第11話 王様という生き物は怖いものだと思っていたが、偉い王様にも怖くないのもいると知った。
ローリス国、国王謁見の間。らしい。目の前の、5段の階段の上にある玉座には、今は誰もいない。
まだ王様はしばらくお見えにならないらしく、ヒューさんに言われて、謁見の間の中を少し自由にさせてもらえている。
ヒューさんの後を付いてここまで来たが、王宮の中を随分ぐるぐる回った気がする。少々足も疲れた。
「あのヒューさん、俺の格好とか、変じゃないですかね」
「異世界の衣服というのは、異世界の文化も背負っておりましょう。シューッヘ様は何ら、恥じ入る事はございませぬ」
そうは言ってくれたが……この白いYシャツ、宿場で一度フライスさんが魔法で洗濯はしてくれてある。
ただ、さっきの『殺戮』で、かなり緊張性の汗を搔いてしまい、変な臭いがする。自分が酸っぱい感じだ。
自分が臭うくらいだから、人はもっと臭いと感じるのではないか。不安だ。
考えるのはよそう。ループにはまりそうだ。
ヒューさんと話でもしていよう。
「それにしても、近衛兵? の方々、何というか、緊張してないみたいな感じですね」
近衛兵らしき帯剣した男たちは部屋に散在していて、入口付近の数名などは笑い声と共に談笑している。
「あぁ、我らが国王ローリス・グランダキエ3世陛下は、とても柔和な方での。
何かあれば話は別であるが、そうでない平時では、近衛の者たちにも気楽に声をお掛けになられるし、訪問者や謁見を申し出た者がこぞって拍子抜けする程、あけすけに気楽な対応をして下さる御方なのだ」
へぇー……王様が、堅苦しくない国なのか、ローリスって。
商人王のオーフェン王国では、王様わめき散らしていたし、近衛兵の人たちも凄くピリピリしていた。
その雰囲気と比べて……すごく、ゆるい。本当にここって謁見の間? と思ってしまう位に、緊張感は無い。
と、玉座の横の幕の内から、背の小さい、それでいてどっしりしたガタイの人が出てきた。
こちらもまた緊張している様子は無く、あくまで「普通に登場」という感じだ。但し威厳はある。出てきただけだが、存在感が強い。
……ひょっとすると、一般的な「人」ではないかも。ドワーフです、とか言われると納得してしまいそうなガタイだ。
ローブがこの国では正装なのか、その小さい背丈に合った紫色のローブに、銀の紐でウェストを締めている。
小太り……いや「そういう体型」なのだろう、たぶん、種族的に。太ってる感じとは何かちょっと違う。
ウェストは締め付けられてはおらず、単に紐は巻いてある、と言った感じだ。
ローブの生地感は遠目で見ても高級そうで、分厚さのある生地・触れたら風合いも良さそうなローブである。
このタイミングで出てくるという事は、国の宰相とか、将軍とか、その位の「超偉い人」なのは、恐らく間違いないだろう。
などと思っていると、その御仁が玉座のある階段をこちらに向けてトコトコと降りつつ、手をパンパンと叩いて言った。
「諸君、間もなく国王陛下がお出ましだ。各人定位置に付くように」
その人物は玉座の向かって左側の階段下に、こちらを向いて姿勢を正して直立した。
近衛の人たちも無駄話を止めて動き出し、謁見の間の左右に列を成す。
俺はヒューさんに促されて、階段下の中心部分、ちょうど絨毯に光の文様が編み込まれた所に立った。
ヒューさんは俺を前にさせようとするが、俺が断固首を横に振って、ヒューさんに前に行ってもらった。
少しの沈黙の後、背の小さい御仁が、宣言する様にハッキリと、堂々とした声で言った。
「ローリス国 第120代国王 ローリス・グランダキエ3世陛下のお出ましである。
一同、国王陛下に恭順を示し、もってお出迎えとなすべし」
言い終えた御仁は、くるっと玉座の方に向き直って、左膝を折り、屈んだ。
謁見の間の中央にいたヒューさんも同じく左膝を折って屈み、頭を下げたので、俺もそれにならった。
下を向いていると、足音だけが聞こえる。
ざっ、ざっ、と絨毯を蹴る様に進む足の音がする。
その足音が止まると、さっきの御仁の声で、
「一同の者、国王陛下、御着座である」
再度似たような事が言われたなと思ったら、ヒューさんがそのままの姿勢から更にぐっと頭を下げた。
ヒューさんが床に額が付きそうな程に深く礼をしている。これは行けないとばかりに、俺も慌ててそうした。
どさっと、ソファーに腰掛ける様な音が響く。
そして、新しい声が響いた。
「皆の者ごくろうである。自由にせよ」
ヒューさんの様子を必死で覗く。ヒューさんはそこからもう一段、更にもっと深く礼をして、頭を上げた。
俺も、何だか子供が真似しているみたいだなとは思ったが、失礼があってはいけないのでその作法を真似た。
目の前に現れた国王陛下は、パッと見は50代くらいであろうか。老年までは行かない、壮年後半くらいだ。
頭にはティアラの様なてっぺんの無い冠をかぶり、ちょうどスーツの様な服、胸にはいくつもの徽章が付いている。
国王陛下は、ローブではないらしい。そう言えば兵士もローブではなかったけれど。
スーツの様なその服の色は、オフホワイト。うーん、もう少しかな、象牙色に近いかも知れない。
その衣服の背には、マントを背負っている。マントの丈は少し短めの様で、座っていても巻き込まれてはいない。
マントの、こちらから見える面は少し重めの赤。ちらっと見える表面は白だ。コントラスト高いな。
「ヒューよ、この若者が、オーフェン王が針の星読板も使わず強引に呼び出した召喚者か?」
「ははっ、左様にございます!」
ヒューさんが答える。いつもより声に気合いが入っている。
「うむ、ヒュー。いつも言うが、お前は堅苦しい。もう少しなんとかせよ」
「ははっ、国王陛下のお心に沿いますよう、努力申し上げまする!」
「うーむ……まぁ、良いわ。ヒュー、その召喚者を紹介してくれるか?」
「はっ!」
ヒューさんに立つように促され、更にヒューさんと場所を入れ替わった。
王様の真っ正面。まっすぐ見ると王様。王様もこっちをじっと見ている。
うつむくのも視線外すのも多分失礼。心臓ドキドキだ。
ヒューさんは俺の事を何かしら王様に紹介してくれるようだが……なんて言われるんだろ。
「召喚者の名はシューッヘ・ノガゥアと申されますが、貴族ではござらぬそうでございます。
ご覧のように若き方で、学びの徒としておられましたところ、この度の召喚を受けられました。
召喚の儀に於いては、オーフェン国の不手際にて『月明かりのアミュレット』が喪失され申しました。
しかし、『月明かりのアミュレット』喪失の責は決してシューッヘ様にはございませぬ故、どうかシューッヘ様をお責めにはならぬよう、このヒュー、切にお願い申し上げます」
紹介される側に立つと、結構緊張する。言われてマズい事は……多分無いんだが、それでもドキドキする。
喉の渇きを感じつつ棒立ちに立っていると、王様が言葉を発された。
「シューッヘ、と申すか。ワシはシューッヘをなんと呼べば良い? シューッヘ様か? シューッヘ殿か?」
誰が回答するんだろう、と待っていた。静かなのでちょっと顔を動かしてみると、宰相っぽい人もヒューさんも、俺の事をじっと見ている。
えっ俺が言うの?!
「け、敬称など王様に付けて頂くなんてとんでもないです、た、単にシューッヘと、呼び捨てでお呼び下さい」
た、多分コレが模範解答だろうと、思う思いたいそうでないと次の解答なんて用意してない!
「ふむ。先にヒューより届いておる簡単な書簡によれば、女神様の御寵愛を受けてはいるものの、我らの奉ずるサンタ=イリア様ではなく、サンタ=ペルナ様の御寵愛だとの事だが、シューッヘはこの国、または世界を滅ぼしたり、またはシューッヘが全世界の王となろう、という様な考えは持っておるのか?」
「ととととんでもないです、俺そんな器じゃないです絶対っ」
言ってからハッとした。
あまりに規模がでかくて頭が付いていかず、随分無作法な言葉になってしまった。
「うむ。顔が青いが、大丈夫か、シューッヘ」
「は、はい……い、いま王様に失礼な言葉を」
「ん? それを気にして青くなっておったのか。いかんいかん。ヒューは英雄の立ち位置を説明しなんだのか?」
と、ヒューさんが一歩前へ出て、再び屈んで答えた。
「わたくからもシューッヘ様には、貴族位の件も含めお話しはしておったのですが、そもそもシューッヘ様がおられた世界は貴族という地位自体も無く、更に申せば王政国家すらもほぼ無いのだそうでございます。
故に、国の王というお立場の方と接する機会も当然なかりせば、このように緊張なさっておられるものかと」
「うーむ。堅物のヒューが言うと無駄にワシの事を堅苦しく教えたんではないかと疑いたくもなるが、そうか、貴族も王もおらぬ世界から、この世界へと召喚されたのか。ならば、半ば怯えるかの様なシューッヘの様子も理解出来なくもない。シューッヘ」
「はいっ!!」
俺が大きな声で反応すると、王様は分かりやすく苦笑いをした。
「そうだなぁ、シューッヘ。お前は学生であったのだろう? ならば、その学校長なり学園長なりには、どう接しておった?」
「え? えと……普通に、おはよーございまーす、みたいな感じですが」
「それで良い。と、言うてもせんだろうから命ずる。その様な接し方をワシにせよ」
……えっ? ぶっちゃけそれって、ため口より少しマシ程度なんですが……
「あ、あの王様……もし、ですよ? もし俺が、ちょっと間違えて失礼過ぎる事を言ったら、こう……」
と、親指で首を切る仕草をしてみる。
ジェスチャーは文化が違うと伝わらないかもだが、これは分かりやすいものだ。多分伝わる。
「んーーヒュー! お前はこの者をどれだけ怯えさせる様な真似をしておるのだ、お前がしっかりせぬからシューッヘは『誰彼無しに王は人を殺す』みたいになっておるではないか!」
「はっ! 誠に! 申し訳ございませぬ!!」
「その堅苦しさがいかんのじゃー!」
言葉は荒っぽい。が、ヒューさんと王様の間の空気は、全然緊迫感はない。じゃれてる?
「ふう……まぁ良い。シューッヘ、何にせよワシは堅苦しいのは大の苦手でな。砕ける分にはいくらでも構わんが、あまり堅苦しくするなら、話しかけても無視するぞ?」
「あ、はい……じゃ、地球にいた時の、先生相手くらいの言葉遣いにします」
「チキ……んん? もう一度言ってくれるか? それは、国の名か?」
地球は惑星の名前だ。正直に答えようかと思ったが一瞬留まった。ヒューさんも地球を国と思っている。
もし地動説が生きている世界だったりすると、惑星って概念自体が根本から違う。
迷った挙げ句、
「……地球は、俺がいた星の名前です。その星の、海に囲まれた国、日本というところから来ました」
「今の沈黙に戸惑いは、ワシらの天体に対する文化レベルを計ったな?」
「うぐっ! ば、バレましたか……?」
「うむ。分かりやすいのは人としては付き合いやすいが、時に政治となると負けるぞ。貴族になれば否が応でも政治に絡むことになるので、そこはシューッヘの課題だな」
その後、王様が宰相のような人に目で合図をした。
その人物が、王様の代わりにか、説明を始めた。
「我らが国は、当然星の上に乗っており、星は球体である。恒星たる陽光星の周囲を、およそ360日掛けて周回、これを公転と呼ぶが、回っておる。
星の名は、必ずしも世界全てで共通ではなく、我々ローリスの者はこの星を、サンタ=イリア様のご加護に感謝し、イリアスと呼称しておる。
当然サンタ=イリア様を崇拝しない国では、イリアスとは呼ばず他の呼び名で呼ばれる。例えばオーフェン王国では、古語で水晶を意味するクリュスタという名称を使っておる。
ただ、概ね星の呼び名ともなれば一般文化として他国の事も知っておるのが常識であるので、イリアス、と言ってもクリュスタと言っても、初等教育を受けた者同士であれば認識は共通である」
堂々としたしゃべり方の……ドワーフ? 気になる。オーフェンでの差別のない様も、地球では考えられないほどのものだし、この国の支配階級層がどうなっているのかも気になる。
「シューッヘは色々と知りたいようだな、許す。何でも口にすると良い。英雄が知りたいと言う事柄に、隠し立てはしないと約そう」
「あ、ありがとうございます。では……」
俺は列挙する様に話した。
1つには、目の前の宰相の様な人の地位と、種族。そして種族による扱いの差の有無。
2つ目に、この国がわざわざ第1階位の英雄を手にしたかった理由。
そして3つ目には、ストレートに魔族との戦いとはどういう戦いになるのか、敵の規模や特徴なども含めて、と問うた。
答えてはくれる、という。でも、ごまかされるかな、とか、不安と言うほどではないにしても、
「取るに足らない」という扱いは、覚悟した。




