちらが、陶器類になります。かなりたくさんの種類を作らせてみました」
テーブルの上に、皿が置かれていく。まずは馴染みのうさぎの皿、だが、何か違う。線がシャープになってる?
「ちょっと。このうさぎ、あんた描き直したのか?」
「ええ、あのままでは、子供にはウケてもそれ以外はと思い、線にシャープさを加えて大人向けに致しました、如何でしょうか」
と、男は自信満々に言った。
「ふ・ざ・け・る・な。キャラクター商法のキの字も分からん人間が、勝手にキャラ改変とかしてんじゃねぇぞ!」
俺は思わず大声を出してしまった。そこまで怒る予定は無かったが、あまりの『劣化』に腹が立って仕方が無い。
「このうさぎもそうだ、線をシャープにすればするほど、単なる静物画に近くなるんだよ、そうじゃねーんだっつーの分からねぇなら手を加えるな!」
「し、しかし、あ、あの……この、新しい原画ベースで、既に発注を……」
「知るか! 俺が利益をあそこまで譲ってやったのは、あくまでこの世界へ俺が知っている正しいキャラクターを生み出す為だ、アンタの絵を売る為じゃ無い!」
「で、ですがわたくしが考えますに、こちらの絵皿、売り出せば必ずやファンが付いて、大きな商売になります。付いては、それに先回りする大量発注をする為の、ご融資を……」
「いい加減にしろ。俺は怒っている。直ちにこの屋敷から出て行け」
「いや、しかし」
「問答無用。貴様にあの原画をくれてやったのは俺の目が節穴だったからだ、アレはくれてやる。二度と俺に関わるな、俺は俺のやり方でキャラクターをこの世界に広げる!」
「そ……そう仰いますが、既にあの原画の権利者としては、わたくしを登録してございます。あのうさぎは、お使いになれませんが?」
ここまで来ても、この商人は自分の立場が分かっていないようだ。最初に描いたうさぎの原画を、自分を権利者として登録したと。だから何だ。
日本に住んでれば、お気に入りのキャラクターの10や20はあるんだよ。この世界に無い物が、わんさかある。ただそれを、再現出来るかは別話だが。
これまでに描いていないキャラで絶対ヒットする確定キャラもいる。あいつだ。地球で描いたら、リアルに権利者に法廷に呼び出される、あいつ。
日本人としては禁忌を犯す感覚が強かったので前回までは出していないが、この際問題なかろう、いくらでも描いてやる。
「あんなの、俺の知る世界での立ち位置は、せいぜい『上等兵』くらいなもんだ。佐官クラス、将官クラスに該当する大物が、俺には描けるからな」
「そっ、そんな! でしたら是非わたくしにその権利をっ」
「何の慈善事業でアンタに権利をくれてやらにゃならん。そもそも人のキャラクターを、そのキャラクターグッズの販売益だけならともかく、キャラ自体を勝手に登録したこと。
そこに加えて、そのキャラを忠実にコピーしてればともかく、キャラに失礼ってレベルの劣化コピーを作って同じ物だと言い張ること。いずれも、商売としてあり得ない。
故に当然、アンタとアンタの店を利する事をする義理は、俺には一切無い訳だ。これまでもアンタに利益の100%をくれてやっていたんだから、文句はあるまい」
「いやしかしっ、突然今日から敵だ、とでも仰りたいかのようですが、わたくしはあくまで、ノガゥア卿のキャラクター商売に乗っただけでありまして」
「乗るならしっかり乗れ。船頭の指示に従え。キャラを描き変えるな、いじるな。表情差分すらおこがましい」
「ひ、ひょう……?」
「だからキャラクター商売はアンタに任せられないっつってんだ! 表情差分が何かくらい分かれ!」
「う、うう、しかし、もう大量に発注を……」
「ならアンタの才覚で、その発注した物を売れば良い。それだけだろう。当たれば良し、その金で更に発注すれば良い」
「は、外れたら? わたくしはあくまで貴方様のアイデアを商売に……」
「しつこい」
俺は一旦言葉を切り、机にダンと手を突いて立ち上がった。
「誰かのアイデアを借りて商売するのであれば、アイデア立案者の気分に左右されるのは当たり前では?
今回アンタは俺を怒らせて、縁を切られた訳だ。もう俺がとやかく言う必要も無いし、とやかくする必要も無い。
お帰り願おう」
俺はフェリクシアさんに目で合図をした。フェリクシアさんはハッキリと頷いて、客人に近付いて行った。
「く、っ、ち、ちくしょう! こうなったら、この屋敷の金を奪って」
男が懐から曲刀を出した。おいおい、最初から襲撃目的なんじゃないか? 普通の、自警用のナイフじゃなくて、ありゃ人殺し用だぞ。
もちろんというか、ほとんど俺には予定調和にしか見えない世界なんだが、そのナイフの先端を掴まれて男がハッとしてる瞬間に、男はフェリクシアさんに首をガシッと決められていた。
男は白目で、口から変な音を出している。フェリクシアさんの目が俺に問う、殺るか、と。俺は軽く首を横に振った。いきなり事故物件にしたくないからな。
フェリクシアさんが首を解放した瞬間に膝を踏み抜いた。ホールは堅い床材だ、骨が砕ける甲高い音がリアルに響きわたった。
ついで、男の絶叫。追い打ちで、もう片膝も踏み抜かれる。もう一叫びするかと思ったが、そのまま気絶した。
「旦那様、この程度でよろしいか」
「全く申し分なく素晴らしい手加減、お疲れ様」
フェリクシアさんはそのまま、気絶した男を椅子に座らせる様にすると、何処から持ってきたのやら縄で椅子に縛り付けた。
「旦那様、奥方様。男が暴れたり、魔法を使う素振りがあったら、この小さな皿を床に叩き付けて割って欲しい」
と、フェリクシアさんが俺とアリアさんに、それぞれ小さな白い豆皿を手渡してくる。
「この皿に、何か仕組みが?」
「この皿が割れるのをトリガーとして、既にその男に巻き付けてある火炎魔法糸が具現化し、バラバラにする。椅子もバラバラになってしまうが」
「フェリクシアさんは?」
「官憲を呼んでくる。いきなり貴族邸内で抜刀し、強盗する旨を述べたのだ。それなりに裁かれるだろう、生きていたならば、な」
とんだ事態になったもんだ。やっぱり第一印象がダメな相手は、トコトンダメだと思った方が良いかも知れない。
しっかし。いきなり抜刀までしてくるとはなぁ。グッズ類も、こいつの言葉が本当なら、ある程度量産体制にも入れたと言うのに、人生潰してしまって。
「アリアさん、一応俺正面に構えてるから、アリアさん斜め後ろ側、担当してもらえる?」
「うん! 警備官吏が来るまで、逃がさないようにしないとね!」
逃が……逃げられるのかこれ。両膝いっちゃってるし、這って逃げるにしても椅子に縛られてるし。
その上、っと、男が目覚めそうだ。
「……う、うぐぅ……」
「おいあんた。最初から強盗が目的か。だったら初手から襲いかかるべきだったな。もっとも、そうしても結果は変わらないだろうが」
「わ、わたくし……チィッ、俺様は、アンタが俺様の言いなりに商売に乗ってくれれば良かったんだよっ、主人は俺様だっ、絵描きは道具だっ!」
「まぁ、勝手に吠えてたら? もうすぐ警備来るし」
「くくっ、くくくくく」
男が笑い出した。あーあ、事故物件確定か。
「俺の口を塞がなかったのが運の尽」
パリーン、
少し遅れて、俺もパリーン
2枚目は別に必要なかった様で、アリアさんが皿を割った時点で終わっていた。臭いな、人肉焼きは吐き気がする臭いだ。
火魔法の系統の糸? 要するに高熱に熱した糸で焼き切ったんだろうな。床にはほとんど血の汚れは無い。バラバラのブロック肉があるだけだ。
その代わり、肉の焼けた臭いが酷い。どうしようかと、思っていたら、室内の魔導空調機がググーンと唸りだして、排気を始めた。
本体があるのでゼロにはならないが、臭いがこもることが無くなり、多少はマシになってきた。
凄いな、自動排気システムと言うか、排気すべきタイミングを感知までしてくれるのか。オートマティックで素晴らしい。
「官吏殿、ここだ、犯人は……結局愚者だったか」
バタバタと駆け込んできた3人の屈強な男性だったが、入るなり1人はUターンして庭で吐いてる。
もう2人は、辛うじて踏ん張って、フェリクシアさんから魔法の仕組みと割れた皿について聞いていた。
「シューッヘ・ノガゥア子爵。この度は大変でしたな」
「ええ、商売上の繋がりのはずが、いきなり曲刀出されたら、どうしようもないですよね」
「少し詳しく伺いたいのですが、お時間は宜しいですか?」
「ええ、もちろん協力します。ただ、2階で良いですか? 死体見ながらは、ちょっと気分が」
「ああ、そうしていただけますと我々も助かります。しかし、血だまりがありませんな、これは?」
「それは彼女の、フェリクシアさんの魔法ですね。メイドさんですけど、元魔法兵科のアルファな人です」
「アルファ?! と、とんでもない方をメイドとして雇われて……となるとこの犯人には、同情しますな、挑む相手を間違えた」
「全く、俺もそう思いますよ。じゃ続きは2階で」
俺は警備兵? の一番偉いっぽい人と共に2階の俺の部屋へと進んだ。
今回のお話しは想像するだに「(;´д`)ぐえっ」って感じです。
スプラッター耐性低いんですよね私……




