第71話 なんかすっごくウザったそうな来客が来た もしくは フェリクシアさんの言葉が酷く刺さったか
玄関は、まだ衝立を買っていないのでホールに座っていると丸見えである。
フェリクシアさんが応対に走ってくれて、どちら様ですか、なんちゃらと申します、みたいなやり取りがある。
うん、声に聞き覚えがある。あのズルした商人だ。今度はちゃんと仕上がり見本を持ってきたのかな。
「旦那様、先日のカトラリーの商人、グレンズを名乗っております。いかがなさるか」
「いかがも何も……来ちゃったんだから、迎え入れるしかないのでは?」
「えー、あたしまだ食事途中だよー」
「あっ、ごめん。どうしよ、待たせるにしても炎天下だしなぁ」
「私が茶など出しつつ相手の意図も探っておこう。食事はゆっくり食べてくれ、食事に勝る休息は無い」
「悪いねフェリクシアさん。ざっくり20分位かな、そうしたら会うから」
「かしこまった」
フェリクシアさんがサッとキッチンの方へ駆けて行く。戻りは、籠に盛った駄菓子の様な物と小さな籐っぽいケースと、2脚の椅子を抱えて。
そのまま玄関を開くと、入ってこようとする商人グレンズとやらを押しのける様にして、扉を閉じた。
さすがフェリクシアさんだな、相手が多少強引だろうが、それを許す様な弱腰では無い。ガードとしても最適だ。
「じゃ、急いで食べちゃうね」
「ううん、ダメダメ。ゆっくり」
「えっ、でも待たせちゃうよ?」
「フェリクシアさんも言ってたじゃん、食事は最良の休息って。ゆっくり休むときは休む。客人は、向こうの都合なんだから、待たせる」
「そ、そう? じゃ、普通に食べるね」
「そうしよう。俺もまだサラダ少し残ってるし」
今日の朝ご飯は、ご飯にサラダとソーセージ、いや、ソーセージサラダと言うべきか、そこにあっさりしたドレッシングがかけてあった。
ソーセージが濃い味・強い燻味があるので、味付けはシンプル。それで十分である。サラダに使われている野菜類も、地球のと似たさっぱりした味の野菜ばかりだ。
問題は、ご飯。これも昨日の米とは違う米で炊いてある。本当に何種類買ってきているんだろうか?
今日のお米は、というかそもそもサラダと牛乳が出された状態で米を合わせるのが既にミスマッチであるが、昨日のより俺的にはNGだった。
水気がかなり酷く、べちゃべちゃ。かと言っておかゆの様にトロトロの濃密さ・甘さがあるならまだしも、えらくさっぱりしていてびちゃびちゃなのだ。
うーん。米問題。
日本の米だと、既に「これが日本人の口に合う」という大枠は全ての市場にある米は満たしていて、そこから更に足し算・引き算で、それぞれの特徴を出している。
一方でこの世界で俺がやってもらっているのは、まず「日本人の口に合う」を探すところだ。下手すりゃ明治くらいの時代から日本人がして来た事を早回しでしている様なものな気がする。
因みに米と牛乳が合わない、というのはあくまで白米で食べた場合だ。リゾットとかで米と牛乳の組み合わせが美味く行く事も知ってはいる。
けれど、今日のこの米は、うーん……俺自身が料理経験がほとんどないので、どう『ハズレ』なのかも伝えにくいのも悪いんだが、何にしろ残念、ハズレだ。
「シューッヘ君、なんかたまに、ナイフの背をトントンするよね? 何かのクセ? 元々はナイフじゃない何かを使ってたとか」
「えっ、あっ言われてみれば」
言われて気付いたが、ふとナイフの背を人差し指で叩いていた。こりゃアレだ、お箸を開いたり閉じたりする動作の一部が出てしまっている。
「俺の世界だと、基本『箸』ってのを使ってたんよ。よっぽど箸が通用しない食べ物以外は、全部箸だった」
「箸……ローリスだとあんまりメジャーじゃないけど、使う人たちがいない訳でもないわよ? あたしも使えないけど、シューッヘ君のは、その、箸? に変えてく?」
「うーん。フォーク、ナイフに馴染んでるつもりだったんだけど、やっぱり幼いときからのって、出るのかぁ……お箸、買えるなら買って、使おうかなぁ」
「自然に過ごせるのが一番大事だと思うよ。無理して合わせる必要なんて無い!」
ニコッとアリアさんが笑顔で手を上げる。俺もつられて、ひょいと手を上げた。
「ま、取りあえず今日のご飯はお残しかなぁ。俺にはこれはダメだ」
「あ、その……あたしも残して良い? あたしも……」
日本人の俺にダメな米、ではなく、誰にでもダメな米、だった。
多分調理するのに向いているとか、そういう「炊飯以外の用途」で使う米だったのかも知れない。
日本だと、ギークな米屋さんなんかに行くと、「この米は何向け」とか書いてあったりした。そういうのが無いからなぁ、フェリクシアさんには苦労を掛けてしまう。
「取りあえず、俺はごちそうさま。アリアさんのも下げるね」
「あっ、あたしも」
そうして二人で、それぞれの茶碗やら皿やらをキッチンへ。戻ってきて、また持っていって。
キッチンにあった台拭きを拾ってきて、テーブルを拭いて、アリアさんは火魔法でヤカンを熱していた。
火魔法って言っても、火の玉がボーン! みたいなのじゃなくて、内炎式バーナーみたいになってるから凄い。湯沸かしとして、理にかなっている。
俺もキッチンをちょっと探すと、ティーセットを見つけたので、それとなく用意する。
ま、ここまですれば、後はフェリクシアさんと交代しても良い感じかな。湯も沸いたら、お茶も出せる。
「じゃアリアさん、湯が沸いたら、客人を通そうか」
「あ、もう沸くわよ? じゃここからは、フェリクの仕事ね」
と、アリアさんが[マギ・ダウン]と唱えて消火した。うん、念入りな安全消火対策、素晴らしい。
俺とアリアさんは、揃って玄関ドアの前に立ち、扉を開いた。
と、そこにいたのは、小さなティーカップを両足揃えた所に乗せて、うぅうぅぅと呻く様に泣いているズル店主らしき人。顔下げてるから分からん。
一体何が起こった? 俺はフェリクシアさんの顔を見た。フェリクシアさんは、開いて置いてあるケースにティーカップ類を預けると立ち上がった。
「旦那様。この者に商才は無いぞ。商売をするのであれば、誰か別の者にさせた方が良い。早晩行き詰まる」
「え? い、一体何が?」
「まぁ、詳細は本人から聞く方が良いと思うが……まぁ私は、ともかく客人を邸内で迎える支度をする」
と言って、カップ類を回収して行った。膝に何も無くなった男は、ガッツリ両手で顔を覆って、そのままおうおう泣いている。
一体、何これ。
次にフェリクシアさんが戻ってくると、籐の籠バッグからティーポットだけ取り出して、ぱたんと閉めた。で、それを持って屋敷の中へと消えていく。
「え、えぇと……俺が渡したデザインを勝手に商品化して売ってた商人さん、ですよね?」
「は、はぃ゛ぃ゛、あ゛の節はごめいわ゛く゛をおか゛け゛じましでぇぇ」
もう泣き方がグダグダなので何を言ってるのか聞きづらい。
「取りあえず、今日の用事を伺っても良いですか?」
「き、き゛ょう゛は、し、しんさくのぉサンプルをおも゛ぢし゛ましてぇ゛ぇ゛、ですぅ゛がその、メイドの方にい゛ろ゛い゛ろ゛教わりぃ゛、わ゛だぢのふがいな゛さに゛ぃぃ、うぅぅぅぅ」
新作のサンプルがあるようだが、それ以外が何言ってんのかまるで分からん。
この精神状態の人間を、屋敷に通して大丈夫か? 正直グダグダ過ぎて話にならん気もするが。
アリアさんの方をチラッと見ると、アリアさんも同じ様な疑問を持っている様だ。渋い顔をしている。
「新作のサンプルは大変結構ですが、その様な状態の方に屋敷に入って頂く訳にはいきません。洗面をお持ちするので、まず顔でも洗ってください」
俺はアリアさんを呼んで、そのまま邸内に入りドアを閉めた。
「ねぇアリアさん、あれ、どう思う? 入れて良いと思う?」
「ちょっとイヤよね、でも、なんであんなになっちゃったのかしら、フェリクが何か言ったのかなぁ」
「フェリクシアさーん」
俺が呼ぶと、ティーワゴンの所にいたフェリクシアさんがスタスタと来た。
「どうした?」
「いや、どうしたじゃなくてさ。あの人、何がどうしてあんなダダ崩れに?」
「あぁ、単にあの者の話を聞いて、疑問に思った事を突いただけなんだがな」
「要するに、自滅?」
「そうだ。私もあそこまで崩れるとは思ってもいなかった」
「うーん……新作のサンプル持ってるらしくて、それは見たいと思う。けど、アリアさんに害が及ぶ様な事があったらと思うと……」
「1分だけ時間をくれ、予備魔法を展開しておく。あの男が不穏な動きを見せた瞬間に、四肢を両断する」
「ありがと。フェリクシアさんががっちりガードしてくれていれば、大丈夫か。ウザったそうなのはネックだけど……取りあえず、魔法の用意、お願い。あーその前に、洗面たらいってある?」
「ある、今用意しよう」
と、フェリクシアさんがキッチンに入って程なく、水が張られた白いホーローの様な、THE洗面器、って感じのがタオル付きで来た。
俺はそれを受け取って、アリアさんに目で合図する。アリアさんが扉に隠れる様な角度で扉を開け、俺がその洗面器を、フェリクシアさんが座っていた椅子に置いて、扉が閉まる。
俺は男に、顔を洗うようにと目と手で指図する。男は何度もうぅうぅと唸っていたが、跪いて洗面の水を使い、顔をバシャバシャと洗って、少しは冷静さを取り戻せたようだ。ふうーっと深く息を吐いていた。
「落ち着きましたか」
俺が発したその言葉は、そのつもりは無かったんだが、酷く冷たい、あしらう様な言葉になっていた。
「た……大変お見苦しい所をお見せしてしまいました。もう、大丈夫です」
「それで、今日は? 新作のサンプルを持ってきただけですか?」
「は……そ、それなんですが……」
「他に何か?」
「は、はい……その、ご融資のお願いを、と……しかし、そのお話しを申し上げたら、先ほどのメイドの方に……」
「こっぴどく何か言われましたか?」
「い、いえっ。ただ、ただただ私の不甲斐なさを再認識する事になり……それで、あのような姿を晒しました。申し訳ありません」
「……融資云々は、現状の経営を見聞きしてからでしょう。まずは、新商品を見せてもらいましょう」
俺は男に鋭い視線を向けたまま、屋敷の扉を開いた。
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